第13話 森の民 1

 森の民と名乗る男達に連れられ、辿り着いた里は、一本の大木を中心に開拓された住処だった。



 着いた途端に事件は起きた。

俺達は、里長に面会するために里の入り口で待つ事になっていたのだが、里の入口にいた番兵に取り押さえられ、腕を後ろで縛られた。


「なにするんだ!離せよ!」

ふと、ガザルさんを見ると、俺に向き首を振った。暴れるなと言うことか。

どうやらマツカゼ達も拘束しようとしたのだろう。親子は大暴れ。番兵を蹴り飛ばし、縄をひょいと躱して大きく嘶き威嚇する。ハクはなんだか楽しそうに縄を躱して飛び跳ねている。状況的には、遊んでる場合じゃないんだが、ハクにとっては遊びでしかないんだろう。



 「お前達は、里長の命により捕縛させて貰った。これより、檻へと移送する。特にお前達二人!そうだ、人間のお前達は別の檻に入ってもらう」

ユノとマコトは別の檻に入れられるようだ。見ると、喋れないように口にも縄を掛けられている。



 「やめろ!その女の子は俺の妹だ!怪我でもさせてみろ、お前達全員ぶちのめしてやる!」

俺は、手が傷むほど強く握りしめた。

「嘘をつくな!獣人と人間が兄妹であるはずがなかろう!」

「嘘じゃない!!」

俺は頭に血が上り、番兵に向かって吠える。


 「トウマ!やめるんだ。心配だろうが、今は我慢しろ」

ガザルさんが今にも飛びかかろうとする俺を静止する。



 ユノ達は先に檻へと移送され、ハク達の捕縛は諦めたのだろう。そのまま、里の入り口で放置する事にしたようだ。そして、俺達も檻へと連れていかれる事になった。


 ガザルさんは黙って促されるまま、それに従う。俺は内心、ガザルさんにも怒りを覚えたが、じっと堪える。

そうして連れてこられたのは、地下に掘られた道の先にある、大人が十人ほど寝転がれる空間に、鉄格子が嵌め込まれた檻だった。


 中に入ると、錠を掛けられたのだった。勿論、手縄はそのままだ。


 俺は檻に入るや否や、ガザルさんに詰め寄った。

「なんで止めたんだ!ユノ達に危害を加えたんだぞ!」

詰め寄った俺は、壁まで吹き飛ばされて強烈な腹痛にうずくまった。痛みで分かったが、ガザルさんは容赦の無い蹴りを俺に浴びせたらしい。

「グッ……ガハッ………何しやがるんだ…!」

口の中で切れたのか、血が口元から垂れ落ちる。

「お前は仲間全員を危険に晒したんだぞ、分かっているのか!」


ガザルさんが怒鳴る。


 「捕縛してきた奴らが、俺達にナイフや剣を振るってきたのか?脅してきたのか?」

「違うだろう!彼らは、ただ捕縛しただけだ。危害を加える気があるなら、とっくに誰かが流血しているだろう。あるいは死んでいるだろう」

「頭に血が上るのは分かるさ、ユノや俺達が大切なのは痛いほど伝わるんだ。だがな、本当に大切なら、本気で守りたいなら、冷静に見極めろ。堪えなきゃならない時はグッと我慢し、相手が剣を抜くのなら、迷わず叩き斬れ。お前はそのために力を付けたんじゃなかったのか!」


 俺は頭を思いっきり殴られたような衝撃を受けた。実際、思いっきり蹴られはしたが、反論の余地が無いほど、ガザルさんの言う事は正論だった。

そう、頭では分かるんだ。だが、ユノが皆に手を出されると黙ってはいられないのだ。



 「大人になれ。お前は、誰かを守れるだけの力を付けたんだ。お前には、まだまだ伸び代だって大いにある。そのままだと、いつかユノを、あるいは他の仲間を守れずに死なせるぞ」


