第36話 束の間の休息




 「狂人との連絡が途絶えました」


 「難航しているのかもしれん。引き続き探りを入れてくれ。勿論、何かあればすぐ私に連絡を」


 「御意」

 私兵の"影"が去っていく。


 まさか、あのゼツがやられたとでもいうのか。だとすれば、盤上の戦況はこちらが圧倒的に不利だろう。なぜならば、既に切り札は取られ、強力な駒はアルス帝国軍と交戦中につき動かせない。そもそも、あのアブディラハムがガルシアに付いた時点でこちらに勝ち目は無いのだ。奴は老いてもなお、右に出る者がいない程強いのは、隊長達が一番理解している。


 この状況を一番理解していないのは、間違いなくラスカルだろう。奴には指揮をする能力もなければ、引き込まれるような人格もない。そんな無能を担ぎ上げて王にまでさせてやったのに、この扱いだ。俺を小間使いか何かだと思っていやがる。今に見ていろよ。


 グラマスは憤慨しながら、王宮の廊下を練り歩く。

結局、ラスカルにゼツからの連絡が途絶えた事は伝えないまま、自分の心に留めておくのだった



――――――――――――――――――――





 オデッサ達が仲間に加わったことで、大幅に移住用の住居や開拓が進んでいく。毎日、"水鳥の湖畔"で酒を飲める生活が偉く気に入ったらしい。質の良い武器を作るために、バザム火山の方へ鉄鉱石や希少金属の類いを採掘する計画が進められた。


 これにより新たな職が生まれ、フリーデ合衆国の経済が潤うようだ。まだ、経済の事は勉強中でよく分かっていないが、町の皆に笑顔が増えてきたように思う。


 独立宣言から三月が経過した。目新しい事といえば、バザム軍事施設を占拠し、兵士達を取り込む事に成功した事だろう。

 目的は兵士の増強と資源の確保にあった。俺達が乗り込むと、ガルシア王を救出する時に警備していた兵士がいた事で、無条件降伏を選択してきたのだ。

肩透かしだったが、お互いに被害がなかった事は喜ばしい事だろう。



 ラダが仲間に加わり、マコトと合わせて三人で行動する事が増えた。基礎訓練も一緒なのだが、ラダは剣術が苦手なようだ。おそらくマコトよりも不向きだろう。ただ、走る事ただ一点に限っては、尋常じゃない速さと持久力を持っていた。ブーストを使えないにも関わらず、俺がブーストを使ってようやく追い抜ける速さだったのだ。


 しんどい訓練から逃げる様を見た兵士達からは、逃走王などという通り名が付けられていたが、本人は『逃走王ってカッコよくね?』と全く気にしていない様子だ。今は、速度を生かした戦い方を考えているようだ。





