第8話 Sideサラ:不思議な女の子

 交易から帰ってきたアランを出迎えたサラは、傍についてきた目の覚めるのような美少女を見て内心で驚いていた。年齢から浮気相手とは毛の先ほども疑わなかったが、教養を感じさせる言葉使いや物腰は、うちのような中小零細商店には縁のないものだったからだ。


「訳あってしばらくうちで暮らしてもらうことになった」


 そりゃこんな子がうちで過ごすというなら訳はありまくりだろう。でも素直な子であることは一目瞭然だったので、この際、訳はどうでもいいわね。

 そう割り切ったサラは、久しぶりの二人以上での食卓のため、腕によりを振るって夕食を用意した。


 ◇


 随分疲れていたみたいね。布団をかけてやりランプの灯を絞って暗くすると、即座に寝入ったようだ。

 もし娘がいたら、こんな風に寝かしつけてやる毎日だったのだろうか。そう思うと、少し気分が明るくなった。


 寝る前にアランに簡単に事情を聞くと、信じられないことにグラスウルフの群れに襲われているところを助けられたそうだ。

 魔法が得意なこと、両親がエルフに襲われて亡くなっており天涯孤独であること、山から下りてきた関係で常識に疎いこと、人里を目指してきたものの着いたあとのことはまだ考えていないことなど、ある程度の事情を聞くことができた。


「実はそれだけじゃないんだが、詳しい話は明日にしよう」


 アランはそういったが、あんな小さい子が大変な境遇にいることだけ知ればサラには十分で、娘のように可愛がる気満々だった。


「それだけわかれば十分よ、あの子のことはまかせて」


 長年気心のしれたサラの言葉に安心したように、アランも床につくとすぐに寝入るの確認すると、明日からの娘のような存在がいる生活に心を躍らせるのであった。


 ◇


 朝になり下に降りてきたミナをみたサラは、昨日の今日で、それだけで十分といったのは誤りであることをわからされた。


 まったく濁りのない碧眼の瞳。それをミナは持っていた。


 魔力量は瞳の色に現れ、全くない魔力を持たない黒から始まり、茶色、オレンジ色、緋色、暗い紺色、そして最高位の碧眼に変化していく。人族は平民ではよくてオレンジ色、貴族で良くて緋色、王族でたまに紺色が出るくらいだ。それが、エルフのような純粋なクリスタルブルーを示すこの子は、いったいどれほどの魔力を秘めているのか。


 しかも髪の色が紫銀に変化している。紫髪の色は貴色であり、何らかの神のご加護を得ていることが多い。自分の髪の色に気が付いたのか、あわあわしている様子を見て逆に落ち着いてきたところで、私たちの様子に気が付いたアランが詳しい話をしてくれた。


 魔法はグラスベアーの群れ程度なら傷一つ付けずに瞬殺できるレベルというだけでも驚きだったが、希少な鑑定魔法や高位司教が使うような結界や未知の調理機能付き収納魔法まで使えることを聞くと、もう理解の範疇を超えていた。超えていたが、ミナが森でとれたものを加工したと出したこのメープルシロップパイは出来立てのように美味しく、納得するしかなかった。


 ここまでくると神使様なのかいと直截に聞くと、


「ここの神様にはあったことはありませんが…」


 と答えはじめた。”ここ”ではない神様なら会っているということかと商家らしい素早い推測を立てると、天然ボケしたミナの回答にアランとサラは夫婦して頭を抱えそうになった。


「一応、エルフ族に滅ぼされないよう人族の進化を促すために、子供を2~3人のこしてほしいということは頼まれました」


 進化という言葉の概念がよくわからなかったが、要はミナの子々孫々はエルフに対抗できる程度に優秀に育つということだそうだ。


 ミナは簡単に言うが、アランとサラが受けた衝撃はすさまじいものだった。つまり、神がエルフに虐げられる人族救済のために遣わした御使いであり、すなわち神使様そのものではないか。これが知られた日には、教皇自らが膝を折って聖女として迎えに来るか、帝国の皇太子妃として迎えられるかどちらかしかない。なぜなら、子々孫々がエルフに拮抗するような能力を持つことが約束されているような血筋を、みすみす平民にもたせることを是とするはずがない。必ず、囲い込みが行われるだろう。


「ミナは王侯貴族に囲われた何不自由に生活には興味がないのかい?」


 そう聞くと、う~んと眉を寄せてわからないと言う。


「私はこんななりですし数年はしないと男性も興味がわかないでしょう」


 何を言っているのか、この子は。こんな性格がよくて綺麗な子、放っておくわけがないでしょう!早いもの勝ちと言わんばかりに手折られる未来しか想像できない。

 アランも困ったようにしていたが、どうやらありのまま説明するのは憚られたようだ。


 そう、この世界は文明レベルが低く、行為に及ぶ年齢はもちろん、子供を産む年齢も地球と比べればずっと早かったのだ。


 もはや娘のように感じてきたこの子に一般常識を教えるのは私の役目になりそうね。

 サラは覚悟を決めると、これからの常識を教えていくのだと気を引き締めた。

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