第2話 歓迎




 男は薪を背負い、赤子を抱き抱えて村へと戻った。


 村の入り口は大きな松明が灯りとなり、木製の柵で囲われ、木造平家のとても簡素な作りの家が建ち並ぶ。だいたい五十人程が一つの集落として身を寄せ合って暮らしている。


 男の家は村の入り口から二番目にある。特にそれぞれの家を示す物もないから、見た目上はどの家も殆ど変わらない。


 どうやら、日中に村の中にあった雪は除雪されたようで、足元が若干泥濘んでいた。

 「また今年の冬も作物が育たねえなぁ」

男は一人ごちると、家へと急いだ。


 立て付けの悪い扉を開けて、家に入ると妻と抱き抱えられた娘が、囲炉裏で温まりながら待っていた。


 「あなた、遅かったじゃない。あんまりにも遅いもんだから、心配したわよ」

妻は俺の顔を見るなり、とても心配そうにそう言った。まだ赤子の娘は、とてもご機嫌な様子で妻にしがみついている。


 「いやあ、すまないが獲物は獲れなかった。勿論、薪は拾って来たがな。あとは……」

凄く言い辛い……なにせ、我が家には赤子をもう一人育てるだけの余裕がないのだ。いや、正確に言えば、村には余裕がないのだ。


 言い淀み迷っていると、その渦中の人物が訴えた。

 「おんぎゃあああああああああ」


 家が揺れたかと思った。いや、本当に揺れたのかもしれない。ご機嫌だった娘が、共鳴するかのように泣き出した。まさに大合唱である。


 「はいはい、びっくりしちゃったねえ。大丈夫だよぉ〜。あなた、とりあえずその子もあやして」

妻はキッと睨むと、そう指示してきた。

(あやすって言ったってどうすりゃいんだよ…)

内心そんな事を思いながらも、獣人の赤子に向かって、無我夢中で顔を振った。


 「い、だだだだだだだ!」

抜けそうな勢いで、思いっきり髪を引っ張られた。しかも、満面の笑みである。


 「やれば出来るじゃないの。今度からユノの世話もお願いね」

妻が笑いながら言う。結果的に雰囲気が明るくなり、落ち着いて話が出来そうだ。


 二人の赤子を寝床へ寝かせる。うちの娘も可愛いが、獣人の子もなかなかに可愛かった。仲良く手を繋いで眠りについたあたり、案外仲良くやっていけそうに思える。


 俺は、上着を脱いで壁に掛け、囲炉裏の前に腰を下ろし、一息つくのだった。


―――――――


 「さて、一息ついただろうし、話を聞かせて貰うわよ。あの子は何?」


 妻が気にしているのは俺の子かどうかだろうか、それとも、明日からの暮らしをどうしていくかについてだろうか……おそらく両方だろう。俺は大きく息を吐き出す。


 「まず、あの子は俺の子じゃない。薪拾いをしているときに見つけたんだが、雪道で冷たくなってた獣人の娘が抱き抱えていた子だ」


 「あなたの子じゃない事くらい分かってるわよ。そうなの……あの子は母親を亡くしちゃったのね」

妻は不憫そうにあの赤子を見てそう言った。


 「俺はあの子をユノと一緒に育ててやりたいと思う。あの赤子の母親はきっと、獣人の国から逃げ来たのだろう。あの子には帰る場所が無いはずだ」


 「でも、どうして逃げてきたのかしら。獣人の国なら、平和な国の筈よね?私達のように流れてくる理由が無いわ」


 そうなのだ。俺達人間は、偉い立場の役人達が下々に重税を課しているため、生活苦から奴隷に落とされる者や、流れになる者も多い。かくいう俺達も一年前にこの村に流れ着いた一人だった。


 俺達の住むこの村は、人間の国でも、獣人の国でもない、いわばの国だ。

 正式に認められているわけでは無いが、どちらの領地でも無い場所として扱われているためか、どちらの国とも疎遠だ。それぞれの国との交易も無ければ、貨幣も無い。まさに身を寄せ合って暮らしている村である。


 この村が置かれている環境が劣悪なために、両国に見放されたとも言えるのは、悩ましい所だが。

まず第一に、この場所を領土としない理由は、一年中乾くことのない湿った土地だからだ。広く流通している作物が育たず、土地としての価値が無いのである。


 また、作物が育たないためか、獲物が少ないのである。よく獲れる獲物は、湿原に適応している種類という事もあり、トカゲやカエルのような、一般受けしないものなのだそうだ。俺達からすればご馳走だが。


 そして、自生している木がソルトツリーと言って、実を割ると塩が採れるのだが、水分量が多いので薪として使いにくいのも拍車を掛けているのだろう。


 「まあ、獣人じゃない俺達には、獣人達の事情は分からねえさ。どのみち、この子を村で育てるとなれば、村長の許しを得ないといけないんだ。今からガザルさんの家に顔出しに行こうか」


