第14話 森の民 2
蹴られた腹部の痛みが治った頃、檻が開けられた。
どうやら、俺達を檻にぶち込んだ里長との面会があるらしい。
ここを出る直前まで、ガザルさんとは口を聞いていない。何を話せば良いか分からなかったのだ。
痛みが引くのにつれて、頭が冷えて冷静になることができた。俺が今しなきゃならない事は、檻に入れられた事を怒る事じゃなく、どうすればユノ達が解放されるのかを探り、解放してもらう事だった。
それをガザルさんは教えてくれたのだろう。
二人を開放出来たらきちんと謝ろうと決意する。
外に出ると陽は沈んでおり、松明無しでは歩けないほど辺りは暗くなっていた。
どうやら、里の外れに地下牢は掘ってあるらしい。
そこからしばらく歩くと、松明で照らされた家々が見えてきた。
もう時間が遅いからか、誰も外を出歩いていないが、家の数も家の大きさや質、どれを取っても、俺達の村より遥かに規模が大きい。一体何人の森の民が暮らしいているのだろうか。
ふと、松明を見た俺はおかしな点に気がついた。
薪が燃えているのではなく、石から火が出ているのだ。通常であれば、薪を追加せねば火はたちまち小さくなり、やがて消えてしまうのだが…
そんな事を思いながら歩いていると、通ってきた家と比べて、一際大きな家の前に着いた。
「ヨルダ様、例の者達を連れて参りました!」
入られよと中から返事が聞こえた。俺達を連れて来た男が顎で入れと合図する。
ガザルさんが一歩前に立ち、扉を開けてから片膝を立てて頭を下げる。俺は少し遅れて、見様見真似な同じ格好を取る。
「森の民の長、ヨルダ殿。お初にお目に掛かります。私は、バルザルム獣人国軍で部隊長を務めておりました、ガザルと申します。また、後ろに居りますのが、私が統治していた村の者、トウマでございます」
ガザルさんは、顔を下げたまま声高々に言った。
今まで聞いた事が無いほど、丁寧な言葉だった。
「面をあげ、中へ入られよ」
ガザルさんは、ゆっくりと立ち上がり部屋の中へと進んで、少し高い位置にある立派な椅子に座る、ヨルダと呼ばれた里長を仰ぎ見る。
森の民の男達と変わらない、深い緑の髪に、横に長く伸びた耳。違いがあるとすれば、顔に深く刻まれた皺と、片目に刻まれた大きな傷跡だろう。
その風貌からは、歴戦の戦士を思わせた。
ヨルダは俺達の顔を見ると、腕を組み、指を顎に当て、何かを考えだした。やがて、何かを思い出したのか、組んでいた腕を解いた。
「お主、ガザルと申したか?獣人軍のガザルと言えば…もしや、あの疾風のガザルか?」
疾風のガザル?俺は横を向き、ガザルさんを見る。
「昔の名です。今はただの老いた獣人にございます」
それを聞いたヨルダは、高笑いした。
「わしの目は誤魔化せんよ。その鍛え抜かれた身体と、その身に纏う闘気は明らかに強者のそれだ。謙遜しなさんな」
「は、お褒めに授かり光栄です。ところでヨルダ殿、我らを呼びつけたのはどのような御用でしょうか」
いよいよ本題に入るようだ。すっかり話に置いてかれてしまっているが、次の言葉に耳を傾ける。
「そうだったな。まずは、お主らに謝らねばならぬ。いきなり手荒な真似をしてすまなかった」
そう言うと、ヨルダは頭を下げた。
こうも簡単に、頭を下げるとは意外だった。
目を丸くして凝視していたのだろう。俺の顔を見てニコッと笑うと、ヨルダは優しい口調で言う。
「意外か?だが、こちらの間違いでお主らを牢へ放り込んだのだ。謝るのが当然であろう」
その通りなのだが、反応に困った。俺はどう返して良いのか分からず、ガザルさんを見る。
「何か事情があったのでしょう?我らを獣人と人間で二人ずつに分けた事に、理由がありそうに思えました」
「概ねその通りだ。我らは、今から五十年程前に、人間達の侵略により、森と多くの民の命を奪われた。それ故に、アルス帝国から隠れて暮らしてきたのだ」
「五十年ということは、バルザルム獣人国とアルス帝国との争いがあった頃ですな」
確か、前にガザルさんが教えてくれた歴史の話だ。
「さよう。その頃、我ら森の民はこの森を抜けた先の、川より向こう側にまで広がっていた大森林で静かに暮らしておった」
「そ、それって!湿原の事ですか?」
俺は驚きながら口を挟んだ。
「おお、よく知っておるな。昔はあの辺りまで、木々が生い茂る豊かな森での。あの湿原はアルス帝国との戦いの後に出来たのだ」
「地形が変わるほどの戦いとは…帝国軍はそこまでの戦力をもっているのですか…」
「いや、我らが彼奴らを制圧するためにやったのだ。我らにとっては、苦渋の決断だったがな」
「もしや…帝国の狙いは、その森の民が持つ
ガザルさんのその質問を聞いた途端、ヨルダの笑みは消え、険しい表情で凄んだ。
「お主らはそれを聞き、どうするつもりだ?」
答えを間違えば、俺達は殺される。そう思わせるには、十分な程の威圧感と息苦しさを感じさせた。
その圧力の中、ガザルさんは涼しげな顔で答える。
「我らは半年前、湿原の村を帝国軍に焼き払われ、命からがら逃げ出してきました。私は帝国軍の新たな侵略を獣人国へ報告し、一方的に殺された村人達の仇を討ちたいのです」
ヨルダの険しい表情は緩まなかった。
「それがお主らの目的か………尚の事、お主らを行かせるわけにはいくまい」
