第9話 涙の跡、明日への狼煙

 まだ、辺りが明るいうちに目が覚めた。


 香ばしい匂いが立ち込め、腹の虫が鳴る。空腹で目が覚めたのだろう。横を見ると、ユノの姿は無く、起き上がると、俺以外の三人が焚き火の前に座っていた。


「悪い、今起きた。ガザルさん、寝かせてくれてありがとう」

ガザルさんは右手を挙げて言った。

「おう、お前は一番疲れてたんだ。まだ寝てても良かったんだぜ。とりあえず、汗かいてるだろうから水浴びしてこい」


 ユノが気になったが、俺は言われた通り川へと向かった。強い陽射しで火照った体を、冷たい川の水が優しく癒す。昨日の疲れが溶け出すようで、心地良かった。


 水浴びを終えた俺は、皆の元へと戻る。

ユノが駆け寄り、申し訳なさそうに言った。

「お兄ちゃん、昨日はごめんね。私、ショックで気を失っちゃったから、おぶって連れてきてくれたんでしょ」

「ああ、無理もないさ。俺達、辛い思いをしたんだ」

お互い言葉に詰まった。ユノは、母さんも助からなかった事を、もう知っているのだろうか。


俺たちが俯いていると、ガザルさんが明るい声で言った。

 「おい、焼けてるぞ。とりあえず腹ごしらえをしよう。話はその後でも良いだろう」


 焚き火を見下ろすと、串焼きになった十匹程の魚に、良い塩梅の焼き目が付いていた。

起きた時に立ち込めていた、香ばしい匂いはこれだったのか。俺達は無言で黙々と口に運んだ。空腹で美味しく感じるはずなのに、とても味気なかった。

多分、皆同じ気持ちなのだろう。とても辛気臭い雰囲気の中、食事を終えた。



 移動は明日の明け方から再開する事になり、今夜の寝床を作る必要が出てきた。

ガザルさんは、そこらの木から枝葉を切って集め、木々の間に寝床と雨除けを作り、俺達は薪集めや、食べられる物を採りに行く事にした。それぞれ、目の前の出来ることを淡々とこなす。手を止めてしまうと、嫌でも思い出してしまうからだ。


 俺達三人は、焚き火の燃料になる枝や木材を集め終えると、川で魚を獲ろうとしたが、これが思いの外難しく、なかなか獲れないのだ。


 ガザルさん曰く、魚の動きを予想して素早く突けば獲れるとのことだが、全く成果が出なかった。

俺は諦めて、水を飲みに来る獣を見つけて狩る事にした。運良く獲物を見つけ、背後から一気に距離を詰め、首元にナイフで一撃を浴びせて狩る事に成功した。


 マコトが獲物を見て、シカみたいな動物だと呟いていたが、相変わらず何のことを言っているのかよく分からない。本当にコイツはどこから来たのだろうか。


 血抜きをしっかりとし、川の水で冷やしてから、臓器を抜き出して解体する。足枝肉には塩を振り、焚き火に一晩吊るして燻し、持ち運べるように保存食に加工するのだ。村にいた頃、散々やってきた事だった。それこそ、寝ぼけながらでもやれてしまうほど、体に染みついた技である。



 一通り、準備を終えた頃には日も暮れて、辺りが薄暗くなっていた。



 俺達は、焚き火の前に集まり夕食を摂ることにした。

昼間に獲った獲物の臓器を、熱した岩の上で焼肉にした。実に簡単な料理だ。


 ユノは料理を食べ始めた途端に、ツーっと青い瞳から一筋の涙を流した。

「お父さん……お母さん………」

どうやら、俺が寝ている間に皆が助からなかった事を知ったようだ。俺は何もしてやれなかった事を激しく悔やみ、無力な自分に憤りを覚える。


 俺に力があれば…ユノも父さん達も守れるくらいの強さがあれば………そう思わずにはいられなかった。


 俺は、悲しみに暮れるユノを背後からそっと抱きしめる。川底のような深い、とても深い悲しみが襲う。

いつしか俺の瞳からも止めどなく涙が溢れ、涙が枯れるまで、俺達は泣き続けた。


 気持ちが落ち着いた後、俺達は焼肉を無理やり胃に詰め込み、腹を満たした。一息ついて、ようやくこの先の事を考えられる状態になれた。



 俺達は、何故あんな目に遭わなきゃならなかったのだろうか。何故俺達だったのだろうか。何故、あの場所じゃなくてはならなかったのか。


 俺達には、知らない事が多すぎるのだ―――




――――――――――――――――







 ガザルさんとマコトは、俺達が落ち着くまで離れたところで話をして待ち続けてくれていた。


 あの筆記用具、ノートと言うらしいが、見開きいっぱいに文字で埋め尽くされたそれは、ガザルさんから聞いた情報でも書かれているのだろう。



 おそらく、丸二日間は不眠不休で動いてくれているガザルさんもそろそろ限界が近いらしい。瞼が重くなってきたのか、ぼーっとしている。


 マコトはスマホを取り出して、何やら操作を始めた。神ゲーターとやらに敵の位置確認をしてもらっているのだそうだ。敵の反応は無いらしいので、追っ手は来ていないと見て良さそうだ。



 俺達は再び焚き火の前に集まると、情報の共有を始めた。


 「さて、そろそろ良いか。俺に聞きたい事があるんだろう?いっぺんに聞かれても答えられねえから、まずはトウマからいいぞ」


 俺が聞いたことは大きく分けて二つだった。


一、何故俺達の村が襲われたのか

二、帝国軍とは何なのか


 この二つだ。ガザルさんは腕を組み、ゆっくりと考えてから、口を開いた。



 「村が襲われた理由については、確証がないから現時点ではハッキリ言えん。だが、この話をする前に、お前達は人間と獣人の歴史を知る必要がある」


 「まず、世界には二つの大国がある。一つは、俺達獣人の国である、バルザルム獣人国だ。そしてもう一つが、人間達の国のアルス帝国だ。この二つの国同士は、昔は手を取り合い暮らしていたんだが、帝国の皇帝が変わった五十年程前から、人間達が侵略を始めたと言われている」


 「元々は、獣人国の方が領土が大きかったんだが、侵攻が進み、今では大体同じくらいの領土になってるそうだ。村から湿原の方面へ数十日程ずっと進んでいくと、街の跡地に出るんだが、昔は獣人国の領土だったんだ。そこそこ栄えた街だったんだが、人間達に攻め込まれて壊滅した」


 「今じゃその跡地は、軍事境界線になっていて、人間達の帝国軍と獣人軍が睨み合い、停戦状態にあるはずだ」


 「大雑把ではあるが、これが戦いの歴史だ。で、何故村が襲われたのかだったな。あくまで俺の予想だが、膠着状態から戦況を変化させるために、獣人軍に気づかれないように、迂回する事にしたのではないかと思う。それで、進んだ先に俺達の村があったから、拠点にしようと考えたのだろう」


俺たちは黙って聞いた。

マコトは聞きながら文字を書き、情報を整理していたのだろう。

ガザルさんは、ふうと深く息を吐き出すと、器の水を煽った。


 所々、分からない言葉はあったが、ある程度理解する事が出来た。つまり、直接狙われたのではなく、偶々そこに村があったから襲ったという事らしい。


 「すみません。今の話で一つだけ疑問があるのですが」

マコトが手を挙げて言った。

「人間と獣人とで戦争しているんですよね。それなのに何故、村では共生していたんですか?」

俺やユノも頷いた。そうなのだ。村では獣人も人間も分け隔てなく協力して暮らしていた。とても、戦争をしているような関係には思えないのだ。


 「それは、村が獣人国と帝国のどちらにも属していない、謂わば中立の村だからだ。元々は、貧しい人間達が身を寄せ合って暮らしていたそうだ。そこに怪我をして逃げてきた俺や他の獣人達が、助けて貰った事で、居着いたってわけだ。その後はお前達の知る通り、人種に関係なく助け合う村になったと言う事だ」


