第31話 王の宣言
リンドの町の軍事施設を襲撃した俺達は、パパド老人を助け出すだけでなく、そのまま軍事施設を占拠した。
当然一般兵達はそのままな訳で、兵士達から睨まれる事にはなったが、最高司令官であるあの爺さんが睨みを効かせている以上、彼らはどうする事も出来ないのだ。
軍事施設とは便利なもので、宿泊用のベッドから大量の美味い食事に、熱い湯が溜められた大浴場まで備わっている。特に大浴場がある事を知り、マコトが珍しく大喜びしていた。
翌日の朝、さらにあの爺さんが暴れ回り、町の全権を握っていた役人に対して明け渡しを命じ、いとも簡単にリンドの町を手に入れてしまったのである。どうやら今もなお、最高司令官の役職に就いており、国内での権力は相当なものがあるらしい。
その時の交渉……というよりあれは、完全に恐喝だろう。『明け渡さなければ関係者全員、家族まとめて一人残らず始末するぞ』と凄んだのだ。
何を隠そうこの爺さん、剣の腕も達人らしく昔はガザルさんでも勝てなかったらしい。確かに、俺達が突入してからのごく短時間で、三人を簀巻きにして優雅に紅茶を愉しんでいたもんな。
辺りが暗くなる頃、ガルシア王、ヨルダ王、アブディラハム、パパドの四人で、明日予定している独立宣言の会議が始まった。
こういう場面で俺は、一切役に立てないので手持ち無沙汰だが、ガルシア王が参加するのを強制してきたので、仕方なく参加している。同じようにマコトやガザルさんも聞くに留め、あくまで四人の話し合いを乱さないようにしているようだ。
「それで、この町を独立国にするのは理解したが、エルフの民達は移住させるのか?」
アブディラハムはパパドに問う。
「将来的には移住も視野に入れていますが、現状迷いの森から出る手段が限られているので、すぐにというわけにはいきませぬ」
「手段がないから出来ないというだけではないであろう。民を増やせば食料や住居、職をどうするのかなど様々な問題を解決しておく必要がある。いつか共に暮らせれば良いなでは駄目だ。エルフの民達が安心して移住し暮らせるように、建国と同時に進めねばならんぞ」
「アブディラハムの言う通り、移住も同時に進めるべきだな。これは、我ら獣人が進んでやらねばならん。食料問題と住居の優先順位を高めるとしよう。具体策は、アブディラハムがまとめてくれ。それと、獣人軍がどう動くかを想定し、新たな国を防衛せねばならん。そのために、軍の内部情報を得られはせぬか?」
全員の目線がアブディラハムへと集まった。
「ガルシア王の仰ることは尤もですが、あいにく私は、ラスカル達から見れば目の上の瘤です。ラスカルが国王になった後は、名ばかりの最高司令官として放置されていた身ですから、動かせる手足が少ないのですが…まあ、やれるだけやってみましょう」
「次に、この軍事施設の兵達をどうするかだが パパドに任せようと思う。必要ならば、部隊の再編成もしてくれて良いぞ」
「かしこまりました」
「国を創るからには、それなりの人材を配置せねばなるまい。こちらからは、ネルという者を軍事指揮に入れようと考えている。それ以外はそちらで選んでくれて構わないぞ。ああ、国王はガルシアで良いからな」
「分かった。ああ、それとガザル達の配置はこちらで決めさせてもらったからな」
ガルシア王はそう言って、大きな紙を広げて見せた。
そこには、こう書かれていた。
国王 ガルシア
国王代理 ヨルダ・ルノン・パルマシア
大臣 アブディラハム
大臣 空欄(エルフ)
軍事指揮系統
軍事指揮 アブディラハム
軍事指揮 パパド
軍事指揮 ネル
王直属作戦部隊長 ガザル
副隊長 トウマ
作戦指揮 マコト
救護 ユノ
救護 リーナ
それまで沈黙を守っていたマコトが、ついに口を開いた。
「あの、王直属作戦部隊とは?」
「ああ、俺とヨルダ専用の部隊だ。簡単に言えば、大臣や軍事指揮官に命令権の無い特殊部隊という扱いになる。これは、俺とヨルダで決めた事だ。まあ、身も蓋も無い言い方をすれば身内贔屓だな。利点としては、通常の軍事行動には参加しなくてよい部隊なのに給金が出る事だな」
マコトはホッと胸を撫で下ろした。おそらく前線に出る心配をしていたのだろう。
