第3話 あいつ、オネエっぽくない?

 帰りはとっぷり日が暮れた。


 翔は伊織と陽斗と三人で下校した。三人とも自転車通学で、家の方向はばらばらだったがバス通りに出るまでは一緒だ。


「お前さ、弁当箱取りに行くだけで何分かかってんだよ。トイレで大でもしてたのか?」


 いつもだったらそんな伊織に軽口を返すところだったが、トイレで見てはいけないものを見てしまった翔はすぐには返答できなかった。


「トイレで高橋に遭遇してさ」

「高橋?」

「高橋冬彦。ほら、ぽぽの」


 二人が「あー」と声を揃えた。


「何か喋った?」


 翔は言葉を詰まらせた。ここで下手なことを言ったら何か悪いことを勘繰られるのではないか。しかし高橋の化粧は彼の重大な秘密のようにも思われたので、軽率に明かすことはできなかった。


 仕方なく折衷案で、当たり障りのないことを言った。


「会話らしい会話はしてない。なんか高橋のやつ熱心に鏡見てて、声かけづらかった」


 嘘ではない。でも真実でもない。翔はそれで曖昧に濁そうとした。


 ところがだった。


 そこで、伊織が声をひそめた。


「鏡見てた?」

「おう」

「オレ、ずっと前から気になってたんだけどさ――」


 とんでもないことを言い出した。


「あいつ、オネエっぽくない?」


 すぐには何を言われたのか理解できなかった。


 黙っている翔に気づいているのかいないのか、伊織が話を続ける。


「ぽぽちゃんと付き合い始めたって聞いてからそれとなく気にしてたんだけど、あいつ、女性的、っていうか、妙に小綺麗にしてるなあ、って思っちゃって。うまく言えないけど、なんかこう、ちょっと変じゃない?」

「そうかな」

「それにオレ、気づいちゃったんだけど。あいつ化粧してるっぽいんだよ」


 そして、強い言葉を口にする。


「ホモなのかな」


 反応したのは陽斗だ。


「おい、そういう言い方よせよ」


 安心したのは一瞬だ。


「ホモって、差別用語だろ。ゲイって言えよ」


 翔はそっちにも動揺した。


「ほら、今、LGBTとか、増えてるだろ。あんまりそういう言い方するなよ」

「そうだな、ごめん」


 伊織がうつむく。


「そうだな、そうだよな。オレ、差別するつもりなかったんだけど、そういうのちょっとにじみ出ちゃったよな。気をつけなきゃ」

「そういう人って、ひとクラスに一人はいる計算で生まれるんだってさ。オレらクラスで一人高橋がそうってこともありえるだろ」


 陽斗にたしなめられて、伊織は改心した様子を見せた。


「理解のないやつだって思われたくないな。カミングアウトしてきた時にもいい友達でいたいっていうかさ」

「オレも。オレは高橋がそうかもっていうのはぜんぜん気づいてなかったけど、万が一そうだった時に支えてやりたいな」

「待てよ」


 二人が、立ち止まっている翔のほうに振り向いた。


 自転車のハンドルを握る翔の手は、震えていた。


「あいつがゲイでオネエだったとしたら、ぽぽは何なんだよ」


 ぽぽは確かに、高橋をカレシと呼んでいるのだ。


「ぽぽは女子だぞ。ゲイは男が好きな男なんだろ。もし高橋がほんとにゲイだったら、ぽぽのこと好きにならないだろ」


 二人が顔を見合わせる。


「ぽぽ、言ってただろ。高橋のほうから告白してきた、って。百歩譲って高橋が本当にそうだとしたら、何も知らないぽぽのほうが告白して高橋を無理に付き合わせてるんじゃないと話合わなくない?」

「そりゃそうだ」


 伊織が手を振って「あーっ」と叫んだ。


「もうオレが言ったこと最初から全部忘れて! オレ何にも気づかなかったことにするから。たぶん全部気のせいだ、ぽぽちゃんが嘘つくわけないもん。ぽぽちゃんは幸せにならなきゃだめだ」


 翔はそこまで言うほどぽぽのファンではなかったが、翔もぽぽには幸せになってほしい。


 確かに、ぽぽの性格上、嘘をつくことは考えにくい。メリットもない。高橋とぽぽはもともとは別の世界の住人で、同じクラスであるという以上の接点はなかった。ぽぽが無理して高橋に絡む必要はない。そこに恋という理由のない衝動以外の何があるというのか。


 しかし翔は見てしまった。高橋が自分の唇にリップを塗っているところを。


 それは、彼が実はオネエ系であることを示唆しているのではないか。


「そうだ、忘れようぜ。聞かなかったことにするわ」


 陽斗がそう言った。


「カケルもそれでいいだろ?」


 翔はもやもやを抱えつつも、この話題を終わらせたくて「そうする」と答えた。




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