第17話 盟約と親書

 ふかふかで良い匂いのするベッドで目が覚めた。



 起きあがろうとしたが、身体中に痛みが走り、とても起き上がれそうにもない。辛うじて動く首だけを動かし、部屋を見回す。

木でできた壁に、羽根や綺麗な石で作られた飾りが吊るされており、俺の家よりも立派な作りに思えた。


 「あれ、俺なんでこんな部屋で寝てるんだ…?

確か、村を襲った奴らと戦って…………………………ぐっ……こんなところで寝ている場合じゃねえ。指揮官と父さんを斬り殺した奴を殺さなきゃ」


 「おう、目ぇ覚めたか。安心しろ、そいつらまとめて俺が全員斬り殺したからよ」


ガザルさんが、部屋の入り口から顔を出す。


 「じゃあ……俺は仇を討てたのか……」


 何故だか急にボロボロと涙が出てきた。ようやく仇を討てたのに、手には人を斬り殺した嫌な感触がこびりつき、あとには不快感と虚しさだけが残っていた。



 「何を泣いておる。お主はこの里を、我らエルフ達を守った英雄だ。胸を張らんか」

 ガザルさんの陰から、ヨルダが顔を出して部屋へと入ってくる。


 「英雄……?」


 「そうだ。森を守ったお主を英雄と呼ばずして、何を英雄と呼ぶのだ。我らエルフはお主達と共に戦うことを約束しよう。共に手を取り、お主の村と、我らの森を帝国軍から取り戻すのだ」



「今はまだ動かまい…。その傷が癒えたら、改めて話し合いの場を設けようではないか」



 そう言って二人は部屋から出て行く。

すると、急に猛烈な空腹感を覚え、腹の虫が鳴き出した。


 「兄さん、お腹空いたでしょ?これ、食べられる?」

お盆を持って部屋へと入ってきたユノが、肉や野菜が挟まった贅沢なパンを差し出す。


 「わるい、手が動かないんだ」


 「もう、しょうがないなあ。はい、あーんして」

「お、ありがとう。はぐっ…」


 驚くほど美味いパンだった。部屋には咀嚼音だけが響き渡り、ユノは無言で俺の口に運んでくれる。

やがて、パンは無くなり俺の空腹もおさまった。

食べ終わるのを待ってくれていたユノが口を開く。



 「兄さん、何日寝てたか分かる?」

「何日……?一日じゃないのか?」

「今日で3日だよ。戻ってきた時、マツカゼの上で血まみれになって寝てたんだよ。私、兄さんが死んじゃったのかと思って怖かったんだから………」


 「ご、ごめん」

「私、正直に言うと、兄さんに危険な事をして欲しくないよ。でも、戦わないと自分達の命すら守れないから、戦うんだよね?」


「…ああ」

俺はこの時、本当は感情に任せて敵討ちに突っ込んで行ったということを話す事ができなかった。


 「じゃあ、ゆっくり休んでね」

そう言い、ユノは部屋を出て行く。どうやら少しは安心したらしい。本当の事が言えず、少し胸が痛んだ。



 ユノが出てからしばらくして、そーっと扉が開き、マコトが部屋へと入ってきた。


「あ、起きてたんだ。身体はどう?」

「全然動かないや。全身の筋肉が痛い」

「はは…無茶するからだよ」



 「あの…さ、僕にしか言えない事だから言うけどさ、トウマが単身で突っ込んでいった後、ユノちゃん血相変えて倒れたんだよ。仇討ちも大事だけどさ、残ってる家族と自分自身を大切にしないと。トウマが死んだらユノちゃんが、さらに悲しむんだよ」


 「分かってる。ごめん」


 「謝るなら、ユノちゃんにね。それと、僕はさ、もしかしたらこの先ずっと元の世界に戻れずに、家族に会う事ができないまま、この世界で死ぬかもしれない。会うことができる家族がいるってことが時々羨ましいよ」


