第15話 森の民 3

 翌朝、目を覚ました俺達は、昨日話し合った事をおさらいしていた。



 「つまり、森の民はエルフという種族で、特別な力というのは魔法のこと。既に帝国軍は、魔法を軍事利用しており、湿原での争いでエルフが攫われた事が、漏洩のきっかけという事ですね」


「ああ、そういう事だろう。それと、魔法っていうのはどういう力だ?」

「村を襲撃してきた帝国軍の指揮官を覚えていますか?手のひらから火を放ったのが、おそらく魔法でしょう。リーナさんはファイアボールと言っていましたね」


 「ああ、あれか。火の矢かと思って切り払ったんだが、違和感があったんだ。なるほど、そういう事だったか」

本当に俺と同じ獣人なのだろうか。この人なら何でもできてしまいそうだ。


 「………もう驚きませんからね。問題なのは、魔法がどの程度までの規模を攻撃できるのか不明な事です。直線的なものだけじゃないとすれば、避けられないものも出てくるかもしれません。対処法がなければ、勝てる可能性は限りなく低くなります」


 「直線的じゃないものっていうとどんなのがあるんだろうな」


 「そうですね、例えば津波を起こしたり、突風を吹かせたり、雷を落としたり、地を揺らしたりとかできるのかもしれないですが、現時点で魔法の種類について考えても意味がありませんよ」


 「確かにそうだな。不確かで知識の無いものを懸命に考えても意味がないからな」


 「ええ、僕が心配している事は二つです。一つは、マツカゼ達が本当に森を抜けられるのかどうか。もう一つが、獣人国の協力を得られるかどうかですね」


 「確かに、現状では森抜けができるかどうか確かめようがないな。獣人国については、俺が何とかする」


 そう言って、ガザルさんが俺を見る。

「そろそろお前について、話しておかなきゃならねえか」


 「俺?」


 「ユノもだが、セナ達から自分達兄妹について、何か聞いていた事はあるか?」

俺達はお互い顔を見て首を傾げた。特別聞いていた事はなかったはずだ。


 「やっぱりか。この先どうしても、トウマの生まれについて関係してくるから話すぞ」



 「まず、お前達は実の兄妹ではない。セナとアンヌの子は、ユノだけだ。今から十五年前に、湿原の先から命懸けで逃げてきた獣人の娘が抱えていた赤子が、トウマお前だ。大雪の翌朝、雪の中で冷たくなった娘が守るようにして抱いていたお前を見つけたのがセナで、その後お前を引き取り、兄妹として育てたんだ」


 あまりの衝撃に声が出なかった。俺とユノが兄妹じゃない?

「じゃあ、俺の本当の両親は誰なんだ…?」

ようやく振り絞るように出た言葉はそれだった。


 「俺とセナ達は、お前を連れて逃げてきた娘が、お前の母だと思っている。お前が狩りに行く時に手を合わせて祈っていた場所が、その娘を弔った場所なんだ。今まで言えなくてすまなかったな」

