第14話 Sideカーライル子爵:恩返し

 帝都付きの騎士であるはずのロイドバーグ男爵が、勅命であるはずの親書を届けることなく子爵邸に火急の知らせを伴って現れたのは、信じがたい情報であった。碧眼紫銀の髪をもつ少女を伴って商人が私を頼ってカーライル領の西端の街に向かっていると言うのだ。


「アラン・ローランか。懐かしい名を聞いた」


 まだ前当主である父が急逝し、まだ若い自分にはまだ十分な統率力がなかった。カーライル子爵は決して不出来な子息ではなかったが、エルフが住む森林に一部面する辺境を預かるには経験が足りていなかったのだ。

 若さ故、兵站のやりくりで簡単なミスをした苦しい時に、重要な戦略物資である塩を無償で供与してくれた恩を忘れてはいなかった。


「私は急ぎ帝都に向かいますが、可及的速やかに領軍による保護を願います。神が造形したかのような美貌に、あの色彩を持ちながら護衛もつけず二人で向かっているのです!」


 グラスウルフをはじめとした野獣であればどうと言うことはない魔力を有しているのは商人が仄めかした少女の実力から確実であったが、王族を超える魔力を物語る碧眼と神の加護を示す紫の貴色を併せ持つ少女は、とんでもない美少女らしい。

 どれだけ犠牲を払っても手に入れたいと考える野盗の類は出てくるだろう。


 聞けば随分と天然で心優しそうな娘のようだ。いくら強大な魔法で野獣や魔獣を倒せても、多数の人間を同じように虐殺できるとは限らないのだ。

 いや、人間であれば利用価値のために生かしておくだけマシだろう。

 滅多にないことだが、森から斥候にきたエルフに見つかったら、奇跡の結晶のような少女が永遠に失われるかもしれないのだ。


 最悪の状況を想定したカーライル子爵は、交易路を一定の幅を持ってカバーできるよう、一個中隊を向かわせた。


 ◇


 幸い何事もなくアランとミナを確保した中隊が到着し、記憶よりやや歳を経たアランを見つけると、互いに挨拶もそこそこに事情を聞き出した。


 2年ほど前にエルフに襲われ両親が亡くなったのを機に山から街に降りてきたこと、野獣の群れを一瞬で始末するだけの単純火力だけでなく、転移・収納といった未知の魔法まで行使すること、高位司祭にもできない強固で広範囲の結界を張れること、何より重要なのは少女がエルフに対抗するための血筋をもたらすために遣わされた神使であること、そして本人が将来的に優れた血筋を残すために帝国の保護を求めていることだ。


「妻共々、実の娘のように接してきましたが、私の手にはあまります。どうかミナを頼みます」


 そう言って深々と頭を下げるアランの身を起こすと、ミナの保護と後ろ盾を確約した。

 聞いた内容は信じられないことばかりであったが、ずっとアランに恩を返す機会を考えていたので、二つ返事で了承したのだ。


 ◇


 そうして話がつくと、扉から「姫君」としか言いようがない美少女があらわれた。


 歳のころは14~5歳だろうか。神が造形したかのような美しい顔(かんばせ)に、濁りの全くない碧眼の瞳、神の寵愛を一身に受けたかのように輝き流れる紫銀の髪、そんな美貌を慎ましく隠すかのよう紺に近いシックなブルーのドレスを着たミナは、少女から女性に成長する時期特有の穢れない中に潜む危うい色香を感じさせた。


 美しいとは聞いていたが、正直、ここまでは想像していなかった。何度か舞踏会で目にした美女と名高いフィリス公国の第一公女でも、彼女を前にしたら色褪せるだろう。


 何よりその身に纏う色彩は、商業国家の商人たちとの交渉で鍛えられた子爵をして、驚きの表情を隠しきれなかった。

 十五代前の初代皇帝が、ややくすんだ紫の髪に紺の瞳を持っていたそうだが、ここまで極まった特徴は、高位貴族どころか歴史ある皇帝の血筋にもあらわれたことはなかったのだ。


 思わずアランを振り返ると、問うような私の目線に気がついたのか、おもむろに頷いた。彼女が、くだんの少女で間違いないようだ。


 彼女の境遇から貴族には慣れていないだろうと察し、なるべくフレンドリーに接すると、少女はミナ・ナナセと名乗り礼儀正しく挨拶をした後、美しいカーテシーをきめた。


 どうやら内面についても、山育ちのそれと考えるのは誤りのようだ。クリスタルブルーの瞳の奥に確かな教養を感じると、今後の扱いに思いを馳せる子爵であった。

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