第26話 ガルシア王奪還作戦 5
side マコト
ようやく一階へと登ってきた。
ガルシア王は、肩で息をしながらも懸命に歩いている。
全体の筋肉量が著しく減少しているから、僅かな距離を移動するだけでも相当堪えるのだろう。
一階フロアに表示される赤点は十を超えるが、一つも動く気配がない。トウマ達の青点が先程まで激しく動いていたのは確認していたが、二つの青点は隣接して動かなくなっている。
気掛かりがあるとすれば、トウマ達と激しく動き回っていた赤点も、同じく沈黙していることだろう。
階段下からそっと顔を出し、様子を探る。
(なるほど、赤点がまとまって動かなかったのは、壁側で全員倒されているからだったのか。)
倒れている兵士は皆、剣か槍を握ったまま倒れていた。
その中に、斧を持っている者を探したが、見つけることは出来なかった。
斧鬼はこの中にいない。おそらくは、トウマ達と交戦してた赤点が斧鬼だろう。
「リーナさん、一階はほぼ制圧済みなようです。警戒を怠らずに進みましょう」
「分かったわ」
「ガルシア王、もう少しで地上です」
「ああ…」
返事をするのも辛そうだ。
僕達は、ゆっくりと一歩ずつ出口へ向かう。
外の日差しが差し込み、出口付近を明るく照らしている。
暖かな光が僕らを包み込んだ。強い日差しが照りつけ、僕は思わず目を閉じる。すぐに目が慣れ、僕は後ろを振り返る。
ガルシア王も、両腕で目を必死に隠していたが、ゆっくりと腕を下ろしてから目を少しずつ開ける。長い年月を地下で過ごしていたからだろう。永らく忘れていた陽の光で目がやられてしまったのか、再び目をキツく瞑る。
「………眩しくて、暖かいな」
そう呟いたガルシア王の目尻からは、二つの涙が零れ落ちる。
辺りを見渡すと、座り込むガザルさんと横たわるトウマに、やや離れて血を流して倒れている獣人と、ハルバードというのだろうか、大きな両刃の斧が転がっている。
「ガザルさん!」
僕は叫んだ。
ガザルさんは手を高く上げて返事する。僕は駆け寄った。
「トウマは?」
横で仰向けになって寝ているトウマを見てからガザルさんに視線を移す。
「魔力切れで気を失っているだけだ。揺すってやれば起きるだろう」
「そうですか。ところで………」
僕は、血だらけで横たわる獣人に目を向ける。
「ああ、そいつが斧鬼だ。死んじゃいないが、もう動けないだろうから安心していい」
そう言って、僕の頭に手を置いて立ち上がると、軽く頭を撫でてから歩き出す。ガルシア王の前まで歩み寄ったガザルさんは、方膝を立てて首を垂れる。
ガザルさんの顔を見たガルシア王は大変驚き、そして、どこか懐かしむような柔らかな顔で見ていた。
「……王や王妃を守れず、永きに渡り王を苦しめてしまい、まことに申し訳ありませんでした」
ガザルさんは伏せた顔から涙を流していた。
ガルシア王は、ガザルさんの方にそっと手を置き、同じように片膝を立てて目線を合わせる。
「よせ、俺はもう、王ではないのだ」
ガルシア王は、空を眩しそうに見上げて続けた。
「もう一度………この蒼天を見上げる事ができたのは、お主らのお陰だ。俺を救い出してくれた事、心から礼を言う」
ガザルさんは人目を憚る事なく、大粒の涙を流した。きっと、今日までの日々をずっと後悔しつづけてきたのだろう。
ガルシア王は静かにガザルさんの肩を抱き、共に涙を流していた。
「良かったねマコくん」
手を後ろで組み、前傾に顔を近づけて耳元で呟かれる。
僕はその言葉に無言で頷く。
二人の姿に胸が熱くなるのを感じた。
涙を拭い、二人が手を取り合って握手を交わした頃、森の方から声がかかる。
「あ、皆無事だったんだね!良かった………」
そう言って近づいてきたのはユノさんと、数日前に別れたはずのマツカゼ親子達だった。
「あれ?なんでマツカゼ達が……?」
「森の中で待機してたら、偶然やってきたの。ハクがまた大きくなってて驚いちゃった」
「ユノ良いところにきたな。来て早々すまないが、俺達を治療してもらえないか?」
二人で話していたら、ガザルさんから声が掛かる。ユノさんが、トウマを視界に捉えた。
「兄さんどうしたんですか!?」
