第44話 都の商人

 吹き抜けのロビーで受付に向かうと、ドレスコードにでも引っかかったのか執事のような従業員に呼び止められ、当店では一般のお客様は受け入れていないとやんわりと入館を拒否された。門番に勧められたことを伝えると、少し考える素ぶりを見せたあと、何か思い当たることでもあったのか、


「通行証を確認させていただけますか」


 と言われたので、商人向けの通行書を差し出そうとアイテムボックスから取り出すと、


「大変失礼いたしました」


 チラと見えだけで手に取ることもなく深々と頭を下げられた。

 支配人が用意してくれた通行証、なにかあるのかしら?そう思って聞いてみると、


「お嬢様、黒色の通行証はグラリア王国の一級商会オーナー様のみが持てるカードでございます」


 と、丁寧に教えてくれた。どうやら世間知らずのお嬢様と思われてしまったらしい。

 姫様と呼ばれていたのはもう六十年以上前なのだ。

 執事然とした初老の男性にお嬢様呼ばわりされるとむず痒い思いがした。


 少し顔を赤くさせながら受付でチェックインを済ませた。


 ◇


 日が落ちて夜の帳が下りると、別室に案内されディナーの時間になった。

 広めの丸テーブルで座っていると、商人風のナイスミドルといった風情の渋い男性が相席を申し出てきた。

 一人の食事も寂しいことだし、特に断る理由もなかったので了承した。


 話を聞くと、一般客を断っている関係で、商人同士の交流を持つためにディナーで相席する慣習があるそうで、知る人ぞ知るこの宿で私のような年若い少女が席についているのは珍しく興味がわいたそうだ。


 目の前のルイスさんは現代でいう総合商社のような商会をしているそうで、ガーランドではそれなりの有力商会のようだ。

 自分の商いを紹介し終えると、今度は、どのような商いをされているのか聞かれた。


「オーランドでパスタを中心としたレストランを経営する傍ら、ハーブ石鹸などの化粧品開発を手掛けていますわ」


 などと当たり障りないことを答えたつもりだったが


「なんと、まさかあのミナーセですか!?」


 一発で言い当てられた。ここを訪れたことはなかったはずだけど、そこまで有名になっていたのかしら。

 まわりで交流をしていたはずの商人たちは、グルンとばかりに一斉に首をこちらに向けると、静まり返って耳をそばだてた。


「失礼、妻が…」


 ルイスさんの話によると、オリーブオイルで作った高級志向のハーブ石鹸は、交易商人の妻へのお土産として商会のご婦人たちに口コミで伝わったそうだ。その後、オリーブオイルのシャンプーとリンス、ヘアパックがリリースされると今までにない髪の艶から必需品化したそうだ。限定数しか調達できないことから、ここガーランドの都ティファールではプレミアがついているという。


 なんせ使用しているミナがこの見た目である。抜群の説得力をもった納得の仕上がりと相まり、歩く広告塔と化していた。

 この時代まだブランドの概念はなかったが、ミナーセはその先駆けとして、一種のステータスの段階にきていた。


「まあ、それは大変でしたわね」


 そこでミナは支配人がティファールに支店を出す計画を立てたこと、そのために商会登録に来たことなどを話した。

 それから、ちょっと思い付いたとばかりに努めて明るい調子で切り出し、


「もうすぐ入手も簡単になって需給バランスも改善されますわ。でも良い場所がみつかるかどうか・・・」


 よよよ、と続けて不安そうにすると、まわりから一斉に声があがった。


「このヴォクシーノア商会におまかせを!」

「いいやマイヤー商会におまかせください!」

「ベルクール商会に売買契約を結んで下されば今の十倍、いえ百倍売って見せますよ!」

「小童めが!百倍しか売れんなら引っ込んでろ!ワシのゴードン商会なら万倍売れるわ!」

「慣例を忘れたのか!相席をしたこのルイスに交渉優先権がある!」


 しまった、やり過ぎたわ。とミナは内心冷や汗をかいた。


 ミナの茶番はさておき、この宿に泊まれるような商人にとっては、土地の確保など簡単過ぎた。そして、天使の輪を描くように煌めく紫銀の御髪をした歩く広告塔本人を目の前にしては、ミナーセの製品を入手できなかった場合の妻の鬼の形相や娘の泣き崩れる姿は克明に想像することができた。

 そんなミナーセの商品がティファールで確保できるだと?乗るしかない、このビッグウェーブに!


 ◇


 こうしてティファール有力商人たちの総意と総力を以って一等地に速やかに建てられた「ミナーセ」ガーランド王国支店は、格安価格でミナに売却されたのだった。

 転移でオーランドに戻ると、ティファールの土地の確保でタフな交渉をするつもりで意気込んでいた支配人は、どこにも空きがないはずの歴史あるティファール一等地をあり得ない価格で契約して帰ってきたミナの話を聞くと、やはりオーナーはなんでもありですねと呆れられた。

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