第34話 ゼツ
辺りはまだ暗闇に包まれている。
聞こえてくるのは寂しげな虫の声と、風で揺れ動く木々達の騒めきだけだ。
鳥達が動き出した。もうすぐ陽が昇り始めるだろう。
いつでも動けるように帯刀し、軍事施設の庭に聳え立つ大木に背を預けて座り込む。
マコトが警戒範囲を広げて常に監視してくれているとはいえ、奴には投げナイフ等の投擲武器がある。
昨夜、ナイフに塗布された毒の検証をしてくれた結果、死ぬ事はないが短時間身体の動きを鈍らせる、いわゆる痺れ毒だということが分かった。
わざわざ痺れ毒を選んでいる事が引っかかるが、いずれにせよ食らわないに越したことはないはずだ。
搦手を得意とし、姿を消す技やそれを軸に練り上げられた、暗殺という目的を遂行するための戦術には美しさすら感じた。
陽が顔を出す前の僅かに明るくなり始めた頃、マコトから声が掛かる。
「来た!反応は三。うち一つは真っ直ぐこちらに向かってるよ。表示上にゼツの名を確認!」
「奴はおそらく姿を消してやってくるはずだ。作戦通りでいいんだな?」
「うん。何がなんでも初撃だけは躱して」
「了解。頼んだぜ相棒!」
side ゼツ
(おや。昨日二人ですか。マコトとかいう少年の戦闘能力が分からない以上、あの厄介な獣人を先に始末するのが良さそうですねぇ…)
身隠れを使い、獣人の側面へと回り込む。
この技を使っている間、姿は勿論のこと、足跡や匂いさらには音までもが他者から見聞きされなくなる。
多用はできないが、そもそも一撃必殺が暗殺の基本だ。
普通であれば、使ってもせいぜい二度くらいだ。だが、目の前の敵は二度も躱している。
まるで旧友のような身のこなしで戦われると、やりづらさを感じてしまう。
既に剣を構えているところを見ると、姿は見えていないが近くにいる事は察しているのだろう。恐ろしい勘の鋭さだ。今日は扉を背にしておらず、背後は空いている。昨日よりはいくらか有利だろう。
ひとまずマコトという少年を無視して、投げナイフをニ本構える。擦りさえすれば勝機が生まれる。いつも以上に狙いを定めて、まず一本。大きく反対へと回り込み二本。
両方スレスレで躱される。おそらく、風切り音を聴き分けて躱しているのだろう。新たに三本を指の間に挟む。これを投げたら手持ちが残り四本だ。
奴の正面へゆっくり移動し、同時に三本とも投げる。
すかさずガラ空きの左手側へと回り込む。
(!?)
奴が突然垂直に飛び上がった。高い。背丈の倍以上は跳躍している。
「"火よ、眼前の敵を灰燼に帰せ" フレア!」
奴の手から赤い光球が足下めがけて放たれた。
頭が未知の攻撃に対して最大級の危機を知らせる。後ろへ飛ぶしかない。赤い光球が地にぶつかると同時に、爆炎が上がり吹き飛ばされる。
顔を守るために十字に組んだ腕が熱を持ち、ヒリヒリとする。(帝国軍兵みたいな技を使うとは…)混乱していた気持ちを落ち着かせる。大丈夫、確かに驚きはしたが似た技を見たことがあるのだ。組み立てを変えれば対処できる。
土煙が収まると奴の姿が現れる。奴も足の脛が少し赤くなっているようだ。
「いやぁ、驚きました。しかし、惜しかったですねぇ」
身隠れが解けた。爆炎を受けて傷を負ったからだろう。連続使用するため、最低限の時間を稼ごうと会話をする。
「惜しくなんてないよ。いけ!ブレインフォッグ!」
無視していたマコトという少年が手のひらをこちらへ
向けて何かを叫んだ。
体を確かめるが、特に何も変化は無い。
「ハッタリですか。まあ、時間はたっぷりありますからねぇ。君の事は後でゆっくりと殺して差し上げますよ」
再び、身隠れを使う。そう、これさえ使っていればこちらが有利なのは変わらないのだ。
獣人に急接近し、ナイフを振りかぶる。
(!?)
