第16話 大樹のざわめき

 ヨルダとの面会から、三日が経過した。


 その間、小屋に来た者といえば、食事を運んでくる衛兵くらいなものだった。

俺達は特にすることもなく、読み書きを覚えるための勉強と、情報の整理に時間を費やした。



 朝食を済ませた俺達は、交代で水浴びをしていた。

ユノが水浴びをしている時に、事は起こった。



 「なんか外が騒がしいな。何かあったんだろうか」

人々が叫ぶ声が聞こえる。何かが起きたようだった。


 俺は、小屋の扉を開けて衛兵に話しかける。

「何かあったんですか?」

衛兵は、槍の柄を地面に突き刺してこちらを見る。

「どうやらあの森に大勢の侵入者だそうだ」

「あれ?皆さん、森から出られないんじゃ…」

「森の異変は、大老樹が教えてくれるんだよ」


 大老樹が何を指すのか分からずに、訝しげな顔をしていたようだ。衛兵は苦笑いしながら丁寧に教えてくれる。


 「大老樹ってのは、里の真ん中に聳え立つ大樹の事だよ。ほら、ばさばさと音を立てて揺れているだろう?あれが危険を知らせる動きなんだ。最近は全くもって平和だったから、突然の警戒通告に住民達も不安なのさ」



 「危険を知らせるって………そんな悠長にしてていいのかよ」

「いくら侵入者が多くても、森を抜けてここまで来られないだろうからさ」

「おいおい、目の前に抜けて来た奴がいるだろう」

「うっ…それはそうだが……」


 「なあ…俺達に何か出来ることはないか?」

「気持ちはありがたいんだが、里長からの命がなければ、ここから出せないんだ」

「だよなあ…いつになったら出られるんだろうな」



 やはり、俺達を出してくれそうには無いらしい

俺が諦めて小屋の扉を引いて、中へ入ろうとした時、遠くの方から聞き慣れた鳴き声がした。


 …やはり間違いない。待ちぼうけを食らって丸四日だ、いよいよ痺れを切らしたらしい。俺目掛けて一目散に走ってくる姿が見える。


 俺は衛兵の制止を振り切り、小屋の前に立った。

「キュウウウウウウウウン!」

俺が見えてよっぽど嬉しかったのか、変な鳴き声を上げながら俺に突進して、押し倒された。


 「やめ…やめろ……くすぐったいだろ。あひゃひゃひゃ」

予想通り、俺の顔はハクの涎でベトベトにされるのだった。

衛兵も構えていた槍を地に刺し、呆れ顔で俺を見る。

「なんだ?なんかあったか?」

小屋から三人が顔を出す。

「あれ!?ハクだ!」

ユノはハクを見るや否や、駆け寄って撫で回す。ハクも横になり目を細めているので、満更でもなさそうだ。

「衛兵のにいちゃん、ビックリさせてごめんな。こいつは俺達の仲間だよ」


 「いやぁ、この子が報告にあった、あの伝説のユニコーンですか…初めて見ました」

衛兵は目を輝かせながらハクを見つめる。ユニコーンに何か特別な思い入れでもあるのだろうか。



「ハク、マツカゼ達はどうしたんだ?」

ハクが首を横に振る。どうやら、一頭で来てしまったらしい。すると、夫婦は里の前で待機したままということか。



 「あれぇー?その子なあに?」

いつの間に来たのか、リーナがひょこっと小屋の陰から顔を出し、ハクを指差す。




 その時だった。

横になってユノに甘えていたハクが、ムクっと起き上がると、両前足を高々と上げて大きく嘶く。

ほぼ、それと同時に遠くの方から黒煙が上がり出したのだった。


 ユノがその黒煙を見て、アイツらだ。アイツらが来たんだ…と呟いた。

ユノの呟きを聞き、頭に血が上るのを感じた。

火山が噴火したかのような、激しい怒りで心が満たされていく。もう、自分を抑える事などできなかった。


「ハク!行くぞ!」

飛び乗ると、俺に応えるように、稲妻の如く森を突き進んでいく。

いつの間にか里を抜け、森を駆け抜けていた。


 (いる………この先に奴らが必ずいる………)

何故だか分からなかったが、両親や村の皆んなを殺した奴らが、この森へと踏み込んだ事を確信していた。




 森を抜け切るとそこには、忘れもしない父さんを斬った、憎き帝国軍の兵士と、火魔法で村を焼き払った指揮官がその他大勢の兵士を引き連れて、森を焼いていた。



 俺達は、森から勢いよく飛び出すと、敵部隊の側面から強襲を掛けた。俺達の動きを目では追えても、身体が反応できないのか、棒立ち同然の兵士は全く驚異にもなり得なかった。



 俺は、怒りに身を任せて剣を振り、次から次へと兵士を斬り殺していく。ハクに乗ったままだというのに、まるで自分の足のように、思った通りに動いてくれる。十、二十と数を削ると、流石に体制を立て直されて、守りの陣形へと変化されてしまった。



