第3話 祈り
俺達は、二人を兄妹として育てることにした。
貧村に暮らす俺達は、この痩せた土地で、ひたすら食うに困った。食べ物を朝から晩まで探し歩き、飢えを凌ぐ日々が続き、それを見かねたガザルさんが、定期的に食料を分けてくれたので、何とか暮らしていく事ができた。
本当にガザルさんには頭が上がらない……
大湿原が隣接するこの場所は、一年中乾くことのない土地のため、両国で流通している食材は育たず、この村では元々自生していた芋を栽培し、主食としている。
ポルメという芋なのだが、とにかく育ちが早い。
蔓や茎も煮れば食べられるし、泥濘んだ土地でもよく育つ。だが、一つだけ難点を挙げるとすれば、同じ場所に連続で植えると全く育たずに枯れてしまうことくらいだ。
ポルメは、村の中で沢山育てられており、村全体で分け合って食べている。管理は交代で女達がやってくれている。男はというと、狩りや村の補修が仕事だ。まあ、人によっては食器を作ったり、籠や衣服を編むのが得意な人もいるので役割分担しているんだが。
さて、トウマが我が子になってから四年が過ぎ去った。もっとも、俺達は日にちを確認する道具など持ち合わせていないから、日が上って日が落ちてを一日として、三百回繰り返したら一年としている。昔は日付が分かる道具もあったんだがな……
チビ達二人はとても仲が良く、トウマの後ろをピッタリとくっつくように、ユノはいつも一緒に行動する。
父親の俺よりも、トウマに懐いているのが少し悲しいが……
まあ、兄妹仲が良いのは親としては嬉しい限りだ。
まだ、五歳と幼いのもあり、互いの持つ違いをそれ程気にする様子もない。ユノは人間でトウマは獣人の子であるし、性別だって違うのだが、どうやら本人達にはそんなことは何も問題ではなかったようだ。
ユノは生まれつき身体が弱かった。赤ん坊の頃に高熱を出して生死の境を彷徨ったし、歩けるようになってからも、部屋で大人しくしている事が多く、走り回ったりするのは得意では無かった。
そんなユノをトウマは決して見捨てなかった。
おそらく同い年の筈なのに、身体は人一倍大きく成長し、運動能力もズバ抜けていた。
ユノのお兄ちゃんとして、ユノを大切にしているのだろう。どこへ行くにも連れて行き、ユノが疲れて動けなくなったら、背負って帰ってくるし、眠る時も二人一緒だ。
妻も兄妹が仲良くやっていけるのかをずっと不安に思っていたようだが、俺達の心配は杞憂に終わった。
そんな村にもまた、冬がやってきた。
「とうちゃん、今日は何をするの?」
トウマは、身支度をする俺に随分と聞き取りやすくなった言葉で尋ねる。
「ああ、狩りに行くんだよ。昨日仕掛けた罠の確認と、薪を拾いにね」
本当にトウマは大きくなった。まだ、五歳だというのに、俺の胸あたりまで背があるもんなあ。
そう聞いた途端に、ダダダっと部屋の奥へ駆けていくと、上着を羽織ってきた。
「ねえ、ぼくも行っていい?」
真紅の瞳をキラキラとさせ、期待に満ちた様子で俺を見る。
「もう、五歳だもんな。そろそろ一緒にやってみるか!寒いし危ないから父さんの言うことをちゃんと守るんだぞ」
そう言って、俺はトウマの頭を撫でる。
「うん!わかった!」
ついていけると分かったからか、とても嬉しそうだ。
俺は、冬用の服を編んでいる妻と、見様見真似でぎこちなく手を動かす娘に向かって言った。
「今日は二人で行ってくるよ。暗くなる前には帰ってくるからな」
二人は手を止めて、そっくりな顔を上げた。
「気をつけて行ってらっしゃい」
「おにいちゃん、おとうさんいってらっさい」
―――――――
昨日とは打って変わって暖かく、まだ雪も降っていないため、とても歩き易かった。
初めての狩りに行くにはとても良い日だったのかもしれない。
俺達は、湿原を目指して歩を進める。
「今日はまず罠を見に行こうか」
「ん……うん!」
ああ、そっか罠を見せた事無かったな。
「罠ってのはな、簡単に言うと獲物を捕まえるためのしかけだよ。大きい穴を掘って、その中に尖った木を沢山指しておいて、その真ん中に食べ物を入れておくんだ」
「えー!その食べ物ぼくが食べたい!」
トウマが口を尖らせてぶーたれる。
「でも、その食べ物を置いとくだけでもっと大きい食べ物が手に入るんだぞ?」
俺は笑いながらトウマの頭を撫でる。
「じゃあ、大きいほうがいい!!」
罠に興味を持ったというよりは、食べ物に興味津々てところだろう。
「おっと、まず先に行くべき場所があったな」
「わなを見にいくんじゃないの?」
「こっちだ。着いてきなさい」
俺はそう言って、目的地とは別の方向にある
実は、まだ幼いトウマには受け止めきれないだろうと判断し、真実は伏せたままにしている。
そして、ここへと連れてきたのはこれが初めてだった。
あの日、トウマと出会った場所には、大きな石の墓標を立て、
