第29話 二人の王
「それで…襲撃してきた者達の特徴は?」
「やや大柄で、それなりに歳をとっている猫系の獣人と、同じく猫系……いや、獅子っぽかったかもしれんが、若い獣人だ」
「他に特徴は無いのか?どこかに大きい傷があるとか、珍しい武器を使ってたとか」
「武器は誰かから奪ったのかもしれないが、軍で使っている軍刀だ。他に特徴…………ああ、若い獣人は赤い目だったな。ほら、あまり見ないだろう?赤い目の獣人なんてさ」
「赤い目…と。ああ、分かった。本件の沙汰は、追って通達される。荷物をまとめておけよ」
取り調べを受けていた兵士は、憑き物が落ちたかのように項垂れる。
バザム火山軍事施設襲撃事件から三日目の朝、現地調査と、当日警備していた兵士の聴取が行われていた。
何しろ帝国との戦争中の出来事だ。軍事施設が襲撃されたとなれば、大事件である。
調査が一通り終わったのは、翌日の昼過ぎで事件発生からは、実に四日が経過していた。
調査の結果、被害状況は警備兵達が全員軽い負傷をした事。そして一番の被害は、地下三階で拘束されていたガルシアが奪取された事だ。
侵入した人数は最低でも四人。正面から襲撃してきた二人の獣人に、倒された兵士達は一人たりとも殺されていないところを見ると、時間稼ぎが目的の陽動役で、本当の狙いは別働隊によるガルシアの解放だったのだろう。
ガルシアが拘束されていた部屋の隣には、水や食糧を一時的に保管するための部屋がある。この部屋を調べると、二種類の足跡が残っており、とても信じ難い事だが、子供ぐらいしか通れない幅の通気口を通って侵入したという事が判明した。
内部構造を知る者でないと、通気口から侵入するなど考えられないことから、軍内部に内通者あるいは実行犯がいるということだろう。
そして、容疑者の一人には、当日警備隊を指揮していた斧鬼が浮上した。警備兵達によると、襲撃犯と交戦していたとの供述はあるものの、本人が姿を消している事から関与が疑われているのだ。
兵士達の供述通り、確かに施設入り口付近には、交戦によるものと思われる血痕が数多く残されていたが、どちらのものかわからない以上、あらゆる可能性を疑うべきだろう。
調査結果を上層部へ報告するのが躊躇われ、頭を悩ませる調査部隊であった―――
――――――――――――――――――――――
一方、エルフの国では
「それで、ガルシア殿の様子はどうだ?」
「少しずつですが食欲も戻り、身体共に回復傾向にあると思います。これも全て、ヨルダ王に助けていただいたおかげです」
「我らは盟約を結んだ仲なのだ。助けるのは当然であろう。しかし、親書を届けに行ったはずのお主らが、ガルシア殿を連れ帰って来るとは、流石に予想だにしなかったぞ」
「申し訳ありません」
「良い。我らが引き篭もっていた間に、獣人国でそのような事が起きていたなど知る由もなかったしな。ガザルよ、お主も知らなかったのでは仕方あるまいて」
「それで、これからどうするのだ?」
ヨルダ王は値踏みするかのように、ガザルさんを見る。
「ガルシア王が奪取された事は、遅くとも十日以内には王都の上層部へ伝わるでしょう。おそらく大規模な捜索部隊が編成され、バザム火山周辺は包囲されると思います。いくら迷いの森が突破されることはないと言っても、下手に動き回っては、この場所が露見する可能性があります。よって、今は身を潜めて次の手を決めて準備しておくのが良いと考えます」
「ふむ、確かに一理あるな。明日のガルシア王との会談でより話を詰めようではないか。今日は自由にしてて良いぞ」
「ありがとうございます」
俺達は会釈し、ヨルダ王の家を出る。
ヨルダ王の家からそう離れていない、近所に建てられた家を貸してもらい、リーナを除く俺達五人は寄宿させてもらった。
部屋に戻ると、ガルシア王はベッドで横になり、目を閉じていた。やはり、長い監禁生活の疲れが響いているのだろう。起きている時間が短く、一日のほとんどを寝て過ごしている。あの日以降俺は、ガルシア王と話せずにいる。何を話したら良いのか、そんな事を考えてしまい足踏みをしてしまっていた。