 一歩間違えてたらユノを残して死んでいたかもしれない。そう思うと、身体中に震えが走った。

マコトは立ち上がり、部屋から出ようとする。

背を向けたまま、一言だけ辛うじて聞こえるように呟いた。



「トウマ、僕達はそんなに頼りにならないのか?」

「なんで仲間を頼らないんだよ…このバカやろう…」




 部屋に静寂が戻った。

友の言葉は容赦なく突き刺さり、俺の心に響くのだった。






―――――――――――――――――





 帝国軍との戦いから五日後の昼過ぎ、ようやく俺は身体が癒えて動けるようになった。皆んなには真っ先に謝った。ユノやマコトは言いたいことは言ったからと、穏便に済ませてくれたが、ガザルさんからはしこたま怒られたのだった。


 そして、その日の夜、ようやくヨルダとの面会が再び行われるのだった。


 どうやら、俺が眠っている間に里内での行動制限が解除されたらしく、ヨルダの家までは四人だけで向かった。

気のせいかもしれないが、里の中心部を歩いているにも関わらず、通りすがる人達からの俺たちを見る目に、憎しみの感情を感じることはなかった。



 ガザルさんは、ヨルダの家の扉を数回叩いて開いた。

「ヨルダ殿、夜分遅くに申し訳ない」


「我が呼んだのだ、構わんよ。さあ、中に入ってくれ」



 俺達は、とても豪華な大部屋へと通された。

夜なのに、部屋の中がまるで昼間のような明るさが保たれており、使われている家具は見た目こそ派手さは無い木製だが、椅子の背もたれや手すりがとても手に馴染む良いつくりだった。



 俺達はヨルダと机を挟んで、向かい合って座る。

着座した途端に、色鮮やかな見たこともない料理と透き通った食器が運ばれてきた。



 「これ、ガラスですね。エルフの皆さんはガラスも作れるんですか?」

マコトが珍しく一番に口を開く。

「いや、それは獣人王から戴いた贈り物だ。製法が分からぬので、増産できなくてな。もし、知っておるなら教えて欲しいところだ」

「確か、海辺の砂を沢山集めて、それらが溶ける温度まで高めた火で焼いて形を整えるはずですよ」


 「ふむ………これが溶ける温度となると難しいな。さて、目の前に料理が並んだな。今日は我らエルフから、此度の件の感謝を込めて最高の料理を振る舞う事にした。遠慮せず、好きなだけ召し上がってくれ」



