第16話 Side皇帝:神使の少女

 商業都市国家に親書を遣わせたサミュエル・フォン・ロイドバーグ男爵は、帰ってくるなり親書の返答を報告することもなく、人払いを願ってきた。


「可及的速やかにお伝えすべき儀がございます」


 なんだ、商業都市国家がエルフにでも滅ぼされたか?いやそれなら人払いをする必要もない。

 特に思い当たることもなかったが、ロイドバーグ男爵は親書を託すに値する代々忠義に厚い騎士家であり、宰相と影の護衛を残して退席させたると、開口一番とんでもない報告をした。


「碧眼の瞳と紫銀の髪をもつ14~5歳の少女がカーライル子爵を頼り保護されました」


 聞けば交易路を駆けていたところ不自然に建った小屋を見つけ、そこで護衛もつけずに交易商人と少女が二人でお茶をしていたという。最寄りの子爵に領軍の出動を願い出て保護した道中、警護の女性騎士は彼女が結界を張れることを聞いたそうだ。


 なんだそれは。碧眼の瞳に紫銀の髪だと?初代様以上ではないか。そのような色彩を持つものは帝国の長い歴史の中でも一人もいなかった。一般には知られていないが、なんらかの加護の保有を示す単なる紫ではなく銀色に輝く紫髪は、エルフの始祖であるハイエルフのみが持ち得た、神が自ら遣わせた個体のみに許された特別な貴色なのだ。


「世迷言を申すな!そのような者がいたら他国であってもとっくの昔に表に出ておるわ!」


 宰相の言う事も尤もだった。どちらか一方のみでも人族では確認されたことのないのだ。両方持っている者が我が帝国内におったら赤子の状態でも放っておきはしない。


「閣下!・・・かの少女は“まだ“未婚にございます」


 気迫を込めた呼びかけの後、静かに告げられた圧倒的な実利の可能性に、海千山千の宰相が黙り込んだ。

 そうだ、今この瞬間で重要なことは事実かどうかではない。少なくとも高位司祭以上しか使えないはずの結界を操る碧眼の瞳を持った適齢期の少女が、我が帝国の貴族に保護されているのだ。


 そうこうしているうちに、追ってカーライル子爵からの知らせが届き、男爵の言葉を裏付ける内容と、紫銀の髪という一般にはその意味は知らないはずの「神使」である旨が記載されていた。しかも驚くことに、その使命はエルフに対抗するための優秀な血筋を残すことだという。


「陛下。これが本当であればエルフとの長い闘争の歴史が変わりますぞ」


 報告書を宰相にまわすと、目を皿のようにして何度も読み返したあと、うめくようにつぶやいた。


「ロイドバーグ男爵、大義であった」


 親書の報告は後日とし、カーライル子爵に宛て、くだんの少女を連れて近く登城するよう、折り返して勅命を伝える命を男爵に与えると、ハッ!と短く返事をすると踵を返して出立していった。


「第一皇子と第二皇子を呼べ」


 そう宰相に伝えると、今後の少女の処遇について考えを巡らせるのであった。

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