 妻は頷くと、手早く身支度を済ませた。勿論、ユノも連れ、それぞれが一人ずつ抱き抱えて、家を後にした。もう、すっかり辺りは暗くなっていた。


 村長の家は村の最奥にあり、その他の家より少しばかり上質な造りをしている。身体が大きいというのもあるが、威厳を保つためにも必要なのだろう。

俺達も村長に懇願し、村に抱え込んで貰った身だ、感謝はすれども、妬む気持ちなどさらさら無い。



 そう広くも無い村だ。村長の家まであっという間に着いた。毛皮で出来た靴に付いた泥を叩いて落とし、村長の家の扉を叩く。


 「ガザルさん、セナです。お話があって伺いました」


 「ちょっと待ってろ!今机の物を片付けるからよ!」

大きな声の返事があった。ガザルさんの指示通りに待っていると、扉がギギギと音を立てて開いた。扉から出てきたのは、大柄で猫のような耳が特徴的な獣人の男だった。


 「俺みてえな力の有り余る獣人が、こんな小綺麗な扉を大切に使えるわけねえよなあ。お?なんだ?今日はアンヌも一緒か。二人揃ってどうした?まあ、いいやとにかく入ってくれ」


 部屋に通されると、十人は食事が摂れそうな立派な机と、その机に負けないくらいの椅子が置いてあり、着座を促された。


 (懐かしいな……前にここへ座ったのは、この村に流れ着いた時だっけか)

そんな事を考えていると、

「お前らがこの村にやって来た日以来だな。どうだ?楽しく暮らせているか?」

と、村長は聞いてきた。俺が抱き抱えている事に気づいているが、話し易い事から話してくれているのだろう。


 「ええ、あの日俺達夫婦を受け入れて下さらなかったら、今頃は二人何処かで野垂れ死んでいたでしょう。慎ましくはありますが、とても幸せに暮らす事が出来ています。我が子のユノがこの世に生を受ける事が出来たのも、ひとえにガザルさんの優しさと、この村と皆んなのおかげです。ありがとうございます」


 妻と二人、村長に向かい頭を下げる。

 「よせよせ!困った時は助け合うのがこの村の掟だ。俺に感謝するぐらいなら、村の皆んなのために出来ることを頑張ってくれ」


 なにやら、恥ずかしそうに鼻の上辺りを指で掻き、そう答えた。本当に無欲な方だと思った。


 「いでッ!」

 妻から膝で脇腹を突かれた。早く言いなさいということだろう。


 「ガザルさん……実はこの子の事なのですが……」

俺は抱いていた獣人の赤子をガザルさんへ見せる。その子を見たガザルさんはなにやら険しい表情で唸り声をあげている。


ようやく口を開いたと思えば、「その子を抱かせてくれないか?」などというものだから、恐る恐る落とさないように受け渡すと、さっきまで眠っていたその子は目を覚まし、ガザルの顔をぼんやりと見つめた。


 「ふむ……真紅の瞳に猫系の耳……ん?この首飾りはセナが?」

 「いえ、初めから掛けられていました。おそらく、亡くなった母親から貰った形見かと」


 ガザルがその子を撫でていると、あぶーあぶーと気持ちよさそうに目を細める。ガザルはニカッと笑い、大袈裟に言った。

 「なんだ、元気そうな赤ん坊じゃねえか!ボウズ、いい男になれよ!」


 「良いのですか……?」

俺は声を震わせながら訊く。


 「ボウズの母ちゃん死んじまったんだろう?誰かが面倒を見てやらねえといけないだろうが」

何言ってんだ?と言わんばかりの顔で言われ、俺達はホッと胸を撫で下ろす。赤子は、ガザルさんの髭を掴み、だあだあと機嫌良さそうに引っ張って遊ぶ。


 「いてて、おめえホントに元気だなあ!セナ、ところでこの子の名前は?」


 俺は妻の顔を見た。妻は当然のように首を振る。

 「すみません。名前を示すようなものは無かったと思います」


 「名前をつけてやらねえとな」


 俺は少し考えた末に、名付けをお願いしてみることにした。

 「ガザルさん、この子に名前をつけてあげてくれませんか?」


 「俺で良いのか?」


 「ええ、ぜひお願いします」


ガザルさんは、赤子をじっと見つめる。



 「トウマ……ってのはどうだ?」


 「良い響きですね。それに、この子も気に入ったようです」

赤子は自分の名がついた事を喜ぶかのように、キャッキャと笑う。


 「セナ……いや、この場合はアンヌにお願いするべきだな。子供二人をいっぺんに育てるのは大変だろうが、大切に育ててやってくれ。何かあったら、俺も協力するからよ」


ガザルさんは、俺にトウマを優しく渡した。



 「ええ、分かりました。旦那を馬車馬のように働かせてなんとかします」

妻はにこりと笑い、俺を見る。

プレッシャーが凄いのは気のせいじゃないはずだ……


 「そろそろ帰らせていただきます。今日は急な訪問を快く出迎えてくださりありがとうございました」


 「おう。またいつでも来いよ。どうせ俺しかいねえんだ」


 俺達は、ガザルさんの家を後にして、真っ直ぐ家に向かう。冷たい風が容赦なく吹きつけて、家へと急かすのだった。


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