夜、マコトにすぐ横にある小川へ行ってこいと言われ、渋々俺は小川へと歩いていく。
見ると、そこには先客が居た。
「体調はどうですか?」
俺は色々悩んだ末、丁寧な言葉で話しかける。
「ああ、少しずつだが体重も増えて回復していってるよ」
小川を眺めたまま、振り向かずに応える。
俺は隣に座り、同じように小川を眺める。夜の灯りに照らされて蒼く輝く小川。辺りの小さく揺れ動く草花からは、しっとりとした香りが風に乗って漂う。なんだか落ち着く風景だと感じた。
「俺はとうの昔に生きる事を諦めていた……妻との約束を果たせぬまま、死を…ただ待つ。それが運命だと受け入れてしまっていたんだ…」
十五年だ。十五年もの間、地下深くに閉じ込められてきたのだ。手足に枷が嵌められ鎖で拘束されていたとマコトからは聞いていた。もし自分がそんな目に遭っていたら耐えられたのだろうか。俺は手足の震えが止まらなくなった。
「だが、お前達が俺を救い出してくれた」
「必ず迎えに行くと誓った愛する我が子と、とうに忘れていて良い約束を今でも覚えていてくれた戦友と、その仲間達がだ」
「これほど……これほど嬉しい事があるものか」
ガルシア王は、赤く染まった瞳から、とめどなく流れる涙を拭う事なく、夜の空に浮かぶ灯りを仰ぐ。
「俺は、貴方の息子なんですね?」
ここ数日、ずっと聞きたくて躊躇っていた事をついに聞く。
「お前の首に掛けられている、首飾りを見せてくれるか?」
俺は言われるがまま、首飾りを外してガルシア王へ手渡す。
「ああ、エリー……お前がこの子を守ってくれたんだな」
首飾りを大事そうに手で包み、胸へと押しつける。
「この首飾りはな、俺が妻へ贈った物なんだ。俺の父、先代の王が代々受け継いできた大切な首飾りで、この世に一つだけの宝物だ」
そう言って、俺の首に優しく掛け直してくれた。
「真紅の瞳は俺に、顔立ちは母にそっくりだ。間違いなく、お前は俺とエリーの子だ。今まで本当にすまなかった」
ガルシア王は、いや…父は、地に頭を擦り付けるようにして謝った。
「父さん、頭を上げて。十五年間、俺には計り知れないほど、辛い思いをしてきたんだろう。俺だって、知らなかったとはいえ、助け出すのがこんなに遅くなってすまなかった。それにさ、俺を大切に育ててくれた両親がいたんだ」
「一緒に助けにきてくれた娘の、ユノと言ったか?彼女の両親だな?」
「そう。父さんのセナと、母さんのアンヌに、妹のユノが俺の家族だよ」
「そうか…良ければお前の事をもっと教えてくれないか」
「もちろん!」
俺達は失った時間を取り戻すかのように、語り合い夜は更けていった―――
そして翌日、ヨルダ王とガルシア王の会談が実現した。
「ヨルダ殿、この度は命を救っていただき、まことに感謝する」
「救い出したのはトウマ達だ。それに、俺とガルシア殿の仲だろう。俺は、ガルシア殿が生きていてくれた。それだけで嬉しいのだ。お互い老いたが、まだやらねばならぬ事がある。そうだな?」
「ああ。時の歩みを再び動かす時が来たのだ。そのためには、友の力が必要だ。頼む、俺と共に戦ってくれ」
ガルシア王は右手を差し出す。
「トウマ、ガルシア殿にあの手紙を渡せ」
ヨルダ殿は手を握り返さず、俺に向かってそう言った。
俺は懐から、あの親書を取り出すとガルシア王へ手渡す。
ガルシア王は静かに親書を広げると、目で文字をなぞっていく。一通り読み終えたガルシア王は、親書を丁寧に折りたたみ、自分の懐へと仕舞い込んだ。
「そういう事だ。俺はお前と出会ったあの日から、お前と共に歩むと誓ったのだ。どれだけ時が経とうと、その気持ちには一点の曇りもない」
そう言って、ヨルダ王が手を差し出す。
「ああ、これからも頼む。我が友よ」
二人は固く手を握り合い、懐かしむような顔で見つめ合った。
「ねえ、お父さん。あたし達にも分かるようにしてよ!
