第24話 ガルシア王奪還作戦 3
―side マコト
夜明け共に出発した僕たちは、通気口前へと忍び寄った。
見れば鉄格子の太さは親指程度の太さしかなく、所々錆びついている。
「マコくんこれ、どうするの?」
小声でリーナさんが耳打ちする。ふわりと良い香りがした。僕は、余計なことを考えないように自然な態度を繕った。
「鉄は冷やすと脆くなるはずですから、氷魔法で凍らせましょう。凍らせた後は土魔法のバレットで壊せると思います」
「壊しちゃったら、残骸を見た兵士にバレちゃわないかな?」
「これを代わりに嵌め込んでおけば大丈夫です」
そう言って、僕は背負っていた木格子を取り出す。
昨夜、木の幹を拾い集めて作ったものだ。恐らく通気口はノーマークだろう。普段気にも留めない物が一晩で入れ替わっても、大半の人は気付かないだろう。日本にいたときに、毎日乗っていたあの通学電車の中にあった広告が、翌日に入れ替わっていたとしても、少なくとも僕は気づかない自信がある。
「砕いた鉄格子の破片は、この袋にかき集めて通気口の中に置いておけば良いでしょう」
そう言ってパパドさんから貰った、あの食糧袋を取り出す。
「分かったわ。じゃあ、始めるわね」
僕は静かに頷く。
「"水よ、飛沫となりて敵を惑わせ"」
ああ、この詠唱は知っている。ミストウォームという霧を発生させる魔法だ。だが、リーナさんは詠唱を
「"ああ、風が混ざりて吹き荒ぶは、時の歩みを止めうる凍てつく波動、吹雪け" ブリザード」
猛烈な吹雪が、通気口へと吹き付ける。鉄格子だけでなく、周りの壁面をも凍り付かせた。辺りが一気に涼しくなったのは、言うまでもないだろう。
「ちょ、ちょっと!リーナさんやりすぎです!」
僕は可能な限り興奮を抑えて声を絞った。
「混合魔法って制御が難しいんだよ。これでも威力をかなり抑えたんだけどなあ……」
鉄格子の周りで固まった氷に触れる。冷たさで指がくっ付きそうだ。
「………かなりガチガチに凍ってますね。上手く氷を溶かす魔法ってありますか?」
「ヒートウェイブって魔法ならあるよ。熱い風をぶつける火魔法ね」
「バレットで鉄格子を砕いたあと、すぐにヒートウェイブを使えたりします?」
「いけるわよ」
凍ったままにしておくと、発見されるリスクを高めてしまう。氷を溶かした上で、綺麗に証拠隠滅をしなければならない。これ以上考えていても、この手段より良い方法は浮かばないだろう。今は、何よりも時間が惜しい。
「よし、それでいきましょう!」
リーナは再び詠唱を始める。
「"土よ、眼前の敵を粉砕せよ" バレット」
リーナさんの手のひらから射出された石の礫が炸裂し、ズガガンと激しい音と共に土煙が上がる。
僕は急いでスマホを立ち上げ、兵士達の位置を確認する。
特に動きはなさそうだ。それなりに大きな音がしたので、来ても不思議ではないと思ったが、気付かれないで済んだようだ。
土煙が晴れる前に、リーナは続けて詠唱を重ねる。
「"火よ、その熱で地を焼き尽くせ" ヒートウェイブ」
まるでサウナに居るような熱波が、離れて立っている僕まで到達する。あまりの熱さに息苦しさをおぼえる。人に向けて放ったら、簡単に脱水を起こして倒れてしまいそうだ。
「上手くいったわね!」
熱波から顔を守るため、上げていた腕を下げると、大きい破片に変わった鉄格子の残骸が転がっており、通気口が通れるようになっていた。
ちらりとスマホを見ると、ゆっくりこちらに移動してくる二つの赤点を表示していた。
「リーナさん!急いで通気口に入ってください!警備兵が二人こちらへ向かってます!」
僕はそう言って、リーナさんを通気口へと押しやる。
手早く中へと入った僕は、破片を急いで回収し、木格子を嵌め込んだ―――
本当にギリギリだった。あと三十秒も遅ければ発見されていたに違いない。中腰で二十メートルほど進んだ先で座り、息を顰めた。
「…こっちの方だよな?煙が上がってたのは」
「ああ………おい、これを見ろ。砕けた岩の破片が転がってるってことは、おおかた山の上から崩れてきたんだろう」
