第33話 朝靄の凶手
王都、とある一室では
「何!?我が国の領土が侵略されただけでなく、新たな国が出来ただと!?」
でっぷりとした、ブルドックのような顔の男が机を激しく叩き怒りを露わにする。
「ええ、我が国でも最端に位置するリンドの町という所です。そこを一方的に占拠し、独立宣言などという暴挙を起こされました」
細身で血色の悪い、鼠のような特徴を持った男が平伏しながら報告を続ける。
「元々統治を任せていた、役人達が王都に逃げ込んできた事で発覚したのです」
「それで、主犯は分かっているのか?」
ぎりぎりと拳を握りしめる音が聞こえる。
「そ、それが……ガルシアです。この間バザム火山軍事施設から逃げ出した、あのガルシアです!」
稲妻のような音と共に、机に亀裂が入る。
「あの死に損ないめが、忌々しい!ただちに制圧部隊を投入し、領土を取り戻せ!」
「大変申し上げにくいのですが、制圧部隊は現在アルス帝国軍と交戦中です。また、厄介なことにガルシアと共に反旗を翻した者が二人います。あのパパドと王都に居たはずのアブディラハムです」
「過去の亡霊どもめ、この儂への恨みを晴らすために蘇ったとでも言うのか。他に動かせる部隊は無いのか!」
「暗殺部隊なら動かせますが…」
「あの狂人がいる部隊か。丁度良い、直ちにその何とかの町へ出撃させろ」
「かしこまりました」
細身の男が部屋を出る。
部屋の中からは、おそらく暴れているのだろう。大きい音が断続的に聞こえる。
「ラスカルはもう駄目だな…」
細身の男グラマスは小さく呟くと、背を丸めながらゆっくりと自室へ向かい歩いていく。
――――――――――――――――
独立宣言から二月が経過した。
だいぶ暑さも和らぎ、森の木々が着飾ったように色鮮やかになり始めている。
新しい家が数軒建てられ、町の様子が少しだけ変化した。一方で、先月から進めていたエルフ達の移住計画は芳しくない。やはり、建築技術を持つ人が足りないというのが遅れている原因だろう。
二月も経過したのに、未だに獣人国は不気味なほど沈黙を続けている。父さん達は警戒を強め、領土の警備を強化した。
俺は日々の訓練とは別に、軍の一般訓練にも参加するようになった。軍兵達と手合わせしてもらいたいと、パパドの爺さんから相談を受けたのがきっかけだった。
どうやら、パパドの爺さんを救出した時に戦った人達から恨まれていたようで、やる気満々でかかってきたまでは良かったが、驚くほど弱かった。
何が弱いって、剣の扱いが二月前とまるで変わっておらず、体捌きもなっていなかったのだ。そこで俺は、自分が今まで教わってきた事を彼らにも教えてみる事にした。
それこそ初めの頃は全く聞く耳を持たず、闇雲に剣を振って走り込むだけだったが、変わり者が一人、面白がって俺と模擬戦をするようになった。日々模擬戦を繰り返していくうちに、彼は目に見えて上達し出したのだ。それを見ていた周りの兵士達も態度を改め、俺から技を盗もうと必死に喰らいつくようになる。
真剣にやればやるほど強くなれるという実体験が、彼らのやる気を刺激し、メキメキと彼らを強くした。
一月も経った頃、通りがかったアブディラハムの爺さんが、『萎れていた雑草達が、いつの間にか青々としてきたな。どんな花を咲かせるのが楽しみだ』等と呟くのを兵達は聞き、更にやる気が上がる。
いつの間にか、敵対心を抱いていた兵士達と談笑しながら食事する仲になっていた。俺は自分の居場所を見つけた気がして、心が満たされるのを感じた。
その姿を遠くから眺める者達がいた。
「本当に逞しく育ちましたね」
トウマ達を優しい目で見つめるガザル。そのすぐ隣には、ガルシア王とパパドが同じようにトウマを見つめている。
「ああ、トウマを中心に軍はまとまりを見せておる。それに足りない分はマコトが埋めてくれるだろう。本当に良い友を持った」
「あとは我々が、あの二人に負の遺産を残さないでいけるかどうかですな」
「引き続き、トウマとマコトを頼んだぞ。あの二人はこの国の未来を担う存在だ」
二人を取り巻く環境は刻一刻と変化している。
アルス帝国の侵攻に、バルザルム獣人国との領土問題もある。更には、移住問題と現体制の高齢問題と目白押しだ。
