第28話 回想 ガルシア王 2



 慰労訪問で兵士達と話した際に、各地の住民達が不安に怯えている事を知った。


 兵士達にも家族がいる。分かっているつもりだった。

だが、つもりだったのだ。


 俺はこの際、全ての町や村を訪れようと思ったのだ。側近達は"絶対におやめ下さい"と俺を止めようとしたが、俺はその一切を無視した。今やらねば絶対に後悔する。そう直感したのだ。



 こうして俺は、各地を回る旅を始めた。



 王都から離れれば離れるほど、王だと名乗ると怪訝そうな顔を向けられたり、えらく畏まった様子で対応されたりと、俺がというよりも、王都と無縁の生活を送っているのだろう。それほどまでに、俺の事を知る者が少ないのだ。


 だが、同時に良い機会だと思った。

俺は行く先々で困りごとや、望みを聞いて回ったのだ。


 そうして、各地の実態を把握していくことで見えてくるものがあった。それは、王都に住む者達との格差がとても大きいということだった。


 日々の食事にも苦労する村や、満足に医療を受けられず、幼くして命を落としてしまう子がいること。

そのことを皆、当たり前のように思っているのだ。俺は、自分がいかに甘い考えでこの国を治めていたのかを思い知らされたのだった。



 王都から一番遠い、小さな村にたどり着いた時には、慰労訪問から二週間ほどが経っていた。



 俺は、村長と会うために村の中を歩いていると、声を掛けられる。


「あの、どちら様でしょうか…」


 振り向くと、赤毛の髪が胸元まで伸びている娘だった。

俺は、その丁寧な言葉遣いに違和感を覚えた。どの村でもそうだったが、丁寧な言葉など日常で使わないからか、身についていない者がほとんどなのだ。せいぜい、村長が話せる程度だった。


「ああ、急に知らない者が訪れて申し訳ない。私は、ガルシアという旅の者です。この村へは今日辿り着いたのですが、お恥ずかしながらこの辺りに明るくないのです。そこで、村長さんにこの辺りの事を教えて貰いたくて、探していたのですが」


