第27話 回想 ガルシア王 1



 時は、二十五年前に遡る



 国王である父が亡くなった。


 まだ、五十を越えたばかりだったというのに、急に天へと旅立ってしまったのだ。


 次期国王については、王子であった俺を生前の父が推薦していたらしく、議会の半数以上が同意した為に俺に決まった。


 近隣国のアルス帝国では、王の血を引く者から次の王が決まるように元々決められているそうだが、バルザルム獣人国では、王が推薦した者に議会の半数以上が同意した場合は王位継承が行われ、半数以下だった場合は、即座に別の候補者を立て、同じように議会投票にて決するとなっている。



 王位を譲り受けたばかりの俺は、王都で様々な職務に追われていた。


 ラスカル大臣を筆頭に、先代を支えてきた者達の立場はそのままに、王の息子であると言う理由だけで、入れ替わるようにして、次代の王になったのだ。面白く思わない者がいるのは分かっていた。


 おそらく、ラスカル大臣もそのうちの一人であろう。それでも一切態度には出さず、粛々とそれぞれの職務を進めてくれている。


 俺は一刻も早く、王として認められるように努力するほか無かった。俺は、無我夢中で王の職務を引き継いでいく。溢れたものは、大臣を筆頭に皆が全て拾い、裏で処理してくれた。


 側近達にはこの若造を支えてくれている褒美として、今まで以上に報酬を与え、直接家へと出向き、感謝を伝えた。




 だが、王になった翌年、運命を歯車が狂い出す。


 アルス帝国の王に、王子が誕生したと報告を受けた。

俺は、次期国王誕生のお祝いとして、新技術で作られたガラスのグラスを始めとする、様々な祝いの品を贈った。


 この頃の両国の関係性は、近隣国として必要以上に干渉し合わない事で合意し、両国の境に共同で町を作り、対等な交易をしていた。



 俺は、両国の関係がより良くなるのを願っていた。

互いに手を取り合って生きていくべきだと思ったからだ。果ての町に慰労訪問をしていた頃、森で偶然出会った、森の民であるエルフとも手を取り合い、生きていく事が出来たのだ。決して不可能ではないと思っていた。





 そして時は進み、五年後のとても暑い日だった。


 アルス帝国の王が変わったとの報告が入る。王の子は、まだ四歳のはずだが、別の者が王位継承したのだろうか。

俺は即座に新国王の王位継承を祝福する手紙を書き、帝国へ届けさせるのだった。



 数日後、事態は急変する。

アルス帝国新国王から手紙が届いた。



 封を切り開くと、そこには驚きの内容が書き綴ってあったのだ。



―――――――――――――――――――――――


"宣戦布告"


貴国、バルザルム獣人国に対し、我々アルス帝国は宣戦布告する。

貴国の存在は、我が国の平和を脅かす脅威であると認定し、武力を持ってこれを排除するものとする。

なお、降伏は一切認めない。


アルス帝国国王 カルム・フォン・アルス


―――――――――――――――――――――――




 至急、議会招集を掛ける。

横に長い卓に、総勢十名の俺を含む大臣や作戦指揮官などが集結する。皆一様に、額に皺を寄せて一枚の文書を見つめている。


 「なんという事だ。まさか、宣戦布告とは」


 「帝国の狙いはなんだ?」


 「おそらく、新国王は人種主義者なのだろう。降伏を認めないということは、我々獣人を徹底的に殲滅するつもりだということだ」


 「現実にそんな事が可能なのか?」


 「アルス帝国軍の戦力など、誰も把握してはおらん」


 「民に対してどのように説明するのじゃ」


 「素直にありのままを伝えるのはどうか」


 「そんなことをすれば、混乱を招くだけじゃぞ!」


 「とりあえず、侵攻箇所の割り出しを行い、防衛体制を整えるのが先決では?」

そう言いながら、作戦指揮官が地図を広げる。

地図とは言っても、あくまで獣人国周辺地図だ。

 

 「バザム火山を迂回する可能性は?」


 「あそこには、エルフたちが住む森があるはずだ。簡単に突破出来るとは思えんが」


 「となると、やはり交易街を突き進んでくると読むのが妥当か」


 「それよりもまずは、此度のことエルフ国にも伝えておくべきだと思うが」


 「そうだな。至急、エルフ国へ早馬を出せ!」



 会議は夜更けまで続き、守りを固めることで意見が一致したのである。




 そして、事態は急展開を迎えるのだった。




 翌朝、エルフ国へと早馬を出そうとしていた矢先、果ての町にある国境警備部隊から、悲報が入る。


 バザム火山よりもさらに離れた、深い森の中にあるエルフの国が、アルス帝国軍により襲撃を受け、焦土と化したらしい。


 着の身着のまま、なんとか逃げ果せた者達が、獣人国国境外の森へ、逃げ込んでいるとの事だった。



 アルス帝国の新国王は、どうやら近隣国全てを掌握するつもりらしい。



 俺は急ぎ、エルフ達の逃げ込んだ先へ、支援物資と共同戦線を張るための文書を送った。今は、アルス帝国へ抵抗するための戦力を整える事が勤務だ。



 数日後、貿易街と獣人国の国境付近に防衛拠点を構えると、千人を超える兵士を配備し、帝国の進軍に備えた。


 千人の兵士を置いておくだけでも、相当な軍事費が掛かってしまう。当然反発もあったが、俺は一蹴したのだった。そもそも、千人という単位でも防衛出来るのかどうか分からないのだ。帝国軍がどのくらいの規模で攻め込んで来るのか分からない以上、備えておくことは必要なのである。



