第12話 獣導く森の先 3

 結論から言おう。





俺達は森を抜ける事が出来なかった。


 マコトの神ゲーターを頼りに、真っ直ぐ進んでいるつもりが、半日も進むといつの間にか元の場所へと戻ってきてしまうのだ。

三日も続けて挑戦したが同じ結果にしかならず、俺達は森抜けを断念するしかなかった。


 幸いな事に、細くはあるが湧き水を早々に見つけ、獲物も豊富で食うに困らないこの環境は、居心地が悪くなかった。

若干一名、森の生活に不満があったようだが、出られないと分かると腹を括ったのか、今では食料確保に勤しんでいる。マコトのことだ。


 なんと、驚いた事にスマホのアナライズという機能が、食べられるかどうかも識別してくれるようで、木の実や野草やキノコ、ついには虫までもが俺達の食料になった。

その気になれば、ずっと暮らしていられるのだが、目的はあくまで獣人国へ行く事である。


 一週間も経った頃、俺はガザルさんに剣術を教わる事にした。爺さんに言われた通り、強くなりたかったので願ったり叶ったりだ。

ユノとマコトは、字の読み書きをガザルさんから教わり始めた。俺も剣術の合間に教わっているが、いまいち覚えが良くない。俺には剣術の方が向いているのだろう。


 爺さんが去る間際に剣を忘れていったようで、ガザルさんから翌朝手渡された。返すにも、行き場が分からないので、俺が預かり使わせてもらう事にした。

一ヶ月も経つと、剣の型が身につき素振りや型の練習から、打ち込み修行に移った。ガザルさんが言うには、俺の剣の才能は人よりも優れているらしい。未だに一本も取れないから、煽てくれているだけかもしれないが。


 三ヶ月も経つと、ガザルさんと打ち合えるようになり、ブーストというスキルが自分の意思で使えるようになった。もっとも、元から無意識で使っていたようで、スキルの中では基礎中の基礎だそうだ。

