第22話 ガルシア王奪還作戦 1

 夜明けと共にパパド老人の家を後にした俺達は、バザム火山へと向かう。


 出際にパパド老人が、藁で編まれたそれなりに大きな袋やその他野営に役立つ物を持たせてくれた。袋の中には食糧と鍋が入っているそうだ。



 健闘を祈るとだけ言い、ピシッとした姿勢で俺達を見送る。この姿こそが、パパド老人の本来の姿なのだろう。


 夜明けの町は静まり返り、誰一人として出歩く者は無かった。お陰で誰にも見られる事なく、門まで辿り着くことができた。



 バザム火山へと向かう俺達を門で出迎えてくれたのは、昨日出会った部隊長だった。



 「パパド将軍から聞いている。必ず無事に帰って来い」と言われ、俺は背中を押された。

これから行う作戦を影で後押ししてくれる人達がいることに、嬉しさと誇らしい気持ちでいっぱいになり、足取りが軽くなった。





――――――――――――――――



 日も頭上まで昇る頃、小さな小川を見つけた俺達は休憩をとることにしたのだった。


 小川に一番近い木の根本にちょうど良い木陰が出来上がっていたので、座り込んだ。

じっとりとした陽射しに、額や背から汗が噴き出す。

服を絞れば、滴り落ちそうなほどだ。背中に張り付く服に気持ち悪さをおぼえる。


 皆、無言でしばらく涼んでいると、マコトが口を開いた。



 「迷いの森みたいに木が鬱蒼としてなくて、ここまでの道はかなり歩きやすいですね」



 「あんなのがそこら中にあったら、今頃迷子で溢れかえってるだろうな。一般的な森っていうのはこんなもんだ。ただ、視界が広い分敵や獲物に発見されやすいのが難儀だがな」

ガザルさんが、小川を見ながら答える。


 「目的のバザム火山って、目の前に見えてる山ですよね?」


 「そうだな。今はあんまり大きく見えないが、この先進むと、どんどん大きくなるぞ。この辺りで最大の山だからな」


 「火山っていうくらいですから、噴火とか起こるんですかね?」


 「いや、獣人国の記録上でも過去に噴火したのは百年以上前らしい。もう、噴火しないんじゃねえかな」


 噴火と言われてピンとこない俺ら三人は、各々別の方を見て休んでいた。



 「ねぇ、そろそろお腹空かない?」

リーナがお腹を押さえながら口に出す。


 言われてみれば、昨夜パパド老人の家で食べて以来、水しか口にしていなかった。腹の虫が鳴ったことで、自分も腹が空いている事に気づく。


 「たしかに、言われてみると俺も腹減ったな…」


 「そうだな、ここらでしっかり食っとくか」


 「多分、軍事施設に着くのは早くても、明日の昼過ぎくらいでしょうし、ゆっくり体力温存しながら進む方が賢明でしょう。この辺で何か食糧取れるか探してみるのは良いかもしれませんね」



 「「賛成!」」

ユノとリーナが同時に返事する。


 こうして俺達は、小川周辺で手分けして食糧確保に勤しむのだった。


 ガザルさんは獲物を獲りに、俺とユノは野草や木の実を、マコトとリーナは小川で探すことに。



―――――――――





 しばらくして、全員が元の木陰に集まった。


 「俺はこれだ」


 そう言ってガザルさんが見せたのは、角の生えた動物が二匹だった。ちょうど、肘から手の先くらいの大きさで、それなりに食えそうだ。どうやら、ホーンラビットというらしい。



 「僕たちはこれです」


 マコト達は、大きな葉に乗せた手のひら大の、所々に黄色い斑点の付いた青い魚を数匹差し出す。内臓が抜かれ、既に下処理がされているようだ。湿地で取れる魚のような、泥臭さとは無縁な魚である。


