第26話 Side宰相:宰相の憂鬱

「大変です、姫様が!」


 何度目の大変だろうか。ルーデルドルフ帝国の宰相ヴィルヘルムは、査察先で次々と行われるミナの画期的発明や発案の対応に追われていた。


 やれポンプだ上下水道だの、自動製粉機だ、人が空を飛んんだだの、鑑定による作物の再評価とアイテムボックスの調理機能を駆使した実物付きレシピだの、7種の酒だの、視察に出掛けてからというもの、1日たりとて何か画期的な発表をしない日はなかった。


「なんだ、今度は集団で空でも飛んだか?」


 投げやりにそう答えると、内務官は驚いたように


「よく分かりましたね、飛行船なるものに乗って城に戻られたそうです」


 なんだそれは。船は海に浮かぶものだろう。帝国は内陸国家だぞ。

 ミナの結界魔法と空気より軽い水素の概念を持ってすれば、布無しで浮かせて風魔法・・・というよりジェット噴射で飛行させることは造作もなかった。


 視察はミナにとって楽しいものであったが、サスペンションやタイヤを持たない馬車の旅は、乗り心地の悪いものであったのだ。


 初めは馬車そのものの改善をしたそうだ。

 天然ゴムの木を見つけることはできなかったが、合成ゴムは化学の授業で組成を知っていたため、有機物からゴムを合成してタイヤを作ることができた。

 サスペンションは、通常のバネや板バネのミニチュアを作ってドワーフに見せ、馬車の揺れを改善するアイデアと共に酒を供与すると、魔改造された馬車が帰ってきた。

 また、バネを仕込んだマットレス設置することで、さらに振動を吸収できる馬車は出来上がったが、この先、自動車方向にギヤだの変速機だのを作ってEVならぬMV(魔鉱モーターヴィークル)に突き進むくらいなら、気球を応用した飛行船の方が構造は簡単なのではと思ったらしい。


 先日の重力遮断魔法より必要魔力を軽減して、集団で移動できる飛行船が爆誕したのだ。


「とにかくその飛行船とMVなるものを宮廷魔術師団に回しておくように」


 礼をして内務官が去っていくのを見送りながら、ヴィルヘルムは予算がいくらあっても足りないと嘆いた。足りないのであれば放置しておけば良いのだが、放置するには画期的発明が多すぎた。


 何はともあれ、ようやくお帰りになったからには、一連の発明騒ぎも一段落つだろうとため息をついた。


 ◇


 などと少しでも思った少し前の自分を恥じた。


「防衛軍に姫様のリソースを振り分けていただきたい!」

「いや、宮廷魔術師団の魔法開発にこそ姫様の援助が急務です!」

「運輸で大量輸送に関する発明の応用に姫様のお力をいただきたい!」

「いや、農業で姫様の叡智をお貸しいただきたい!」

「貿易に姫様の商品を回していただきたい!」


 大臣級が集まる皇帝御前会議にて、各部門を預かる大臣たちの陳情が途切れなく続いていた。まだ婚約が済んでいないというのに、大臣級の官僚の中でミナが輿入れするのは既定路線という認識でコンセンサスが取れ、皇女が一人もいなかったこともあり、便宜的にミナは姫様という呼称が定着していた。


 碧眼の瞳に紫銀の髪という神使としての能力・血筋だけでも十分に重要人物であったが、次第に明らかになっていく発明の数々に、実務面でもなくてはならない存在として認識されていた。


 ミナ・ハイリガー・ナナセ・フォン・ローゼンベルクの知識は自分達とは違う別の何かだ。

 この認識が帝国上層部で既定路線として定着するのに時間は掛からなかった。


 当初は平民の少女をどうやって円滑に輿入れさせる根回しをするか頭を悩ませていた宰相のヴィルヘルムは、姫様の時間を担当分野にできる限り確保するための熾烈な内部調整という、当初とは全く別の根回しをする羽目になっていた。


「あ〜大臣たちよ。皇子がミナを口説き落とすまでは長い目で・・・」


 見るようにと続けようとした皇帝に大臣たちから一斉に鋭い目線が飛んだ。

 思わず手を目に当てて上を向けた。陛下、それは藪蛇というものです。


「陛下!殿下たちはなにを流暢にしているのです!」

「脈はあるのでしょう。ガバッといかせてください、ガバッと!」

「万が一にでも姫様が転移した先でフィリス公国や商業都市国家の若者に懸想でもしたらどうするおつもりですか!」


 逆に急かされる側になった皇帝は、なぜか息子の進捗状況を報告することになっていた。


「もう引き延ばせぬ。宰相よ、第一皇子との婚約の儀の日取りを発表せよ」


 やけに疲れた顔をされた皇帝からの命を受け、既に検討していた日取りを通達した。

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