第35話 依頼と報酬



 暗殺未遂事件から、三日後。


 木々が赤や黄の彩りを見せ、森の様子も変わってきた。

木の実があちらこちらに実り、それを啄む鳥や四つ足の魔物達の姿で溢れかえっている。


 もう、だいぶ暑さも和らぎ、森に吹き抜ける風が心地良い。そんな森で暗い影を落とす少女が一人。


 「ああ、こんな所にいた。探したよ」


 緑の長い髪を揺らしながら歩み寄る。新緑のような髪がこの時期の森では一際目立つ。


 「ごめんなさい。少し考え事をしてたら、森に入っちゃったみたい」


 「もう皆と離れて二月か。心配だよね」


 「うん」


 「まあ、一番心配なのはトウマのことだろうけど」


 「!?」

 馬の尾毛のような茶色い髪の少女は頬を赤らめる。


 「トウマは一人でも十分強いし、それにマコくんと一緒なら大丈夫だよ」


 「随分マコトさんを買ってるんですね」


 「普段は臆病で身体より頭使うのが得意だけど、ここぞと言う時は身体張ってでも誰かを助けようとするの。あの二人は息ピッタリだし、お互いの力を認め合ってるから、二人揃うといつも以上の力を発揮出来ちゃう。だから、簡単にやられたりしないわ」



 「おお!こんな所におったか。探したぞ」

ヨルダ王がノルンを連れて森の中から姿を表す。


 「あれ、お父さん。久しぶり」


 「我が娘は相変わらず美しいな。なぜこの国の男共は、こんな美人を放っておくのか分からん」


 「面倒なコブが付いてくるからでしょ」


 「ぐぬぬ…」


 「はいはい。それで、何か用?」

呆れた様子を見せる。


 「ああ、無事に建国したからその報告と溜まっている仕事を片付けにな。悪いが、二人も報告に同席してくれ」



 私達は連れられるまま、村へと戻る。村の一番大きな建物には、既に人が集まっており報告を待っていた。


 「待たせたな、それでは早速報告からだ。予定通り、獣人国領土を奪取し、前国王のガルシアと共謀して新たな国を建国した。新たな国の名は、フリーデ合衆国。名に込められた意味は、自由と平和を求め集まった国々という意味だ」


 「そして、エルフの国もその新しい国、フリーデ合衆国に参加し国土を広げる事とした」


 『獣人国と事を構える気か』『この森はどうなるんだ』『ガルシアとやらを信用できるのか』などと、皆口々に不満や不安を吐き出す。


 「静まれ!お主らアルス帝国軍が森にまで侵入し、攻め込んできた事を忘れたのか?このまま行けば、いつか必ずアルス帝国軍に住処を奪われる。それだけじゃない。奴らは魔法を使ったのだ。この森に入る前の戦闘で拿捕された仲間が、魔法について無理やり吐かされたのだろう。この意味が分かるな?」


 「我らが生き残るためには、何処かしらの勢力に属し、共に闘う他無いのだ。それも対等な関係で同盟を結ぶのが絶対条件だ。その点、ガルシアと建国した新たな国での我らエルフの扱いは対等だ。この機を逃せば、我らが生き残る方法は永遠に失われるだろう」


 「このまま黙って沈みゆくか、武器を手に取り自由を勝ち取りに行くか、この場で選べ!」




 「それでは選択肢など一つではありませんか」

一番年寄りに見えるご老人が笑いながらお茶を啜る。


 「左様。どのみち老い先短い我らに伺いを立てる必要などあるまい。やりたいようにやれ」

右隣に座っている目つきの鋭いご老人は杖の頭を撫でながら、ヨルダ王に向かって吐き捨てる。


 「我らは何処に住もうと、森の民としての誇りを失わなければ良い。最悪なのは我らが生き絶えて後世に伝える者がいなくなる事だ」

左隣に座っている両目を閉じたご老人は、右手の甲を左手で摩りながら喋りかける。


 「三賢者からの許しが出た。よって、我らは新たにフリーデ合衆国として国を改める。なお、新たな国の王はガルシアだ。俺は国王と同列の国王代理となった。そして、大臣としてダインに就いてもらう。軍事指揮にはネルを就ける。その他の者には、頃合いを見て適切な役職に就ける事を約束しよう」



 「兄上……私が、大臣…ですか?」

ヨルダに良く似た男が驚いた様子で詰め寄る。


 「そうだ。お前の柔軟な考えは、まさにフリーデ合衆国に向いている。これから多種多様な人種が混ざり合っていく国で、存分にその手腕を発揮して欲しい。これは、国王としてだけでなく、兄としての願いでもある」