「そうか。まあ、こんな所に誰も来やしないさ。さっさと持ち場に戻ろうぜ」
スマホにマークされている赤点が、通気口から遠ざかるのを確認して安堵の息を漏らす。
「………行ったみたいです」
「危なかったわね。さすがに肝が冷えたわ…」
ヒートウェイブの余波で喉が渇いていた僕たちは、水筒の水を少し飲み、再びゆっくりと奥へ進んで行く。
「この先に地下三階まで直通になってる縦穴があります。梯子があるのですが、錆びてたり腐ってたりするかもしれません。手と靴の裏にこれを巻いて結んでください」
僕はそう言って、布切れを渡す。パパドさんから貰った布である。
「これを巻くのにどんな意味があるの?」
「鉄とかもそうですけど、錆びた金属や腐ったものが傷口に触れると病気になるかもしれません。これは、十分な対策ではありませんが、無いよりマシだと思います」
「分かったわ」
リーナさんは毛皮でできたブーツと手に、言われた通り布を巻いて縛っていく。靴に巻いたのは、梯子に対しての滑り止めだ。
この先に待つのは、垂直に掘られた十五メートルほどの縦穴だ。いくら狭い穴で頭から落ちる可能性が低いとはいえ、高い場所から底まで落ちたら軽傷では済まないだろう。"一メートルは、一命取る"なんていうくらいだ。当たりどころが悪ければ、命を落とす危険性だってある。備えあれば憂いなしだ。
降りた先で索敵をするために、僕が先行して降りることにした。決してリーナさんの身を案じてという理由ではない。僕はそこまで蛮勇ではない。
一段ずつ、ステップを確認しながら降りていく。
途中崩れている踏み場もあったが、幸いにも落ちることなく三階に降り立つことができた。
着いた部屋は、ジメジメしていて非常に不快だった。
六畳くらいの部屋に、小さい木箱が数個置いてあるだけで、これと言って特筆すべき点もない、紛うことなき空き部屋だ。
なんだか、アンモニアのような悪臭もする。下水が近くを通っているのだろうか。いや、火山の中だということを考えれば、メタンのような可燃性ガスが発生している可能性もあるだろう。湿度が高いので、発火するリスクは低いと判断し、今は記憶の隅へと追いやると、スマホで索敵をする。
幸い、敵らしい反応は見つけられなかった。
僕はスマホのライトを点けると、一階のリーナさんへ合図を送る。
リーナさんは合図を確認したのか、ゆっくりと降り始めた。
半分程降り進んできたその時だった―
ステップを踏み外したリーナさんが、勢いよく落下してくる。
「きぃやぁぁああああ!」
下で予め構えていたのが功を奏した。僕は勢いよく落下してくるリーナさんを、受け止め…………………きれなかった。
勢い良く落下してくるリーナさんを両手で受け止めようとしたのだ。いくら、一般的な成人女性よりスリムな体型をしているとはいえ、高さ十五メートルの半分くらいの高さから落下してくる人体を、僕の身体が受け止めきれないのは当然である。
鈍い音が脳内を駆け巡り、やや遅れてから耐え難いほどの激痛が腕に走る。
「いぎッッ!グががぁああああああ」
身体の内側から神経を掴んで捻り上げられているかのような、経験したことの無い痛みが襲いかかる。
僕は激痛に耐えきれず、膝から崩れ落ち、口角からは涎と、大粒の涙が込み上げる。
見るまでもなく分かってしまった。両腕の肘から先があらぬ方向を向いている。
リーナさんは立ち上がり、くっと口を結んでから大きく息を吸うと詠唱を始めた。
「"水よ、割れ出た水を押し留め、在るべき姿へと戻す祝福を、時を還す光よ降り注げ" エクストラヒール」
光の柱が四本現れ、僕の全身を包み込むようにして集光していく。暖かな光が降り注ぎ、両腕の痛みがすうっと引いていく。
輝く光が止むと、両腕は折れる前どころか傷一つ無い綺麗な手に戻っていた。服の袖で目元や口元を拭き取ると、腕が元通りになっていることを実感する。
「ありがとうございます………え………?なんで骨折が治るんですか!?回復魔法じゃ、傷を塞ぐ程度しか治らないって………」
「これ…特級魔法なの。ごめんね………あたしのせいで大怪我させちゃって」