「何故ですか!我らが森の民の事を、一切口外しなければ良い話ではないのですか?」
「ここに入って来られた事がそもそも問題なのだ。お主ら、
どういう意味だろう。里に普通は入る事ができないという事だろうか。もしかして、半年抜けられなかったあそこの事か。
「あの森とは、もしかして何度も元の位置に戻されてしまう、不思議な事ですか?」
「そうだ。一度入ると
「確かに、ヨルダ殿の言う通り、我らはその迷いの森で半年間足止めを食らいました。森を抜けさせてくれたのは、里の外で待ってくれている鬼馬の親子達のお陰なのです」
「鬼馬がか?」
ヨルダは怪訝な顔をし、身を乗り出した。
「もしかして、森の民は森を………」
そこで俺は気づいてしまったのだ。
「そうだ。俺達森の民は、この森から出る事ができないのだ」
俺は会話を続ける。
「湿原の辺りまで森だった頃は自由に行き来できたんですよね?」
「自由そのものだったさ。ここへと逃げてきてから、数日経過しても、一向に帝国軍が攻め込んでこないから不思議に思い、偵察隊を出したのだが、皆口を揃えて森を抜けられないと言うのだ」
「それ以来、外界との接触を諦め、ひっそりと暮らしていく事に決めたのだ」
「殺された森の民の仇を取ろうと思わなかったのですか?」
ガザルさんは語気を強めて聞く。
「思わぬわけがあるまい!我ら森の民は、住処も家族も、名さえも奪われたのだ。長寿の我らは、当時を知る者がまだ大勢生きておる。だが、森から出られなかったのだ。諦めるしかあるまいよ」
「ヨルダ殿、今でもまだ戦う意志はおありか?」
ガザルさんはヨルダを鋭い目で見つめる。
「我ら森の民は、戦う意志はある。だが、当時の帝国軍を相手して、足止めがやっとだったのだ。奥の手はあるが、今の戦力がどこまであるのか分からぬ以上、安易に攻め込めないであろう」
「もし、獣人国と共闘出来るなら如何でしょう」
「確かに、過去手を組み共闘した事もあるからな。信頼はできるが、何しろ時が経ち過ぎておる。我らの存在も既に記憶から葬られているのではないか?」
「分かりません。何しろ、私も既に戦死している身ですからな」
「クックック…違いない」
二人は大笑いした。一気に場の空気が緩んだ。
「それで、具体的にどうやって獣人国と協定を結ぶのだ?我らは森から出られぬぞ」
「トウマ、ヨルダ殿に首飾りを見せろ」
「へ?首飾り?なんで?」
ガザルさんの意図が分からなかったが、言われた通り、子供の頃から首に下げて大切にしていたあの首飾りを服から出して、ヨルダに近づき見せる。
「真紅の石にこの紋様は………そしてお主の燃えるような真紅の瞳…ガザル、そういう事なのか?」
「確証はありません。何しろ私も獣人国へ接触はしていませんから。ただ、トウマとは十五年前に出会いました。ちょうどその頃、両国の国境で激しい戦闘があったと聞き及んでいます。その場には、王と子を抱えた王妃が居たとも聞いています。そして、王妃と子は、帝国軍に襲われ死亡したとされています」
「確かな筋からの情報か?」
「ええ、当時現役の将官からです。唯一、私が生存している事を知る人物でもあります。現在は退役して、田舎の方に住んでいると聞き及んでいますが」
「なるほどな、話が読めた。一存では決められぬから、時間を貰うが良いか?」
「勿論です。ただ、お願いがございます。我らと別の牢に入れられております、人間二人に滞在する許可をいただきたいのです」
「その二人との関係は?」
「娘の方は、トウマと兄妹です。両親共に半年前の襲撃で命を落としました。男の方は、我らと同じ村人の子です」
「ふむ、良かろう。ただし、くれぐれも揉め事を起こすなよ。ただでさえ、人間に良い感情を持たぬ者が多いからな」
「王よ!」
突然、横に立つ護衛兵が口を挟んだ。
「ネル!控えろ」
ヨルダの怒号が飛ぶ。だが、ネルと呼ばれた護衛兵は引かなかった。
「人間を里に置くというのですか、王よ!」
「お前は下がれ、それと王ではない!」
ネルは渋々と、退出していった。やはり、人間に対し、良い感情を持たない人がいるのだと思い知らされた。
「ネルがすまなかった。腕は良いのだがな、親をやられて以来、人間を憎んでおる」
「仕方ありませんよ。連れ込んだのは紛れもなく我らなのですから。ネル殿にも申し訳ない事をした」
「とりあえず、村外れの牢近くに宿直用の小屋がある。そこで良いか?」
「寛大なご配慮をいただき、感謝いたします」
俺達は深々と頭を下げ、ヨルダの家を後にした。
小屋までは護衛兵に案内してもらい、何事もなく到着した。
手狭な小屋には、簡素なベッドが四台並べてあり、簡単に煮炊きができる台所が備え付けてあった。
食事は運んできてくれるらしく、俺達は外出しなくても良いようだ。まあ、外に出るなという意味だろうが。
辺りが寝静まった頃、ユノ達も小屋へと連れて来られた。
ユノは俺の顔を見た途端、駆け寄り抱きついた。相当不安だったらしい。マコトは肩をすくめて戯けた。
「さて、情報交換をしましょうか」
今夜はまだまだ、長くなりそうだ――――
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