第11話 獣導く森の先 2

 翌朝、暑さで目が覚めると、ユニコーンが俺にピッタリとくっついて寝ていた。俺は、頭を撫でながら一緒に微睡む。


「あー!お兄ちゃんだけずるい」

ユノは頬を膨らませていたが、転がりながら近寄ってきて、ユニコーンを挟み込むように寝そべり、二人で全身を撫で回した。とても気持ちよさそうに寝息を立てるユニコーンに、俺達は微笑むのだった。


 「何やってんだお前ら…」

ガザルさんが呆れ顔で俺達を見る。


 俺達は眠い目を擦りながら起き出し、ぐっと伸びをした後、朝食の用意をする事になった。

朝食は勿論、昨日仕留めたバーサクベアーの串焼きだ。


 マコトが、「また朝からバーベキューですか。そろそろ野菜や米が食べたいですね」なんて言っていたが、聞いた所で意味が分からないので、突っ込むのも辞めた。


 肉が焼けるまでの間、周辺を散策する事にした。

水がなくなってきたので、そこらに生えていた蔓を切り、水を蓄える種類を探していた時に、見た事ないくらい色鮮やかな木の実やキノコも見つけて持ち帰ろうとしたら、ガザルさんに止められた。

 有毒種を食べてしまうと、最悪の場合は命を落とすらしい。森に入った事がない、マコトも同じ事を言っていた。常識なのだろうか。


 傍目には枯れ枝に見える蔓から、大量の水を手に入れる事が出来た俺達は、水筒に水を詰め込み、鬼馬の親子にも水を飲ませてやった。


 木々の隙間から陽が差し込む昼下がりになった頃、俺達は出発する準備を始めた。

ユニコーンは四足で自立し、しっかりとした足取りで母馬を追っかけているので、もう大丈夫だろう。


 「さて、コイツらも持ち直したし、そろそろ出発するか」

ガザルさんは荷物を背負った。

「そうですね。少し淋しいですけど、いつまでも一緒にいられませんよね」

ユノが名残惜しそうに、鬼馬の親子を見る。

「ふと思ったのですが、この子達に名前をつけてあげたらどうですか?」



 「この子は私が名前を付けます!」

ユノがユニコーンに抱き着こうとしたが、するりとユノの抱擁を躱して俺に駆け寄った。

「あらら、ユノさんよりトウマに付けてもらいたいみたいですね」

「え?俺?」

ユニコーンは、俺に顔を擦り付けて甘えてくる。

撫でながら熟考した俺は、しっくりきた名前を言う。

「白いから、ハクで!」

「じっくり考えた結果がそれですか…まあ、本人は嬉しそうですし、良いんじゃないですか」


 結局、父鬼馬はマコトが、母鬼馬はユノが命名した。

父鬼馬の名前はマツカゼ、母鬼馬の名前はノルンになったのだった。


 「じゃあ、改めて出発だ!で、だ。マコト、獣人国はどっちだ?」

「森を抜けるなら右手の方ですが、来た道を戻りますか?」

マコトはスマホを見ながら答える。相変わらず、便利な道具だ。

「少々危険だが、森をこのまま抜けてしまおう」


 俺達は、ユニ達親子に手を振り別れを告げた。

「ハク、マツカゼ、ノルン元気で暮らせよ!」

「家族離れ離れにならないように、一緒に暮らすのよ!」


 マツカゼは礼をするかのように頭を下げた後、両前足を高く上げ大きく嘶くと、ノルンとハクに顔を擦り付けてから、出会った川の方面へ向かってゆっくりと走りだす。ハクが小さい身体で懸命に追っかけ、最後方をノルンが追走する。


 「行っちゃったね」

ユノが淋しそうな眼差しでノルンの後ろ姿を追いかける。

「ああ、いつかまた会えるさ」

それは自然に出た言葉だったが、不思議とそう遠くない未来に再び逢えるような、そんな気がした――――





 ハク達を見送った後、俺達は森の奥へと歩を進めた。

途中で、大きな蛇や色鮮やかな虫等、様々な生物に遭遇したが、なるべく近づかないように細心の注意を払って進む。森の生き物は、毒持ちが多いらしく、下手に狩ろうとすると、毒を受けてしまう危険が大きいので、可能な限りは躱していこうという事だそうだ。