 「大臣の命、お受けいたします」

大粒の涙を流しながら頭を下げる。


 「また、民達の移住についてだが、今現在住居と食糧について取り掛かっているところだ。よって、当面は今まで通りの生活を続けてほしい。ただし、ダインとネルはすぐにでもフリーデ合衆国へ移り住んでもらう。国の運営に携わってもらいたいからだ」


 「「は!」」


 「では、ダインとネルにリーナとユノ以外の者は解散!」


 皆、ゆっくりとその場を後にする。部屋には指示通り五人が残った。



 「さて、残ってもらったのは我らの秘匿してきた魔法についてだ。既に知っての通り、アルス帝国軍が魔法を戦術に組み込んでいる。それに対抗するため、我らフリーデ合衆国も魔法を広く周知し、魔法兵の部隊を作るべきだと考えておる。そのために、ダインとネルが協力し、魔法遊撃部隊を作ってもらいたいのだ」



 「し、しかし…魔法と言ったって、獣人達に一から魔法を教えて身につくのかどうか…」


 「それについては問題ない。当然個々の魔力量や適性によっては魔法が使えない者もいるだろう。そこで、リーナお前の出番だ」


 「はいはい。あたしの魔力眼で適性を見抜いて、人員を集めろって言うんでしょ?」


 「そうだ。もしかすると魔眼持ちも見つかるやもしれんしな。とにかく、ここにいる四人で魔法の訓練をして欲しいのだ」


 「四人…私もですか?」

そう。確かに今、ヨルダ王は四人と言った。私に出来る事なんてあるのだろうか


 「うむ。ユノには二つの役割がある。一つは教え手が多種族であった方が都合が良いということだ。我々エルフだけが、一方的に教える側に立つと余計な諍いを招きかねん。大切なのは、魔力さえあれば誰でも努力次第で使えるようになるという事を教えることだからな。そして、もう一つの役割は後方部隊で指揮を取ってもらいたいのだ」



 「ちょっと!ユノちゃんに何て役を押し付けようとしてんのよ!」

リーナさんが憤慨し、ヨルダ王の襟を掴んで揺さぶる。


 「苦…ぐるじい……はぁッはぁ。死ぬかと思ったわ。これにもちゃんとした理由があるのだ…」


 「なによ!」


 「ユノよ。トウマが心配であろう?」


 唐突な言葉に、思わず顔が赤くなるのを必死に隠す。


 「おそらく…いや、ほぼ間違いなくトウマは前線で隊長以上の役割を持つことになるだろう。今でさえ、獣人軍の猛者と渡り合えるほどに強い。これからさらに強くなっていく事を考えれば、どんどん上へと押し上げられ、その背には期待と責任がのしかかっていくことになる」


 「そんな時、すぐ近くに支えてくれる人がいるだけでも心強いものだ。そしてユノには、水魔法による回復と戦術支援が出来る。これ以上ないほど適任なんだ。頼む、我らの希望を支えてくれ」

ヨルダ王が私に向かって頭を下げた。



 「よく考えなさい!乗せられちゃダメよ!」

リーナさんが両肩を正面から掴み、真剣な目で私に訴える。



 「リーナさん。私、兄さんを助けたい。守られているばかりじゃ、いつか兄さんが遠い存在になっちゃう。私にも出来る事があるなら、隣は無理でもそばにいて支えてあげたいの!」


 「それが答えなのね?」


 「うん。この二月の間、悩み抜いてきた答えだから」


 「では、数日後にはノルン達と一緒にフリーデ合衆国へと移動する。各自準備をしておけ」




 いつの間にか自室に戻ってきていた。


 久しぶりに兄さんと会える。それだけでこの先頑張れる気がした。高まった胸の鼓動は、落ち着くどころかますます早まっていく…



―――――――――――――――





同日、フリーデ合衆国



 トウマと二人で、あの食事処に来ていた。

どうやらこのお店、水鳥の湖畔というらしい。


 今日は、鶏肉のステーキと朝獲れ野菜のフレッシュサラダがおすすめだった。名前を覚えるのが大変なのでどうしても知っている単語を並べてしまう。

相変わらずどの料理も絶品で、さらにはパンが美味しいだけでも、舌の肥えた僕には通うだけの価値がある。


 「なあ、結局ゼツに使ってた魔法ってなんだったんだ?俺はマコトが合図したら、姿が消えなくなるとしか聞いてないからさ」


 「ああ、ごめん。ちゃんと説明してなかったね。僕が使った魔法は自分で作った新しい魔法なんだ。ブレインフォッグとスタンセンスっていうんだけどね」



 「自分で作った!?魔法って作れるのか!?」


 「ホラ、僕の属性って黒だったでしょ?他に誰もいない可能性すらあって、ファイアボールみたいに既に決まった詠唱で発動する魔法が無いんだよ。だから、新しく作るしかないってわけ」