なに、二人で良い雰囲気になってるわけ?」
雰囲気をぶち壊すように、リーナが苦言を呈する。
「煩いわ、この馬鹿娘!勝手に出て行くなぞ、俺は許してないぞ!」
「あーやだやだ。娘の行動くらい自由にさせてよ…もう」
リーナ親子の言い合いが始まったので、俺達は今後の動きについて話し合いを始める。
「ガルシア王、この後どうするおつもりですか?」
「ヨルダと共に新しい国を作る」
これには皆驚いた。
「新しい国…ですか。獣人国の王位を取り返すのではなく?」
ガザルさんが聞き返す。昨日まで俺達が考えていた作戦としては、パパド爺さんの住む町を起点に内側から国を変えていくというものだった。
「俺が幽閉されていた間に、アルス帝国との戦争は終結するどころか、魔法の存在によって形勢が不利になってきている。今の王ラスカルでは、この局面を乗り切るのは無理だろう。しかし、今の上層部は奴の息が掛かった者しかおらんのだろう?そんな状況で内側から変えていこうとしても、まず不可能だ。ならば、エルフの国と手を組んで、外から国を取り返す方が手っ取り早い」
「し、しかし!戦力差はどうするんですか?エルフの国と僕達だけでは、数で圧倒的に劣りますし、その後の事を考えたら獣人軍をなるべく殺さずに取り返す必要がありますよ」
それまで沈黙していたマコトが指摘する。
「ああ、いきなり王都に攻め込もうとすれば、あっという間に制圧されるだろうな。だから、俺達はまず最初にリンドの町を奪取する」
「リンドの町?」
俺は聞きなれない町の名に反応する。
「トウマ、リンドの町ってのはパパド将軍がいる町の名だ」
「なるほど。つまり、王都から最も離れたリンドの町で、パパドさんの息の掛かった人達と共謀して、町そのものを見方につけながら、新たな国土として居座るという事ですね?」
「その通りだ」
「うむ。俺もその策に乗ろうではないか。ガルシアの事だ、勝算があっての事だろう?」
いつの間にか、話を聞いていたヨルダ王が口を挟む。
「ああ、これだけ王都から離れていれば、隊長クラスが出張ってくる可能性は低いからな。もし、仮に戦闘になっても、斧鬼とやり合えるのが二人もいれば問題ない」
そう言って、俺とガザルさんを順に見る。
「作戦は今日より十日後、迷いの森を最速で突破するために、マツカゼ達に騎乗出来る者で行く。編成はガザル、お前に任せる」
「では、ハクに騎乗するのはガルシア王とトウマ。マツカゼは、俺とマコト。ノルンはユノとリーナだ」
「ちょっと待て!俺が行くからリーナは留守番だ」
横からヨルダ王が口を出す。
「何言ってんのよ!あたしは絶対に行くわよ!」
また二人は言い合いを始めた。
「あの 私は役に立たなさそうなのでヨルダ様と変わりましょうか?」
ユノが恐る恐る手を挙げる。ユノの言う通り、今回の作戦も時間との戦いだ。接近戦になる可能性が高い以上、ユノは戦力として見込めない。
「ならば、ノルンにはヨルダ殿とリーナに騎乗してもらおう。皆異論はあるか?」
「お父さんが煩いから、あたしはユノと一緒に居ることにしたわ」
リーナがヨルダ王を睨みつける。
「………では、十日後までに最高の状態にしておくように!解散!」
ガルシア王が声高々に宣言する。