今、明らかにこちらを見て躱した。それだけじゃない。背後に回り込む俺の動きに合わせて追ってきている。急所を狙った刺突も全て剣で払われる。どう考えても、身隠れが効いていない。
「シッ!」
奴の剣を躱して距離を取る。
「おかしいですねぇ。まるでワタシの動きが見えているような…」
「トウマ!」
「おう!」
獣人がこちらに接近してくる。早いなんてもんじゃない。明らかに異常な速度だ。
俺は再び身隠れを使い距離を取ろうとするも、やはり見えているようにピッタリと追従し、剣を振ってくる。
ナイフで受け流すのがキツい。握る力が削られていく。
しかし、なんでコイツ俺の動きが見えているんだ?
「行くぞ!スタンセンス!」
また、少年が手を向けて何かを叫ぶ。その直後だった。
(足が……足が動かない!何をされた?まずい。これでは剣が躱せない。せめて斬撃を受け流せ)
だが、棒立ちから出せるナイフの軌道など限られている。袈裟斬りが変化し、右足へと振り下ろされていく。右足を切り飛ばされた事で、硬直が解けるも地へと倒れていく。奴は足を斬り飛ばした勢いのまま、宙で回転し右腕へと剣を振り下ろす。時の歩みがゆっくりになっていくのを感じた。
時が戻ると、声にならない音が喉の奥から吐き出される。
身体中を駆け巡る激痛に意識が飛びそうになる。
右腕と右足の感覚が無い。この出血量、間違いなく俺はここで死ぬ。
side トウマ
ナイフを持つ右腕と右足を連撃で斬り飛ばした。切断部からは夥しい量の血が流れ出している。
「ワタシの負けですねぇ。冥土の土産に教えてください。少年、アナタはワタシに何をしたのです?」
「姿を消す魔法を使ったと錯覚させる妨害魔法と、足の感覚を失わせる妨害魔法だ」
「そうでしたか。身隠れは魔法というものなんですねぇ。しまったなぁ、先に少年を始末するべきでした」
「ゼツ」
剣を担いだガザルさんが、ゆっくりと近寄ってくる。
どうやら残り二人を始末出来たようだ。
「この獣人を見ているとアナタの影がチラつくわけだ。お陰で殺し損ねました」
「お前、殺しよりも戦士としての誇りを取っただろう」
「ふっ…何もかもお見通しですか。さすがは、ワタシの友だ。先に逝って待ってる」
「ああ、俺が逝ったらまた三人で呑もうや」
ゼツを抱きしめる。満足そうな顔をして、ゼツは動かなくなった。
「ごめん。俺…」
「戦場では良くあることだ。気にする事はないさ。寧ろ、ゼツを相手に良くやった」
俺の肩を軽く叩くと、友の亡骸を抱え上げて森の方へと歩いて行く。背中が泣いているように見えた。
「トウマ、報告に行こう」
「…そうか…ゼツをやったか」
ガルシア王は浮かない顔をしていた。
「アイツは…ゼツはどんな人だったの?」
「そうだな…隊長らしくない奴だった。斥候部隊の隊長だというのに、隊員にも謙った言葉遣いで話し、危険な仕事は自分で全部片付ける奴でな。唯一心を開いていたのは、同じ隊長のアンベルとガザルだけだった」
「これから先も獣人同士で殺し合うのかな」
「そうしないためにも、一刻も早くラスカルを引き摺り下さねばなるまい。疲れたであろう?今日はゆっくり休め」
俺達は言われた通り、汗だけ流して眠りにつく。
心に掛かった靄が晴れる事はなかった―――
「しかし、二人であのゼツを倒してくるとは」
パパドが驚きを隠せずにいる。
「あの
「ああ、昨夜本人から聞いた。マコトにしか使えない独自の魔法を開発したそうだ。それも、対魔法用の妨害魔法と、肉体に対する妨害魔法らしい」
「ふふ…ますますアルス帝国との戦いには、前線に立ってもらわねばならなくなったな。どれ、儂が少し遊んでやるか」
アブディラハムは、髭を撫でながら不敵に微笑む。
「ほどほどにな」
ドアがノックされる。
「只今戻りました」
服に付いた血が固まり黒ずんでいる。
「ご苦労だったなガザルよ。辛い思いをさせてすまない」
「ガルシア王を救出すると決めた時に覚悟していた事です」
「ゼツの犠牲を無駄にしないためにも、必ずラスカルから王位を奪還し、この国の未来を守ると誓おう」
「どこまでもお供します」
次なる作戦のために、
四人は司令室で夜を明かすのであった―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます