第10話 苦痛と苦悩

夜も更けた頃、フェイは自室で休んでいると女性の声が聞こえてきた。


「助けてー」という叫び声を聞いてフェイは部屋を出た。


通路の先の向かいの部屋から声がしているようだった。


泣きながら「助けてー」という声が聞こえる。


扉を開けるとベッドから窓の外に出ようとする痩せた女性と宮仕がいた。


窓には柵が付いている。


フェイ「大丈夫ですか!?」


宮仕「ええ、いつもの事ですので。


すみません、もうすぐ収まりますので。」


女性は何度も泣きながら「助けてー」と窓の外に助けを求めた。


これは一体…。


フェイは状況がよく分からなかった。


宮仕「大丈夫です、彼女は発作があるのです。


気になるかもしれませんが部屋に戻ってお休み下さい。」


フェイ「そ、そうですか。」


そう言うとフェイは辺りを見渡した。


周りには自分以外誰もいない。


救世院に暮らしている人は驚いていないようだった。


フェイは気になって仕方がなかったが部屋に戻った。


やがて疲れて眠ったのか女性の声はしなくなった。


フェイの部屋を叩く音がした。


コンコン


フェイはドアを開けると宮仕がいた。


宮仕「フェイさん、先程は驚かせてしまったようです。


彼女は幼少から酷い虐待を受けていたようです。


夜になるとその時の事を思い出して先程のようになってしまう時があるのです。」


フェイ「そうだったのですね。」


宮仕「どうやら彼女は両親より虐待を受けた後、無理矢理ここに連れてこられたようです。


ある日救世院の建物の横にポツリと座った彼女は、座って顔を伏せたまま何も言いませんでした。


見つけた私達は彼女を救世院へと向い入れました。」


フェイ「そんな事情があったのですね。」


宮仕「ですので、その時の事を思い出して声を上げてしまう事がありますが大丈夫です。


そっとしておいて上げてください。」


フェイ「分かりました。」


フェイは頷くとベッドで横になった。


そして夜が開けた。


コンコン


部屋を叩く音がした。


宮仕「フェイさん、おはようございます。


もうすぐ朝礼が始まります。


準備が出来たら食堂までお願いします。」


フェイ「分かりました。」


フェイは着替えを済ませると食堂へ向かった。


空いている席に座って辺りを見渡すと10名程が食堂に集まっていた。


イドニス「皆様おはようございます。


今日も一日が始まりました。


今日もまた一日を超える力を与えられますように、安息の夜が来ますように祈りと共に願いましょう。


それでは今日を始めます。


皆様によい一日を。」


食堂の一堂「よい一日を」


また新しい一日が始まった。


フェイは昨日の事が気になって仕方がなかった。


夜に声を上げていた女性の事、金貸しに人生を奪われた男性の事。


フェイは生業をする気になれなかった。


そのまま食堂で椅子に座って休んでいると宮仕に話しかけられた。


宮仕「フェイさん、今日は浮かない顔のようですね。


よかったら私に着いてきませんか?」


フェイは言われたまま宮仕に着いて行く事にした。


居室の通路の一室まで行くと昨日声を上げていた女性の部屋に入った。


宮仕「この女性は過去の傷が癒えることなく苦しんでいます。


過去が何度も蘇り、彼女はパニックに陥り、焦燥しきって衰弱しています。


日に日に弱っていく彼女を助ける術が私達にはありません。


それでも彼女は苦しみ続け、弱り続けます。


このままでは彼女は長く生きる事はできません。


もちろん生きている間も全て苦しみによって満たされる。」


フェイ「何か出来ることはないんですか!」


宮仕「私達に出来ることは彼女に寄り添い見守ることくらい。


彼女が過去を乗り越え生きようとしない限り、私達にはどうする事もできません。


しかし、彼女は自分には乗り越えられない過去に囚われてしまっている。」


フェイ「じゃあ一体どうしたら!」


宮仕「私達はそのような死の闇と苦しみをたくさん見てきました。


この世は暗い。


光も潰え、抵抗の意志すらなくし、苦しみは死へと誘う。

死へと繋がる死神の因果なのです。」


フェイ「死神の因果?」


宮仕「この世には死なない人はいません。


いずれ人は死にます。


どんな事情であれやがて死に至る。


しかし、生きている間にも耐えきれない不幸を受けた人間は死神の因果に囚われる。


長く幸せな人生を歩むことなく、不幸という死神の風によって命の灯火は消されてゆく。


私達が相手にしている者。


それはそう、まるで死神のような者。」


フェイ「ああ、少し分かるよ。


死へと導く悪魔と死神の存在は。」


宮仕「そうですね、ですから私達は死神に囚われた人達の最後の救いとなりたいのです。」


フェイ「はい、私にも出来ることがあれば言って頂ければできる限りはします。」


宮仕「ありがとうございます。


あまり無理をなさらずに。


少しお休みになられるといいでしょう。


夕食の前にはまた部屋に伺います。」


フェイ「分かりました。」


そう言うとフェイは部屋に戻って行った。

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