俺は少しでも強くなるために、ガザルさんやヨルダ王と模擬戦を行うことにした。
斧鬼との戦闘で、圧倒的な力量差を前に俺は、魔法や剣技の工夫という小手先の技に頼っている事を改めて知った。斧鬼との戦いは本当にギリギリだった。斧鬼が魔法を知っていたら結果は違っていただろう。俺は反省点を生かし、基礎訓練だけでなく、身の躱し方や剣の振り方などを徹底的に鍛えたのだった。
それでも二人には一勝も出来ず、ボコボコにされたが。
マコトとガルシア王は作戦内容について打ち合わせをしていた。マコトに対して、ガルシア王の態度が少し変だったような気がしたが、きっと気のせいだろう。
マコトも空いた時間で、俺達と基礎訓練だけは一緒にやっていた。「僕はただ、死にたくないので最低限逃げられるようにしておきたいんです」とか言っていたが、なんだかんだで訓練自体を楽しんでいるようだ。相変わらず、打ち合いをすると目を瞑るのは直らないが。
ユノはリーナに連れられ、いろんな所を回っているらしい。
訓練というよりは、純粋に息抜きを楽しんでいるようだったが、ユノが少しでも元気になってくれればそれで良いと思う。
そして、あっという間に九日が過ぎ去った。
作戦前夜、俺達は最終確認を行う。夜が明けたらすぐに出発だからだ。
「作戦の概要を確認する」
ガルシア王は、作戦を綴った紙を広げて説明を始める。
「目的は二つ。一つは、パパドとの合流及び作戦の軌道修正。そして、もう一つはリンドの町を取り仕切る者を拿捕し、支配権を奪取。その後、リンドの町を新たな国土として独立国樹立の宣言をする」
「なあ、一ついいか?パパドの爺さんが実は凄い切れ者だってのは分かったんだけど、本当にリンドの町の住人から支持を得られるのか?」
「それは問題ない。なぜならリンドの町を、周辺にあった複数の村をまとめて町へとしたのは俺だからだ。それに、俺の妻が生まれ育った村もその中に含まれている。つまり、俺を知る者が多いのだ」
「なるほど、確かにうってつけですね」
「話を戻すぞ。マツカゼ達には、リンドの町まで送ってもらったら、そこで一旦別れてユノ達を迎えに行ってもらう。その指示はトウマ、お前が出来るんだな?」
「ああ、大丈夫だ」
ここ数日で判明したのだが、なんとハクは俺の言葉を理解していた。模擬戦中にハクが遊びと勘違いして乱入してきた時に、「マツカゼ達の場所へ行ってくれ」と呟いたのを聞いたハクが、素直にマツカゼ達の元へと向かったのだ。
そこで俺は、姿が見えるギリギリの距離に移動して、「ハク、こっちに来て遊ぼう!」と叫ぶと、大喜びで駆け寄り顔を舐め回して来たのだった。その後もいくつかマコトに協力してもらい、色々試した結果、どう考えても俺の言葉を理解しているとしか思えないほど、正確に指示に従ってくれたのだ。
「その後はヨルダと協力し、国としての体制を作り上げ、その先の最大目標である、ラスカル達上層部を引き摺り下ろす工作をしていく」
「何か質疑はあるか?」
「無ければ今日は早く眠り、体調を万全にしておこう」
俺達はそれぞれの思いを胸に、眠りにつくのだった―――
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