第8話 逃走、神の導く先
俺達は無我夢中で走った。
背後から聞こえて来る、叫びや爆発音が、逃げ出した俺の胸を強く締め付ける。
父さんの仇を取りに戻りたいと、何度も思ったが、背で咽び泣く声が…俺に必死でしがみつくその手が、それを許さなかった。
必死で走り、ようやく
ユノを降ろそうと背に目を向けると、泣き疲れたのか眠っていた。少し遅れてマコトが到着すると、息絶え絶えにその場でしゃがみ込んだ。俺は、ユノをゆっくりと降ろして寝かせ、マコトから受け取った水を口にする。
もうすぐ日が暮れる。
ここで合流した後は、予定通り平原へ向かうのだろう。
「トウマ……さっきは止めて……悪かった…」
「止めてくれなかったら、俺も父さんと同じようになっていたかもしれねえんだ。さっきは………ありがとう」
父さんを失った悲しみで、涙が溢れた。
マコトはそんな俺を見て、背を向けて何も言わずにいてくれた。
あたりが暗くなり始めた頃、マコトが小声で話しかけて来た。
「ここへ一人だけ向かってきている。敵かもしれないから、逃げる準備をして」
今朝見せてくれたスマホを手にしてそう言った。
足音は聞こえない。気配もない事から、何を言っているのか分からなかった。
「なんでそんな事が分かるんだ?」
「今は説明してる場合じゃない。とにかく準備して。移動速度が上がった!気づかれたのか…」
現れたのは、手に血濡れの剣を持ち、恐ろしい形相のガザル村長だった。
「トウマ、お前達だけか。そっちのは村で一緒にいた子だな」
そう言うと、剣の血を振り払って鞘に仕舞う。歴戦の剣士のような、慣れた所作に見えた。
「ガザル村長、他の皆は?」
そう聞くと、途端に膝から崩れ落ちて頭を下げた。
「すまない…誰一人として助ける事が出来なかった」
「母さんも………?」
「すまない。俺の力不足だ」
ユノがまだ起きてこないのが、不幸中の幸いだった。
「…ガザル村長が悪いんじゃない。悪いのは、帝国軍とか言う奴らだ」
「俺は
「ガザルさん、貴方には聞きたい事が山ほどありますが、ひとまず此処から離れるのが先決です。」
ガザルさんは立ち上がり、俺の頭を撫でてからマコトに向き合う。
「お前は何者だ?村の人間じゃないのは分かってる」
「僕はマコトと申します。僕の身の上話は、とりあえず置いておきましょう。逃走するのにはコレが使えるかもしれません」
そう言って、スマホを俺達に見せる。確か、壊れてしまったと言っていたはずだが。
「それ、使えないんじゃなかったのか?」
「うん。使えなかったよ、さっきまではね。ようやく電源が入ったと思ったら、知らない画面で立ち上がってさ、使える機能が一つだけ追加されていたんだ」
何かの文字が書いてあるが、俺には読むことが出来ない。それを見たガザルさんが尋ねる。
「なんて書いてあるんだ?」
「神ゲーターです。神とは、僕達の世界においては全てを生み出した創造神を表すんです。その後に続くゲーターは、おそらくナビゲーターの略語だと思います。簡単に説明するなら、道案内をしてくれるものです。さっき、ガザルさんの接近をいち早く知る事が出来たのは、これのおかげだったんです。青い丸がどうやら味方を表しているようで、青い星が僕を表しています」
「これ、もしかして帝国軍の奴らの位置も分かるのか?」
ガザルさんがスマホに食いつくように覗き見る。
「ええ、尺度を変えればこの通りです。赤い丸が幾つかあるのが分かりますか?これが敵の位置です」
俺はふと疑問が浮かんだので、聞いてみた。
「あれ?さっき味方は青い丸になるって言ってたよな」
「どうも、その判定は僕の認識を基準としているらしい。僕が接触した人で、味方と判断すれば青い丸に変わるよ。さっきまで、ガザルさんも赤い丸だったからね」
なるほど、だからさっきは敵かもしれないって言ってたのか。
「まあ、神ゲーターの機能についてはまた後ででもいいよ。とりあえず、赤い丸を避けて進めば最低限の接触で逃げ切れるはずだから」
ガザルさんは腕を組み、じっと何かを考えているようだった。
「ガザルさん。俺達はひとまず、平原を目指そうと思うんだけど」
「ああ、それが良いだろう。そのまま進めば、獣人の国、バルザルム獣人国に着くはずだ」
「獣人の国?」
「ああ、そこら辺の話も夜が明けてから話すさ」
「トウマ、出発する前に手を合わせて行くぞ。もしかしたら、これが最後になるかもしれない」