 軍事指揮を執るパパド将軍が、俺と同意見であったことがせめてもの救いだろう。おそらく将軍は、事態を一番重く受け止め、最も被害を最小に抑えるために動いているのだ。帝国軍の動きを知るために、斥候部隊を動かした結果、我が国同様に貿易街の手前を拠点にしていることが判明した。これで、貿易街が戦火に見舞われるのは、ほぼ確定しただろう。俺は、貿易街に住む獣人達に王都へ避難するように指示した。



 その一方で、ラスカル大臣一派は、アルス帝国の宣戦布告に至った事態の責任追及と、軍事費が嵩んでいる事を、酷く責め立て始めたのである。

 今は有事だ、そんな事をやっている場合ではない。ほとんどの者がそう思っただろう。だが、執拗に奴らはやり続けた。





 宣戦布告から一ヶ月、とうとうその日がやってきた。




 アルス帝国軍が貿易街へと侵攻を始めたのだ。


 グラマス指揮官を筆頭に、各部隊隊長が防衛を行う。

本部指揮として、俺とパパド将軍にラスカル大臣が付いたのだった。



 斥候部隊が掴んだ敵の規模は、約千人と拮抗していることが分かった。すぐさま将軍が増援指揮を執り、三千人へと部隊を広げる。



 半年が過ぎた頃、戦況は完全に膠着し、帝国軍の動きが急に止んだ。半年間も軍事行動を維持するとなると、お互い激しく消耗する。このような消耗戦では決着はつかない。おそらくこの戦い、半年しない内に終結するだろう。


 我が国は、既に千人を超える兵士達が戦死している。

今こそ、アルス帝国へ攻め込むべきだという声が増えてきている。当然の感情であろう。俺は、内部の反発を抑え込むことに気を削がれるのであった。



 そんな状況が続いていたある日、王宮の庭で空を見ながら呆けていると、背後から近寄ってくる気配がした。


 「俺は時々、誰と戦争しているのか分からなくなるよ」


「ははは…確かにな。ラスカル達のやり方には呆れておるよ。お主が、"敵を誤るな!今は国を護るべきで、貴様とくだらない諍いをしている場合ではない!"と、ラスカル達を一喝した時は、笑いを堪えるのに必死だったわ」


 パパド将軍が隣に座り、同じように空を見上げて笑う。


 「笑い事じゃありませんよ全く。ああも露骨にやられると、分かっていても疲れます」


 「しかし、帝国軍がこのまま黙っているとは思えんな」


 「ええ…俺もそう思います。何より、宣戦布告という堂々とした手段で通知してきたのにも関わらず、攻め方が緩過ぎます。本当に我が国を落とそうとしているとはとても思えませんが…」


 「或いは、他に狙いがあるかだな。そういえば、未だにエルフの国へ向かった者達が帰っておらんそうだが」


 「実は、その後にも第二部隊を派遣したのですが、その者達も行方が分かっていないのです」


 「ふむ………何かが起きているのは間違いないだろう。ところで、食事はもう摂ったか?」


 「いえ、良ければこの後ご一緒にどうですか?」


 「そうさせてもらおう。そういえば、一緒に食事をするのは、いつぶりだっただろうか」


 「父がまだ健在だった頃ですよ。父無き今、俺の気持ちが休まるのは、こうして貴方と二人で話している時だけです」


 「全く…お主という男は。乳飲み子だった頃と変わっておらんではないか。とっとと誰か娶れ!」


 やれやれという様子で立ち上がると、俺の肩を叩いてそのまま王宮へと向かって行った。


 (誰か娶れ………か)

俺は頭を掻きながら、もう一度空を仰いだ。



 パパド将軍は、俺が産まれて間もない頃から、父の側近としてというだけでなく、文字通り家族同然に暮らしてきたのだ。家こそ別だが、家族のいないパパド将軍は、俺を本当の息子のように、ときに厳しく、そして誰よりも優しく接してくれたのだ。


 そんなパパド将軍が、父無き今でも、俺を支えてくれている。俺にはそれがとても嬉しく、心強かった。




 そして読み通り、開戦から一年が過ぎる頃、アルス帝国からの侵攻はぴたりと止んだ。


 俺は、貿易街の被害状況と、防衛拠点の視察に自ら向かった。


 一年もの間、従軍するというのは並大抵の事ではない。

当然のことだが、兵士一人一人にはそれぞれの家族がいる。戦地へと赴く家族の無事を祈り、帰りを待ち続けているのだ。


 そんな前線で命を賭けて戦う兵士達に対し、王宮という安全な場所で命令しているだけの王にはなりたくなかったのだ。俺に武力があれば、と何度思ったことか。通り名持ちの隊長達のように、前線で戦いたかった。しかし、出来ないことばかりを考えていても仕方がない。