ユノさんが血相を変えてトウマに駆け寄る。
「ただの魔力切れと、疲労で寝てるだけだ」
「そうですか。あー!ガザルさん、また傷口開いてますよ。無理しないでってあれほど言ったのに!」
文句を言いながらも、詠唱を始める。
「"水よ、癒しの輝きで癒したまえ" ヒール」
トウマとガザルさんの治療が終わった。
ガザルさんも血を流しすぎたのか、少しフラついているように見える。
大好きなトウマを見つけたハクが、トウマの顔をべろんべろん舐めまわす。たぶん、遊んで欲しいのだろう。身体が大きくなっても、まだ子供なようだ。
ハクの熱烈な口撃で、トウマが目を覚ます。
「ははは、くすぐったいな。あれ……?なんでハクが居るんだ?こら、舐めるのをやめろ!」
顔が涎でべちゃべちゃだ。二人は本当に仲良しだ。少し羨ましい。
その時、ポケットに入れていたスマホから大きな電子音が鳴り響く。
急いでスマホを開いて確認すると、この場所を目指して夥しい数の赤点が迫ってきていた。
「リーナさん!敵が接近中、数二十以上!」
「感動の再会を邪魔するなんて許せないわ!全力でぶっ飛ばしても良いわよね!?」
両の拳を握りしめ、地面に向けて突き出し遺憾の意を露わにする。
「…やむを得ません。お願いします!」
リーナさんは、目を閉じて魔力を練り上げ始めた。
「ガザルさん、至急全員で撤退しましょう!」
「ここに援軍が来る事自体が想定外だ。王を奪還した事は、すぐ軍に知られるだろう。となると、パパド将軍の隠れ家に潜伏するのは悪手かもしれん」
「しかし…他に行先が………」
僕は必死に頭を回転させ、次の手を考える。
(森の中でやり過ごすにも、ガルシア王の身体が持たないだろうし、ガザルさんの傷も深い。今戦えるのは、トウマとリーナさんに、支援組の僕とユノさんだ。戦闘はなるべく避けたいし…)
「ねぇ、あたし達の国へ逃げれば?」
「そうか!迷いの森を利用するのか!確かに、マツカゼ達がいれば、迷いの森を抜けられる」
「じゃあ、決まりね。準備できたわ!デカイのいくわよ!」
僕は叫ぶ。「皆!伏せて!」
「"風よ、吹き荒ぶは風の王、龍の如く舞い踊れ" トルネードテンペストぉおおおお!」
可視できる程の大きな竜巻が起き、森の中を縫うようにして巻き上がる。木を薙ぎ倒し、砂岩を巻き上げ辺り一帯を破壊し尽くす。
敵を示す赤点が、四方八方に弾けるようにして移動していく。文字通り、吹き飛ばされたのだろう。
竜巻が消えた頃には、赤点の動きは完全に沈黙し、数も半数以上に減っていた。
「なんだ!?何が起きたのだ……」
ガルシア王が騒ぎ出したが、誰も答えなかった。
「あー、スッキリした!」
リーナさんが、晴れやかな顔をしている
僕はマツカゼに駆け寄り、問いかける。
「マツカゼ、僕達をエルフの国まで背中に乗せて連れてってくれませんか?」
「ブフゥウウウウ」
何今の。もしかして、鼻で笑われた?
「ははっ。マコトはまだ認めて貰えないらしいな」
そう言って、ガザルさんが近づくと、マツカゼは静かに首を下げた。
「よっと」
ガザルさんがマツカゼに跨る。そういえば、エルフの国の戦いで、背に乗せてもらっていたなと思い出した。
マツカゼが嘶くと、ノルンはユノさんに近づき首を下げ、ハクはトウマの顔に首を擦り付ける。
「決まりだな。ユノはリーナとノルンに乗せて貰え。ガルシア王はトウマの後ろに。マコトは俺の後ろだ」
出発しようとした時に、トウマが待ったをかける。
「ガザルさん、ちょっとだけ待っててくれないか?」
「ん?………ああ」
トウマはユノさんを連れて、斧鬼の元へと向かう。
「……え?本当に良いの?…うん。兄さんが良いなら…」
どうやら、斧鬼にも治療しているらしい。
火傷や傷が治っていく。
「ガザルよ、良いのか?」
ガルシア王が不思議そうに聞く。
「ええ、トウマが決めた事ですから」
ガザルさんは苦笑する。
「待たせたな。さあ、行こう」
トウマはガルシア王に手を差し出す。
ガルシア王は泣きそうな笑顔で、
その暖かい手を握り返すのだった―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます