【第1章】宇宙艦隊オッパリオン003話「襲撃者と」

【〇〇三 襲撃者と】


 どこか遠くに来たことはわかった――が、その実感も曖昧で希薄なものだった。

 体に感じる重力はなく、奥になにか熱いものが脈打っている。


「……なんだこれ?」


 翔平はぼんやりとつぶやいた。

 体の奥が熱い。しかもそれは今にも爆発しそうなほどの勢いを持っている。


「くっ……」


 自分で押さえ込もうとしても、その勢いを止めることはできない。

 このままでは自分さえも壊して内側から爆発してしまう、そんな恐怖を感じた時だった。


「なっ……」


 突然、ふわりと柔らかな感触が翔平を包み込んだ。

 体は重力を取り戻し、安心する重みが体によみがえる。


『あなたを探していました』


 そんな声が翔平の頭の中に響く。


「俺を?」

『あなたに秘められた力が目覚める時――』

「秘められた力? 俺にそんなもの……」


 そうは言ったが、自分の中にあるこの爆発しそうなもの。これはなんらかの力だ。

 今まで感じたことなどなかったが、たしかに存在する。


『今こそその力でわたしたちに――』


 翔平を包んでいた柔らかな感触に力が込められ、翔平は優しく抱きしめられているような感覚を覚えた。

 どこまでも優しく、すべてを受け入れてくれるような感触を、翔平は抱き締め返した。


「俺にそんな力があるのなら――」


 自分を特別だと思ったことはない。

 誰かの特別でありたいと思ったこともない。

 ただ平穏に暮らしていければいい、そう思っていた。

 だが、もしも誰かが自分を望むのであれば、それには応えたいと思った。

 この感触は翔平をそんな気持ちへとさせた。


『もうすぐ……もうすぐ……』


 声と共に感触が離れて行く。


「ま、待ってくれ。まだなにも聞いてない」


 翔平は焦りに駆られ、感触を手放さないようにと強く抱きしめる。


『その力は、受け止めるものの力――あなたの意志と共に……』

「待ってくれ!」

「きゃっ!?」


 翔平の感覚が不意に鮮明になる。

 腕の中には柔らかな感触があった。


「え?」

「しょ、翔平!?」


 ふと気付くと、奈菜を抱きしめていた。


「奈菜!? うわわっ!」


 慌てて奈菜を放すと、奈菜は顔を真っ赤にして翔平の寝るベッドへと腰を下ろした。


「ごめん奈菜、寝ぼけてたみたいだ」

「う、ううん。わたしも勝手に部屋に入っちゃったし……。なんかうなされてるようだったから起こそうと思ったんだけど、そしたらいきなり……」

「うなされてた……のか」


 そう言えばなにか夢を見ていたような気がする。でも、どんな夢だったかは覚えていない。

 なにか大事なことを言われたような気がするし、苦しかったような気もする。だけど最後は救われたような。


「アナウンスは聞いた?」

「いや、寝ちゃってたから」

「もうそろそろだってよ」

「お、そうか。それで起こしに来てくれたのか」

「そんなところね」


 と、奈菜は微笑む。

 翔平と奈菜の乗る木星遊覧シャトルは間もなく木星が間近で見られる位置に到達する。

 旅行会社の計らいで、大きな木星を眼前にいきなり見せるため、シャトルすべての窓にシャッターが落とされていた。

 間もなく、それが一斉に解放されるというのだ。

 翔平も起き上がり、部屋にある窓の近くへと歩み寄った。


「いよいよか……」

「うん。いよいよね」


 翔平のそばに奈菜も立つ。

 この遊覧旅行で多くの乗客と共に翔平と過ごしてきた奈菜であったが、自分が望んだような翔平との進展はなかった。

 幾度がチャンスはあったものの、翔平の鈍感さも相まって関係が変化するということはなかったのだ。

 ならもう、いっそのこと思いを伝えてしまおうかと奈菜は思っていた。木星を目の当たりにして感動している時になら、翔平も自分を受け入れてくれるのではないか、という少し打算的な考え。それと、巨大な木星を見れば自分にも勇気が持てるのではないかという気持ちもあった。

