第24話 ドワーフ殺しの酒

 あれから色々な直轄区を回り、最後にドワーフ保護区にやってきた。


 少し気早いが、婚約の式典に必要となるティアラの製作を依頼するにあたり、つける本人を見ないと最高の装飾品は作れないというのがドワーフの信条らしく、歴代の皇太子妃は一度はドワーフ保護区を訪れていた。


 そんな事情を知らせれていたわけではないミナは、エルフと並ぶファンタジー種族であるドワーフと会えると聞いて、素直に喜んでいた。ここに来るまでに食の伝道師として、生前の記憶と鑑定結果を元に、特産物に合う様々な料理をアイテムボックスの調理機能により齎していたが、ドワーフであれば酒だろうということで、商業都市国家の市場に転移して材料を仕入れては色々な酒を生み出した。


 まずは醸造酒としてワイン、ビール、日本酒もどきで吟醸酒と本醸造酒を作った。米そのものはなかったが、市場で鑑定しまくりライスビーンズという近い作物を見つけることができた。それらベースとなる醸造酒をもとに、蒸留酒としてウイスキー、ブランデー、焼酎、後は個人的に後でお菓子を作る際に趣味で比較的糖質の高い作物を見つけ出し、ラム酒もどきを作り出した。

 この星の酒造はエールが一般的で、フィリス公国の一部でワインが作られるのみであり、ミナがとりあえずで作った酒は未知の味と製法であった。また、アイテムボックスの調理機能は基本的にミナの味の記憶を再現する性質があるため、醸造酒は一般的な日本クオリティ、ウィスキーやブランデーの様にあまり女の子が好んで飲むものではない高濃度アルコール酒は、生前父親がたまに飲んでいた12年ものを基準にして生成されていた。


「うん、これこれ!こんな感じだったと思うわ」


 それぞれちょびっと舐めるようにして味見すると、適当な容器を用意してもらい10本ずつ瓶詰めにしてアイテムボックスに収めた。


 ◇


 ドワーフの親方衆を統括するドゴール・バンデットは、新しい皇太子妃候補が式典で使うティアラの製造のためドワーフ保護区に訪れるという先触れを受け、腕利きの5人の親方衆を集めて誰が作るかを討議していた。


「報酬はいつものルーデルドルフ産エールか?」


 まずはいきなり報酬の酒の話を切り出したのは、親方衆の中でも比較的若手であるドレイクだった。当然、金銭的な報酬の方がメインなのだが、売れ筋の武器製造を手掛ける親方衆は金に困っておらず、お偉方からの依頼は、どちらかというとそれに付随する酒の方が気にする傾向にある。


「エールはもう飲み飽きたでのぅ。それならワシは若手に譲るわ」


 古株のゲオルグ老が好々爺とした表情でいった。

 金がある、イコール、通常のエールであれば湯水のように飲んでいるため、いくら酒好きのドワーフといえど、もらって困る物ではないが職人気質で納得いくまで時間をかける親方衆にとって、対エルフにより武器製造が急務である昨今、拘るといくらでも時間がかかる装飾品の製造に乗り気を見せる親方はいなかった。


 そんな気だるげな雰囲気を吹き飛ばすような台詞がドゴールから発せられる。


「いや、姫様直々に作った7種の酒だそうじゃ」


 ピタッ。まるで時が静止したかのように、エールを傾ける親方衆の手が止まった。

 何をいっている?酒はエールとワインの2種類しかあるまい。ああ、産地の話か?いや待て、その前に姫様直々に“作った“だと?訳がわからん。


「ちなみに、姫様ご自身は、その新しい酒を量産するために蒸留機と冷却器なる銅製の酒造器具を発注したいそうじゃ」


 で、これが手付けとして届いた一品じゃ、論より証拠とばかり、ドゴールから12年ものウィスキーが親方衆の新しいカップに注がれた。

 飲む前から明らかに香りが違う。本能的に今まで飲んできた酒とは次元の違う完成度であることを察した。一口飲むと今まで味わったことのないような強い酒精がガツンと来た。気品を感じさせる程のあり得ない様な滑らかな口当たりでありながら、独特のスモーキーで重厚なピートの香りが鼻を抜けた。

 先ほどまで飲んでいたエールはなんだ?泥水か?


「どうじゃ、姫様の心意気に相応しい、最高の品を作れる者はおらんのか」


 陶酔するようにカップを傾けたまま目を瞑っていた親方衆は、カッと目を見開いた。

 ドンッ!右手を机に叩きつけるようにして目の前の壮年のドワーフが吠えた。


「このガランが最高の酒造器具を作ってやる!」


 いや待て、作るのは第一義的にはティアラだぞ。そんなドゴールのツッコミはまるで届いていなかった。


「小童めが!貴様にこの酒に相応しい物は50年早いわ!」


 若手に譲ると好々爺としてのたまったゲオルグ老はどこにいってしまったのか。黙れ老いぼれがとガランと揉み合っている様は、ワシと腕を競っていた頃のギラギラとした往年の檄鉄のゲオルグそのものだ。

 だが無理もあるまい。この神が創りたもうたかの様な酒を口にしては、今までの酒は泥水のようなものだ。職人だからこそわかる。これはちょっとやそっとで出来る代物ではない。何年もの研鑽の末、ごく一握りの天才のみが生み出せる味だった。


 こんな心意気を示されたら、こちらもドワーフのプライドに掛けて本気の仕事を見せるしかあるまい。ここに呼ばれた親方衆は全員それがわかっていた。


 結局、折り合いがつかなかったため、全員が作ることになった。

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