第二章

第20話 第二章 プロローグ




 「しっかし、どこまで行っても木…木ばかりね」


 リーナは憂鬱そうに辺りを見回して言う。

確かに、ここ二日ほどバルザルム獣人国を目指して歩を進めてきたが、一向にそれらしき場所には辿り着けず、変わらぬ景色に疲弊していた。


 「リーナの嬢ちゃん、まあ、そう言うな。ヨルダ殿の話では、あと二日も歩けば国境に着くそうだ。まあ、焦らずゆっくり行こうや」

先頭を歩くガザルさんは、隣にいるマツカゼの首筋を優しく撫でながら戯ける。

マツカゼも気持ちが良いのか、目を細める。

鬱蒼と生い茂る木々の隙間から、差し込む陽の光が辺りの温度をグングン上げている。全身から汗が吹き出し、森を突き進む俺たちの体力を容赦無く奪っていく。

ユノもマコトも口数が少ない所を見ると、かなりしんどそうだ。




 俺は暑さで朦朧としつつも、エルフの国を出た頃を振り返った……


 ハク達に導かれ、エルフの国を出た俺たちは、迷いの森を抜け、大老樹が見えなくなる頃にやや拓けた場所を見つけ野営をし一夜を明かした。


 途中、色鮮やかな虫や木の実など様々な森の恵みを採りつつ森を進んだ。迷いの森で半年もの間彷徨った俺たちには、森での野営は慣れたもので、いくらか気持ちに余裕があった。リーナも森に住んでいただけあり、食べられる植物の植生や動物の知識が豊富だった。どうやら、この森に棲む凶暴な動物達は魔物というらしい。以前遭遇したバーサクベアやマツカゼ達も魔物とのことだ。


 ユノは半ば強引ではあったものの、リーナから魔法の手ほどきを受けることになった。せっかくだからということで、俺やマコトも一緒に教わることにしたのだった。


 「それでは、魔法を教えてしんぜよー」

リーナはふんぞり返り、両手を腰に当てて声高々に言った。

「「「お願いします!」」」

ユノが前のめりになりながら、次の言葉を待つ。

マコトはというと、ノートとペンを持ちいつもの様子だ。


 「まず初めに、魔法には魔法適正ってものがあってね、簡単に言えば適性の無い属性魔法は使えません」


 「確かトウマが火と光のダブルで、ユノさんが水、僕が黒って言ってましたっけ」

マコトがノートを捲りながらそう呟く。

 

 リーナはマコトにびしっと指差しながら、

 「マコくん正解!よく覚えてたね!そうなのよ、トウマは火属性と光属性に合わせて無属性が使えるわ。例えば、火属性ならファイアボールやファイアランス等の攻撃魔法が一般的ね。光属性は使える人が少ない珍しい属性だから、あまり知られていないけど、近くにいる仲間を強化したり、傷を癒したりが出来るはずよ」

 ファイアボールと聞いて、帝国軍を思い出した俺は少し気分が悪くなった。ちらりと横を見ると、ユノも同じだったのか、顔に影を落としていた。


 「強化ってのは、ブーストと異なるんですよね?仲間と言ってたから、僕たちにもブーストに近いものをかけられるってことですね」

マコトが雰囲気を変えるためか、あえて火属性には触れず光属性の事を聞く。こういう時の気遣いがとてもありがたかった。

 「そうよ。確か、光属性の強化はブレイブエールだったかしら。私も見たことないんだけどね」

リーナは苦笑しながら答える。

 「リーナは、何属性が使えるんだ?」

俺はふと気になったので尋ねる。

「お、良い質問ね。私はねー、光と闇以外の基本属性全てよ」

マコトが間髪入れずに、

「すみません。基本的な事を聞いてもいいですか?そもそも、属性って何種類あるんですか」


 「ごめん、ごめん。話してなかったね。魔法属性は全部で六属性よ。火、風、水、土、光、闇で六属性ね。中には二つを複合させて使う氷魔法みたいなのもあるんだけど説明は省くわね」