 マコトと剣の模擬戦をやっていると、背後から声が掛かる。


 「訓練?精が出るわねぇ」

マコトが構えを解いて手を振る。

俺も剣を仕舞い振り返ると、リーナとユノが並んで立っていた。俺達はゆっくりと近づいていく。


 「久しぶりだな、ユノ。元気にしてたか?」


 「兄さんこそ、怪我したりしてない?」


 「おう!この通りだ」

ユノを安心させてやるために、頭を撫でる。サラサラとした髪の感触が気持ち良い。ユノも嬉しそうだ。


 「リーナさん達もこっちに移住ですか?」


 「お父さんから魔法の指導を頼まれちゃってね」


 「そういう事だ」

さらに二人、軍施設から現れる。片方は会ったことがある気がするが、名前が思い出せない。


 「あの……えーと。なんて言ったっけか……」


 「ネルだ!王と我らの国で会話した時にも居ただろう!」

忘れられた事で怒りの声を上げる。そういえば、こんな奴だったなと思い出した。


 「俺はダイン。ヨルダの弟だ」


 「確かに良く似ていますね。初めまして、僕はマコトです。ところでヨルダ王の側近のダインさん達が来たということは、移住が進むって事ですかね?」


 「その通りだ。まあ、我らの役割としては魔法兵による部隊を立ち上げる事なんだけどな」


 「なるほど。アルス帝国軍との戦いを想定したって事ですね。それなら、リーナさんが一緒にいる理由が分かりました」


 「ああ、君達も興味があれば魔法指導を受けにくると良い。俺達はどんな者でも、敵対しないのであれば歓迎だ」


 そう言って、ダインとネルは去っていった。



 「マコくぅーん。久しぶりに二人きりで過ごさない?」

急に甘えた声で、マコトの腕に擦り寄る。


 「僕達そういう関係じゃなかったと思いますけど……」

明らかに警戒した様子のマコトと、『ひどぉーい』などと言い、更にくっ付くリーナ。


 「まあ、僕も美人と二人で過ごせるのは嬉しいですし。町にでも行きましょうか」

明らかに棒読みだ。



 「行っちゃったね」


 「じゃあ、俺達も町に行こうか。案内するよ」


 「うん!」



 軍施設から出て、まっすぐ店が並列する大通りへと出る。昼間だからだろうか、人の通りが多い。


 「なんだか町の人達が前よりも明るい表情をしてる気がする」


 「そうだな。フリーデ合衆国になってから税金が安くなったし、移住のために準備しているのもあって仕事が山ほどあるんだ。手に職を付けながら、その日食べる食事にも困らないで済むって事だけでも、頑張る理由になってるんだと思う」


 「兄さん少し変わった?」


 「そうかな。自分じゃ良く分かんねえや。でも、ユノも変わったよ。とても綺麗になった」


 「え?そ、そうかな」

 恥ずかしそうに指先で髪を弄る。髪に艶が出ているからだろうか、前よりも随分と大人っぽい。

なんだかこっちまで変な気分になってくる。俺は気持ちを切り替えるため、話題を変える。


 「折角町に来たし、店に入ってみるか?」


 「うん!」


 俺達が入ったのは、最近新しく王都から移ってきた服屋だ。なんでも店主がフリーデ合衆国の噂を聞きつけてあっという間に移住する決断をしたらしい。



 扉を開けると、カランカランという音ともに、まるで花畑に入ったかのような香りと、色とりどりの景色が飛び込んできた。



 「ラ・フィルームへようこそ」

スラリと背が高く、長い髪を腰元まで伸ばしている女性が声を掛けてきた。


 「妹に似合う服を見繕ってもらえないかな」

俺はそう言って、ユノの背を軽く押してやる。


 「へ!?あの……その……」

そういえば、ユノが服屋に入るのは初めてだった。明らかに動揺し混乱気味なようだ。


 「あら、すごく綺麗な髪ね。どういうお手入れしたらこうなるのかしら」


 「森で採れたリューベっていう木の実を絞って採れる汁で髪を洗うんです。エルフの女性達から教わりました」



 「まあ、教えてくれるなんてありがとう。お礼に頑張っちゃうわよ」


 ユノが奥へと連れて行かれる。俺はついていくわけにもいかないので、装飾品を見てみることにした。


 首飾りや耳飾りに、指輪などさまざまな種類の装飾品が並んでおり、価格はバラバラ。一番高い商品は煌びやかな宝石が散りばめられた腕輪で、その価格なんと一万五千カルン(白金貨十五枚)と驚くほど高い。


 そんな中、目を引く髪留めを見つける。大きさは指二本分くらい。花の装飾の中心には、深い青色の宝石が埋め込まれている。俺は手に取り、動きを確認する。かなり大きく開くので、これなら髪の長いユノにも使えそうだ。


 「兄さん」


声に振り返る。


そこには、薄い青に包まれた美しい女性がいた。俺は思わず見惚れてしまった。


 「ホラ、何か言ってあげて」

女店主に耳打ちされる。


 「とても似合ってるよ。大人っぽくて素敵だね」


 満面の笑みを浮かべながら、くるりとその場で回る。

服の裾が波のようになっているからか、フワッとなる。


 「見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうくらい、可愛らしい反応ね」


 「じゃあユノ、先に店を出ていてくれないかな?」


 「え?この服どうするの?」


 「当然買うさ」


 「ありがとう!」

嬉しそうに店を出て行く。


 「仲の良い兄妹なのね。じゃあ、代金を貰おうかしら。三百四十カルンよ」


 「あ、この髪留めも売ってもらえませんか?」

そう言って俺は展示されていた、あの髪留めを渡す。


 「まあ、ユノちゃんきっと喜ぶわよ。箱に詰めてあげるわ、ちょっと待ってて」

そう言って手早く包むと、箱に入れてくれた。


 「じゃあ、二つ合わせて六百カルンね」

俺は金貨六枚を手渡す。


 「お買い上げありがとう。髪留め、喜んでくれると良いわね。またお待ちしているわ、素敵なお兄さん」

俺は受け取った小さな箱を、腰の鞄に仕舞った。



 外に出ると、ユノがくるくるとにやけながら回っていた。


 「お待たせ」


 「あ、兄さん。私のために服を買ってくれてありがとう。大切にするね」


 「おう。俺はユノが笑っていてくれればそれが一番だからさ。あ、そういえばお腹空いてこないか?」


 「うん。実はかなり空いちゃってて。ははは……」


 「じゃあ、おやっさんの所に行くかな」

そうして俺はいつもの"水鳥の湖畔"に向かう。

俺達を出迎えてくれたのは、リアンさんでは無かった。


 扉を開けた瞬間、ちょうど出る所だったラダとかちあったのだ。

 「うおっ!」「わっ!」


 「なんだ、トウマかよ。これからメシか?」


 「あー、びっくりした。そうだよ」


 「な……なな……お前なんだその超美人は!あ、僕ラダっていいます。実は王直属の特別部隊員だったりします!良かったら今度、二人きりでお食事でも」

ラダが、ユノの手を取り詰め寄る。


 俺はラダの頭を掴んでキリキリと締め上げる。

 「おい、ラダ。俺の妹に手ェ出したらぶちのめすぞ」


 「いだだだ!ん?妹?今、妹って言ったか?」


 「はい、私ユノと申します。兄さんがいつもお世話になってます」

ユノが丁寧な挨拶をする。



 「あ……はい、どうも。じゃなくて!」


 サッと俺の横に移動し、耳打ちする。

 「こんな可愛い妹がいるなんて聞いてねぇぞ!つか、獣人のお前になんで帝国人の妹がいるんだよ。ありえねえだろうが」


 「複雑な事情があんだよ、察しろよ!とりあえず、ユノは俺の妹だ。間違っても手ェ出すなよ」


 「チッ。分かったよ」

バッと俺から離れる。


 「お騒がせしました。それでは僕は失礼します」

丁寧なお辞儀をユノにして、去っていった。


 「ラダさんて面白い人だね」


 「はあ、どっと疲れた。まあ、気を取り直して入ろうぜ」


 「いらっしゃい。あ、トウマさん!今日は……お二人ですか。そちらの席へどうぞ」

ん?今微妙に間があったような。俺達は、案内された席に着く。


 「あら?その服、もしかして"ラ・フィルーム"の服ですか?」


 「はい。先程、兄さんに買って貰ったんです」


 「(兄さん……ね)凄くお似合いですよ。先程は失礼しました。私、この"水鳥の湖畔"店主の娘、リアンといいます。今日のおすすめは、マスウラの香草焼きと、朝獲れ野菜ですよ」