 食事を運んできた人が、ガラスに何かを注ごうとした時、マコトがそう言って断った。

「あ、すみません。僕はお酒を飲めないので他の物をいただけませんでしょうか」

「マコト、お酒ってなんだ?」

「大人の飲み物です。ユノさんもやめておいた方がいいでしょう」

「そうだな、すまないが三人に酒以外の物を飲ませてやってくれないか」


 そう言われて出してきたのが、薄い黄色の甘い香りがする、何かの果実を絞った飲み物だった。



 「おお、強い香りがする果実酒だな。とても楽しみだ」

ガザルさんの器には、紫色の液体が注がれた。器の中で跳ね返り、飛沫が上がった事で香りが部屋に充満する。少しクラッとするような香りだ。


 ガザルさんは、器の液体を一気に煽り飲み干した。

「思ったよりキツめな酒だな。渋みというか深みを感じるが、鼻から抜ける果実の香りが良いな」

「お気に召したようで何よりだ。カコルの実を熟成発酵させて果実酒にしたもので、この里でしか飲まれていないはずだ。いわば特産品だな」


 「兄さん、兄さん。この飲み物すごく美味しい……」

ユノが蕩けた顔で甘い香りの飲み物を口に含む。

俺も続いて器の液体を口にする。口の中でふわっと香る、甘く程よい酸味が鼻から抜け、飲み込んだ後もその余韻が残った。これはダメだ、美味しすぎる。



 「あ、美味しい。りんごジュースみたいだ」

また、マコトが分からない言葉を話している。りんごジュースってなんだろうか。

「それは、ナフラの実を絞った飲み物だ。森でなら簡単に採れるから我らは好んで口にしている」


 俺達は出される物を余す事なく平らげ、とても豪華な食事を堪能したのだった。




 「さて、我らエルフの食事はどうでしたかな」

「これほど美味な食事は、食べた事がありませんな」

「そうですね。僕が知る限りここまで美味しい料理は、なかなか食べられませんよ。そういえばガザルさん、カコルのお酒は獣人国では流通してないんですか?」

「ああ、獣人国で広く飲まれているのは、エールという麦を使った酒だから、こういう上質な果実酒は上層の人間でなければ見たことがないだろうな」


それを聞いたマコトがノートを開いて、ヨルダへと向き直った。

「ヨルダさん、もしかするとカコルのお酒やナフラの飲み物が、獣人国との交易に使えるかもしれませんよ」

「なるほど、それは良い意見だ。我らエルフが獣人国との縁を再び結ぶには、何か向こうへの利益を見せねばならんとは思っておったのでな。そういう意見は、素直にありがたい」



 「それって…」

「おっと、その前に。待たせたな、入ってこい」

ヨルダが呼ぶと大部屋の扉が開かれ、綺麗な装飾品を身に纏った女性が入りこちらへと歩いてくる。


「皆様、此度の件で我々エルフをお救いいただきありがとうございました」

そう言って頭を下げたのは、俺達の知らないリーナだった。


「ははは、驚かせてしまったな。紹介しよう。我が娘のリーナ・ルノン・パルマシアだ」

「今まで通り、リーナとお呼びくださいね」


 「えと、リーナさんがヨルダさんの娘で、ヨルダさんはエルフの王なんだよね……?それって、リーナさんお姫様じゃ………」

ユノが混乱しながらそう言った。

「いかにも。我が、エルフ国王のヨルダ・ルノン・パルマシアで、一人娘のリーナが継承権を持っておるから、次期国王でもある」



 「「ええッーーーー!」」

俺達は若年者三人組は、今日一番の驚嘆をあげるのだった。


「実は、リーナが大老樹の巫女でな。お主らが迷いの森に入ったことも、我らに対して敵意を持たぬし、何か悪しきことを企んでいる様子がないことも知っておった。だが、人間に対しての負の感情を持つ者が少なくないので、一度檻に入ってもらうしか無かったのだ。そこで、お主らの監視役として付けさせてもらった」


「ごめんネ」

リーナは片目を瞑り、舌を出して戯けた。



「話を戻すが、我々エルフは獣人国と協力関係になる盟約を結びたいと考えておる。無論目的は、アルス帝国に奪われた領土の奪還と、長きに渡る帝国との争いを終結させることだ」

「エルフ達の戦力はどのくらいの規模なのですか?」

ノートに次々と書き込みながら、マコトが聞く。


「我らは魔法と弓やナイフを使って戦う。単純な人数では勘定できぬのでな」

「ああ、そうでした。エルフの皆さんはを使うんでしたね。広範囲魔法が使えるならば、それこそ普通の兵士が百人単位でも相手にならないでしょう」


「お主らの村が占拠されてから、約半年が経過し、数日前にこの森にまでやってきたところを見ると、獣人国への報告や我らとの関係を迅速に固めねばならん。そこで、我から獣人国王への親書を、お主らに託そうと思う」



 そう言うと、ヨルダは上質な紙でできた封書をガザルさんに手渡した。



 「分かりました。トウマが回復しましたので、明日にでも出立しようと思います」

「トウマよ、お主には特に世話になった。改めて礼を言おう」


「いえ、俺は自分の望みを叶えただけですから。こちらこそ、負傷した身体を診ていただきありがとうございました」

俺は深々と頭を下げる。


 「マコくん、また近いうちに会おうね」

「リーナさん…次にお会いした時は、魔法のこと詳しく教えてくださいね」



そうして、ヨルダの家を後にし、あの手狭な小屋に戻った俺達は、明日の出発に向けて早く眠るのだった。








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