 「つまりリーナさんは、火、風、水、土の四属性を操れるって事ですね。あれ…リーナさんて、実はかなり凄い魔法使いなのでは…?」

マコトが驚きながらノートに書いていく。

「そうね、歴代の巫女でも私が一番凄いみたい」


 「光と闇って使える奴少ないのか」

「少ないなんてもんじゃないわね。闇はともかく、光属性を持ってる人なんて初めて見たわよ」


 「あのー……」

ユノが遠慮がちに手を上げた。さっきまでやる気に満ち溢れていたのに、急に萎んでしまったらしい。

「なあに、ユノちゃん」

「水属性って何が出来るんでしょうか…」

その問いに、リーナはニンマリしながら答える。

「おめでとうユノちゃん。なんと水属性は傷を癒すのが得意な属性です」

聞いた途端に、ぱっと笑顔が咲いた。どうやら、ユノが求めていた力だったようだ。

「勢いよく水を発射するスプラッシュや、桶に入る量ぐらいの水をぶつけるウォーターボールに、回復魔法のヒールなんてものもあるわ」 


 「ヒール!傷口が瞬時に塞がったり、折れた足がくっ付いたりするんですか!?」

マコトが食い気味に聞く。

「瞬時にだなんて、そこまで万能じゃないわよ。自然治癒力を高めて治療する魔法だから、せいぜい一晩で塞がったりするくらいのものよ。あと、病気が治ったり失った腕が生えたりってことも無いわね」

「その、ヒールって魔法を私に教えてください!」

ユノがリーナの両手を取って訴える。

「当然教えるわよ。他に質問がなければ魔法の使い方についての説明をするけど」


 「ところで、僕の適正って何属性なのでしょうか」

マコトが顔を顰めながら、リーナに聞く。

リーナは困った顔をしながら、

「残念だけど、マコくんの属性は分からないのよ。魔力眼では確かに魔力を感じるし、色もある。だけど、黒だなんて見たことがないの。まだ誰も知らない未知の属性って可能性もあるわ」

「分かりました。僕も他の属性を試してみることにします」

「そうね。無属性なら多分使えるはずだし、やってみましょう」


 

 結論から言うと、魔法を問題なく使えるようになった。

俺は、火属性のファイアボールやファイアランスを筆頭に中級程度までの火属性魔法が使えた。

どうやら、魔法の難易度は初級、中級、上級、特級に分かれているらしく、火属性であれば以下のようになっているらしい。


初級 ファイアボール、ファイアランス、ファイアウォール

中級 フレア、フレアランス、

上級 フレアストーム

等級 プロミネンス


 上級以上にもなると、災害級の被害をもたらすそうで、エルフの中でも限られた者だけが使えるそうだ。

俺は、光属性も基本魔法のブレイブエールとリザレクションを使えるようになったこともあり、近接戦闘にブースト以外の魔法を組み込んだ戦闘術を編み出すことに成功した。

最も、ガザルさんには相変わらず一本も取れないんだが。


 ユノはというと、ヒールはもちろんのこと、中級程度の水属性魔法を会得し、水を自在に操作できるようにまでなったのだった。どうやら、回復魔法が得意なようで、俺がガザルさんとの訓練で負った怪我を見つけては、都度治してくれるのはとてもありがたかった。その分、小言が増えたような気がするのは気のせいだろう。


 一方、残念ながらマコトは火属性や水属性はおろか、無属性魔法すら使うことが出来なかった。リーナ曰く、魔法の発動自体はしているが見えない何かが邪魔して、途中で霧散してるんじゃないかとのことらしい。マコトもなんとなく状況が掴めたのか、魔力を動かす操作練習と体術を励むようになった。


 とても驚きだが、なんとハクも風魔法を使うことができたのだ。どうやら、帝国軍との戦闘時に矢が逸れたのは、ハクが風魔法を使って矢避けをしてくれたらしい。試しにハクに風魔法を使うようにお願いしてみると、風魔法上級に相当するストームを使えることが判明した。使った瞬間、目の前の木々が一面薙ぎ倒されるほどの強風が起き、災害級の威力を目の当たりにすることになったが………

 たしかに、あんなもの食らったらひとたまりもないだろう。



 そんな日々を過ごしつつ、目的地へ向かうこと早半月。途中、バーサクベア含む魔物に遭遇したが、俺一人でも難なく倒すことができた。着実に強くなっていることが実感できる良い機会だったが、ユノには単独戦闘を怒られるのだった。どうやら、帝国軍との戦闘が尾を引いているらしい。ユノの心配性には困ったものだ。なぜかマコトには生暖かい目を向けられ、察してやれよなんて言われたが……



―――――――――――――――――――



しばらく歩き続けると、


 「お、見えてきたな。あの高い見張り台がバルザルム獣人国の国境だ。ホラ、人がこちらを見ているだろう」

ガザルさんが指差す先には、木々の間に俺の背丈の倍以上もある高台が聳え立っている。動くものが見えたので、中には人がいるのだろう。侵入者がいないか、遠くから監視するための警備隊なようだ。