「この場所は、父さんや母さん、そしてトウマにとって、とても大切な場所なんだ。これからトウマが狩りに来るたびに、ここで祈りを捧げて欲しいんだ」
「ふーん。あの大きい石に手を合わせればいいいの?」
「ああ、手を合わせた時に無事帰って来られるようにお願いするんだ。きっと、トウマを護ってくれるだろう」
トウマは言われた通り、合わせた手に力を込めて、一生懸命祈りを捧げている。
(漸くトウマを連れて来ることが出来ました。貴女の子は、見ての通り立派に育ちました。これからもどうか、トウマのことを見守ってやってください……)
俺もトウマの横に並び、彼女への祈りと、トウマの無事を祈った。
「とうちゃん、さあいこう!」
もう、既に頭の中は、
俺達は、彼女の墓標を後にした――
―――――――――
だいぶ陽が昇り、空気が暖かく感じられ、足取りがとても軽い。あっという間に、最初の罠に到着した。上にかけた枝葉は無くなり、遠目で見ても窪みがハッキリと見えた。
「お、やったな。獲物が掛かってるぞ!」
「ほんと!?ごはんいっぱい食べられる?」
「さあ、どうだろうな。大物が掛かってると良いんだがな。トウマ、父さんがゆっくりと見てから大丈夫なら声を掛けるから、少しここで待っていなさい」
「わかった!」
俺は獲物を刺激しないように慎重に近づき、その穴の中を上から覗き込む。
穴の中にいたのは、体長が大人一人分くらいある、トカゲだった。頭部と後ろ足に木の杭が見事に刺さり、大量の血を流して動かなくなっていた。
「トウマ、穴に落ちないようにゆっくりこちらへ来なさい」
トウマは頷くと、言われた通りゆっくりこちらへ向かってきた。
「ほら、トカゲが落ちて刺さってるだろう?」
「ほんとだ!すごい!すごい!」
トウマは、手を叩き満面の笑みを浮かべる。
「獲物が掛かったら、この縄を使うんだ」
俺は腰に付けていた縄を外して見せる。この縄は、主食としているポルメの蔓を、束ねて捩り編み上げた物だ。千切れても洗ってから鍋に入れれば食べられるし、とても便利な物で村では重宝している。
「この縄の片方にこういう木でできた杭を付けておいて、これを獲物の首を狙って投げるんだ」
俺は、トカゲに向かって鋭い杭を投げ込み、しっかりと刺した。
「ぼくもやる!ぼくもやる!」
トウマが両手を俺に突き上げねだる。
「もう一本は後ろ足を狙って刺すんだ。反対側を父さんが持っているから、何回失敗しても大丈夫だ。ゆっくり狙って投げてみろ」
トウマは大きく振りかぶって杭を投げた。一投目は穴から逸れて、ちょうど反対側の地面に刺さった。
「あれ。はずれちゃった」
「ははは。外れちゃったが、しっかり刺さってるからその調子だ。自分の足に刺さないように気をつけて、もう一回やってみるんだ」
トウマは鼻息を荒くし、二投目を構えた。
トウマが杭を握っている腕に、何か違和感を感じた……
違和感に気を取られていると、手元の縄から強い衝撃が走り、いつの間にか投げ込まれた杭は、見事にトカゲの後ろ足を貫通し、穴の壁面に食い込んでいた。
「あたった!やったー!」
トウマは小さく跳ねて、両手でガッツポーズを決めた。
「トウマ凄いぞ!よくやった!」
小さな狩人の頭を撫でてやる。
「そうしたら、この縄が外れないようにそーっと上に引っ張って、獲物を穴から出すんだ。父さんがやって見せるから、よく見てるんだぞ」
二本の縄を両手でしっかりと持ち、垂直に持ち上げた。ズシリと両手に重みが伝わり、足が少し震える。
ゆっくりと穴から出した後、吊り上げるのに使った縄を巻いて、背負えるようにした。
「よし、これで一つ終わりだ。罠には薄い木の板を敷いて、枝葉を掛けておくんだ。それで真ん中にこの木の実を潰してから置いておく」
俺は、腰に括り付けていた袋から、小さな木の実を取り出し、トウマの手のひらいっぱい分を手渡した。
「木の実を石で叩いてから、罠の真ん中に放り投げるんだ。間違っても罠には乗っちゃダメだぞ」
トウマは言われた通り、木の実を潰して放り投げる。
「うえー。いやなニオイだね」
手についたきのみの汁を嗅いでトウマは顔をしかめた。
「俺達にはいやなニオイでも、獲物達にはごちそうなんだ。あとは、村の連中が間違って通らないように、近くの木の幹に大きく傷を付けておくんだ」
「このきずで、わながあるよってみんなにおしえるんだね」
「そうそう。はい、良くできました。今日からトウマも狩人だ!これからは、父さんと一緒に狩りをしような」
「やったー!ぼく、かりうど!」
そうして、この日は四箇所の罠を見回り、最初に仕留めたトカゲと、カエルを三匹に、薪を一抱え拾う事が出来た。
ひとつ成長した息子に頼もしさを感じながら、あけに染まった夕陽を背にして、二人の狩人は住処へと戻るのだった………
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