第38話 作戦前夜




 王都攻略戦の作戦会議は翌日になっても続いた。


 作戦の成功率を少しでも高めるために、必死に策を練っているのだろう。


 おそらく、今回の作戦は今までよりも過酷な戦いを強いられる。ゼツのように姿を消したり、特別な戦闘技術を持つ敵が出て来るかもしれないのだ。


 俺は対魔法戦闘を学ぶため、マコトの自室を尋ねたがあいにく留守だった。あちこち探し回っていると、訓練場でその姿を見つける。どうやら、リーナと魔法の訓練をしていたようだ。


 「ねえ、その魔法ずるいよ。それを使われたらあたしの魔法全部失敗しちゃうじゃない」


 「ごめん。どのくらいの魔法まで干渉できるのか知りたくてさ。とりあえずこの魔法は検証終了だから。次のを試しても良いかな」

そう言って、マコトは指を鳴らす。


 「よーし。じゃあ、風の刃行くわよ!"風よ、眼前の敵を切り裂け"ウインドカッター!」


 見えない風の刃がマコトを……襲うことはなかった。厳密に言えば、そもそもリーナからウインドカッターは放たれてすらいない。


 「あれ?確かにウインドカッターを使った筈だけど……」

混乱するのも無理はない。おそらくマコトが使ったのは、ゼツに使った錯覚させる魔法だろう。あのゼツですら、何をされたのか理解出来ぬままマコトの掌で踊らされたのだ。ごく短時間で正確に魔法を理解できる者は、おそらくいないだろう。


 「ブレインフォッグだろ?」

俺は近づき声を掛ける。


 「正解。よく分かったね。ブレインフォッグを掛けられた対象者は、短い時間だけど錯覚を起こすんだ。多分だけど、魔力が出てったって錯覚したんじゃないかな」


 「でも、いつ掛けたんだ?少なくとも一つ前の検証をしていた時から見ていたが、使っている様子は無かったぞ」


 「コレだよ」

そう言って指をパチンと鳴らす。


 「コレって……指を鳴らしただけで、何も言ってないじゃないの」

リーナは胡散臭そうに目を細める。


 「さっきまであえて魔法名を言ってたんだけど、実は言わなくても魔法が使えるんだ」


 「そんな事が可能なの!?」


 「そもそも詠唱って、なぜ必要なのか知ってる?」


 「そんなの当然でしょ?魔法を使うために必要だからよ」


 「その通り。普通、魔法を使うためには魔力を溜め、詠唱を行い、魔法を具現化させるという三つの工程を踏む事で魔法は発動する。でも、詠唱をしなくても魔法は使えるんだよ。起こしたい魔法の規模や大きさ、その魔法の影響を全て頭の中に描いて魔力を放つんだ」


 「それだけ?」


 「そう、それだけ。ただ、頭に描く魔法の効果が具体的じゃないと上手くいかないから、それなりに練習が必要だけどね。最初は魔法名だけは言うようにした方が良いよ」


 「ちょっと試してみる」

リーナは木に向かってウインドカッターと連呼する。


 「トウマはやってみた結果どうだった?」


 「調子が良いと魔法名だけで使えるようになったぜ。威力は毎回バラバラになるけど」


 「もう少し詠唱ありで魔法を打ってみて、よく観察してみた方が良いかもね」


 その日、リーナは木に僅かな傷を付けることに成功するも、本来の威力には程遠い結果に終わった。



―――――――――――――――



 一方、王都では


 扉が二回叩かれ、一拍置いて三回叩かれる。"影"が来た合図だ。


 「入れ」

やや小柄で垂れた耳が特徴の女が入ってくる。


 「至急、お耳に入れたい事がございます」


 「何が起きた?」


 「フリーデ合衆国に潜入した結果、近日中に王都へ攻め込むとの情報を掴みました」


 「情報の出所は?」


 「ガルシア含む、三名が話していたのを聞いたので間違い無いかと」


 「その三人の中にアブディラハムが含まれているだろう?」

その問いに女は頷く。俺は女の右腰を見て、小さく溜息をついた。


 「その腰元に刺さっている物を広げたまえ」

小さく驚いた女は、白い物を抜き取り広げる。


 「俺も昔、良くやられた。なんと書いてあるのだ?」


 「『ラスカルと手を切れ』だそうです。私がグラマス様の私兵だとバレたのでしょうか。しかし、どうやって……」


 「考えても無駄だ。アブディラハムはそういう奴だからな。その気になればお前を殺すなど赤子の手を捻るより簡単だろうに。ちょっと待っていろ」

そう言い、俺は一枚の手紙を書く。


 「これをアブディラハムに渡せ。今度は堂々と正面からで良い。ついでにこれも一緒に渡すように」

俺は、手紙と一緒に箱を渡した。


 「では、行って参ります」

女はその場から立ち去った。


 「全く、"影"の尻尾を掴むとは。アブディラハムめ、衰えておらんな。さて、どうなることやら。俺自身が動けないのがもどかしいが、あと少しの辛抱だろう」



――――――――――――――――




 二日後の朝、招集が掛かる。


 急いで司令室に行くと、全員既に揃っていた。


 「揃ったな。では、これより王都攻略戦の概要を説明する。各自、手元の資料を見てくれ」


 「今回の作戦目標は二つ。王ラスカルの殺害と獣人国をフリーデ合衆国に併合する宣言だ。なお、ラスカル以外の兵士や一般人を殺めるのは可能な限り避けてくれ」


 「次に作戦部隊を発表する。今回の作戦は迅速に目標を達成するため、少数精鋭部隊で行う。作戦部隊はこの八人だ」

そう言って大きな紙を広げる。そこには以下のように書かれていた。


突入部隊 ルオ

     ガザル

     トウマ

     マコト


後衛部隊 ガルシア

     ラダ

     リーナ

     ユノ



 「さて、ここで一人呼ばねばな。ルオ、入れ」

呼ばれて入ってきたのは、小柄で垂れた耳の女の子だった。


 「彼女は現獣人国の大臣グラマスの私兵だ。彼女がもたらした王宮へ直接乗り込める地下通路の情報と引き換えに、グラマスと共同戦線を張ることになった」


 「地下通路は狭く、人一人が通れる程度の道幅しかないそうだ。よって、大部隊ではなく少数精鋭で迅速に目標を達成する方が成功率が高いと判断した」

ガルシア王は続ける。


 「作戦決行は明日の早朝だ。ここから王都までルオが全力で移動すると二日で着けるらしいが、余裕を見て三日後の王都到着を予想している」


 「作戦中止の判断は、ガザルとアブディラハムに任せる。特にフリーデ側で何か発生した場合は、突入部隊へ向けて連絡役を放ってくれ。マコトが索敵で状況判断出来るからな」


 「かしこまりました」


 「突入部隊は今夜中に準備や連携相談を済ませておけ。以上、解散だ」



 俺達突入部隊は、最近出来た王直属作戦部隊(通称、王直)専用の会議室に集まった。



 「今回の作戦は今までの作戦より状況が良い。ルオとグラマスのお陰だが、俺達はこの好機を必ずものにしなければならない。と、いう事でひとまず自己紹介とでもいこうか。すでに知っている仲が多いが、名前と得意な事を言ってけ。まずは俺からな。俺はガザル。この部隊の隊長だ。得意な事っていうか、苦手な事は無い!はい次」


 「え?あ、俺か。俺はトウマ。得意な事は魔法を混ぜた剣術かな。じゃ、次!」


 「僕はマコト。得意な事は頭を使う事と索敵だね。はい次」


 「お!俺の番だな!俺はラダ。得意な事は情報収集と走る事だけど、一番得意なのは女の子を楽しませる事かな。……おい、なんだよその目は!」


 「はい、はい。次はあたしね。あたしはリーナ。得意な事は、魔法とマコくんを可愛がる事でーす。はい次」


 「私はユノ。得意な事は水魔法による治療かな。はい次

どうぞ」


 「全員の視線がルオに集まる。ルオはおどおどした様子で口を開いた。」


 「私はルオ。得意な事は偵察と隠密です。主にナイフを使いますが、近接戦闘は期待しないで欲しいです」


 「お前さん、ゼツの教え子だろ?」


 「どうしてそれを……ゼツ先生をご存知なのですか?」


 「その腰に付けてる箱は、昔アイツが使ってた武器入れだからな。ルオに渡したって事は、かなり大事にされてたんだろう?」


 「ゼツ先生は今どこに……?


 「ゼツは死んだよ。俺と戦って命を落とした」


 「そんな……ゼツ先生が……なんで!」


 「すまない」

ガザルさんは頭を下げる。本当は俺が斬ったのに、庇ってくれているのだろう。


 ルオは言いたい事を飲み込んだ。これ以上責めても仕方ないと思ったのだろう。


 「どこに弔われているんですか?」


 「後で案内する。ひとまず、全員の顔と名前は覚えたな。明日からの作戦だが、突入部隊は敵との交戦が予想される。各自、武器の手入れはしっかりと済ませておくように。後衛部隊については、ガルシア王の護衛が目的となる。必要があればマコトと連携を取るように。以上、解散!」



 言われた通り武器の手入れを済ませ、早めに眠りについたのだった――





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