第7話 悪意

 明け方、父さん達はカルさんの捜索に出掛けていった。

狩りに行く時の装備よりも、多めに武器を装備していたのが気になったが、父さん含め、熟練の狩人が四人も向かったのだ。万が一も無いだろう。


 いつもより早く起きた俺は、ユノを起こさないようにそっと寝室を抜け出し、解体場へと足を運んだ。



 そっと扉を開けると、マコトは既に起きていて、手に黒い物を持ち、何かしていた。

「何してるんだ?」

「あ、おはよう。スマホの確認と、記録をしてるんだよ」

「スマホっていうのはその手に持ってるやつか?」

「そう。僕の国では、通信手段に使ったり、様々な情報を得たり出来る便利な機械なんだけど。実は壊れちゃったみたいでさ」


 「何言ってんのか全然わかんねえ。でも、その細いのは書くための道具で、そっちの薄いやつに書いてるってのはなんとなくわかった。まあ、何書いてるのか全く分かんねえけどな」

「昨日起きた事と、会った人達の事だね。トウマの事も書いてあるよ。ほら、この字がトウマの名前だよ」


俺と歳が殆ど変わらないのに、字も書けて、知らない事を沢山知っている事がとても羨ましく思えた。

俺にもいつか、字を読み書きし、知らぬ土地に行く事が出来るのだろうか。

そんな事を思い、心に影を落としていると、


 「僕で良ければ、一緒にこの国の言葉を学ぼうよ。どのみち行き先が無いから、時間だけは沢山あるし。それに、もしも許されるなら、しばらくこの村に居させて貰いたいと思ってるんだ」

「本当か!?だったら三人でも良いか?ユノにも学ばせてやりたいんだ」




 突如、心の臓に響く、雷鳴のような音が鳴った。

今朝は空が澄んでおり、雷鳴が鳴るような空では無かったはずだ。


 「今の爆発音は何…」

マコトの声は震えていた。

もっとも、俺にだってこの音の正体など分かるわけがなかった。だが、ユノ達と合流すべきだと判断し、即座に行動に移す。

「俺にだって分かるか!すぐ家に戻るぞ!」

弾けるように解体場を出ると、村の先ちょうど湿原の辺りだろうか。遠くの方で白煙が上がっていた。



 火事だろうかなどと、考えている間に別の場所からも激しい音と共に黒煙が昇り始める。

その時ふとマコトが呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

「まるで、誰かが火を放っているかのような昇り方だ」

「どういう意味だ?」

「普通、山火事なんかだと一箇所から燃え上がり、火の粉が飛んで広がるんだ。だから、隣接した火が起こらないとおかしい。でも、ここは湿原で火が燃え広がりにくいし、二箇所目との距離がありすぎる。誰かが複数人で火を放たないと、ああはならないよ」


 確かにマコトの言う通りだ。前に火の不始末で燃え広がった時は、ゆっくりと火が大きくなっていったが火元は隣接していた。

「何かが起きているんだよ。それこそ湿原を焼き払いたい誰かが暴れているとか。そういうのに心当たりは?」


「ない。この村の近くに少なくとも、他の人は居ないはずだ。俺は会った事がない。最近までは…」

「それって僕か。まだ遠くだから今すぐってわけではないけれど、火の手が迫ってきそうなら避難しないと」

「まあいい、とりあえず母さん達と合流しよう」



 家に入ると、二人は起きて机で話をしていた。

「さっきの音はなんだったんだろうね」

ユノが心配そうに窓の外を見ながら呟く。

「湿原のあたりで火事だ!もしかしたら、父さん達が巻き込まれているかもしれない」


 母さんはそれを聞き、両手で顔を覆った。

「やっぱり、お父さんを行かせるべきじゃなかったのよ!」

「すみません。一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

マコトが横から口を挟む。


「あ、あなたはどなた?」

「失礼しました。僕は、本庄真といいます。長いのでマコトとお呼びください。迷子になっていたところを、トウマさんに保護していただいた者です」

「迷子?」

「まあ、僕の身の上話は今は置いておきましょう。それよりも、先程のお母様のお話では、今起きている事の原因をご存知な様子でしたが、もしかして心当たりがおありなのでしょうか」


 「確証はないけれど、昨日の村長会議で、武装した人間達を遠くに見たと言っている方が居たのよ。だから、もしかしたら、紛争地域からこの湿原まで侵攻してきたのではないかって。そこで、お父さんが同じ人間だから接触して交渉が出来るかもしれないって言い出して…」


 「なるほど、つまり交渉役を買って出たのですね。それで、今朝方出立したと。経過した時間を陽の角度から見るに、もうそろそろ湿原あたりには到着してる頃ですね。考えたくはありませんが、交渉が何らかの理由により決裂したか、そもそも取り合ってくれなかったかのどちらか、かもしれません」


「そんな…」

母さんは再び顔を手で覆った。

マコトは、今朝見せた筆記用具を取り出し、何かを書き始めた。


 「もしも、あと一時間…ええと、何で言えば良いんだ………。少し待ってみて、火の手が上がる場所が近づくのであれば、敵意を持つ何者かがこちらへ接近している事になります。迷わず逃げるべきです」

「逃げると言っても、逃げる先が無いのよ。それにあの人を置いて逃げるなんて」

「村では有事の際はどうする事になっているんですか?」

「ああ、それなら俺が知ってる。村長の家に集合し、村の代表達で決めるんだ」

「そうね。ひとまず、ガザルさんの所に行ってみるわ」

そう言って母さんは、椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がり、村長の家へ向かった。



 「なあ、マコト。もしも人間達がこの村までやって来たらどうなると思う?」

 

