第50話 ルーデルドルフへの帰郷

 ルーデルドルフに転移し、記憶にある皇帝の執務室に転移した。

 久しぶりに会った60歳半ばを過ぎたはずの長男は、なお二十代の見た目を維持していた。


「母上!」


 碧眼の瞳に紫銀の御髪、変わらず美しい母の出現に驚きながらも、現皇帝は嬉しそうに駆け寄ると抱き着いた。


「久しぶりね。元気にしていたかしら?」


 護衛の騎士たちは突然現れた少女に身構えたが、皇帝の様子を見ると直立不動に戻った。

 母上?皇太后は亡くなられたはずでは。その前に美少女と言える目の前の少女は17歳前後と思われ、年齢が合わない。

 身を離し、手をとって自らソファに座らせ応対する皇帝は、六十を過ぎた経験に裏打ちされた威厳溢れる雰囲気を微塵も感じさせない無邪気な笑顔を浮かべており、普段の皇帝を知る近衛騎士たちは内心驚愕していた。


「もう理解していると思うけど、貴方も250年から300年くらいの寿命があるわ」


 ハイエルフの子孫であるエルフと同様の寿命を持つことを息子に伝えた。

 歳を取っても一向に老いず、皇位継承のタイミングをどうしたものかと思っていた皇帝は得心したように頷いた。


「なるほど、母上はエルフの始祖と同等の存在でしたか」


 それを聞いたミナはかぶりを振るようにして答えた。


「前まではね。実はしばらく別の大陸で自由気ままに生きているうちにハイヒューマンからアークヒューマンになってしまったのよ」


 悟りを開いたことで精霊瞳に目覚め、事実上、不老不死になってしまったことを伝えた。

 今ではもう姿形や能力について一切隠すことなく、ありのままの自分で生きていると、中央大陸での生活を話していった。続けて、自分の子孫の話をした。


「私の子孫は今までの人族とは違うわ」


 優勢遺伝の形質はやがて拡散し、この大陸では新人類が主流となるだろう。やがて他の大陸に進出を果たすほど発展を遂げたその時、どうか新大陸に住む人族を虐殺するのはやめて欲しい。

 真剣な目をして息子に話したかと思うと、ちょっと茶目っ気を出すように、


「技術が進歩した五百年後くらいの話だけどね!」


 と言って、ウインクした。

 歴史の趨勢と理屈を教えられると、子供の頃に受けた科学の教えを懐かしく思い出しながら、全くもって母上は美しくも聡明であられると目を細め、皇帝は自らの血筋を誇るかのように不殺の伝承を確約した。


「ところで、もうお隠れにはならないのでしたら、離宮をご用意しましょうか?」


 ミナは顎に手を当て、困ったような表情で皇帝に笑いかけ、私は不老不死なのよ?邪魔になるのではないかしらと伝えると、それを聞いた息子は底冷えするような冷笑を浮かべ、


「母上を邪魔扱いするような不逞な輩は全て排除してみせましょう」


 と自信ありげに宣言した。亡き夫であるグレイの面影を見たミナは目を細め、前皇帝に似て頼もしいわと、両手を目の前で合わせて息子の成長を褒めた。


「でも離宮ななんて大袈裟なものは要らないわ。一部屋もらえれば十分よ」


 こうしてミナはルーデルドルフへ帰還を果たした。

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