 「あの……ガザルさん。僕には遠目に何かあるなという程度なのですが、そんなハッキリ見えるんですか?」

マコトが怪訝そうな顔でガザルさんを見る。

「ああそれはな、目にブーストを使っているんだよ。視力が強化されるから便利なんだぜ」

すかさず俺も目にブーストを掛けてその高台を見る。ガザルさんの言う通り、先ほどよりも詳細に見え、監視役の人が立っており、背には弓らしきものが見えた。

 「たしかにいるな。弓っぽいものを武装してるみたいだ」

「ブーストってかなり便利な魔法ですね。二人が羨ましいな」

そう良いながら、マコトがスマホを取り出した。

俺から言わせれば、そのスマホも十分すぎるほど、便利な道具だと思う。何せ、スマホを持っているだけで隠密行動の類いをあらかた封じられるのだ。敵意を持っている者が近づくと、けたたましい音を上げながら知らせてくれるので、敵に気づかないという事態が避けられるからだ。


 「ところでガザルさん、国境の門番をどうやって通るつもりなんですか?」

「まあ、任せておけ。リーナの嬢ちゃんはくれぐれも余計な事は言わないようにしてくれよな」

「はあい」

リーナは肩をすくめた。



 すると、ガザルさんの横でずっと連れ添っていたマツカゼが大きく嘶き、進行方向と反転する。

俺の横にいたハクは、俺に額を擦り付けると、マツカゼ達に向かっていく。

「お別れだな」

ガザルさんは立ち止まり、マツカゼに向かって呟いた。

「ハクまた会おうな!」

「また会おうね!」

俺達は手を振り三頭を見送った。

勢いよく走り出した親子は、そのまま振り返る事なく森へ吸い込まれていった。


 「ねえ、あの子達行っちゃったけど、エルフの国にどうやって戻るのよ」

リーナが膨れ面になりながらガザルさんに詰め寄る。

「またきっと会えるさ」

自然に溢れた言葉だったが、そう遠くないうちにまた、どこかで会える予感がしたのだ。マコトが啜り泣いていたのは気のせいだろう。




 辺りが暗くなり始めた頃、ようやく森を抜けた俺たちは、拓けた場所に辿り着き、例の高台が段々と近づいてきた。

警備隊の方に動きがあり、国境に近づく俺たちに向かって六人の獣人が接近してきた。


 大きな槍を持った屈強な身体の獣人が横一列となって槍を向け、俺たちの行手を阻んだ。


 「止まれ!現在、バルザルム獣人国はアルス帝国と交戦中である。よって、軍事関係者以外の入国は認められていない。関係者以外は即刻立ち去れ」


 頭に金属製の防具を着けた一際目立つ装備の男は槍を地に刺して声高々に宣言する。この連中を取りまとめているようだ。


 「私は元獣人軍制圧部隊隊長、ガザルと申す。この町に住む、元獣人軍指揮官のパパド将軍に会いに来たのだ。隊長殿、軍事行動中に大変申し訳ないが、なんとか通してはくれぬだろうか」

ガザルさんは頭を下げながら、胸に拳を当てて答える。

 「元獣人軍制圧部隊隊長のガザル………まさか、疾風のガザル殿ですか。既に亡くなられたはずでは」

警備隊隊長は、怪訝そうにガザルさんを見る。


 「どうやら、この老兵にもまだやらねばならぬ事があったようでな。アルス帝国との戦いを終わらせるため、舞い戻ってきたのだ」

ガザルさんがいつも使ってる剣を隊長へ渡す。


 「確かに、獣人軍隊長に与えられる軍刀に間違いないが。後ろの人間や青い髪の者は何者か」


 「私が保護し、育てていた子供達だ。誓ってアルス帝国軍の者ではない。もし、アルス帝国軍との関与が疑わしいのであれば、私を斬ってくれて構わない」


 「あの、疾風であるなら、私達が束になってもガザル殿を斬ることは出来ないでしょう。念のため、衛兵を二人付けさせていただくがよろしいか」

「寛大な心遣い感謝する」

そう言って、ガザルさんは再び深々と頭を下げた。俺も見よう見まねではあるが、同じように頭を下げる。


 「ライザ、悪いがこの者どもと行動を共にして貰えるか?カイザも付けるから二人で警戒警備だ」

警備隊隊長が後ろに控えていた二人に声をかける。

「了解しました。しかし、私一人で問題ないでしょう」

とても良く似た二人の屈強な兵士が、ガザルさん同様に胸に拳を当てて頭を下げる。


 「ライザ殿、申し訳ないが、パパド将軍の家まで案内をしていただけないだろうか」


ライザさんが、警備隊隊長に耳打ちする。

「パパド将軍て、あのですよね?あの人、将軍だったのですか」

「お前達若い者は知らんだろうが、元将軍で間違いない。今ではあんなだがな……」



 気づけば辺りは完全に暗くなり、国境門の松明に火が配られ、辺りを煌々と照らしていた。


二人の様子に一抹の不安を覚えながら、俺達はパパド将軍の家に向かうのだった―――



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