おそらく俺も長くは生きられないだろう。十五年の監禁生活で確実に寿命は縮まっており、今もなお体調が芳しくない。アブディラハムやパパドのように六十を超える事は出来ないだろう。焦る気持ちを抑えて、平静を装う。
既にヨルダと話をしている事だが、次代の育成に注力しなければこの国に未来は無い。それどころか、宣言した目標も達成が危ぶまれるのだ。
悩みの種は尽きないが、残りの人生を愛する国民と我が子のために全て注ぎ込むと決めたのだ。
自分の意思を再確認した俺は、執務室へと戻るのだった。
そして、三日後の早朝。
いつものように日の出と共に目覚めた俺は、朝の走り込みに出掛けるため着替える。窓の外を見ると、どんよりとした曇り空で少し肌寒そうだ。
同室のマコトは、陽が完全に登り切るまでは目覚めないので、起こさないようにいつもは静かにそっと部屋を出ていた。
だが、今日は違った。
突然、スマホから警報音が鳴ったのだ。暫くぶりの警報音に状況が理解出来るまで時間を要したが、俺は急いでマコトを叩き起こす。
「おいマコト!スマホが鳴ってる!どういう状況か教えてくれ!」
両肩を掴んで激しく揺すると、眠い目を擦りながらマコトが起きる。
「何?まだ寝たいんだけど……これってアラート!?」
警報音を理解したのか、一瞬で覚醒しスマホを急いで確認する。
「トウマ!王都側の警備門から侵入者!数は三、先頭の一人が真っ直ぐこちらに向かってる。残りの二人は移動速度が遅いのか、別の目的があるのか不明。トウマは軍事施設の前で警戒よろしく!僕は急いで司令室に報告しに行って合流するから」
マコトがスマホとリュックを背負って勢いよく飛び出した。俺も剣帯を装着し、魔力の集中をする。
「"光輝よ、我らに光の祝福を"ブレイブエール!」
強化が掛かったのを確認して、俺も部屋を飛び出した。
敵の姿や装備が分からない以上、冷静かつ慎重に戦わなければならない。
俺は軍事施設の入り口扉を少し開け、外の様子を伺う。
特に変わった様子は無い。そっと、扉を開けて外に出て、抜剣して構える。
だが、いつまで経っても敵が来る気配がない。
扉を背にして、じっと辺りを見渡す。少なくとも正面からは敵の姿はおろか、気配一つ感じられない。
おそらくほぼ直感だった。
何故か、見えない相手に左首筋を斬られるような気がしたのだ。意識より身体が先に反応した。
頭を右に倒すと、耳元で風を斬る音がして遅れて扉に何かが刺さる。
(直前まで風切り音がしなかった。これは投擲じゃない。目の前に見えない何かが居る!)
俺は直感を信じ、右足で何もない正面を真っ直ぐ蹴りつける。
「ぐぅううう!」
左足に確かな感触を感じた。何かを捉えたようだ。
苦悶の声を上げて、目の前の何もない空間から男が現れる。右脇腹を庇うように手で押さえているのを見ると、蹴りはそこに当たったのだろう。左手には軽量化されているであろう、腹の部分が空洞になっているナイフを持ち、黒いボロ布を纏っている。
「ぐ…ぐぐ……アナタとんでもない勘をしてますねぇ。姿は勿論、気配も殺気も完全に消してた筈なんですがねぇ」
(こいつ かなりやり辛いぞ)
目の前に居ても気配が薄く、纏ってるボロ布のせいで全身が隠れていて動きが読みづらい。その上、姿を消せる可能性があるのだ。何をしてくるのか分からない以上、下手に動くことができない。
「ワタクシこれでも忙しい身なのです。そこを通してくれませんかねぇ」
「明らかな敵意を持つお前を通す理由が無い!」
「はぁ、そうですよねぇ。面倒だなぁ」
ガリガリと頭を掻き、吐き捨てるように言う。
「!?」
突然奴が目の前から消えた。やはり姿を消せるようだ。
直線的な魔法しか使えない以上、魔法という選択肢は俺には無い。やはり、感覚を研ぎ澄まして相手の攻撃を躱すのと同時に斬るしかない。
覚悟が決まった。俺は最速で剣が振れるように脱力し、正面に向けて剣を構える。
足音もしない。気配も完全に消えている。
奴を捉える情報が何も無いのだ。形勢は明らかにこちらが不利。扉を背にしているから、背後からの攻撃が無いというのが少しだけ救いだった。
奴が姿を消してから、百は数えられるほどの時間が経過した。緊張で全身が汗ばんでいる。