 「俺達は青々とした野草を一抱え採ってきた」


 ユノが腕いっぱいに抱えた野草を差し出して、魚の横に置く。


 ガザルさんの獲ってきた、ホーンラビットという魔物は素焼きに。魚と野草は、パパド老人に持たされた鍋を使ってスープにすることにした。



 魚は、骨と身を丁寧に切り分けて、骨だけを先に鍋で煮立ててから取り出し、身と皮をナイフで叩いて細かくしたものを丸めて鍋に入れた。


 マコト曰く、つみれ汁という料理らしい。


 常備していた塩でのみ味付けしたが、さっぱりとした味付けの中に、魚の良い風味が香り食が進んだ。リーナとユノがえらく気に入っていたので、今後も頻繁に食べることになりそうだ。


 気がつくと、日が頭上から少し傾いていた。

余すことなく豪華な食事を腹におさめた俺達は、交代で水浴びをし、汗を流した。冷たい川の水は、俺達の疲れをもまとめて洗い流してくれるかのようだった。


 「さて、そろそろ出発するか」

ガザルさんの一声で、火の始末をさっと行い荷物をまとめる。濡れていた髪もいつの間にか綺麗に乾ききっており、全身の疲労もだいぶ癒えたようだった。



 昼食後の話し合いで、夜に進むのは危険だと判断した俺達は、日が落ちるギリギリまで進み、比較的歩きやすそうな道から少し離れた木々の間にテントを2つ張った。


 このテント、獣人軍で使用されている物だそうで、軽量化されていて持ち運びが楽なのに、広げると三人は余裕で寝られる広さがあるという優れものだ。

 迷いの森の時みたいに、床材集めをする必要が無いのはとても便利だ。これもパパド老人から渡された物だった。



 ガザルさん曰く、歩きやすい道は軍が使っている道だそうだ。その証拠に細い等間隔の線があり、荷物を運んだ形跡があるのを発見することができた。間違いなく、軍関係者が使っている道なのだろう。



 俺達は発見されるのを防ぐため、焚き火をせずにあえて暗がりを選んだ。テントの周りには、人が通るとガサガサと音がするように簡単な罠を仕掛ける程度に済ませた。


 どうやら、マコトのスマホが敵の接近を察知すると知らせてくれるようなので、見張りは立てずに全員夜はしっかり休むことにしたのだった。

 まったく、スマホというのは恐ろしいなとガザルさんがぼやいていたのが印象的だった。



 夜食はパパド老人が持たせてくれた食糧の中から、穀物を練って焼き固めたものを食べることにした。

パンという食べ物らしく、獣人軍の兵糧としては干し肉と一緒に一般的に食べられているものだそうだ。

物凄く歯応えのある食感に驚いたが、水と一緒に食べればそれなりに美味しかった。



 問題があるとすれば、俺やガザルさん以外には固すぎたということだ。ユノやリーナにも固すぎて、とても食べるのに苦労していた。その傍で、フランスパンより固くて、ボソボソしてるしとにかく不味いと散々にマコトが愚痴っていたが、そこまで言うほどだろうか。



 ガザルさん曰く、干し肉の温かいスープに浸して食べると食べやすくなるとのこと。まあ、火を使えないので今は諦めるしか無いのだが。



 そんな一夜を過ごして、また早朝には出発し、舗装された道から少し外れた森をひたすら突き進む。

バザム火山に近づくにつれ、その巨大な全体像が徐々に見えてくる。


 「すっげえ山!こんなの登れる奴っているのかな」


 「たしか、山頂付近に住んでる種族が居るって聞いたことあるんだけどな…遠い昔に聞いたから思い出せんがな」


 「山頂って、あの高さだと相当空気薄いんじゃないですかね。よく住めるな…」 


 「空気が薄い?それ、どう言う意味だ?」

ガザルさんが足を止め、振り向きマコトに聞く。


 「標高の高いところに行くと息苦しさを感じたことはありませんか?実は、目に見えない空気っていうのがそこら中にあって、その中の酸素ってものを僕らは吸うことで息をしているんです。それで、標高の高い場所は空気中の酸素濃度が低いので、息苦しくなったり頭が痛くなったりするんです」


