第43話 西の都へ

 春から夏、そして秋と季節が巡り、イタリアン風レストラン「ミナーセ」の運営が軌道に乗り、支配人を設けて経営を引継いだ。オーナーとしてフロントおよびバックヤードから退くと、ミナは当初の予定通り新たな発見を求めて西に向かうために情報を集めはじめた。


 地図によると西にいくとガーランド王国の王都があり、さらに西に向かうと大規模な湖と湿原地帯が広がる。伝え聞くところによると、その先にセイレン王国があるそうだが、中央大陸は広いので詳しいことはわからない。


 オーランドは真北に山脈地帯を挟んで存在するエルフの領域からの通行の要衝があり、峠からの侵攻を防衛する城塞都市を挟んで、ガーランド王国の東に隣接するグラリア王国の国境付近に位置していた。城塞都市はガーランド所属でオーランドはグラリア王国所属ということで斜めに国境が走っていた。

 正直って秋になって商会税を納めにいくまで所属国は知らなかった。


 近年、エルフの侵攻を妨げていた魔女がいなくなったことで、また侵攻が活発化しているらしく、兵站支援でオーランドからミドガルに食料が輸出されるようになり、交易が活発化しているようだ。まさか気が付かないうちに私が盾代わりになっていたとは。あのまま高原で暮らしてエルフ抑制ウイルスの効果が出るまで居座るもの、可能性分岐の一つだったかもしれない。


 それにしても箱根よりずっと険しい場所だったと思い返し、よくあんなところを通ってわざわざ南下してくる気にになる。この星にきたばかりの時期のログハウスの襲撃、高原暮らしでの散発的な襲撃を思い出し、エルフの森林適正の高さに溜息をついた。


 ◇


 そうこうしている内に冬が訪れた。

 冬を感じさせない気温に地中海性気候の過ごしやすさに後ろ髪を引かれる思いだったが、「ミナーセ」ガーランド王国支店を立てる計画が立ち上がり、一度はオーナーご本人が商会登録に赴く必要あると支配人に告げられ、西に向かって飛び立った。

 北の山岳地帯の要衝が雪で凍結し、エルフ侵攻が沈静化して馬車が空いてくる時期を選んでキャラバンを準備してくれていたけど、目の前で飛翔して時速三百キロ程度でゆっくり(?)空を旋回してみせ、西の都に到着したら転移で人員を送ってあげると告げると、「オーナーはなんでもありですね」と乾いた笑いをされた。


 交易路にそって西にしばらく飛翔していると道路が舗装され始め、城を囲むようにした城郭都市が見えてきた。

 なかなか歴史を感じさせるけど、あんなところに店を出すスペースが空いているのかしら。まあ、空いていなければ人員ごと金貨を積んで買い上げるまでよね!

 そんな、不動産デベロッパーのような発想をしながら、一般向けの長い行列ではなく商人向けの待ち行列の一番後ろにふわりと降り立った。

 注目を浴びるに気にした様子もなくアイテムボックスから机とティーセットを出して休んでいるとミナの番が来た。


 ◇


 門番は困惑していた。年の頃は17歳だろうか。碧眼の瞳に紫銀の御髪、奇跡を具現化したような美少女がグラリア王国発行の黒色通行証を差し出していた。名前はミナ・ハイリガー・ナナセ・フォン・ルーデルドルフ、貴族令嬢か?なぜ商人向けの門を通行するのか。


「問題・・・なし、通って・・・よし?」


 問題ないのだろうか?グラリア王国の黒色通行証は一級商会のオーナーであることを示すプレミアカードだ。

 大規模なキャラバンから出てくるならともかく一人で荷物も持たずにいるのは不審者以外の何物でもなかったが、この花も恥じらうような可憐な少女は、門番が取り締まってきた犯罪者とは対極に位置し過ぎていた。


「ありがとうございます。お勧めの宿はありますか?」


 確認した黒色通行証を少女に返すと、鈴の音を転がすような済んだ声が帰ってきた。


 門番は考えることをやめ、有力商人が利用する高級宿を紹介した。


 ◇


 商会登録は後日にして、まずは城郭都市を観光しながら門番が紹介してくれた宿に向かった。


 城郭都市は中央に位置する城を取り囲むように貴族の居住区がドーナツ状に立ち並び、その周辺に商店街、市民居住区が続く構造だ。

 要は中央に近づくほど身分が高くなっていくわけだ。

 で、門にはいったばかりの外に近い現在地は治安がよくないわけで、


 ドンッ!


 ミナは引ったくりにあって、いなかった。というより気が付いていなかった。

 スリの体当たりや手は常時結界で阻まれて届かなかった。


 バランスを崩して転んだ少年が目の前に倒れてきたのを見てはじめて気が付いたように


「ボク、大丈夫?」


 と助け起こそうと屈むと、慌てて起き上がり人目を避けるように逃げ去るのを見送った。

 子沢山に恵まれたミナは子供の扱いには慣れていたつもりだったので、一目散に逃げられて少しショックを受けていた。


「なにか怖がらせてしまったのかしら」


 生前でも今生でも、基本的に貧困とは無縁の生活を送っていたのだ。

 年齢を重ねていたものの、的外れなことを考える程度にはミナは箱入りだった。


 首を傾げながら城郭都市中央に進んでいき、貴族街手前の商業区に立つ品の良い宿に入った。

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