ガザルさんは、深々と頭を下げた。


 俺は天を仰ぎ、心を落ち着かせてユノを一度見た。

「ガザルさん教えてくれてありがとう。俺はユノと血の繋がりがないかもしれないけど、一緒に過ごした時間は本当なんだ。だから、今までと変わらないさ」


 横に座っていた、ユノの目から一筋の涙が流れた。

「どうしたんだ……なんでユノが泣くんだよ」

「だって、兄さんと血が繋がってないなら………もう一人きりの家族なんだと思って悲しかったのに……今までと変わらないって言ってくれて嬉しくて……」

「俺はユノの家族だよ。ずっと一緒だ」


 「あの…ガザルさん。ちょっとだけお聞きしてもいいですか?」

マコトが申し訳なさそうに手を挙げる。

「ああ、なんだ?」

「獣人と人間の間に子供って産まれるんですか?」

「なるほど、そういう事か。それなら問題ないぞ。ただ、純粋な人間は産まれず、獣人として産まれるがな」

何やら俺達を見て、ガザルさんがニヤつく。


「ああ、だから人間と獣人の兄妹がいるはずがないと帝国軍の奴は言っていたんですね」


 ガザルさんは頷いた後、ふと思い出したかのように、手を打ち鳴らして衝撃の一言を口にする。


 「あ、そういやトウマの名前は俺が付けたんだったわ」


 「はい!?」

俺の驚き様を見て大爆笑した。



 「まあ、それは置いといて。俺はな、トウマが獣人国の王家に関係する産まれじゃないかと思っているんだ」


 「王家?」


 「獣人国の王は、代々バルザルム家が継承し続けているんだが、現王のガルシアは、今から十八年程前に王を継いでいる。バルザルム家の血統が持つ特徴として、燃えるような赤眼を持って産まれる事が多く、他の獣人達には決して赤眼は産まれない」


 もう分かった。確かに俺は赤眼の獣人だし、母が逃げてきた方向が両国の境界線辺りからだとすれば、ヨルダとの話で出てきた十五年前の激戦とも一致する。



 「偶然じゃないのか?」

「俺もそう思ったさ、赤子のお前が首から下げられていた、赤眼と同じ色した首飾りを見るまではな」

そう言われて、普段服の内側に隠している首飾りを取り出した。

「その石を光に透かしてよく見てみろ、中に紋様があるだろう?それは、バルザルム王家を表す紋様なんだ」


 確かに見た事のない、綺麗な絵が石の中に掘ってある。光に透かして見ると、その紋様が浮かび上がり、とても綺麗だ。



 「えと、つまりトウマはバルザルム獣人国の王子かもしれないって事ですか?」

「少なくとも、俺はそう考えている」


 「なあ、俺がその王子だとなんか意味あるのか?」


 「大アリですよ!トウマがもしも王子であるなら、獣人国の協力を得られる可能性が高くなります。ただ、上手いこと獣人国へと入り込まないと、余計なトラブルの火種になりますから、他言しない方が良いでしょうけど」