 「ほお。てっきり病かと思ってたわ。軍でも登山する時にしかかからないから、山の病だって認識だったな」


 「山の病って認識は間違いでは無いですよ。僕らの国では、高山病っていう名前で呼ばれてますし」


ガザルさんは納得したのか、再び歩き出した。

俺とほとんど変わらない歳なのに、マコトの知識の深さには、ただただ驚くばかりだ。


 「マコくん物知りだねぇ。アルス帝国ってそんなに発達してるの?」


俺は思わず

「何言ってんだ?マコトはアルス帝国の人間じゃないぞ」


 「兄さん!」

ユノが叫んだことで、ようやく自分の失態に気づいた。

マコトのことは秘密にしなければならなかったのだ。全身の血の気が一気に引いて、暑かったはずの身体は肌寒さすら感じる。


 「トウマ、リーナさんは仲間だよ。隠し事はなしでいこう」

俯いていた俺が恐る恐るマコトを見ると、苦笑いしつつも優しさで溢れた顔を向けてくれていた。


 「ど、どうしたのよ?私、何かまずいこと言った?」

リーナは俺達の様子に驚いたのか、おどおどして落ち着かない様子だ。


 「いや、リーナ嬢は悪くないな。悪いのは俺たちの方だ」

そう言って、ガザルさんはマコトに目配せする。

マコトもそれに答えるように小さく頷いた。


 「実は僕、この世界の人間じゃないんです」


 「………………は?」

リーナは眉を顰めて、顔を突き出す。酷く、の反応だった。


 「正確に言うと、異世界人てことになるんだと思います。この世界とは異なる場所の日本という国で生まれ育ち、突然トウマ達の住んでいた村の側に迷い込んだ、哀れな少年ってのが一番ピッタリ合う表現でしょうね……」

皮肉が込められた言葉に俺達は苦笑するほか無かった。


 リーナはキョロキョロと、俺達の顔を代わる代わる見回す。

言葉は理解できるが、頭が追いついてないのだろう。


ガザルさんが無言で頷く。



 「このスマホにしてもそうですが、ノートやペンに僕の服装も全てこの世界に無い物のはずです。まあ、あとは信じて貰うしかないので、リーナさんにお任せしますが」



 あーとかうーとか一通り唸った後、「流石、あたしのマコくん!」と言ってマコトに抱きついた。どうやら、自分なりに納得したらしい。離してくださいよなどと言って、リーナを引き剥がそうとしていたが、口元がにやけていたので満更でも無いのだろう。




 本当の意味で仲間となったリーナと、マコトの秘密は隠すことで話は一致した。最も、俺はガザルさんから模擬戦という名の鬼の扱きを受ける羽目になったのだが、それは語らずとも察してほしい。

本当に殺されるかと思ったとだけ、伝えておこう。






―――――――――――――




 そんなこんなでパパド老人の家を出てから早二日。

バザム火山軍事施設と思しき入口を発見したのは、二日目の日が沈みだす頃だった。


 入り口には、パパド老人の家で見た通りの槍を持った屈強な兵士が二人間隔を開けて立っており、辺りを警戒している様子だ。


 俺達は、日が沈み切る前に通気口の入口だけを下見することにした。ちょうど、警備兵の立っている場所からは死角になる場所に通気口の入口はあり、錆びた鉄格子が嵌め込まれていた。おそらく破壊しようものなら、その音に気付いた警備兵達があっという間に駆けつけて来るだろう。



 下見を終えた俺達は、通気口の入口が見えなくなるくらい離れた場所にテントを貼り、周囲に接近を知らせる罠を仕掛けた。



 「通気口の鉄格子をどうやって突破するかが問題だな」

ガザルさんは腕を組み、低く唸る。


 「一晩じっくり考えてみますが、既にいくつか方法が浮かんでいます。ただ、僕は本で得た知識でしかないので、ぶっつけ本番なのが少々心配です」


 「なあマコト、何か手伝えることはあるか?」


 「ありがとう、でも特に無いんだ。それよりも剣の手入れとかガザルさんとの連携についてある程度パターンを決めておいた方がいいよ」


 「分かった」



 俺達は日が落ち切るまでの間、各々連携や侵入経路の確認。不測の事態に対する想定や、失敗時の撤退条件などを話し合い、簡単な食事を摂って休むことにした。



明日は、とても長い一日になるだろう―――








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