第46話 Sideギッシュ:酒の女神

「こんにちは、酒瓶をたくさん作ってくださいな」


 鈴を転がすような声に顔を上げると碧眼の瞳に紫銀の御髪の妖精の様に美しい少女が佇んでいた。幻かと思ったが、渡されたずっしり重い袋を確認すると金貨が現実を告げていた。


 どこの箱入り娘か知らんが支払いに問題なく他でもない酒のためなら聞いてやらんでもない。そう思って詳しく聞くと聞いた事もない種類の酒の話が出てきた。

 やはり白昼夢の幻なのかと胡乱な目で聞いた事もない酒だと伝えたところ、魔法で今話に出ていたクリスタルグラスを氷魔法で精製したかと思うと、何もない空間から酒を出し美しい琥珀色の酒を注いで差し出してきた。


 色々とおかしかったが、目の前の酒から漂う香りの前に強制的に意識を持っていかれる。


 一気に呷った。


 今までにないガツンとくる強い酒精に、相反するような極上の滑らかな喉越し、そして鼻をつくスモーキーなピートの香りに、果てしない研鑽の末に完成された重厚な味わいを幻視した。

 衝撃のあまり固まっていると心配する様な声に我にかえると共に、未だもう一杯ある事を思い出し、すぐに呷った。最初の一杯がドワーフ用で次が人族用の嗜み方という事だが後者も旨い。これ以上ないと思われる酒に甘んじることなく更に種族毎に最高を追求したのか。


 あまりの完成度への追求に戦慄していると、他の酒も試すかと聞いてくる。是非もなし!

 頷き返すと様々な形状のグラスに多様な酒を注いできた。吟醸酒の限りなく澄んだ喉越しの後にくる辛口の味わい、今までのエールが泥水の様に感じるスッキリ爽やかなビール、同じものとは思えない深みを増した繊細で芳醇なオールドビンテージと呼んだワイン。酒精を凝縮したかのようなまろやかで醇な香りのブランデー。これは女性向けというラム酒と付け合わせタルトは、女房や娘が口にしたら虜にすることが容易に想像できた。


 最高の形は一つではないということか。


 酒に対する理解を新たにすると、依頼する容器の形状まで全てに意味があるという。もうわかった。目の前の少女は酒の女神に違いない。


 しかし目の前の女神は突然悲しい事をいう。「無理だったら」そう、女神の酒は天上の甘露そのものだというのに俺の力量が足りないなら妥協するというのだ。


「妥協は無しだ!」


 魂からの叫びが口をついて出た。

 冗談ではない。俺の技術不足の所為で、よりによって至高の酒の味を落としてしまうなど、ドワーフのプライドに掛けて、自分で自分を許せない。

 そういうと、実はと最高の形に色の指定が追加された。そこまでこだわり抜いたという事か。やってくれる。


 しかし認めたくないが、透明ガラスなら俺に分があるが色ガラスなら僅かにグラッドの方が上だ。でもその僅かの妥協も許されない。これは、そういう類の酒だ。

 そう判断するとの工房に乗り込んでいた。


 ◇


 ずっとライバルとして互いに研鑽を積んできたグラッドに、俺は深々と頭を下げていた。

 常ならぬ俺の様子にグラッドは困惑していたが、百万言を費やすより現物の酒だ。

 女神にもう一度酒を頼むとグラッドも完成の上に完成を積み上げるような飽くなき探求の末に辿り着いた天上の甘露に、更なる完成を積み上げ得るガラス製品が求められていることを完全に理解し、戦慄しているようだ。


 そこでまた女神が悲しい事をいう、「本当に無理だったら」と。


「「妥協は一切無しだ!」」


 二人は互いの右手を固く握りしめ、今日この時この瞬間に酒の女神が求める最高水準の依頼に挑戦するために、俺たちは互いを高め合ってきたのだと、生きてきた意味を理解した。


 ◇


 酒の女神は完成したガラス製品を受け取ると、何もない空間に収めたと思ったら、適量をコルクで封入した七種の酒瓶を二人に渡していった。


「私の故郷ではドワーフへの依頼の作法として、納品の際、料金とは別に旨い酒を報酬として送る風習があるんです」


 酒の女神の国に住むドワーフは最高に幸せな奴らだなと、仕事をやり切った二人は報酬の酒を酌み交わしながら、まったくだと幸せそうに笑い合ったという。

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