「最後に、独立国の名を決めようと思うのだが、何か良い案はあるか?」
「ガルシア王国は如何でしょうか」
アブディラハムが自信満々に髭を撫でる。
「却下だ。エルフ達の要素が欠片もないではないか」
「フリーデ合衆国とかどうですか?自由と平和という意味の言葉を掛け合わせてみました。合衆国とは、二つ以上の国が合わさっているという意味です」
「合衆国というのには馴染みが無いが、込められた意味は気に入った。他の者はどうだ?」
口元に笑みが溢れているのを見ると、相当気に入ったようだ。
「王国であって欲しかったというのが本音ですが、先を見据えれば合衆国の方が都合が良いですな」
アブディラハムは含みのある言い方をした。おそらく、何か企んでいるのだろう。
「よし。では明日の独立宣言で、フリーデ合衆国の建国を宣言する。明日の配置を良く確認して、今日はゆっくり休んでくれ」
会議が終わり、会議室には父さんと俺だけが残った。皆、会議の前に声を掛けられたのを見ていたから、気を遣ってくれたのだろう。
「父さん話って?」
俺は二人きりの時だけは父さんと呼ぶ事にしていた。
「ああ、お前を副隊長にした事なんだが…」
「それなら大丈夫だよ。ガザルさんに教わった技が俺にはあるし、今までとあんまり変わらないだろ?それに、俺にはあまり指揮とか向いてなさそうだからさ」
「そうか。だが、隊長達にも作戦指揮をする力は必要だから、学んでおいて損はないぞ。アブディラハムに指揮と剣術の両方を習うのも良いだろう」
「やっぱりアブディラハムの爺さんは強いのか」
「強いなんてもんじゃない。俺が王だった頃は、間違いなく獣人国最強の男だった。あいつと対峙した者はみな怯え、震え上がることから戦慄なんて通り名が付いていたくらいだ。あいつは敵にも味方にも容赦が無いのだ。俺も子供の頃に何回転がされたか…」
「それ聞いて俄然やる気出た。落ち着いたら必ず稽古をつけてもらうよ」
父さんは、すれ違い様に俺の肩を軽く叩いて出ていった。
―――――――――――――――――
そして翌日 ―
この日は朝から、軍からの重大発表があると聞き、リンドの町に住む人達全員が町の中央にある大広場へと集まっていた。
見渡す限り人でびっしりと埋まっており、その数およそ千人ほどだ。どこにこんな人数がいたのかと思うほどの光景に、一部の人達は人に揉まれて疲れてしまったのか、端の方で座り込んでいる。
国内の情報を集めて欲する人に売る、いわゆる情報屋のラダも発表を待っている一人だった。
貧乏な家庭で育ち、取り柄といえば身体の丈夫さと足の速さくらいだろうか。
そんなラダにも、今日の重大発表とやらの正体が一切掴めていなかった。そもそも、昨日急にその話がここ、リンドの町から浮上したのだ。二日前に王都から戻った時には、これといって気になる情報は無く、今日この広場に集まっている人達や飯屋の店主、様々な人に聞いて回ったが、誰一人として情報を持っていなかった。
情報が漏れないように緘口令が敷かれているのだとすると、本当に重大発表なのかもしれない。
何かこのリンドの町で物凄く大きな事が起きていると、情報屋としての勘が囁く。
(なるべく最前列で、一言も聞き漏らさないようにしなければ)
人を縫うようにして、なんとか最前列へとやってくる。おそらく、既に長い時間を待ち続けているのだろう。最前列にいる他の連中は苛立っている様子だった。
目の前には高台と言うべきなのか、家の屋根ほどの高さがある建物が建っていた。一昨日の時点では無かった筈だ。いつの間にこんなものを建てたのだろう。
そんなことを考えていると、動きがあった。
高台の上に二人の老人が登ってくる。
一人は誰もがよく知る人物だ。あのボケ老人こと、パパドである。そしてもう一人の方だが、白髪にしっかりと整えられた髭。胸を張り、ピシッと背筋を伸ばして手を後ろに組んで左側に立つ。絵に描いたような軍人そのものだ。どこかで見たような気がするが思い出せない。
周りの反応を見ても、最初に登壇してきた二人に困惑しているようだった。
そして、左の老人が声高々に宣言する。
