第25話 ガルシア王奪還作戦 4




 時を同じくして、俺たちは斧鬼の強襲を受ける。


「――― なあ、疾風」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、血濡れた斧を舐める。

その男が纏う殺気は、全身の毛が逆立つほど、濃密な死を感じさせる。


 「お前は変わって無さそうだな、斧鬼」


 片膝をついて左肩を押さえている。よく見ると、押さえた左肩からは血が流れている。


 俺が斧鬼にやられる寸前に割って入り、庇ったことで傷を負ったのだろう。



 頭に血が上るのを抑えつける。今すぐ斧鬼に斬り掛かりたい衝動に駆られたが堪えた。



 「疾風が死んだ…なんて聞いた時は驚いたが、お前が簡単に死ぬわけねぇよなァ!」


 「いや、俺は死んだ。今ここにいるのは過去の亡霊だ」



 「なるほどなぁ。まあ、あの程度を捌けねえなんて、とんだ期待外れだ。さっくり死んでくれやッ!」



 大斧を振りかぶりながら、突進してくる。

ブーストを掛けているのか凄い速さだ。


 ガザルさんは、血を流しながらもギリギリの距離で躱す。斧鬼の動きを完全に見切っているようだ。


 「いつまで躱し続けられるか見ものだなァ!そぉら!」


 至近距離での大降りを、ガザルさんは横に滑るようにして躱した…が、蹴りが飛んできてガザルさんは肩口で受けてしまう。


 傷口から血が流れ出る。

このままだと、ガザルさんが危険だ。



 俺は剣を握ると、ブーストを掛けながら急接近し、地面すれすれに剣を走らせ切り上げる。



 最大速度で死角から仕掛けた一撃は、軽々と斧の腹で受け流された。斧鬼は俺の動きを見てから、剣の軌道を正確に見切り受け流したのだ。


 俺は奴との距離を取るため、受け流されたと感じた瞬間に切り上げた勢いを利用して左の蹴りを斧の腹に放つ。


 「おお、なかなか良い動きするじゃねえか。ちっとは楽しめそうだなァ」


 冗談じゃない。こんな奴相手に一人で真正面から戦っても、勝ち目なんて万に一つもない。まずは、負傷したガザルさんの手当てをして、立て直すべきだ。



 そう考えたら、身体が自然と動いた。


 腰に刺した軍刀を、勢いよく奴目掛けて投擲する。

俺は、剣の行く末を見ずに、ガザルさんの元へと一気に飛んでいき、後退するように告げた。



 一度引く………それが今の最適解だ。


 俺は駆け寄る斧鬼に対峙し、隙を作ってガザルさんを後退させる。覚悟が決まった。いつもの剣を抜いて構える。


 「お?やっと、やる気になったか」


 獰猛な笑みを浮かべて斧を構える斧鬼。まるで、獲物を狩る捕食者のような余裕を感じさせる。互いに距離を、ジリジリと詰めていく。剣先を向け、チリチリと揺らしながら距離に入るのを待つ。



 先に動いたのは俺だ。


 身体を前傾させ、滑るように駆け寄ると、顔目掛けて最速の突きを繰り出す。


 奴は左上に斧を振りかぶっている。


(取った!)


 そう思ったが、紙一重で顔を逸らして躱される。奴の口元が一瞬、笑ったように見えた。誘い込まれたのだと、直感する。


 奴は躱した後、振りかぶった斧をただ振り下ろす。それ以上の所作はいらない。その斧には、一撃で俺を屠るほどの威力が込められている。だから最初から後手を選び、あえて顔面を開ける事で、隙を作り誘導したのだ。