バツが悪そうに俯きながら小声で答える。
特級はたしか、最高位の魔法だったはずだ。明らかに手の施しようが無い両腕の骨折をも治せるとなると、その魔法を秘匿するのも納得できる。
「特級魔法ですか……凄いを通り越して驚きました。リーナさんこそ、怪我してませんか?」
「マコくんのお陰で、ほとんど怪我せずに済んだわ。その………本当にごめんなさい!」
リーナさんが勢いよく頭を下げる。
「治してもらいましたから気にしないでください。それよりも、魔法はあと何回使えそうですか?かなり魔力を使わせてしまったと思うのですが…」
僕は虚勢を張る事で自分自身を保った。正直なところ、折れた腕を思い出して心が折れそうだったが、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
リーナがパッと明るい顔をする。
「上級なら二発、中級だったら六発くらいは打てるわよ」
「ここから先は、魔力をなるべく温存してください。僕がなるべく敵と遭遇しないように誘導します」
僕の言葉に頷いて答える。僕はスマホを取り出して、地下三階の分布図を確認する。隣の部屋の奥には微動だにしない赤い点が一つ。それ以外には先程確認した時同様に、赤い点の存在はなかった。
千載一遇のチャンスだ。おそらく、入口付近で陽動作戦を開始したのだろう。二階一階と順に図面を見てみると、どんどん一階へと、集まっている様子が確認できる。入口付近には青い丸が二つ表示された。間違いない、トウマ達だ。
「今なら三階に誰もいません!目標に接触しましょう!」
通気口に繋がる部屋を出ると、すぐ隣の部屋の扉に木製の閂が掛けられているのに気がついた。明らかに、内側から開けて逃げられないようにするためのものである。
「おそらく、この中にガルシア王が閉じ込められています。交渉は僕がやってみますので、部屋の入り口で警戒をお願いします」
「分かったわ」
閂をゆっくりと右にスライドする。頻繁に開けられているのか、思いのほかスムーズに開いた。
扉の隙間からは、公衆便所のようなキツい臭いが漏れ出てくる。降りてきた隣の部屋で嗅いだ臭いはここから漂ってきたのだろう。
僕は覚悟を決めて扉を開き、中へと入る。
―――いた。情報通り、部屋の奥で横たわる獣人を見つけた。
床で横向きにだらりと寝そべり、力なく放り出された腕には、両手首を結ぶ鎖が繋がれていた。よく見ると、片足の足首に嵌められた鎖が部屋の壁に縫い付けられている。
獅子のような体毛は薄汚れ、伸ばし放題伸びた髭が口元を隠すほど覆っている。横たわる身体の大きさから考えても、痩せこけて骨と皮だけに近い姿をしている。真紅の目は、何もない壁に向けられている。
僕は急いで駆け寄ると、ガルシア王ですか?と声を掛けるも、反応が無い。脈拍はあるが、揺すっても反応が返ってこないのだ。
仕方ないので、鎖を外すことを優先する。
手首の鎖は、固い針金で結束されているようだ。僕は針金の両端をナイフの柄で叩いて伸ばし、指先に布を巻き付けてから解いていく。がしゃんと鎖が床に落ちた。上手く解けたようだ。
足首の鎖は、片方の端を壁に杭で打ちつけられている。
僕は、監禁部屋入り口に掛けられていた長い閂を引き抜いて持ってくると、全力で杭に向かって振り下ろす。
繰り返し叩きつけていると、杭がぐらつき出した。叩きつける衝撃で手のひらに巻き付けた布からは、血が滲んできていたが、あと少しだ。僕は気合を入れ直して、閂を振り下ろすと、ガキンという音と共に、杭が足下に転がった。
これで、ガルシア王を縛り付けていた鎖は全て解除できた。その時、僅かだったがガルシア王が動いた気がした。
僕はすかさず声を掛ける。
「ガルシア王!僕達は、貴方を助けに来ました。さあ、ここから出ましょう!」
ずっと明後日を見ていた真紅の瞳が動き、僕を捉えた。
「……………こ………ろ……………………」
ずっと喋っていなかったのだろう。声が出ないのか、苦しそうに掠れた音を零す。
「しっかりしてください。大丈夫です!必ず僕らが外へと連れ出します」
「……こ…ろ……せ………」