 「なんだ!?」

ハクが突然後ろに飛び退き、敵から距離を取る。

あの、火魔法を操る指揮官が掌をこちらへと向けて、何かを喋っている。

俺は直感的に、ハクから飛び降りると目の前に立ち、剣を構えた。


 「火槍よ、眼前の敵を穿て!ファイアランス」

ファイアボールよりも、細長い炎が放たれた。

ほぼ、反射と言っていいだろう。俺はその火の槍を半身をずらしながら斬り上げ、霧散させることに成功した。


 「な、なに!?ファイアランスを斬っただと!?」

指揮官の動揺を俺は見逃さなかった。隙を与えれば、次はどんな手を打ってくるのか見当もつかないからだ。


 「ハク!」

俺は再びハクへと飛び乗ると、敵指揮官へと真っ直ぐ突っ込む。すると、いつの間に弓を構えたのか、盾を持つ兵士の隙間を縫って、数本の矢が俺達に飛来する。


 (躱せないッ…)

直進する俺達に、矢が恐ろしい速度で向かってくる。


 その時不思議な事が起こった。突き刺さるはずの矢が、躱すようにして全て逸れたのだ。



 まるで恐ろしいものでも見たかのように、顔を恐怖で滲ませ、背を向けて逃げ出す兵士を、一人また一人と斬り捨てる。数では圧倒的に不利だったはずなのに、ハクの機動力のおかげで一方的な戦いになっていた。



 気がつけば、指揮官と父さんを斬った兵士、その他数人まで減らしていた。


 だが、あと一歩というところで、俺の肩が上がらなくなり、ハクも連続での疾走に疲労したのか、目に見えて動きが悪くなり始めた。



 「見ろ、奴は消耗しきっているぞ!恐れるな!帝国軍に刃向かう奴を叩き潰せ!」


 森へと逃げ込もうかとも考えたが、目の前に仇がいるのだ。どうしてもその選択を取ることができなかった。


 兵士たちが雄叫びを上げながら、斬り掛かってくる。休むためにも、一旦距離を離そうとする。

だが、距離を離した途端、あの指揮官が火魔法を連射してきたのだ。


 疲労したハクの動きだけで、全てを躱す事はできない。手詰まりだと分かっていても、ハクから降りて魔法を受け流すしかなかった。



 剣を握る手や足に、受け流し損ねた火魔法が掠める。

自身の限界が近い事を察したが、どうする事もできなかった。



(くッ…もう肩が上がらない………ここまでか)





諦めかけたその時だった。




「「うおおおおおおお!」」


鬼馬に乗る、二人の漢が森から飛び出してきた。

二人は、飛来するファイアボールを楽々と斬り払い、一気に距離を詰め、一瞬にして残りの敵を斬り伏せたのだった。




俺は、膝から崩れ落ちうつ伏せに倒れ、意識を手放した――――







―――――――――――――――――








 倒れたトウマの息を確認し、傷の手当てをする。



「このバカやろうが、無茶しやがって」

「まあ、ガザル殿そう言ってやるな。これだけの数を一人で討ったのだ、まさしく我らを危機から救った英雄であろう」

そう言って、ヨルダ殿はトウマに微笑む。

だが実際、本当にギリギリだったのだ。



 トウマが単身で森へと入ったと聞き、ヨルダ殿が小屋へと飛んでくるのと同時に、里の外柵を飛び越えて小屋へと真っ直ぐ駆けてきたマツカゼ達が小屋の前で鉢合わせ。俺は、すぐにヨルダ殿に状況を説明し、マツカゼに飛び乗ってトウマを追う事にしたのだ。



 あの森を抜け、到着した時には死屍累々の戦場となっており、どう見ても限界を迎えているトウマがやられる寸前だったのだ。



 「こいつに死なれちまったら、死んでいった奴らに申し訳が立たないんだよ」

傷が癒えたら説教だなと、意を固めた。



 「お前達………帝国軍に刃向かって……タダで済むと思うなよ…………絶対に地獄を見る羽目になる…」

死にかけの指揮官が、息絶え絶えの中、そんなことを口にする。



 「地獄ならもう見てきたさ、嫌ってほどな」



 俺は、そいつに剣を突き立て絶命させる。

こいつがここに居るということは、村は既に帝国軍の拠点に変わっており、上官がそこに駐在しているということだろう。


 こいつが決められた日数で戻らなければ、次の部隊がここへと向かってくるだろう。早急に手を打たねば。




 俺達は、死体を集めて火を放ち火葬した。

純白の体毛がところどころ朱に染まっており、戦いの凄まじさを物語っていた。

トウマをマツカゼの背に乗せ、俺達は里へ戻るため、森へと入る。



途中、ヨルダ殿が何かを思い出し、立ち止まった。




「ガザル殿、あの指揮官は生かしておいた方が良かったのでは?」





俺はダンマリを決め込むことにした。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る