 「でも、作るって言ったってさ…具体的にはどうやるの?」


 「きっかけは偶然だったんだ。ガザルさんと基礎訓練やってた時に、ブースト使われてムカついてさ。僕には使えないのに、一方的に魔法使うなんてズルい!って思ってたら、突然全身から魔力が抜け出る感覚があって、そしたらガザルさんがまるで麻痺したかのように動けなくなっててさ。それで試していった結果、魔法らしきものにまでなったってわけ」


 「それはどっちの魔法?」


 「スタンセンスだね。ブレインフォッグの方は、魔法を使えなくする魔法だよ」


 「あれ、詠唱は?たしかしてなかったよな」


 「そうなんだよ!多分だけど、全ての魔法は詠唱しなくても使えるはずなんだ。今度二人で実験してみようよ」



 「お!お二人さんみーつけた!」

振り返るとあの、情報屋のラダがニンマリとしながら、扉の前に寄りかかっている。


 「あ、ラダだ。一月ぶりくらいかな?」

俺は手を挙げ挨拶する。


 「マコトぉ!依頼の件、忘れてねぇよな?」


 「まさか……!」


 「さあ、入ってくれ!」

ラダが店の中から手を招くと、やや背の低いむさ苦しそうな男達が入ってくる。


 「ドワーフじゃん。え……獣人じゃないの!?」

マコトが何やら素っ頓狂な声を上げる。


 「獣人だぜ?つか、ドワーフってなんだ?」


 「それはな、ワシらの本当の種族名じゃ。面倒だから獣人で通しておるがな。しかし、よく知ってたな」

一番手前にいる男が、がっはっはと胸を張って声高々に笑う。


 四人は隣の卓に座った。ラダがマコトに目配せする。


 「リアンさーん」


 「はいはーい。ご注文ですか?」


 「エールを四つと、エールに合う料理を三種類くらい隣の四人にお願いします!」


 「えーと、全部合わせて……百カルンにおまけしちゃいますね!」


 「あ、じゃあ二百カルン渡しとくので、エールのお代わりどんどん持ってきてもらえますか?」


 「分かりましたー」


 木の大きめな器に、独特の匂いがするエールが並々と注がれる。


 「はい、お先にエールを四つお持ちしましたー」


 「おお!酒だ酒だ!」

ドワーフ達は器のエールを一気に煽り、飲み干す。


 「ちと酒精が弱いが、これはこれで旨いな!」

凄い飲みっぷりで次々とエールを飲み干していく。酒を飲み過ぎると酔って気持ち悪くなると聞いたが、この男達は果たして酔うのだろうかと思わせるほど、水のように飲んでいる。


 「ぷはぁ!生き返ったわい。小僧、ありがとな」


 「それで?この三人が職人って事で良いんだよね?まあ、ドワーフだから鍛治とかは得意そうだけど」


 「おうよ!鍛冶に建築何でもござれってさ」

ラダが自分の事のように得意げに話す。


 「正直助かったぜ。王都の重税もそうだが、クソみてぇな屑鉄で武器を作らされるのには飽きちまっててよ。おまけに酒もロクに飲めやしねぇ。この胡散臭え兄ちゃんから話持ちかけられた時は疑いもしたが、しっかり腰を据えて話を聞いてくうちにこの国に惹かれてな。渡りに船とはこの事かと思ったぜ!」


 「そりゃないぜ、オデッサの旦那。俺のお陰で旨い飯にもありつけただろうが」


 「いんや。ワシらに食わせてくれたのはこっちのボウズだ」


 「こりゃ、一本取られたわ」

二人で肩を抱き合い爆笑する。仲が良いなこの二人。



 「改めて、僕の依頼を達成してくれてありがとう。ラダには感謝してるよ。じゃあ、報酬を渡すね」

マコトが硬貨を入れてる袋に手を伸ばすと、ラダから待ったが掛かる。


 「金はいらねぇ。その代わり、俺をお前達の仲間にしてくれ!頼む!」

ラダが机に額を擦り付ける勢いで頭を下げる。



 「僕達が何者か知ってて言ってる?」

マコトはラダの目的を見極める気だろう。目が据わっている。



 「ガルシア王の私兵。正確には、フリーデ合衆国の中枢に位置し、国を動かす人達と繋がっている人物って所だろう?」


 「概ね正解だね。でも、どうして?ラダには情報屋っていう仕事があるじゃない」



悩んだ様子だったが、意を決して口を開く。


 「俺の家はさ、親父が早くに死んじまっててな。お袋と妹の三人で暮らしているんだけど貧乏でさ。そりゃあ子供の頃は本当に食うに困ったよ。森へ行っては食える物探してなんとか食い繋いできたんだが、俺が十二の時にお袋が身体を壊しちまってな。それからは、歳を誤魔化して仕事したりして、俺がお袋と妹を食わせなきゃならなかった」