 「逃げてきたと言うと、もしかしてガザルさんは元軍人ですか?」


 「そうだ。俺は侵略された街から逃げてきた、獣人兵の生き残りだ。人間達の侵攻に対抗するため、投入された兵力が、数で圧倒されるなんて思いもしなかったさ。部隊長なんてやってたのに、その部隊の側近と逃げた腰抜けなんだよ」


 ガザルさんは、肩をすくめて戯けた。なるほど、通りであの人数に攻め込まれた村から脱出してこられるわけだ。剣を持ってたガザルさんの気迫は凄かったしな。


 「次、私から質問して良いでしょうか…」

ガザルさんは、ユノに向き合うと、どうぞと一言。



 「お父さん達は、村に元々居た人達ですか…?」

ハッとした。確かに父さん達は文字が読めたし、村に無いものも良く知っていた。必要がないから、と俺達にはあまり詳しく教えてくれなかったが。


 「違う。ユノが生まれる一年前に逃げてきたそうだ。何処からどうやって逃げて来たのかは聞いていない。読み書きも出来たし、案外良いとこの生まれだったのかもしれんな。村へと着いた二人は痩せ細り、命辛辛って感じだったがな。そういや、お前達の住んでいた家は、元はと言えば俺の家だったんだよ。俺が村長になる時に移り住んだから空き家だったんだ」



 ユノがあっと声を出したが、何でもないと首を振った。



 横目で見ると、マコトはノートに絵を描きながら、線を引っ張り文字を書いていた。後で何を書いているのか詳しく教えて貰おう。



 「僕からもひとつお聞きして良いでしょうか」

「ああ、良いぜ。ただし、その後は俺からもお前さんについて聞かせて貰うがな」


 マコトは深く頷き、続けた。

「昨日襲撃してきた帝国軍の、おそらくリーダー格でしょうか。彼が掌から火を放っていたように見えたのですが、あれに心当たりはありますか?」


 「いや、俺にも分からん。俺達獣人は、人間達よりも高い身体能力を持ち、〈スキル〉と呼ばれる力を使うことが出来る。人間のスキルかなとも思ったんだが、言われてみれば兵士時代に敵が使ってきた事はなかったな」


 マコトは顎に手を当てながら、考えている様子だ。おそらく癖なのだろう。


「なるほど、スキルですか…ちなみにガザルさんもスキルを?」

「ああ、使える。俺は主に加速系のスキルだけだがな」


 今、さらっと重要な言葉が出たぞ。俺は間髪入れずに聞く。

「ちょっと待ってくれ!獣人がスキルを使えるって事は、俺も使えるのか?」


 マコトが目を細め、何言ってんのと言わんばかりに俺を見る。

「おそらくだけど、既に使ってるよ。獲物を仕留める時の動きが明らかに人間離れしてるよね。あれって加速系のスキルを無意識にやってるんじゃないの?」


 ガザルさんが腕を組み、頷きながら答える。

 「俺の村にいた、狩りに出る獣人は皆使えたからな、使えても不思議ではない」


 「ふむ…職業が影響するのか人種によるものなのか分かりませんね。判断を下すのは一旦保留にします」

ノートにペン先でタンタンと二度叩き、ノートを閉じた。






「で、だ。さて、そろそろ聞かせて貰おうか」



 そうだった。マコトが何者かは、俺も知らないのだ。

ユノも興味津々といった様子だ。


「分かりました。まず先に断っておきますが、これから話す事は、他言無用でお願いします。皆さんを信頼したから話す事にしたんです。良いですか?」


俺達は無言で頷く。


 「ふぅ………では、僕の素性から。僕は、先程の話に出てきた、アルス帝国とバルザルム獣人国の人間ではありません。というよりも、この世界の人間ではありません。日本という国から来た、異世界人です」


 沈黙を破るように、ガザルさんが大声で笑い出した。

「おいおい、違う世界の人間なんてものを信じろというのは、いくらなんでも無理があるぜ」

「そうですよ。世界ってモノがそもそも私にはよく分かりませんが、見た目も私とそんなに変わらないですよ」

ユノも同意する。確かに、異世界だと言われてもピンとこない。


 「まあ、それが普通の反応です。ですが、僕の世界には獣人が存在しないのです。人間以外の生き物は動物として扱われていました。天気や気温、日光の有無や夜がある事を見ると、僕達の国ととても良く似た世界なようですが」