ユノ達は、文字の読み書きがある程度出来る様になり、手当の方法をガザルさんから教わるようになった。ガザルさんは元兵士なだけあって、幅広い知識と闘う術を知っていた。


 この頃には、数日に一度は森抜けを決行していたのだが、何度繰り返しても元の場所に戻ってきてしまうのだった。

ただ、目に見えて自分達が成長している事が心の支えとなり、めげる事なく森の生活を続ける事ができた。




 そして、そんな生活が半年も続いたある日、変化が訪れる。


 朝方、気持ちの良い手触りで目が覚めた。

目を開けるとそこには、白くて美しい毛で覆われた何かが一緒になって横になっていた。

この匂いは覚えてる。

すると、その何かも目を覚まし、俺の顔を熱烈に舐め回した。顔は涎まみれになり、くすぐったさに思わず声を上げた。

「やめ、やめろ…はははは!…くすぐったいだろう。ほら、やめろよハク」


そう、俺の目の前に横たわって顔を舐め回していたのは半年ほど前に別れたユニコーンのハクだった。


 ほぼ同時に起き上がると、ハクは前足を高く上げ、大きな声で嘶いた。俺の記憶にあるハクよりも、遥かに大きく成長し、マツカゼ達と大差ない大きさにまで成長していた。


「なに、どうしたの兄さん…」

最近、何を思ってか俺の呼び方を変えたユノが、眠い目を擦りながら起き上がる。


「あれ、その子……もしかしてハク?」

「ああ、そうだよ。あのハクが大きくなって戻ってきたんだ!」

ユノは成長した胸を揺らしながら駆け寄ると、ハクに飛びつく。最近急激に女らしくなってきたので、兄としては接し方に困りつつあるのだが、まあこの話は今は良いだろう。

「ハクぅうううう!会いたかったよぉおおお!」

両手でガッチリと首に抱きつくと、頭頂部から首の裏にかけてを撫でる。とても気持ちよさそうに目を細める姿は、記憶にある幼いハクと重なった。


 「ずいぶん大きくなったんですね。驚きました」

マコトがスマホを操作しながら近寄ってくる。

「神ゲーターの表示がハクを示していますから、間違いなく半年前に別れたあの子ですね。マツカゼとノルンも近づいてきています」


 マコトもだいぶ髪が伸びて邪魔なのか、後頭部で結っている。綺麗だった服はほつれや汚れが目立っているし、背が伸びたのか、服の大きさも合っていない。

まあ、俺もこの半年でだいぶ背が伸びたが。


 朝食の食材を集めに行っていたガザルさんが戻ってくる頃には、マツカゼ達も合流した。



 「お?これは珍しいお客さんだ…てか、コイツあのハクだよな………?」

流石のガザルさんも驚いたらしい。半年でここまで成長するのは普通なのだろうか。

「いくらなんでも成長早すぎるだろう。これが幻獣ってやつの凄さなのか」

無理やり納得したらしい。そりゃそうだ。俺だってびっくりしたさ。


 「あのお…ハク達はどうやってここに来たんでしょうか」

「どうやってって……森の入り口からきたんだろ?」

俺は間髪入れずに答える。

「ん!?ちょっと待ってください。ユノさんの言っている意味が分かりました。この閉ざされた空間にどうやって侵入出来たのかって事ですよね?」

マコトが驚きを隠せずに、興奮気味に問い詰める。

「そうです!私達がいくら頑張っても出られないのに、ハク達は出て行き、また入って来られたんですよ。ハク達に案内して貰えば、もしかしたら出られるのでは?」

言われてみればそうだ。俺は早速ハクに聞いてみる。


 「ハク、ここへはどっちからきたんだ?」

ハクは首を傾げてから、俺に擦り寄ってきた。ああ、ダメだ。これは通じてないな。

その様子を見ていたマツカゼが、ブルルと鼻を鳴らすと、背を向けてゆっくり歩き出した。

「ついて来いって事じゃないか?」

ガザルさんは、急いで荷物を背負うと出発を促す。



 俺達は、マツカゼの後を追って森を進んだ。ノルンがハクと並んで歩き、俺達はその後ろを歩く。

相当機嫌が良いのか、ハクは首を左右に揺らし、おしりをぷりんぷりんと振りながら歩いている。


 木々の間から見える陽の位置が頭上を越えた頃、一際大きな…いや、遥かに大きな一本の木が見えてきた。

「でっけえ木だなあ!遠目に見ても、普通の木の十本分くらいねぇか?」

「もしかするともっと大きいかもしれないね。まるで、東京のビルみたいだ」

相変わらず、よく分からない例えをするマコト。

だが、驚いているのは理解できた。

「なんだか少し、空気も澄んでいるような気がする」

ユノが深呼吸をする。確かに、凄く安らぐような気がしてくる。




 その時、ヒュッというほんの微かな、気のせいかもしれないような小さな音が聞こえた気がした。

少し後方で、ビシッという音が鳴り、振り返ると木に何かが突き刺ささっている。

俺達狩人も使う事がある、細い棒に鳥の羽が付けられた一本の矢だった。


 俺は矢が飛んできた方角へ身体を向け、腰の剣を抜いて叫ぶ。

「ユノ!マコト!頭を低くして、俺達の後ろに隠れろ!」

マツカゼは、ハクとノルンの前に立ち、警戒心を剥き出しにして、低く唸る。


 見えない標的からの矢は、どこから飛来するかも分からず、俺の神経をがりがりと削ってゆく。言うまでもなく、状況は圧倒的にこちらが不利だ。

膠着状態が続き、極度の緊張で顎から汗が垂れる。


 相手は間違いなく熟練の狩人だ。こちらの疲れを待ちながら隙を伺っているのだろう。


 ほとんど勘だった。ユノの頭目掛けて一直線に飛んできた矢を、剣で素早く叩き落とすと、飛んできた方向へナイフを投擲した。

どうやら後方からも矢が飛んできたのだろう、ガザルさんが矢を数本叩き斬ったのか、足元には二つに斬れた矢が散乱していた。


「トウマ!狙いはユノとマコトだ!このままだとジリ貧でしかない。ゆっくりでも進むぞ!」

「分かった!」

マコトはスマホを取り出し、敵の位置を索敵する。

「敵の数、ニ!トウマの前方に一人、もう一人はガザルさんの正面から右方向へ移動中!」

マツカゼとノルンが、狙われている二人を庇うようにして歩く。敵も手を出しにくいのか、矢の攻撃が止んだ。



 「お前達は獣人なのに、なぜ人間を庇う!敵ではなかったのか!」

どこからか声がした。

「俺の村に住んでいた子供達だからだ!俺達はどちらの国とも関係が無い!」


 ガザルさんが答えると、木の影からスッと、緑の髪に耳が少し長い二人の男が現れる。

「俺達では判断ができん。大人しく投降してくれないか。里長に判断してもらう」


 暫く睨み合いが続いたが、ガザルさんが大きな溜息を吐いて言った。

「仕方あるまい。トウマ、武器を渡して投降するぞ」

「ユノ達に危害を加えてみろ、お前ら全員絶対に許さねえからな」

「と、ところで、その鬼馬達はなんなのだ?」

男は怯えた様子で聞いてくる。ガザルさんが目で、何かを訴えてきたあと、答えた。

「この鬼馬達は、一緒に旅をしてきた仲間だ」

上手い言い方だった。マツカゼ達に怯えると言うことは、力を見せつけて牽制する効果がある。事実、男達は、先ほどよりも警戒心を強めたので、それなりに効果があったと見える。


 どうやら、男達の集落へと連行されるようだ。

武器を手渡したあと、特に縛り上げられたりはしなかったものの、向かう途中で合流した男の仲間が次から次へと増えていき、俺達を囲い込むようにして歩く。


 「すみません。少しお聞きしたいのですが、皆さんは種族的にはなんとお呼びすればよろしいのでしょうか」

マコトが丁寧に聞く。情報が少しでも欲しいのだろう。渡さなかったスマホは服に隠し持っているようだった。

「人間が、我ら誇り高い森の民に気安く話しかけるな!」

凄い剣幕で怒鳴られた。マツカゼがその声で驚いたのか、大きく嘶き鼻息を荒くする。

「ひぃッ…」

今、ひぃッって言ったよこの人。俺の隣を歩く森の民が、恐怖からか怯えた声を出す。


 「し、しかし、白い鬼馬なんて初めて見たぞ。何やら見慣れない角も生えているようだし」

後から合流してきた人が疑問に思ったのか口にした。

「この子はユニコーンなんだ。両隣の鬼馬が親で、生まれて半年くらいだな」

「ユニコーン!?伝説の獣ではないか!」

森の民が全員驚いて立ち止まった。どうやら、ユニコーンを知っていても見た事がなかったようだ。つまり、そのぐらい珍しい存在だということになる。

「頭が痛くなりそうだが、ユニコーンについても里長に報告せねば…」

服装が一人だけ異なる、リーダー格の男がこめかみを押さえながら言う。



 そろそろ陽が沈むという頃に、ようやく里へと着いたようだ。見上げても頂上が見えないほど大きな大木がそびえ立ち、切り開かれた場所には畑が広がっている。普通の高さの木々の間に並ぶようにして、木造の家が立ち並ぶ、とても整った里だった。





 ハク達親子に導かれ、

辿り着いたこの場所が、俺達の運命を大きく変えることになる――――






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