 「マコトはその歳で物事がよく見えているな。その分、戦力としては全く期待できないが」


 「ちょっとガザルさん、茶化さないでくださいよ」

「すまんすまん。でだ、実はこの森から一番近い獣人国の街に、俺の元上官が退役して住んでるんだ。その伝手に頼ろうと思ってな」

「なるほど、現状の課題はエルフの里内での行動制限をどうやって解除してもらうかですね」


「そういう事だ」




意見が纏まった所で、朝食が運ばれてきた。

そこで普段は大声を出さないマコトが絶叫する。

「こ、これは!お米じゃないですか!こんな所で会えるとは!」

始終涙を流しながら、メシを食うマコトに気持ち悪さを感じながら食事を終えるのだった―――





――――――――――――――――――






 昼食も摂り終え、身体を休めていると小屋の扉が叩かれた。


 「こんにちはー、マコくんいるぅ?」

扉を開けた途端、やたら艶っぽい声で挨拶をする青い髪の女が立っていた。

「マコくん?てか、アンタ誰?」

俺が困惑していると、マコトが駆け寄ってきた。

「リーナさん!お待ちしてましたよ」

ここでようやく、この人物が話に聞いていた、リーナだと分かった。


 「マコくん、無事に出られて良かったね」

「ええ、お陰様で無理に脱獄して、余計なトラブルを起こさずに済みました。ありがとう」

「私が顔を出した甲斐があったわね。あら、この子も珍しいしてるわね…」

「と、とりあえず中に入って話をしましょうか」


リーナはマコトに案内されて、ベッドに腰掛けた。

手狭な小屋なのもあり、五人で集まって話すのには苦労しなかった。




 「さて、僕から紹介しますね。ユノさんは既に面識があるから良いとして、こちらの大柄な獣人が僕達の保護者というかリーダーをしているガザルさんです」


 「まあ、保護者で大体合ってるな。見ての通り、老いた獣人のガザルだ、よろしく」

「それで、こっちがトウマ。ユノさんと兄妹で、歳は僕の一つ上の十五だね」

「リーナさん、よろしく」



「不躾な質問で悪いんだが、嬢ちゃんのそれ、か?」

「………マコくん話したの?」

リーナは、マコトに顔を向け、頬を膨らませて怒りを訴えた。

「話すも何も、僕は魔眼って物を知りませんよ!」

マコトが物凄い焦って両手と顔を横に振る。


 「…………ガザルさん、もしかしてカマかけた?」

「おう!嬢ちゃん騙しやすそうなんだもん」

「私の扱いが酷いッ!もう、ガザルさんはちゃんと呼んであげないんだからッ!」

リーナは目をうるうるさせて、とても悔しそうだ。

それと、対照的にガザルさんはガハハと馬鹿笑いしてるし。


「それで、魔眼ってなんだ?」

俺は気になったので聞いてみる。

「魔眼ってのはな、特別な力を宿した目の事だ。俺が戦場でやり合った相手に魔眼持ちがいてな、確か数瞬先の未来が見えるとか言ってたな。まあ、地力に差があったから勝てたんだが」


 「なにそれ、予知じゃん………なんで勝てるんだよ……」

マコトがボヤく。確かに、戦闘で数瞬先が見えるなんて圧倒的に有利だろう。ガザルさん、本当に強すぎる気がするんだが。


「私のは違う目だけどね」

「リーナさんは、確か魔力が見えるんでしたっけ?」

「そう!私の目は魔力眼よ。簡単に言えば、その人の得意属性と、魔力量を視認する目なの。例えば、ユノちゃんだっけ?キミは青。水魔法が得意で、魔力量はまあ普通ってところだね」

「俺の魔力も見えてるのか?」

ガザルさんが興味深そうに聞く。

「いじわるオジサンは、白!残念だけど適正なし!魔力量は普通よ」

「いじわるオジサンって………まあ、俺はスキルを使えるから、魔法なんて使えなくても困らんしな」

「スキル?なにそれ?」

「知らんのか?俺は加速系のスキルが得意だ。ブーストとかそういうのなんだが」



 リーナはそれを聞き、爆笑する。

「やだ、それ冗談?ブーストなら無属性魔法よ?獣人達って魔法の事をスキルって呼んでるの?」

「スキルって魔法なのか!?」

ガザルさんも流石に驚いたのか、勢いよくベッドから立ち上がった。

「加速系なら、単純に直線加速するブーストと、上位のアクセルブーストでしょ?適正なくても使えるから良いわよねアレ」

ガザルさんが脱力し、ベッドにドカッと座った。



 「なあなあ!俺は?俺の適正ってなんだ?」

俺は期待を込めて、リーナを見る。もしかして、俺も魔法が使えたりするのだろうか。


「トウマくんはねー、赤と金のダブルね。赤は火魔法で、金は光魔法。魔力量は多いよ」

「火魔法と、光魔法ってどんな事ができるんだ?」

「火魔法は、ファイアボールみたいに火を出して攻撃するのが得意なやつね。光魔法は、珍しいんだけど、味方を強化したり、治癒したりもできるって感じだったと思うよ」




 「で、肝心の魔法の使い方が分からないんだけど、どうやんだ?」



「使えないよ?」



 「え?」

思わず二度見した。使えない…?

「魔法を使うには、術式の構築に展開と、魔力コントロールができないと無理だもん」

終わった……そもそも何言ってんのか全然分からない。


「それは、僕達が教わろうと思えば、教えて貰えるものなんですか?」


「ダメに決まってるじゃないの。そんな事したら大変よ」


 「でも思いっきり喋ってるじゃん」

マコトが呆れ顔でリーナに言い放つ。

「うぐっ。そうなのよねー。私のお願いを叶えてくれるなら、教えてあげても良いわよ」


「その願いとは?」

俺達は、リーナに目向ける






「私をこの森から連れ出してほしいの―――」











――――――――――――






 リーナが去った後、俺達は再び話し合いをしていた。




 「あの嬢ちゃん、侮れんぞ。俺達が断れないように話を上手く運ばれちまったし、ありゃあ相当な切れ物だわ」

「やはりそうですか。わざと隙を見せていたんですね?」

「おそらくな…」

「何者なんでしょうね。僕達が牢で脱走しようとしていたのも読まれていましたし」

「分からんが、しばらく様子を見た方が良さそうだな」




軟禁生活初日が終わるのだった――







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