二百は経っただろうか。まだ、仕掛けてこない。
焦る気持ちが集中を掻き乱そうとする。奴の狙いは俺の集中が切れることだろう。
その時、僅かな風の流れを感じ取る。それまでほぼ無風だったのもあり、つい反応してしまった。左正面から明らかな風切り音が近づいてくる。俺は右方へと小さく飛びそれを躱すと、スタッという音と共に、扉にナイフが突き刺さる。
だが、奴の姿は無い。見えない敵との戦いが、じりじりと精神を擦り減らす。
そこで俺はある事に気がついた。マコトの持つスマホは奴の接近を感知していたのだ。つまり、マコトさえ合流してしまえば、奴の位置が常に分かる。一気に劣勢なこの状況を打開できるだろう。
俺は作戦変更し、時間稼ぎをする事にした。
もう一度扉を背にして、集中する。
右の方に物音!俺は目だけを動かして確認する。握り拳大の石が跳ねた。おそらく意識を逸らす罠だ。
視線を急いで戻すと、顔面にナイフが迫っていた。
最小の動きでナイフを叩き落とす。これも投げナイフだった。おそらく、ナイフと石を同時に投げたのだろう。つまり、これも陽動だ。
すかさず左手に向かって振り下ろした剣を跳ね上げる。二段切りだ。左側に僅かな殺気を感じたのだ。キンッという音と共に、火花が散る。
息をもつかせぬ攻防が続いた。
「チッ」
ザッザと後方に飛びながら、奴が距離を取る。
その時、背後の扉が動いた。
「トウマ!」
「待ってたぜ!さあ、これで形勢逆転だ!」
俺は扉より前に立ち、剣を構える。マコトの実力が分からない以上、奴も先程と同じようには立ち回れないだろう。
「ふむ。今日はこの辺で撤退させてもらいますかねぇ」
また、奴が姿を消した。
「マコト!奴はどこだ!」
「アイツ姿を消せるんだ…どんどん遠ざかっていってる」
どうやら本当に撤収したらしい。俺は警戒を解いて剣を仕舞う。
「助かったぜ。俺だけじゃ時間稼ぎが精一杯だったよ」
「よく、見えない敵を相手に無傷でいられるよ」
呆れた様子で扉に刺さっているナイフを見る。
「アイツ何者だったんだろう…」
ナイフを抜こうとした瞬間、マコトが大声を挙げる。
「触っちゃダメだ!!」
大きな声に驚き思わず手を引っ込める。
「ホラよく見て、ナイフが刺さってる場所から液体が垂れてきてるよね。これ、おそらく毒だと思うよ」
「毒?」
「どういう類の毒かまでは分からないけど、動けなくする毒か、掠っただけで殺せる毒かもしれない。念のため、捨てていい布で掴んで箱に入れて持ち帰ろう」
ナイフを二本回収した俺達は、司令室へと向かう。
司令室には、ガルシア王、アブディラハム、パパド、ガザルの四人が待っていた。
「無事だったか!それで、敵は?」
ガザルさんが険しい表情で聞いてくる。
「逃げられました。相手は姿を消せるみたいです」
「どんな姿だった?」
「黒いボロ布を纏っていて、多分男。武器は変な形のナイフ。気配が薄くて、殺気もほとんど隠してるからやりづらかった。姿さえ消されなければ、そこまで強くないと思う」
「おそらくは暗殺部隊の狂人ゼツでしょうな」
アブディラハムが髭を撫でながら得意げに答える。
「ゼツだと?あの、隠迅のゼツか?」
「そうです。元斥候部隊隊長、隠迅ゼツ。ラスカルの命令により、ガルシア王の支持者や関係者を次から次へと始末していくうちに、殺しが快感へとなってしまったようで、狂人と名付けられたとか」
「姿が消せるとなると、マコト以外の方法では対策のしようがない」
「ねえ、トウマ。ゼツと対峙してみてどうだった?」
「強いは強いけど、姿さえ見えれば十分勝てると思う」
「ゼツは僕とトウマに任せてください」
マコトが自信に満ち溢れている事が、不思議だったが何か策があるのだろう。
「分かった。だが、念のため毒の検証はこちらでも進めておこう」
「俺も加勢してやりたいが、マコトが言ってた残りの二人が気になる。兵士達を使って人海戦術の指揮をしようと思う」
ガザルさんは申し訳なさそうに言った
「では解散。各自警戒を怠るなよ」
こうして俺達は、暗殺者の襲撃に備えて晩を明かすのであった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます