第一章

第6話 凶兆




 村へと着いた俺達は、荷物もあるので、ひとまず家に帰ることにした。


 幸い、家に入るまで村人とは誰にも会わずに済んだ。

 「ここがトウマの家?」


 「そうだぜ。多分母さんと、妹が居るはずだけど」


 扉を開けると、ユノが嬉しそうに駆け寄って来た。

 「お兄ちゃんおかえり。今日はどうだった?」


 「ああ、ちょっと待って。マコト入れよ」

嬉しそうに話すユノを遮り、もう一度扉を開けた。


 「お邪魔します……」

さっきまでとは様子が違い、緊張した面持ちで頭を下げながらマコトは入ってくる。


 「お兄ちゃん、誰……その人」

ユノが敵意を剥き出しにする。獲物を狩る捕食者のような目をして、マコトを見た。


 「ユノ、こいつはマコトって言って、湿原の向こうから来たらしいんだ。帰る場所が分からないんだと。とりあえず、村長に相談するために連れてきた」


 「は、初めまして。本庄真といいます。お兄さんには道で困っているところを助けていただきました。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします。お口に合うか分かりませんが、良ければこれ食べてみてください」

どこから出したのか、見たことのない箱をユノに差し出した。 


 「何ですか?これ」

ユノは首を傾げた。


 「お菓子です。ビスケットの上にチョコレートが乗っている、僕の国では一般的な物です。お口に合えば良いんですが」

そう言うとユノから箱を受け取り、中身を開ける。泥のような色をした、甘い香りのする物を取り出した。


 「甘くて美味しそうな香りがする…」

ユノは恐る恐る受け取ると、指で摘んで口に入れる。

鬼のような顔が、みるみるうちに幸せそうな顔に変わった。


 「俺にもそれ、くれ!」

マコトから奪い取るようにして、口に入れると、香ばしい香りと甘さが口いっぱいに広がり、幸せな気分になれた。


 「お口に合ったようで良かったです」

安堵した表情でマコトは残りの箱をユノに手渡す。


 「こんなに美味しい物は食べた事がありません。ありがとうございます。さあ、どうぞ中へお入りください」

そう言って、マコトを中へ案内する。


 「ユノ、母さんは?」


 「お母さんなら、畑に行ったよ」


 「じゃあ、二人が帰ってくるまで待とうかな」

俺は、裏の解体場へ獲物と薪を降ろしにいく。


 部屋に戻ると、ユノとマコトが椅子に座り、話をしていた。

 「へえ、じゃあマコトさんは読み書きが出来るんですね」


 「はい。ですが、この国の言葉が読み書き出来るかは分かりません」


 「でもマコトさん、私達の言葉と同じ言葉を話してますよ?」


 「トウマと話していて何となくわかったのですが、僕の喋る言葉の日本語が、お二人の話す言葉に変換されているみたいなんです」


 「別の言葉を話してらっしゃるんですか?私には分かりませんよ」


 ユノが何やら楽しそうに話をしている。そういえば、村には歳の高い子供がいなかったから、マコトのように歳の近い奴との会話は気が楽なのだろう。


 「そろそろ暗くなるのに、母さん達遅いな」

俺が戻ってきたのに気がついたのだろう。二人は俺を見た。

 「そうね。どうしたんだろう……」

 その時だった。扉が勢いよく開かれ、両親の声が聞こえた。


 「トウマ、ユノ。カルを見ていないか?」

俺とユノは玄関へ向かい、両親と相対する。


 「カルさん?いや、見てないよ。今日も湿原の果てに行ってるんじゃないの?」

朝方、アザミさんとの話に出てきたカルさんだったが、何かあったのだろうか。


 「いや、見ていないなら良い。父さん達は、村長の家で会議に出てくるから遅くなる。悪いんだが、夕飯は二人で済ませてくれ」


 「分かったけど……あ、そうだ。話さなきゃいけない事があるんだけど」

俺は、隣の部屋で待つマコトの紹介をしようとした。


 「悪いんだが、急ぎなんだ。戻ってきてから聞くよ」

そう言うと、両親は弾けるように出て行った。


 「何かあったのかな………」

ユノが心配そうに呟く。


 「いつも以上に大物が獲れたりして、運ぶのに手間取ってるんじゃねーのかな」


 「そうなら良いんだけど」

ユノは俯き、カルさんの身を案じる。

「大丈夫、カルさんは熟練の狩人だ。引くべき時にはキチンと引くだろうし、安全を何よりも大切にしているはずだ」

「そうだよね!」

ユノの不安は払拭出来たらしい。俺達は、机に向かった。