 俺は、王だと名乗るのを辞めていた。名乗ったところで、畏まらせてしまい本音が聞き出せなくなってしまうからだ。同行する側近も旅の仲間だと紹介している。


「そうでしたか、村長でしたら私の父です。この時間は、村の男達と狩りに出掛けていますよ。戻ってくるまで、良ければ私の家で待ちませんか?」


 にこやかに話す娘に案内されるまま、家へとお邪魔する事になった。


 「ガルシアさんと、お付きの………」


 「シルバです。私のことはお気遣いなく」

そう言って、シルバは家から出る。相変わらず、無愛想な奴だ。


 「私、何か気に触る事を言ってしまいましたか?」

心配そうに、シルバの出ていった扉を見つめる。


 「いえ、彼は誰にでもああなのです。本当にお気遣いなく」


 「そうですか…ところでガルシアさんは、旅をされてると仰っていましたよね。今まで、どんな所へ行ってこられたのですか?」

娘は、手慣れた様子で器に何かを注いでいく。立ち昇る湯気からは、爽やかな森林のような香りが漂う。何だかとても休まるような気分になる。


 「ええ、このバルザルム獣人国にある村や町を全て周りました。この村が最後なのです」


 「全てですか!?もしかして、王都にも行ったことが?」


 「ええ、よく知っていますよ」


 「王都って、とても綺麗な所なんだろうな…」


 「街並みはとても綺麗ですが、毎日とても多くの人達が行き交っていますから、ずっと居ると疲れてしまうかもしれません」


 「そういうものでしょうか。ほら、見ての通り何もない村でしょう?だから、羨ましくて」


 「君はどうして、王都を知っているんだい?」


 「それなら父が……あれ?お父さん、お帰りなさい」


 「ああ、エリーただいま。お客さんかい?」


 エリーと呼ばれた娘の父と対面する。

俺の顔を見た瞬間、明らかな動揺が見られた。


 「エリー、すまないが少し、外に出ていてくれないか?」


 「え?うん…分かった」

変なお父さんと言いながら、家を出て行く。



 俺は、エリーの父親と卓に向かい合った。



 「失礼ですが、もしやアンドルム王のご関係者様でしょうか?」

俺は、大層驚いた。アンドルムとは俺の父、先代の王の名だからだ。


 「アンドルムは私の父です。申し遅れました、私はバルザルム獣人国、現国王のガルシアです。しかし、何故私の父をご存知なのですか?」


 エリーの父親は、俺が王だと名乗ると、すぐに拳を胸に当てて礼をした。


 「ええ、存じておりますとも。私は大臣として、アンドルム王に仕えておりましたから。ガルシア王の事も存じております。貴方が幼い頃、私はまだ王都におりました」


 「何故、元大臣が、このような村で暮らして居られるのでしょうか?」


 「私は、部下であったラスカルに嵌められ、軍事費横領の罪で追放されたのです」


 「父は、きちんと調べなかったのですか?」


 「いえ、庇って下さったのですが、証拠なる文書が出てきた事が決め手となり、私は軍を、そして王都を追い出されたのです」

悲痛な面持ちで語った。


 「そのような思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。父に代わり、いえ、現国王として、貴方に謝らせていただく」

俺は深々と頭を下げた。



 「そんな!頭をお上げ下さい!ガルシア王が謝ることではないのです。もう、終わった事ですから。しかし、一体何故、王自らこのような村に足をお運びになられたのですか?それに、その話し方は?」


 「ご存知かはわかりませんが、昨年からアルス帝国軍が我が国に戦争を仕掛けてきていまして、なんとか均衡を保っているのですが、一年もの間国民を不安にさせてしまっている事が気掛かりでして。それでこうして直接出向き、困りごとや望みを聞き回って国民達の苦労を和らげる方法を模索しておりました。身分を隠して接する方が、本音を聞き出しやすいですから」



「ご立派になられましたな。いや、失礼。つい、ガルシア王の昔の姿を思い出してしまいました。この辺りの村はどこも同じで、その日を暮らすのがやっとなのです。私は、王都を追放されてこの村に辿り着いた事で、現実を知りました」



 「ええ、恥ずかしながら私もです。王都に居るだけでは、民を幸せにする事は出来ないのだと、痛感していた所です」


 「こんな村ですが、ぜひ今夜は村でゆっくりお休み下さい。隣の家が空き家ですから、寝られるように整えておきます」

そう言って立ち上がると、エリーの父親は、急に激しく咳き込み出した。



 「失礼、昨年から病を患っておりまして。実は、もう長くないのです」


 「エリーさんはその事を知っているのですか?」


 「ええ。どうしようもないという事は理解しています」


 「そうですか………」

俺は、王都に連れて行き治療を受けさせようと考えていた。それを見抜いてか釘を刺される。


 「いけませんよ。貴方には他にもっとすべき事がある。私のような老骨を救う事よりも、未来を生きる子達に力を注いで下さい」


 「しかし…」


俺の手を取り、呟いた。


 「貴方のその気持ちだけ受け取ります。ですが、私ではなく、他の者にその手を差し伸べてあげてください」



 俺は頷くしかなかった。

その後、隣の空き家へとエリーに案内された。

質素なベッドか二つ、置いてあるだけの家だったが、これでもこの村では良い物なのだろう。


 俺はシルバの目を盗んで村から出ると、真っ直ぐ潮の香りに向かって歩いた。


 森を抜けるとそこには、陽の光で煌めく広大な海が広がっていた。俺はその光景の美しさに目を奪われた。



 どれほどの時間が経ったのだろう。いつの間にか、辺りは暗くなり始め、夕陽が朱に染まっていた。



 「ああ、こんな所に居たんですね。探しましたよ」


 背後から声がして、振り返ると赤い髪を風に靡かせるエリーの姿がそこにあった。ゆっくりと隣へ来ると、少し距離を空けて座る。


 「海を…眺めてたんです。こんな綺麗で素敵な光景は、初めて見ました」


 「私もここの光景が好きなんです。ここに居ると、現実を忘れる事ができますから」


 「エリーさんが忘れたい事って…なんですか?」

俺は顔を横に向け、エリーを見る。


 「もう、遠慮が無いですねガルシアさんは」

エリーは苦笑いしていた。


 「なんでこんなに…私達に優しくないんだろうって。

この村の未来をどうする事も出来ない。お父さんも病で長くない。私、一人で生きていくのが辛いんです。不安でたまらないんです…」



 エリーは一筋の涙を流していた。風に靡く赤毛が夕陽に照らされて輝き、とても幻想的に見えた。



 「もし……もし仮にエリーさんが、王だったら……何を願いますか?」

俺は再び海へと視線を戻して海に向かって話しかける。



 「そうですね…幸せに、皆が幸せに暮らせる国を願います」


 「例え自分自身が幸せになれないとしても?」

 