大きめな鳥を見つけた時は、全力で狩ったが。


 長距離を歩き慣れない、ユノやマコトに疲労の色が見え始め、陽も落ちかけて来たため、野営する事にした。



 ガザルさんが背負っていた、枝葉で出来た屋根と毛皮のマットにで寝床を作り、拾った岩で囲ってから、焚き火をする。

夕飯は、先ほど仕留めた鳥と、ポルメ(村で作っていた芋)の干した茎の煮炊きを食べる事にした。

流石に森の中で全員一緒に寝るわけにもいかないので、ガザルさんと俺が交代で眠り、見張りをする事にしたのだった。



―――――――――――――――






 夜も更けた頃、ガザルさんと他二人が眠り、俺は焚き火の前で辺りを警戒していた。パチパチと火が弾ける音を聞きながら、周囲に目を配る。遠火でバーサクベアーの肉を燻し、干し肉を作っていると、突然声を掛けられた。


「おお、こりゃあ旨そうな肉じゃのお。わしにも一つ分けてはくれんかの」


 決して気を抜いたわけではなかった。周囲を警戒していたし、普段の俺なら、獲物が近寄る時に鳴る枝の音でも聞き分けられるだろう。顔を上げると、焚き火を挟んで向かい側に、が座っていた。


「爺さんじゃねぇか!探したんだぞ」

俺は興奮する気持ちを抑えられずに、大きな声で言った。

「そんな大きい声を出さずとも聞こえるわい。後ろの連中が起きてしまうぞ」

煩そうに片目を閉じて、爺さんが注意する。俺はしまったと思い振り返るが、起きてくる様子がない。

もう一度爺さんを見ると、やはり以前会った時同様、ボロボロの布を羽織り、真っ白に染まった髪と長い髭。薄汚れて皺くちゃな顔に、黄色く隙間の空いた歯でニカッと笑っている。


 「なんだ、爺さんまた腹減ってんのか。バーサクベアーってヤツの肉だけど、食ってけよ」

そう言って俺は、半分干し肉になりかけた肉塊を切り落とし、沸かした湯にポルメの茎と一緒に茹でてスープにして器に盛り、一口大に切った肉を串焼きにして手渡す。

「ちとクセがあって固めだが、美味じゃのぉ」

歯が少なくて噛み切りにくいのか、顔が歪むくらい大きく口を動かして咀嚼する。どうやらスープの方が食べ易いようだ。


 爺さんは全て平げ、けらけらと笑いながら満足そうに腹を撫でた。

「ふぃー。満腹じゃ満腹じゃ」

「爺さん、こんな森の奥に一人でどうしたんだ?」

「おお、そうじゃったな。なに、おぬしに会いに来たんじゃ」

「俺に…?」

「さて、そろそろ起きてくるようじゃから、一飯の礼だけして立ち去るかの」

そう言うと、ふらりと立ち上がり俺の顔をじっと見つめて口を開いた。


 「胸に炎を灯した赤眼の子よ、おぬしは悲しみを知り、強さを求めた。おぬしは強くならねばならぬ。剣を持つのも良かろう。おぬしの、守りたいと願う強さは、同じ悲しみに潰されそうな者達の救いとなり、希望となるのだ。今のおぬしでは、彼の国へ行ったとて何もなせぬ。森に留まり、老兵に教えを乞うて力をつけよ。機が来れば、かの獣がおぬし達をその先へと導くじゃろう」

「そうだ。俺は強くならなきゃいけねえ。このままじゃ何も守れやしないんだ」

俺はグッと拳を握りしめ、改めて強くなる事を決意する。

「まあ、仮に彼の国へ行こうとしても、森から出れんじゃろうがな」

「ん?なんか言ったか爺さん」

「いや、独り言じゃ」


 「それじゃあ、わしは去るとするかの」

そう言って爺さんは、腰を押してグッと伸びをする。


 爺さんの身支度をみていると、後ろから声をかけられ振り向いた。


 「トウマすまないな、交代しよう」

ガザルさんが起きたようだ。

「ああ、爺さんと話をしてたから大丈夫だよ」

そう言うと、ガザルさんが怪訝そうな顔をする。

「爺さん?誰もいないじゃないか」

俺は、爺さんの居た場所へと振り返る。そこには爺さんの姿はなく、まるで、焚き火から上がる煙のように消えてしまっていた。

「もう行っちゃったのか」

「行っちゃったって、お前………辺りに人の気配はしなかったぞ」


 俺は爺さんの特徴を説明し、話した内容を簡単に教える。

「なんだか普通の爺さんって感じがしないな。占い師というべきか、予言者というべきか。とりあえず早く寝ちまえ」


俺は渋々寝床へ入ると、すぐに眠気がやってきて眠りについた。






「ん?なんだこれ」

ガザルは焚き火に薪を追加しようと、火元に近づくと、足元にやたら立派な剣が転がっている事に気がついた。

剣を鞘から抜いて見る。折れにくく、錆びにくい材質で出来ているようだ。明らかにガザルが持つ剣より上等な剣だった。

「………まさかな」


ガザルは、トウマが起きてくるまでその剣を預かる事にしたのだった――







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