 「悪い事だって何でもやったさ。知恵も武力も持たない俺には、情報屋なんていうチンケな仕事で食い繋ぐ方法しか見つからなかったんだ」


 「そんな時にあの独立宣言が目の前で起きた。王なんていうのは、俺達みたいな弱者がどうやって生きているかなんて興味も無いと思ってたし、一生こうやって暮らしていくんだろうって思うと不安でたまらなくなる。だから辛い現実から目を逸らして生きてきたんだ」



 「だから、ガルシア王が語った"幸せと自由"に心打たれたんだ。俺達弱者でも幸せや自由を求めて良いんだと王から言われた時には震えたさ。涙が出そうになるくらい嬉しかった。そして決めたんだ。幸せを、自由を求めて俺も戦うって」


 「だから頼む!俺を仲間に入れてくれ!」


 涙の訴えだった。他の客が驚き見ていようが、全く気にする事もなく、必死に訴える姿は真剣そのものだ。



 「僕の一存では決められないよ」


 「そうだよな 無理言ってすまなかった」

ラダは立ち上がり、店を出て行こうとする。



 「でも、ガルシア王へ僕達からお願いする事なら出来る。僕達と一緒に戦ってくれないかな?」

マコトが笑顔で手を差し伸べる。


 「ああ!俺の方こそ頼む」

流れ出る涙を左腕で拭いながら、マコトの手をしっかりと握った。



 隣で見ていた、ドワーフのオデッサ達も涙を堪えながら手を叩いて祝福している。



 食事処"水鳥の湖畔"を後にした俺達は、真っ直ぐ軍事施設にある司令室に向かった。



 「あん?オデッサじゃねえか。なんでこんな所に居るんだ?」


 「お前こそどうして生きてる!?死んだはずだろうが」


 「お知り合いですか?」

マコトが尋ねる。


 「ああ、俺が獣人軍の兵士だった頃に武器を面倒見てくれてたのがコイツだ」


 「そういうこった。まあ、まさかこんな所で再開するなんて夢にも思ってなかったがな!オデッサ!再会を祝って、後で一杯やりに行こうや」

肩を抱き合い再会を喜ぶ二人。


 「マコト、ガルシア王に報告を」

アブディラハムがゴホンと咳払いをし、場を引き締める。


 「はい。こちらにおられる御三方が、フリーデ合衆国に参加してくださる技術者の方です。隣にいる情報屋のラダに依頼し、王都から誘致してきて貰いました」


 「ラダといったか。お主のお陰で我が国が抱える問題が大幅に解消されるだろう。心から感謝する」


 「ガルシア王、恐れながらひとつお願いを聞き入れてはいただけないでしょうか」

ラダは緊張した面持ちで進言する。


 「申してみよ」


 「この国のため、ひいては己と己の家族の幸せと自由を勝ち取るために、私も共に戦いたいのです。マコトやトウマと共に歩む事をお許しいただけませんでしょうか」

ラダがガルシア王に緊張した面持ちで頭を下げる。



 「マコト、トウマよ。お前達で決めろ。これからを作るのはお前達二人だ」



 「俺はラダに仲間になって貰いたい。ラダには強い意志と、大きな目的がある。俺はラダを気に入った。マコトはどうだ?」


 「僕も概ね賛成。オデッサさん達を引き抜いてくるのだって難しかったはず。それをたった一人で王都に乗り込んで達成してきたという事実は、正直驚いた。良き仲間としてやっていきたいと思う」


 「決まりだな。では、ラダよ。今日からお主は王直属作戦部隊の所属とする。隊長はそこのガザルだ。分からない事はガザルか、そこの二人に聞いてくれ。これから頼むぞ」

ガルシア王がラダの左肩を軽く叩いて退出する。


 「はい!ありがとうございます!」

ラダは勢いよく頭を下げる。


 「やったな。今日からよろしく!」




 こうして、ラダが本当の意味で仲間になったのだった






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る