「ああ、無事に戻り、いつかこの地を取り戻せるように祈らないと」
俺は言われた通り、石に向かって手を合わせ全員の無事を祈った。ガザルさんが、何かを呟いていたが聞こえなかった。
ユノは気を失ったまま、起きる気配がなかったので、俺が背負って連れて行くことにした。ガザルさんが背負って行こうかと聞いてくれたが、断ったのだった。
ユノだけは誰にも任せちゃダメだと思ったのだ。
俺が絶対に守らなければ。
俺達は生まれ育った村を捨て、全ての思い出を胸に仕舞い込み出発した。
いつか、必ずこの地を取り返し、両親と村の仲間達を弔ってやる事を固く誓うのだった。
―――――――――――――
暗い夜道の移動は、想像よりも苦戦を強いられた。
まず、足元が見えないので、躓き易く移動距離が稼げないのだ。ガザルさんが先頭で、俺マコトと並び、二人が松明を持ってくれているので、なんとか移動する事が出来た。
そして、何よりも陽が落ちてからも温度の下がりにくい夏は、夜でも蒸し暑く、ジリジリと体力が奪われるのだ。マコトのバッグに詰めていた水筒の水は、みるみるうちに無くなり、心許ない量にまで減ると、少し不安になってきた。
マコトによると、追跡者はなく、敵のマーカーが表示から消えたらしい。一定の距離を離れて、敵がいない場合は表示がされなくなるかもしれないとのことだ。
いずれにしても、神ゲーターがもたらした情報が、俺達の張り詰めていた気持ちを、幾らか和らげてくれるのが素直にありがたかった。
夜明けまでゆっくりと移動をし続けた俺達は、水が流れる音を聞き、朦朧とした意識の中、水源までなんとか進んだ。
段々とせせらぎの音が近づくにつれ、日が昇り出し、目の前に大きな川が見えてきた。
「よし、夜明けを乗り切ったな。お前達よく頑張った!ちょうどあそこに木陰があるから、水をしっかり飲んだ後、仮眠を取ろう」
ガザルさんは、夜通し移動した俺達の疲労状態を考慮して休む事を選んでくれたのだろう。
確かに、マコトはフラついているし、俺もそろそろ限界だった。背中に背負ったユノも、大量に発汗しており、額にはびっしりと汗をかいている。
俺は、木陰にユノを降ろしてから、急いで川へと向かい、水筒と腰に括り付けてた布を濡らして絞ってから、ユノの汗を拭き取ってやる。
そうしているうちに、ようやくユノが目を覚ました。
「お兄ちゃん、お水…お水ちょうらい…」
俺は水筒から、汲んできた水を器に移して手渡す。
ユノはそれを受け取ると、一気に飲み干した。相当な量の汗をかいていたので、何度か器に継ぎ足し無理やり飲ませる。
「ようやく目覚めたか」
ガザルさんは、俺とユノの背後から近づき、頭を撫でてから、優しい表情で言った。
「お前達は、今はゆっくり休め。これからの事はこの後、皆んなで一緒に考えよう。トウマ、お前は特に疲れただろう…本当によく頑張った。だから今はゆっくり休むんだ」
俺はその優しい顔を見て、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、意識を手放した―――
―――――――――――――――――
トウマは疲労からか、気絶するように意識を手放した。ユノちゃんについても、水分を補給した後、同じように横に並んで眠ってしまったのだった。
ガザルさんは川で顔を洗うと、剣の手入れがあるんだと言い、僕にも休むように促した。
多分、寝ずに見張りをしてくれるのだろう。僕も川の水を直に口にして、たっぷりと水分補給をし、気持ち悪かったので、水浴びをした。スッキリしたからか、収まっていた眠気がぶり返してきたので、ガザルさんにお願いする。
「ガザルさん、僕も限界です。とりあえず少し眠ります」
「おう。マコト、本当に良くやった。お前がいなければ、俺達はここまで無事に来られなかったかもしれない。ありがとう」
「いえ、僕は戦力にはほとんどなりませんので、足手纏いにならないようにするのが精一杯でした。ガザルさん、助けていただきありがとうございました。おやすみなさい」
そうして僕は、トウマ達から三メートル程距離を取って横になった。川の飛沫が冷たく、辺りの温度も一回り低いのか、心地よく眠りにつけた―――――
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