「獣人がいない………?」

「そうです。今話している言葉も、僕は母国語の日本語を話しているのですが、何故か皆さんに通じるのです。おそらくは、このスマホが持つ効果ではないかと思っていますが」


 「そのスマホってのはなんだ?」

そういえば、ガザルさんはまだ聞いてなかったな。


 「僕の世界では、ほとんどの人が一つ以上持っている通信機器です。遠い場所の人とも話が出来たり、調べ物をすることが出来たり、絵を保存する事が出来たりと、様々な機能があります。まあ、この世界では、ほとんどの機能が使えなくなりましたが」


 「軍が手にしたら、あっという間に戦況がひっくり返るな」

「そうです。そのくらい、この世界に対して影響を及ぼす可能性があります。まあ、どのみち僕以外文字が読めないので、悪用される心配はありませんけどね」


 ガザルさんが鋭い目をしてマコトを脅す。

「いや、お前が拉致されて拷問されたら、軍事利用されるかもしれん。帝国ならやりかねないぞ」


マコトはぶるぶると震えた。

「え、やめてくださいよ。怖いじゃないですか」


「冗談では言っていない。奴らは獣人を襲い、拉致して奴隷にしているんだ。何をしてもおかしくはない」


 「………分かりました。今後はより一層話す相手に気をつけます」

「そうしろ」

「ええ、では話を戻しますね。スマホに、この世界に来てから備わった機能があります。それがあの、神ゲーターです」


 「ここからは僕の想像ですが、神様を表す神の字を、わざわざ付けたって事は、神様が僕をこの世界に呼んだ理由というか、目的があるのではないかと思っています。現に僕は帰る手段を知りませんので、何かをやり切れば帰れるようになるのだと思っています」


 「到底信じられない話ではあるが、今はある程度信じるしかないだろう。それに、さっき話をしていても、この世界の常識を知らなさ過ぎるのは感じたしな。無理矢理納得しようとすれば、まあ一応話の筋は通っているように思う」

「俺はマコトの話がどうであれ、マコトを信用してる」

「私はお兄ちゃんを信じてるので、お兄ちゃんが良いならそれで良いです」



 「ありがとうございます。僕は皆さんが許してくれるなら、しばらくついて行こうと思っています。ところで明日からは、どちらへ向かうんですか?」


 俺とユノは顔を合わせて首を傾げた。そういえば大雑把にしか決めていなかった。


「お前達さえ良ければ、バルザルム獣人国へ入ろうと思う。あそこは敵対しないのであれば、人間も入れるし、何より帝国の侵攻について報告しなければなるまい。それで、その後の事なんだが………」


ガザルさんは、ふーっと深く息を吐き、意を固めた目で言った。

「仇を討つ。俺の大事な村を襲った連中に報復する。あの場所を取り返して、皆んなを弔ってやりたいしな」


 俺はガザルさんの意見に賛成だ。全く同じ事を考えていたので、心強かった。

「俺も同じだ。奴らが憎くてたまらないんだ。取り返したら、父さん母さんをちゃんと弔ってあげたい」

「私は………分かりません。でもお父さん達を弔ってあげたいのは一緒です。でも、これ以上誰も傷ついて欲しくないです……」


 「僕は皆さんについていきます。大して役には立たないかも知れませんが、何故かそうしろと言われているような気がします」


 「よし、決まりだ。明日からは、川を越えてひたすら真っ直ぐ進み、バルザルム獣人国を目指すぞ。マコト、神ゲーターで敵の有無を確認してくれ」


 「今のところ、どの方向からも接近する敵はありません。これなら見張り無しでも休めるでしょう」


 「本当に便利だな。よし、今日は全員休もう」

ガザルさんの一声に全員頷く。




 俺達は決意新たに、明日からの英気を養うために全員眠りにつくのだった―――――





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