 俺はただ、痛みに耐えながら俯くほか無かった――――






―――――――――――







僕達は森の民と名乗る男達に連れられ、薄暗い地下の檻に閉じ込められた。檻に入ると、猿轡のような物を外してもらい、手縄だけにされた。


 「ユノさん大丈夫ですか?」

まずは、お互いの状況を確認せねば。

「はい。特に痛いところも無いですけど、兄さん達は大丈夫なのでしょうか」

自分の心配よりも、トウマの心配をしていた。本当に仲の良い兄妹だ。

「それは心配ありませんよ。森の民達の矛先は、明らかに僕達人間に向いていますから。トウマ達に頼らずに、この檻に入れられている状態から脱しなければいけません」

「そもそも何故、私達なのでしょうか…」

僕は押し黙るしか無かった。それが分かればこうなっていない。この世界に来てから、トウマ達の村と襲撃してきた連中以外に接触した人がいない事が、大きな痛手だ。



 僕は、とりあえず手縄をどうにかする方法を考える事にした。

「ユノさん、手縄の強度と掛け方を見たいので後ろ向いて貰えますか」

「はい、分かりました」

ユノが後ろを向いて座り直した。

少し赤み掛かったロングヘアーは、日本人達ほど手入れをされているわけでは無いので、ボサボサとまではいかないものの、無理やり毛先で結ってある。

おっと、今はそれどころではなかった。


 手縄をよく見ると、おそらく藁のような物を束ねて捻られているのだろう、引っ張ったり噛み切れるほど弱くはなさそうだ。

僕は、牢の中で鋭利な物を探した。

牢の中には、用途を想像したく無いが、大きめの甕が幾つか並べてあり、木製の簡素なベッドが二つ。それ以外には何もないと言って良いほど、本当に何もなかった。食事は出してくれるのだろうか。あの態度を見る限り、食事には期待出来ないだろう。

よく見ると、檻の外にリュックサックが寝かして置かれている。


 ふと思いついた。牢の入り口は鉄格子で出来ており、外から中の様子が伺えるようになっている。

門番もおらず、当然だが監視カメラのような物もない。だから、たとえガシャガシャとがしても、すぐに鉄格子から離れれば気づかれないだろう。

「あの…もう良いですか?」

そういえば、ユノさんにお願いしてたのを忘れてた。

「あ、はい!すみませんでした」

僕は頭を下げて謝る。



 「ユノさん、僕はこれから手を縛っている縄を切りますので、大きな声を出さないようにお願いします」

「切るって言ってもどうやって…」

「それは……こうです!」

僕は、鉄格子に背を向け近づくと、柱に手縄を押し付けて、屈伸を繰り返し始めた。森で半年近く暮らしていたからだろう。日本にいた頃よりも、体力と筋肉が付いたのだ。多少なりともガシャガシャという音は鳴るが、人が近づいて来る様子はない。これならいけそうだ。


 しばらくそれを繰り返していると、だんだんと手と縄の間に隙間が出来てきた。もう少しだ。

 


 その時だった。



 一人の足音がしたため、急いで鉄格子から離れ、座り込んだ。間一髪だったと思う。

やがて檻の前に姿を表したのは、一人の女性だった。



 「君達があの森を抜けて、里まで入り込んできた人間か…」

薄暗くて顔はよく見えなかったが、髪は青色で長く、耳が少し横に長い、テレビに出ているモデルさんのような体型をしている。

特徴的なのは、暗闇でも綺麗なエメラルドグリーンの瞳だ。


 「うん?君は…………変な感覚がするなあ。今まで見た事が無い魔力を感じるね」

目を細めてじっと僕を見て、その女性はそう言った。


 「今、魔力って言いました?あなたは一体…」

僕はすかさずそう聞いた。今たしかに魔力と言ったぞこの人。

「あー、いけない!言っちゃダメだった。今のナシ!」

ああ、分かった。この人、頭が残念な人だ。

僕はこの人から情報を聞き出せるだけ聞き出そうと考えた。

「あなた達森の民は、もしかしてエルフって種族なんじゃ………」

「あれ?どうして知ってるの?里の人達しか知らないはずなんだけど」

よし、聞き出せる。この人なら簡単に口を割りそうだ。

「いえ、僕の知る名前に特徴が似てましたので。先程魔力とおっしゃっていましたが、もしかしてこの世界には、魔法があるのですか?」


 「ある。と、いうより、それが狙いで人間達が私達の同胞を攫っていったんでしょう?」

僕の中で歯車がガチッと嵌る音がした。これだ、これなのだ。僕が知りたかった情報は。


「やはり、そういう事でしたか。やっと全てが分かりました」

「ん?なんの事?」

エルフの女性は、首を傾げる。

「既に帝国軍の一部では、魔法を使う者が出て来ています。それに僕達は、湿原の貧村に住んでいた、ただの村人です。帝国軍に村を襲撃され、命からがら逃げてきたんです」

僕は必死に訴える。嘘は言っていない。

「なんで魔法だって分かるの?」

急に目つきを鋭くして、僕に詰め寄る。

「手のひらから、炎を出していました。速度的には、弓矢より遅く、僕の頭くらいの大きさの炎の塊です。あれは魔法とでも言わないと説明が付きません」


 「火魔法初級のファイアボールか…魔力が少ないんだろうな」


 ゲームかよ…。僕はそんなことを思いながらも、会話を続ける。

「僕の魔力がヘンってどういう意味ですか?」

「ああ、それはね。が違うんだ。例えば、後ろの子の魔力は青なの。青だから水魔法に適性を持ってる。でも、君のは真っ黒。適性がない人は普通、白なんだよ」


 「なるほど。ところでお名前をお聞きしても良いですか?僕はマコトです。後ろの子はユノと言います」

「私はリーナよ。リーナ・ルノンが正式名ね」

「リーナさん、それで僕達はどうなるのでしょう」

「リーナでいいわよ。もしくはお姉ちゃんって呼んでくれても良いのだけれど」

ウインクしながらそんな事を言い出す。僕は呆れながらもう一度尋ねる。

「リーナさん、僕達はどうなるの?」

「うーん…私は里長じゃないからねえ。分からないわよ。ここへだって、ただの興味で来ただけだし」


 この残念頭め。などと失礼な事を思ってしまったが、トウマ達の事も聞いてみることにした。

「僕達と一緒に、獣人の男が二人捕縛されたんですが、ご存知ありませんか?」

「彼らなら、今日にも里長の所へ連れて行かれるそうよ。なんか、事情を聞きたいって言ってたわね」



 なるほど、それならまだ時間はありそうだ。ユノも無事を聞き、安心したのか安堵の表情を浮かべる。

「リーナさん、異世界人について何か知っている事はありませんか?」

僕は最後に、自分自身の聞きたい事を聞く。

「うーん………」

リーナは何かを思い出そうとしていたが、その時、地下の入り口から怒鳴り声が鳴り響いた。

「おい!そこで何をしている!」

駆け寄ってきたのは、僕達を取り押さえた内の一人だった。

「なんだ、リーナか。ここへ入る事が、禁止されているのは知っているだろう?とっとと出ていけ」

「ちえっ…ざぁんねん…………じゃあね、マコくん」

リーナは、僕にウインクし小さく手を振りながら番兵と共に出ていった。



 「マコトさん、さっきの話はいったい…」

「まだ、完全に飲み込めたわけではありませんが、ここから出られるか否かは、トウマ達の動き次第ですね。大丈夫、ガザルさんが上手くやってくれますよ」



 ユノは不安そうだ。

(頼むぞ、二人共………)



 僕達は薄暗い檻の中で、

じっとその時を待つのだった―――









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