「今日この場に召集してもらったのは、このリンドの町の住人達に重大な発表があるためである。なお、これから発表する事は決定事項だ。よく聞くように。それでは、お上がりください」
静まり返った広場に鳴り響く、一段ずつ登ってくる足音に、皆意識を向ける。そして、現れた人物に驚き『なんで?』と呟く者や、拍手を送る者。一方で、この人物を知らぬ者は反応に困っている様子が伺えた。
ラダもこの人物が誰なのかを知らず、次の言葉を待つしか無かった。
暫し騒めきだったが、この人物が手を挙げると静寂が戻った。左右に立つ老人よりは若いが、異常なほど痩せているのが気になる風体をしている。
「今日は集まってくれた事、感謝する。さて、まずは挨拶でもしようか。俺はガルシア、元バルザルム獣人国国王だ」
「今から十五年程前に、アルス帝国との戦争においてその責任を取って王位を退いた。と、ここまでが一般的な認識であろう。俺はその後、数日前までの十五年間、ラスカルによりバザム火山にある軍事施設にて不当に拘束されていた。だが、今更その事を咎めようなどとは考えておらん」
「俺が今日この場に立ったのは、獣人国が二つの危機に直面していると知ったからだ」
「一つ目の危機は侵略だ。アルス帝国はこの十五年で圧倒的な軍事力を整えてしまった。その力は、一人の兵士が千人の兵士を屠る事が出来てしまうだろう。そのための防衛力など、今の獣人軍には無い。何せ、現国王の方針は軍事費を削減し、国を豊かにする事だからな」
「二つ目は、民の生活水準が向上するどころか下がっている事だ。獣人国を率いている者達は、己の懐を肥やす事しか考えておらぬ。皆、考えてみて欲しい。この十五年で皆の生活は豊かになったか?王都から一番遠いこの町を、良くしようという働きはあったか?増税してきた事以外、何もないであろう?」
「俺は国に住む全ての民が、幸せであるべきだと思っている。日々の食べる物や寝る場所さえ無く、日々をなんとか生きている者もいるだろう。満足に医療を受けられず、幼くして命を落とす子もいただろう。生まれた家の格による格差を羨み妬む者もいるだろう」
「俺は貧困を放置する事が許せないのだ。国王であるならば、何よりも民を大切にするべきだ。国は他国の侵略から、民を領土を守らねばならぬのだ」
「俺は獣人国の未来に、民の幸せは訪れないと確信した。
だが、俺は獣人国の民達を見捨てたくないのだ」
「全ての民の幸せと自由を勝ち取るために、新たな国を建国する事をここに宣言する!」
静まり返っていた広場が揺れたと錯覚するほどの大歓声が挙がる。周りを見ると、若者以外の一定以上歳を取った人々が賛同しているようだ。
「国の名は『フリーデ合衆国』だ。
フリーデとは、平和と自由を意味する。全ての民が平等にあらゆる機会と権利を持ち、例えば能力や人望さえあれば誰だって国王にもなれる。そういう国を目指したいのだ」
「察しの良い者は気づいておるかもしれんが、フリーデ合衆国の国土は、ここリンドの町になる。そして、新たな国の民となるのは、今この広場に集まっておる皆だ。強制はしない事を約束しよう。ただし、フリーデ合衆国の国民とならない者は、国外追放として町を出て行ってもらう」
「次に、フリーデ合衆国の体制について説明するー」
とんでもない事が起こった。予想の遥か向こう側へといってしまい、それ以外の感想が出てこないのだ。
元国王が別の国を新たに創るなど前代未聞だ。それも、獣人国の国土を占拠した上での宣言など事実上のクーデターである。ガルシア王を知らない人々の心には不安が膨れ上がり、ガルシア王を知る者は歓喜した。
ガルシア王の声以外、一切入ってこないほど聞き入ってしまった。それほどまでにラダは心を掴まれたのだ。ラダも貧困で悔しい思いをしてきた一人だ。ガルシア王が語る未来に自分も何か役に立つ事をしたい。そう決心させるほど、この演説にはガルシア王の心が込められていた。きっと、心が震えるとはこう言う事をいうのだろう。
早速、ラダは動き出す。
この演説に感化され、強い想いを抱いた者達が、後の世で歴史を動かしていく事をまだ誰も知らない
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