 「あ、じゃあそれで!」


 「飲み物はサヌレでいい?」


 「おう!二つね」


 「じゃあ、八十カルンね」

銀貨八枚を手渡す。


 「はい、じゃあちょっと待っててね」



 「兄さん、ここにはよく来るの?」


 「ああ、マコトがここを気に入っててさ、さっきのラダと三人でよく来るよ」


 「ふぅん……」

なんだかちょっと不機嫌そうだ。俺が何かしたのだろうか。


 「はい、サヌレ二つとパンをお持ちしましたー」

いつもの通り、ふかふかのパンとサヌレの飲み物が置かれる。いや、いつもの通りじゃ無い。明らかに頼んでもいない、薄切り肉の炒め物が置かれる。


 「あれ?頼んでないぞ?」


 「おまけしておきました。私からの気持ちです」

リアンは俺の耳元でボソッと言いながら、ユノを見た。


 リアンが宅を離れた直後から、ユノの視線が痛い。明らかに怒っている。俺はさっき買った髪留めを思い出し、包装された箱を腰の鞄から取り出す。


 「これさ、ユノに似合うかなと思って」


 「え?服も買ってもらったのに……いいの?」


 「マコトから教えて貰ったんだけど、初めて仕事してお金貰ったら家族に贈り物をする文化があるんだって。だから、ユノに贈りたくてさ」


 「開けるね」


 包みを解き、箱を開けてすぅっと息を呑む音が聞こえた。

 「綺麗な髪留め……ありがとう。ずっと大切にする」


 「付けてみてよ」


 ユノは手に取り、右の耳の上に髪留めを付ける。

付けた瞬間、ポワッと深い青色の宝石に光が灯った。


 「うん、凄く似合うよ。良かった」

髪留めのお陰ですっかり機嫌も元通りになったユノは、パンの柔らかさに驚いたり、始終にこやかに楽しめたようだ。



 「兄さん、ちょっと席外すね」


 ユノが席を立つのと同時に突風が吹き込んだ。

強い風に思わず腕で目を庇う。ゆっくりと腕を下ろすと、薄汚れた布を纏ったあの老人が目の前に座っていた。


 「このパンは絶品じゃ!たまらんわい」

次から次へと胃の中に収めていく。


 「ふぁー。食った食った。満腹じゃわい」


 「相変わらずだな爺さん」


 「おぬし、ちぃとは強くなったようじゃな。さて、一飯の礼じゃ、心して聞け」


『雷鳴轟く時、暗い夜を照らす月は落ち、

真紅の眼は激しい炎に焼かれるであろう

大きな決断をしなければならぬ


だが、運命を捻じ曲げる鍵は、もう両の手に在る

行手が険しい茨の道でも進むのだ

例え月が落ち、足元が見えずとも、立ち止まる事は出来ぬのだ』


 「相変わらず何言ってんのか分かんねえ……」


 「分からずとも良いのじゃ。辿る道は決まっておるからの」

老人は席から立ち上がる。水鳥の湖畔の窓や扉が一斉開き、突然ぶわっと風が吹きつける


 「また逢おう」


 目を開けると老人の姿は無かった。

代わりに机の上には真っ黒い小さな石と、鈍く光る銀貨のような物が置かれていた。老人が置いていったのだろう。


 俺は、石と銀貨のようなものを手に取る。

石はなんの変哲もないただの石ころのように見える。一方で銀貨らしきものは、どこかで見た事のあるような細かい彫刻が施されている。しかも、物凄く薄いのだ。それこそ厚みは爪より少し厚い程度しかない。俺達が普段使っている銀貨は、形が歪で一枚一枚微妙に形や重さは異なるのだ。俺はそのまま腰の物入れに仕舞った。


 「兄さんお待たせ。あれ?まだお腹空いてたの?」

パンの籠が空になっているのに気がついたユノが、呆れた様子で聞いてくる。


 「俺じゃないよ。前に森で会った爺さんが食っていったんだよ」


 「森で会ったお爺さんって、あの剣をくれた人?」


 「そうそう!急に出て来てびっくりしたよ。じゃあ、そろそろ行こうか」


 休息を楽しんだ俺達は、軍施設へと帰っていく。



 「お爺さんなんていたかしら……」

リアンは不思議に思いながら、

食器を片付けるのであった―――






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