 そこで、俺に出来る最大限の事として、兵士達に直接会い、感謝と英気を養えるよう豪華な食事を振る舞うことだろうと考えたのだ。


 防衛拠点に着くと、全軍集めたのだろう。ずらりと兵士達が整列し、俺の事を出迎えてくれた。


 同行する側近からは、長居はしないように釘刺されていたが、兵士達の疲れ切った顔を見たら居てもたっても居られず、自然と語りかけていた。




「皆のもの、この一年よくぞ持ち堪えてくれた。心から感謝する。そして、国を守るために命を散らしていった者達よ。愛する子や家族を待たせていたであろう。その、かけがえの無い命を散らせることになり、悔しさと哀しみで我の胸は張り裂けそうだ。散って行った同胞の冥福を心より祈ろう」


 散って行った者達の無念を思うと、胸が熱くなり、自然と涙が溢れてきた。


「そして、今日まで戦い抜いてきた猛者達よ。お主らが居なければ、とっくに我が国は、帝国軍に蹂躙されていたであろう。我も前線で剣を取り、皆と肩を並べて戦いたいが、皆と戦えるだけの技量が無いのだ。こんな情けない王を許してほしい」


「我に今、この場で出来ることなど、皆の働きを労って食事を振る舞う事くらいであろう。このあと振る舞われる食事を摂って、英気を養ってもらいたい。これからも、国のため、愛する家族のために、我と共に戦ってくれることに期待する」



 俺は胸に拳を当て、頭を下げた。

側近達が驚いている。無理もないだろう。普通、この礼法は目上の者へする礼だからだ。

だが、俺はこうしないと気が済まなかった。


 頭をゆっくり上げると、疲れ切った顔をしていた兵士達は、笑顔や覚悟の篭った顔、さまざまな色を浮かべていた。


 俺は心から、ここへ来てよかったと思った。



 慰労食事会は、かつてないほど大規模に行われた。

皆が食べたい物を食べたいだけ、好きなように取れるよう、大皿での立食式にしたのがとても良かったようだ。



 俺は、側近達の静止を振り切り、各卓へと歩き回り、直接兵士一人一人と会話をする。


 皆、一様に驚いたが、無礼講だと言うと、ホッと胸を撫で下ろし、口々に言いたい事を言ってくれる。俺は、兵士達と心の距離が縮まるのを感じた。




 帝国軍兵の練度は高いものの、一人一人の技量がそれほど高くないからか、苦戦というほど手を焼いていないというのが、共通している声だった。




 そんな中、物凄く印象深い者達がいた。

通り名持ちの隊長達である。


 目の前にいても、気配が希薄な斥候部隊隊長、隠迅のゼツや、酒の飲み過ぎで呂律の回らなくなっていたが、鋭い目つきで、ただ強者と戦いたいと話す、制圧部隊隊長、斧鬼のオウガ。


 兵達の糧食が不足している事や、士気が下がっている事を必死に訴える、防衛部隊隊長、堅楯のシェラに、帝国軍へと攻め込むべきだと強く訴える、殲滅部隊の死神アンベル。




 隊長達の中でも一際印象に残ったのは、制圧部隊隊長、疾風のガザルだった。



 顔には暗い影を落とし、食事を摂ろうとする様子が無かったのだ。俺は、背後から近づき声を掛ける。


 「他の者からお主の活躍を聞いたぞ。まさに一騎当千だと言うではないか。そのような猛者がなぜ暗い顔をしておるのだ?」


 「………王…ですか。私は……私は戦う意味を見失いました。来る日も来る日も、斬っては斬られ、殺しては殺され。戦場では命がとても軽い、軽過ぎるのです。私は、帝国軍が何故、戦争をするのか分からないのです」


 「そうだな。実を言うと俺も分からないのだ」

ガザルが驚き俺の顔を見る。


 「だが俺は、国民全ての未来を背負っているのだ。俺が戦う理由など、皆を守りたい、皆が安心して暮らせるようにしたい。それだけだ。それだけを願って、戦争の終結を目指し戦っている。お主は違うのか?」


 「私は……どうなのでしょうね。守りたい家族もいませんので……」


 「ならば、俺の子が出来たら、その子を守ってはくれないか?」


 「子が産まれるのですか?」


 「いや、まだだ。そもそも相手がおらん!」


 俺は声高々に笑った。ガザルも目を丸くしたあと、小さく笑う。


 「まずは相手を見つける所からですね」


 「お主にだけは、言われたく無いわ」


 俺は握手を交わす。ガザルの表情が明るくなったので、もう大丈夫だろう。肩を叩き、卓から離れる。


 「俺は本気で言っているからな。覚悟しとけよ。それまで死ぬ事は許さん」


 そう言って、振り返らずに手を挙げる。

この男になら、まだ見ぬ息子を任せても良いと思ったのだ。


 こうして、夜明けまで宴会は続いたのだった―――



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