 「ええ、それ以外には何も要らないです。ああ…一つだけありました。もし、子が私の子供が産まれたなら、その子には幸せになって貰いたいです。私の分まで」



 「ありがとう。君の言葉が聞けて嬉しかった。そろそろ暗くなり、寒くなってくるでしょう。風邪をひくといけない。さあ、帰りましょうか」



 「もう……私がガルシアさんを迎えにきたんですからね」

涙を拭うと、俺の前を歩いていく。




 「今夜はゆっくりお休みになってくださいね。また明日の朝、朝食を用意しておきますから、お越しになってください」

そう言って、エリーは空き家から出て行く。



 エリーが出て行った後、シルバに物凄く怒られた。目を盗んで出掛けたからだ、仕方ない。


 打ち合わせの結果、この村を明日の昼過ぎには出て王都へ向かうことになった。俺も当初の目的は果たせたので異論は無い。


 俺は、海での出来事を思い出しながら、微睡んでいった。




 そして翌朝、約束通りエリーの家へ伺うと、扉から叫び声がした。


 俺は急いで扉を開け中へと押し入り、声のする方へと突き進む。声は寝室からだった。


 目を瞑ったまま動かないエリーの父と、その身体を抱き締めて泣き喚くエリーの姿がそこにあった。


 俺はそっと近寄り、エリーの父の脈を取る。嫌な想像通り、既にエリーの父は冷たくなっていた。

後ろに控えているシルバに向かって首を振る。



 「朝、起きて食事の支度をし始めても、父は起きて来なかったんです。それで、変だと思って揺すったら冷たくなっていて」


 「お父上は、とても立派な方でした。私は、いえ、我らはお父上に恩を返す事が出来ず、申し訳なかった」

俺はエリーに頭を下げる。

エリーは涙を流しながら、不思議そうに俺の顔を見る。


 「もし、エリーさんが許してくれるのならば、一緒にお父上を弔いたいのだが」

エリーは小さく頷く



 俺はエリーの父を抱き抱えると、案内に従い連れて行く。

埋葬するのに選んだ場所は、墓地ではなくあの海だった。



 「ここにするのか?」


 「はい。ここなら、この素晴らしい景色を見ながら眠る事が出来ますから」


 そこからは無言でただ穴を掘り、エリーの父を埋めた。

俺達は、胸に拳を当て冥福を祈った。軍での弔い方だったからか、エリーが不思議そうに見ていた。


 そして、エリーを家へと送り届け、シルバには空き家で待機するように命令した。シルバは命令なので、渋々従ったが俺にだって一人なりたい時もある。



 俺は気づくと、エリーの父の墓標の前で語りかけていた。


 「マルシウス殿、俺は先程貴方の名を知りました。俺は、貴方から受けた恩と、あの約束を忘れません」




 「ガルシアさん?」



 振り返ると、目を真っ赤に腫らしたエリーが立っていた。すぐ横まで歩いてくると、しゃがみ込んで墓標に手を合わせた。



 「私、一人になっちゃいました」



 俺はそっとエリーを抱きしめた。エリーは再び号泣する。

俺は、エリーが落ち着くまでの間、ずっと側で寄り添った。


 陽が沈み、辺りが暗くなった頃、ようやく落ち着いたのか、エリーが顔を赤らめて距離を取った。



 「すみません。私、ずっと抱きしめて貰ってて」


 「エリー、君は…どう生きたい?」


 「私は 誰かを幸せにしたい。他人の助けになりたいです。残りの人生を、この村でただ死を待つのは嫌です」



 「俺と………俺と共に行かないか。この国に住む皆を幸せにするために」

俺はそっと手を差し出す。



 「ガルシアさん、貴方は何者なんですか?昼間も仰っていましたが、父への恩とはいったい」



 「俺は……バルザルム獣人国の現国王だ」

エリーの目が大きく見開かれる。


 「マルシウス殿は、俺の父、先代の国王に仕えてくれていた大臣だったそうだ。俺も子供の頃に、マルシウス殿に可愛がっていただいたらしい」



 「…王様? ガルシアさんがこの国の王様?」


 「そうだ。俺はこの国を本当の意味で全ての国民が幸せに暮らせる、そんな国にしたくて各地の村や町を巡り歩いていたんだ」


 「私に出来ることなんてあるのでしょうか。私はただの貧しい村に住む村娘ですよ」


 「俺は、数多の人達に触れ合い知ったんだ。本当に大切なのは、権力でも無ければ武力でもない。相手を思い遣る気持ちなんだと。言葉や気持ちには、人を動かすだけの力があるんだ」


 「試してみないか?その気持ちが人々を幸せにできるのかを」



 エリーは泣きながら、俺の手をしっかりと握り返した。



 これが、俺とエリーの出逢いだった







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