今、ガルシア王はなんて言った?僕は理解することができなかった。
「ゆっくりでいいです。ゆっくり話してみてください」
ガルシア王は、辛そうに咳き込んだ後、再び口を開いた。
「ころ……せ………殺してくれ………」
僕は急に全身が熱くなり、気が付いたらガルシア王の胸倉を掴んで叫んでいた。
「ふざけんなよ!!あんたを救うために、僕たちがどれだけの想いでここまで来たと思ってんだ!あんたにはまだ、生きて会わなきゃいけない人達がいるんだ!こんな所で死なせてたまるかよ!」
馬乗りになった僕は、何度も胸倉を掴んだまま床に叩きつけた。
「マコくんやめて!それ以上やったら、本当に死んじゃうよ!」
リーナさんが、僕の腕を掴むとガルシア王から引き剥がした。
「俺の…家族は……もう死んだ……」
ガルシア王に初めて感情の色が浮かんだ。悔しさと後悔の念が顔を歪ませる。
「それ……誰から聞いたんだ?」
僕を鋭い目で睨みつけながら、絞り出すように答える。
「食事を…運んでくる兵からだ。もう、お前を待っている者は一人もいない。全員処刑されたと………そう聞いた!」
身体を起こしてから右手の拳を握ると、床へ叩きつけて怒りをぶつける。筋肉が衰えているからか、軽い音が鳴る。
「この絵に見覚えは?」
僕はリュックからノートを取り出して、トウマの首飾りに刻まれた紋章を書き写した物をガルシア王に見せる。
「……王家の紋章だ。それがなんだと言うんだ………」
ガルシア王は、だらりと腕を床に預けて俯く。
「あんたと同じ真紅の瞳を持ち、この紋章が刻まれた首飾りを掛けている獣人の男が、あんたを救うためにここに来て、今も必死に戦っている。あんたはそれでも…死を選ぶのか?」
ガルシア王の目に炎が灯った。
「そうだ…約束があった………俺は……その男に会うまでは……死ぬことは許されない」
自分でも笑えているのが分かった。なんにせよ、この人を絶対に死なせてはいけない。僕は、いつもの冷静さを取り戻した。
「動けますか?」
「すまんが、立つことすら儘ならないようだ」
膝に手を置き、立膝するも立ち上がる事が出来ないようだ。………十五年だ。十五年も、この部屋に縛り付けられて、生かさず殺さずを受けてきたんだ。動けないのも無理はない。
僕はリュックから薄い箱を取り出す。最後のチョコレートクッキーだ。開けて中身を取り出すと、チョコレートは溶けてしまっており、形が崩れてしまっていた。気にしても仕方がない。まずは熱量食を食べさせてあげたかった。
「これは、お菓子です。暑さで形が変わってしまってますが、それなりに元気になるはずです」
ガルシア王に、チョコレートクッキーを箱ごと渡す。
受け取った直後は、食べようか悩んでいる様子だったが、恐る恐る口へ運ぶ。少し咀嚼すると、目を大きく開き次々と口へ運んだ。
「ねえ、王さま?あたしも一つ貰っていい?」
甘い香りがするからか、リーナさんがガルシア王にねだる。
ガルシア王は無言でリーナさんへと箱を差し出した。
「あ…甘ぁい………しゃーわせ……」
リーナさんが他人にお見せ出来ないような、蕩けた顔をする。こういう甘味はこの世界に無いのだろうか。
「美味かった…礼を言う」
空箱を返してきた。僕は受け取り、リュックに仕舞う。
「あ、あたし良い物持ってた!」
そう言って、腰のポーチから木の葉の包みを取り出し解くと、中には透き通るような青色の小さな粒が数個入っていた。
「リーナさん、それは?」
「大老樹の葉から作った秘薬よ。即効性のある活力剤なの
。飲めばたちまち元気一杯になれる優れものよ」
そう言って、一粒ガルシア王に手渡す。受け取ったガルシア王は迷う事なく口へ放り、水で流し込んだ。
青い光がガルシア王を包むと、しばらくして光が消える。
その直後、ガルシア王は立ち上がり、手足の感覚を確かめるようにして、動き出した。問題なく歩けそうだ。
「では、行きましょう」
それぞれの思いを胸に秘め、
トウマの元へと向かうのだった――――
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