 迫る刃を俺は、ギリギリのところで右方に転がり、躱しきった。



 「うぉおらァ!」



 奴の左袈裟斬りが地面に触れずに跳ね返り、薙ぎ払いに変化する。



 俺は左足に重心が動いたのを見逃さなかった。薙ぎ払いを開脚して躱し、勢いをつけて足払いを仕掛ける。

 「そこだぁあッ!」


 隙をついた一撃が完璧に決まった。


 弾けるようにして、両足を宙に投げ出した斧鬼は、脇腹から地面に落下する。俺は畳み掛けるように、腹部目掛けて強烈な肘打ちを叩き込んだ。


 腹部を押さえて悶絶している奴に背を向けて、軍事施設の外へと駆け出す。




 ―――本当にギリギリの攻防だった。全ての動作があと一瞬でも遅れていたら、俺の胴は切り離されていただろう。

心の臓がバクバクと悲鳴をあげている。



 合流すると、ガザルさんはユノから手当てを受けていた。


 「トウマ、無事か!?」


 「ガザルさんこそ、俺のせいで…」


 「気にするな。ユノに塞いでもらったから、もう大丈夫だ」


 「ヒールで傷口は塞げましたけど、失った血は戻らないので無理しないでくださいね」

ガザルさんは、ユノの頭を優しく撫でて立ち上がる。



 「さて…再戦といこうか」



 俺達は、急いで軍事施設入口まで戻る。

すると、斧鬼は入口の目の前で座り込んでいた。


 俺を視界に捉えると、大声で問いかけてくる。


「おい!何故トドメを刺さなかった」

立ち上がろうともせず、ただ不機嫌そうに俺を睨みつける。



「俺には、あんたを殺す理由がない」

誰の仇でも無いあいつを、殺したいほど憎む理由がない。

それが素直な答えだった。



 奴は拳を地面に激しく叩きつけ、苛立ちを見せる。殴った場所は窪み、ひび割れた。奴はスッと立ち上がると、斧の刃先を俺に向け、憎しげな目で睨みつける。 


 「舐めやがってクソガキが。疾風共々、ぶち殺してやる」

殺気が膨れ上がった。先程までとは桁違いなほどの、濃密な死の予感が肌を突き刺してくる。


 「トウマ、全力でいくぞ。殺すつもりでやらないと、こっちが殺られかねん」


 「ああ、ここでケリをつけてやる!」


 決戦の火蓋が切られる。

詠唱を始めた俺に、鬼気迫る様子で急接近し、斧を振りかぶる。先ほどとは違うのは、両手で斧を持ち振りかぶる動作に入るまでの時間が短い。


 薄皮を切らせる程度で何とか躱しつつ、反撃するが、お互い決定打にはならない。奴の速度が徐々に増す。みるみるうちに傷が増えてゆく。


 (くそッ!詠唱してる余裕がない)


 横からガザルさんが全力の蹴りを放ち、奴と距離を開ける。今が好機だ。


 「"光輝よ、我らに光の祝福を"ブレイブエール!」

光球が俺達の周りを包む。少し身体が軽くなった。魔力が底をつきそうだ。残すところあと、中級一発が限界だろう。

これで決めるしかない。



 「何をやったか知らねぇが、とっとと死にやがれェッ!」


 「シッ!」


 ガザルさんの切り上げが、斧の振り下ろされる速度を凌駕した。奴の胸部からは、ドクドクと血が流れ出る。


 流れ出る血を気にする様子もなく、奴は斧を振り続けた。まるで、死に際の獣が暴れているかのように手がつけられなくなる。


 俺は、嫌な予感が膨れ上がるのを感じて、急いで詠唱を始めた。魔法があまり得意ではないので、中級魔法の魔力集中には、どうしても時間が掛かってしまうのだ。


 ガザルさんが一人で奴と斬り合う。治療した肩の傷が開いたのか、血が流れ出している。いつ均衡が崩れてもおかしくはない。俺は、焦る気持ちを抑えて魔法に集中する。



(よし、いける!)

 「"火よ、眼前の敵を灰燼に帰せ"  フレア!」


 火球ファイアボールよりも大きい赤黒い光球が、奴目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。ガザルさんは、フレアと斧鬼をギリギリまで引き付け、寸前で後退する。


 奴もフレアに気づいた。


 「こんなもの!うぉらあッ!」


 フレアを叩き切った瞬間、轟音と共に衝撃が空中に広がる。そう、フレアはのだ。


 さらに攻撃を畳み掛ける。魔力切れで気怠い身体に鞭を打ち、全力で接近すると、仰反る奴の右腕を切り裂き離脱する。


 もう、立っているのも限界だ。

頼むから今ので倒れてくれ。そう願って奴を見る。



 上半身は焼け爛れ、胸から血を流して片膝をつき、だらんと下がった右腕は、おそらく力が入らないのだろう。手のひらが開いたまま、顔は天を仰いでいる。


 ガザルさんは見下ろしたまま、奴の顔に剣を向ける。


 「…………殺せ」

奴は静かに呟いた。


 だが、その望みが叶うことはなかった。

ガザルさんは静かに剣を仕舞い、背を向ける。


 次の瞬間には、斧鬼は横向きに倒れ込み動かなくなった。



 「トウマに感謝するんだな」



 険しい顔で背を向けたまま言い、肩の傷口を押さえながらゆっくりと俺に近づいてくる。 



 俺はその場で仰向けに倒れた。肉体が限界だったのだ。魔力も底をついた。指一本すら、満足に動かせないだろう。



 「よくやった」



 ガザルさんの優しげな顔が最後に見た光景だった―――






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