第37話 王都潜入




 ゼツを倒してから半月が経とうとしていた。


 その間、移住計画や魔法部隊の設立など大小様々な事が進められた。新たに加わった仲間達が、それぞれの力を遺憾無く発揮する事で、予想以上の速度で進んで行っているようだ。


 変わったことといえば、ラ・フィルームのような王都で出店していた店の店主達が、税金の安さを聞きつけてフリーデ合衆国へと移転してきたことだろう。

 経済が潤ってきたので、国民達がある程度金を持てるようになったのだ。その溜め込んだ金を吐き出させる事に本来は苦労するらしいのだが、そうはならなかった。


 ラダの調査で分かった事だが、ラ・フィルームの店主が情報屋達を王都に向かわせ、フリーデ合衆国の勢いを喧伝して回らせたようだ。最初にフリーデ合衆国に移転して来ただけあり、先を読む力に秀でているのだろう。


 ガルシア王は、フリーデ合衆国の領地を少しずつ拡大していき、元リンドの町を改名して"首都"と名付けた。勿論、名付け親はマコトである。あえて王都と名乗らなかったのにも理由があるらしい。


 国民達からの王に対する評判はすこぶる良く、獣人軍からフリーデ合衆国軍に吸収された兵士達も、初めこそ不平不満をぶちまけていたが、今では合衆国軍になれて良かったとまで口にするようになった。


 フリーデ合衆国としての総合的な国力が上がって来た事で、獣人国内部で徐々に不満や妬みといった民衆感情が膨らみつつあるようだ。


 もっとも、これはアブディラハムの作戦でもある。

ラスカルから獣人国を取り返すためには、絶対条件として獣人国の民を味方に付けなければならないのだ。

 そのため、獣人国内で不満を募らせて、その不満をラスカルへと向けさせる事で獣人国の民達を味方にする。


 こういった内部工作をコツコツとやっているのが、ラダとマコトだ。ただし、マコトは獣人国内では目立つので、実行部隊は当然ラダと俺になる。

 つい先日、ラダに付き添って初めて王都に入ったが、人の多さに驚いた。今まで見て来たどの町や村とも全く比較にならないほど人で溢れており、紛れてしまえば潜入工作も簡単だった。


 ラスカルがいる王宮は、王都の中でも一際大きな建物で、それこそ町一個丸々入ってしまいそうな土地の広さがある。そんな王宮をぐるりと一周柵が覆い、常時十人程度の警備兵が見張っている。

 流石に忍び込むわけにもいかないので、ぐるっと外周を回り、何処かに進入経路がないか調べる程度にして、王都の一番広い通りの店で聞き回ったり、ラダのツテに当たって情報を集めていく。



 ラダについて行き、広い通りの一本中に入ると、いかにも怪しい建物に入っていく。中は一人掛けの席が横一列になっており、片目の男が酒を振る舞っていた。どうやら、この男が店主らしい。


 「よお、キール。俺にはいつものと、ツレには割材のサヌレかなんかで頼むわ」

顔馴染みなのだろう。慣れた様子で一番奥の席に座ると、手早く注文を済ませる。


 「ラダ、お前が誰かを連れてくるなんて珍しい事もあるんだな。俺はキール。この店の店主だ」


 「トウマだ。よろしく」

簡単に挨拶を済ませる。こんな路地裏の小さな店に来たんだ。ただ酒を飲みに来たという訳では無いのだろう。俺は静かにラダの様子を見守る。


 「はいよ。それで、何が知りたい?」

ガラスで出来た、綺麗な器に飲み物が注がれている。ラダはエールとは違う酒を普段は飲んでいるらしい。


 「王都の店が次々と隣国へ移転しているのを知っているか?」


 「当然だ。隣の国、フリーデ合衆国とか言ったか。なんでも物凄いやり手の王が、若い情報屋を使って獣人国の内部を荒らし回ってるらしいな」


 「なら、話は早いな。王宮の内部情報や噂でもなんでも良い。知ってるだけ話してほしい」


 「二千カルンだ」

 「たけーよ。千カルン」

 「俺はとっておきの情報を持っているぞ。千八百カルン」

 「そりゃ、どんな内容でも言う前ならとっておきだろうが。千百カルン」

 「王宮の内部構造図と警備兵達の警備時間記録だと言ったら?千七百カルン」

 「他には?千三百カルン」

 「最近、獣人国にちょっかい出してる別勢力の情報だ。千六百カルン」

 「分かった。酒もう一杯くれ。千五百カルン」

 「良いだろう。千五百カルンだ」


 ラダは金貨をジャラリと出して渡す。キールは、店の入り口に厳重な鍵を掛けた。盗聴防止だそうだ。


 「ひとまずこれを渡そう」

そう言ってキールは店の奥から、図面と十数人分の名前と三十日分の警備記録を表した紙を出してくる。


 「その二枚は見た通りだ。王宮には緊急脱出用の地下道が存在するって噂もある。その道は、王都の外へと繋がっているらしい。まぁ、あくまで噂だがな」


 「獣人国にちょっかい出してる別勢力ってのは?」


 「ああ、お前は"グリム・リーパー"って知ってるか?」


 「グリム・リーパー?いや、初耳だ」


 「どういう意味の言葉か分からないが、兵士の中にグリム・リーパーを名乗る奴らと交戦したって奴がいるらしい。どうも、一人ではなく複数人の集団みたいだ。で、やってる事がまた奇妙でな。戦場で帝国軍と獣人軍双方に対して明らかな妨害をしてくるそうだ。武器を一夜にしてごっそり盗み出したり、食糧庫を焼き払って軍事行動を取れなくしたりするらしい」


 「なんだそりゃ。まるで、決着が付かないのを望んでるみたいじゃないか」


 「俺もそう感じたよ。まあ、あくまで噂だがな」


ラダは二杯目の酒を一気に煽る。

 「ありがとう。参考になったよ」


 「お前が何に片足突っ込んでんのか知りたくもねえがな、一応客だ。出来るならまた俺の酒飲みに来てくれや」


 「そうするよ。またな」

俺達は店を後にした。



 「なあ、トウマ。そろそろ帰るかー」


 「ラダ―」


 それ以上言わなくて良いと言うかのように、右手を小さく上げて遮る。ラダも気付いていたらしい。


 店を出て最初の曲がり角を曲がった辺りから、つけられているのだ。おそらく二人だろう。


 俺はラダの策に乗る事にした。

何気ない会話をしながら、細い路地を進んでいく。

大通りは人の通りが多過ぎて、敵と交戦するわけにもいかないだろう。


 「んでさー、リアンちゃんを誘ったわけ。でも、好きな奴がいるっぽいんだよなー」


 細い路地のさらに歩きにくい道を選んでいく。

だんだんと、追手との距離が縮まっている。どうする。


 何度目か分からない角を曲がる直前、ラダがボソッと零す。


 「この次の次にある角で、塀を使って屋根に登るぞ」

俺は無言で頷く。


 「この間、ユノを連れてったんだけどさ、リアンとなんか仲悪そうなんだよな」

一つ目の角を右に曲がる。次の角は左だ。



 「あー。エール飲みてえ」


 「さっきで呑んでたじゃねぇかよ!この呑んだくれが」


 曲がり角を曲がり切った瞬間、一気に塀に飛び乗りそのまま、家の屋根に飛び移った。


 「伏せろ」

ラダに頭を屋根に押し付けられる。



 「おい!居ないぞ!」

「気付かれたのか!まだ遠くには行ってないはずだ、探せ!」


 二人の男が走り去っていく。

軽装だが剣を帯刀していた。あの持ち手は軍用剣だろう。


 「兵士だなアイツら」


 「裏の奴なら、あんなバレバレの尾行しねーよ。十中八九、獣人軍の奴だな。もう少ししたら、裏路地を使って王都から脱出するぞ」


 「道案内頼んだ」


 「任せろ」



その後、追手は来ず、首都まで無事に帰って来られた。



 「目覚ましいほどの成果だな。まさか、内部図面まで手に入れてくるとは……」

アブディラハムが珍しく、ラダを褒める。


 「これで、王都攻略戦の道筋が見えたな。二人共、良くやってくれた。マコト、この図面を元に何か新しい情報は得られないか?」


 「やってみますが、王宮と距離がありすぎるので、近づかないと難しいかもしれません」

スマホを手に取り、図面と照らし合わせて操作していく。


 「ダメですね。最低でも王都中にまで侵入しないと、内部の詳細は見られないみたいです。一度、僕が事前に王都に潜入した方が良いですかね」


 「いや、辞めておいた方がいい。俺達ですら兵士らしき奴らに付け回されたからな。最悪、マコトが行くと捕縛される危険がある」

ラダがマコトに釘を刺す。



 「ひとまず、大まかな作戦を考える時間をくれ。大臣三人以外は退席して貰おうか」



 王都攻略戦の作戦会議は、夜遅くまで続いた―





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