 「僕はこの世界の歴史や地理、先程お母様が言っていた、紛争について知らないから、ハッキリとした事は言えないよ。だけど、もしも敵意ある者だった場合は捕らえられたり、考えたくはないけれど、殺されてしまうかもしれない」


 それは直感だったのかもしれない。

俺には何故か、マコトの言うような事が、この後起きる、そんな気がしたのだ。


 最近どこかで似たような事を言われた気がするが、思い出せない。

先程から一言も発しないのが気になり、ちらりとユノを見ると、不安そうに頭を抱えていた。


 「トウマ、この村の周辺について教えて」

「湿原方面は分かるよな?あとは、家を出てちょっと多くに見える山と、湿原の反対にずっと進むと、海って言ったっけか、大きな水溜まりにぶつかる。山とは反対側には行くなって言われてたから、行った事ねえんだ。確か平原になっているって聞いた事があるが」

マコトは聞き取った事を描き、絵を見せてくる。

「そうそう。大体そんな感じ」


 「逃げるなら、山とは反対へ逃げる方が良いかもしれない。湿原方面は言うまでもなく候補から外れるし、海は逃げる手段が無くなるからナシ。となると、山か反対側だけれど、登山経験がお互いに無いから、平坦な道を進むべきだよ」

「山だと何がいけないんだ?」

「まず、歩きにくい事もそうなんだけど、迷いやすいんだ。真っ直ぐ進んでいると思っても、ぐるぐると同じ場所を歩いていたなんて事はよく聞くし。それに、もしかしたら息苦しくなる事があるかもしれない」

「なるほど、それはやめておくべきだな」


 「ただの火事だったとしても、準備しておくに越した事は無いでしょう。水筒に水を詰めて、食料や衣類を持ち運べるように準備しませんか?」

俺は頷いた。何が起きても良いように準備するのには賛成だ。


 「ユノ、今の話を聞いてたな?準備しよう」

ユノから返事がない。俺はユノの両肩を掴み、揺すった。

「ユノ!しっかりしろ!逃げるための準備のするんだ!」

ようやく目が合った。どうやら相当混乱しているらしい。

「何があっても俺がユノを守るから、だから心配するな」

「うん……」

そう言うと、ゆっくりと立ち上がり準備を始めた。


 だんだんと音が近くなってきた。

幸いにも風向きが湿原向きなため、煙が村へかかる事は無いが、明らかに近づいて来ていた。



 その時、鳥の鳴き声のような甲高い音が、部屋の中に鳴り響いた。


 「なんだ!?」

「ごめん!僕のだ。気にしないで準備しておいて」

脅かすなよ全く。

それから間も無くして、俺達は準備を終えた――――




――――――――――――――



 もう間も無く日が暮れる頃、最悪の予想は、現実へとなった。


 俺達と村人が、村の入り口から湿原の方を監視していると、五十人はいるだろうか、胴から下を金属で覆い、剣や槍を持った人間達が、こちらへと向かって来るのが見えた。



 父さん達は手を縛られた状態で歩かされ、村から見えるギリギリの所で止まった。カルさんは見当たらない。


 先頭に出てきた、他の人より屈強な装備をした奴が声高々に宣言する。

「そこの村に住む者達に告げる。抵抗せずに、我々帝国軍に投降しろ。投降後は、この場所に帝国軍基地を作る労働力と兵士になって貰う!」

それを聞いて、マコトが小さく俺達に聞こえるように呟いた。

「従ってはダメだ。これでは奴隷だ!」



 その時だった。父さんが動いたのだ。

「皆!こいつらに耳を貸しちゃダメだ!こいつらはカルを…カルを殺した!」

父さんは大声で叫ぶ。

「黙れ!」

縛った縄を掴んでいた奴が、剣を抜いて父さんに斬りかかった。


 ほんの一瞬だった。僅か一瞬で父さんは斬られ、事切れたように、脱力し倒れた。

「お父さん!」

ユノが絶叫した。

先頭に立っていた奴が父さんへと振り返り、手を向けた。

すると、掌からだろうか火が放たれ、父さんは火ダルマにされた。


 「もういい、見ていただろう!次はお前らだ!」

地が揺れるような雄叫びを上げ、兵士達が襲いかかろうとしている。




 全身の血が沸騰したかのように騒ぎ、俺は絶叫した。

飛び掛かって行きそうになった俺を、マコトが羽交い締めにして止める。

「トウマ、ダメだ!行ったら殺されちゃう!」

「でも、父さんが!父さんが目の前で殺されたんだぞ!」

顔を思いっきり殴られた。

「ユノちゃんを守るんだろ!逃げるんだよ!」

マコトが必死な形相で訴えてくる。

顔を横に向けると、ユノは涙を流してその場にへたり込んでいた。


 覚悟が決まった。

「村長、母さん、俺達は逃げる!」

ガザル村長は、頷きこう言った。

「散開して逃げるぞ!合流場所は、あの石の場所で良いか?」

「分かった」

「お前達は先に行け!俺は村人全員に逃げ道を作る必要がある!」


 「ユノ!行くぞ!」

だが、ユノは立ち上がろうとしない。

俺は背負っていた荷物を捨て、ユノを背負った。

「マコト!こっちだ!」



俺は、二度と振り返らずに、必死であの場所へと向かうのだった―――――










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