 「なんか、母さん達が急に話し合いに行くことになったらしいや。紹介出来なくてごめん」


 「いやいや、いいって。僕の方こそ厄介事持ち込んでごめん」


 「そうだ。マコトさんも一緒にごはん食べましょうよ」

ユノが手を叩き、閃いたかのように言う。


 「それもそうだな。ポルメの茎と鳥でスープと、あれでいいよな」 


 「マコトさんのお口に合うか分からないけど、大丈夫じゃないかな」

マコトの顔が蒼くなっているような気がする。うん、きっと気のせいだろう。


 「何か手伝える事はある?」

マコトは蒼い顔のまま、聞いてくる。


 「いや、やり方もわかんねーだろうし、いいよ。座って待っててくれ」

そう言って、俺は解体場へ向かった。

今日獲ったトカゲをぶつ切りにして、串に刺していく。トカゲといえばもうこれ。串焼き以外では食べた事がないのだ。

ぱっぱと塩を振り、火にかけていく。


 多分、竈門ではユノがスープを作っているのだろう。竈門のあたりから煙が上がっている。



 そうして、食事の準備が整ったので、机の上に並べていく。今日は、マコトがいるのもあり、割と豪華かもしれない。

トカゲの串焼きに、ポルメのスープ、ポルメノ(ポルメを茹でて潰したものを平にして焼いたもの)だ。


 「まだまだあるから、遠慮せずにどんどん食ってくれ」


 「ありがとう。いただきます」 

マコトは恐る恐る串焼きに手を伸ばし、じっくり見てから口にした。


 「これ鶏の肉?ちょっと硬めだけど、塩味であっさりしてて美味しいね」 


 「鶏肉じゃないぞ。今日獲ってただろうが」

それを聞き、急にマコトの顔が蒼くなる。


 「これ……トカゲなの?」


 「そうだが?」


 「そんなオチだと思ったよ!悲しいけど美味い……」

泣きながら食ってるし、よっぽど美味かったんだろう。普段どんなもの食ってんだろうか。


 「ごちそうさまでした」

俺達は、準備した料理を綺麗に平らげた。


 「マコトさん、お口に合いましたか?」

ユノは心配そうに尋ねる。


 「はい。普段食べているものとは違うものの、どれも素朴で美味しかったですよ。特にあのポルメノって言いましたっけ?モチモチしてて、とても好みでした」 


 「それなら良かった」

笑ったユノを見て、マコトは照れ臭そうに俯く。



 大事な事を思い出した。


 「マコト、お前行く場所ねーだろ?今日は、泊まってけよ」


 「そうだけど、悪いよ。それに寝る場所を作るの大変でしょ?」

 「解体場所に簡易ベッドがあるんだ。それで良ければ使ってくれ」


 「お兄ちゃん、それって………」

ユノが気付いたようだ。まあ、実際にベット数もないから、あそこ以外ないんだよ。


 「ああ、気にすんな。マコトなら大丈夫だ」


 「ええ、寝られるならどこでだって大丈夫です」


 「ほらな?こっちだ、案内するよ」



 俺は、解体場の簡易ひるねようベッドへ連れて行く。


 「なんか獣臭いね」 


 「そりゃ、獲ってきた獲物をここで捌いてるんだし、臭いくらいするさ」


 「ここだ」


 「ここって言っても…なんにもないよ?」


 「この藁の上に、毛皮を敷いて寝るんだよ」


 「あ、うん。もういいやそれで」

マコトはガクッと肩を落とした。


 「じゃ、おやすみ」

 「うん。トウマ、今日はありがとう」


 俺は、解体場の扉を開けてから、振り返り様子を伺う。

よっぽど疲れてたのか、荷物を投げ出して、すぐに横になっていた。そっと扉を閉めて、ユノの元へと戻った。



 「マコトさんどうだった?」


 「ああ、よっぽど疲れてたのか、すぐ横になってたよ」 


 「お父さん達遅いね」 


 「もしかしたら、宴会でもやってるのかもしれないぜ。先に寝ちゃおうか」

そう言って準備をしていると、扉が開き、父さんが帰ってきた。


 「父さん遅かったね。何かあったの?」 


 「狩りに出たカルが戻ってないんだ。奴のことだから、無理はしないだろうし、何か問題が起きたとしか思えなくてな。会議の結果、明日は朝方から湿原の果てへ捜索に行くことになった」

父さんが暗い表情で淡々と俺達に伝える。母さんは無言で俯き何かを言いたそうにしていたが、口を開く事はなかった。


 「俺も行こうか?」


 「ダメだ。お前には母さん達と一緒に居てもらう」

あの優しい父さんが珍しく、語気を強めた。それ以上は深く聞けないまま、眠りにつくしかなかった―――





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