 どちらにしても、奈菜に残された時間はそう多くない。焦ってしまうのはよくないとわかっているものの、焦りはあった。

 翔平を巡ってはライバルや競争相手がいるわけではない。だがこのままなにもなければ一生このままなにもないまま終わってしまう、奈菜はそう感じていた。

 翔平は穏やかで優しいが男気もある人物で、そういうところも好きなのだが、どうも鈍いところがあったりする。年頃を考えればもっと異性を求めてもいいのにと奈菜も思うのだが、それも穏やかな翔平らしいと言えば翔平らしいところだった。


「ん? どうした?」


 気付くと翔平を見つめてしまっていた。


「う、ううん。なんでもない」


 慌てて視線を外してしまう。こんな時、自分もちょっと意気地なしだとも奈菜は思った。


『お客さまにご案内いたします。当シャトルは間もなく木星遊覧地点に到達します。皆様、お近くの機内左側の窓にご注目くださいませ。繰り返しご案内いたします』

「きたぞ!」

「そうね」


 いろいろと考えていたが、興奮気味に声を出す翔平を見ていたら、このままでもいいかという気が起きてしまった。

 いや、いつもこんな感じで今まで過ごしてきてしまっていた。今日こそはそれを変える日だ――奈菜はそう思いを込め、頭を軽く振った。


『ご案内いたします。窓のシャッターを開放いたします。外に木星がご覧いただけます』


 そのアナウンスと同時に、閉ざされていた窓のシャッターが開く。

 するとそこには――。


「おぉ!」

「わぁ……」


 窓いっぱいに、巨大な木星が広がっていた。

 距離は相当に離れているにも関わらず、その巨大さがわかる。


「すげぇ……」


 翔平は思わず感嘆を漏らす。

 雄大で、綺麗で……どんな言葉をいくら並べたところで到底言い表せない、そんな感情が翔平の中に広がっていた。

 ただ、見とれてしまう。


「本当にここまで来たんだな……」

「そ、そうね」


 木星に見とれる翔平――と、その翔平に見とれそうになる奈菜。

 真剣な顔で木星に見入る翔平を見ていると、奈菜にもなんとかしないとという気持ちが起こってくる。

 今なら翔平に気持ちを伝えられる……根拠はなかったが、そんな期待に背を押され、奈菜は覚悟を決めた。


「翔平、あの――」


 奈菜のその呼びかけに、翔平は木星を見たままハッと目を見開いた。


「ん? なんだ?」

「翔平?」

「木星の手前をなにか横切ったような」

「え?」

「まただ、あそこ」

「な、なに? 流れ星かなにか?」

「いや、そんなことはないだろ」


 翔平が注視する窓の外を、奈菜も見てみる。

 すると、そこに流れ星のような光が三つ走って見えた。


「本当だ! なんだろう?」


 奈菜が見た流星のような光は三つが等間隔を開け、緩やかな弧を描いていた。


「人……?」

「え、船外活動でもしてるの?」

「それにしては遠すぎるし、早すぎるような」


 翔平の真剣な眼差しに、奈菜は不安のような感情を覚えた。

 これからなにか起こるのではないか、そんな予感がして、思わず翔平の袖を掴んでしまった。


「奈菜?」


 翔平が外から奈菜へと視線を向けた時、シャトルが揺さぶられた。


「きゃっ!?」

「なっ、なんだ!?」


 なにかにぶつかったような、そんなことを想像させるような揺れに、翔平は思わず奈菜の腕を掴む。


「さっきの光となにか関係が――」


 そんなこと言いながら再び外を見ると、翔平はそこで言葉を失った。


「なんだあれ!?」


 光の点が三つ、急速にこちらへ向かってきたかと思ったら、それは人の形をしていた。


「今のなに?」

「わからない……人の形をしてたけど……かなりの大きさじゃないか?」

「ア、アトラクションかなにか……かな?」

「そんなことがあるなんて聞いてなかったけど……サプライズか?」

「た、たぶんそうかも」


 そうは言うものの、奈菜は不安を払拭しきれずに翔平の袖を掴んだままだった。

 そして再度、シャトルが揺れる。


「な、なに?」

『お客さまにお伝えします。ただいま想定外のトラブルが発生しました。お客さまにおかれましては各自お部屋から出ないようにお願いします。繰り返し――』


 突然のアナウンスは内容を繰り返す前にぶつりと切れてしまった。


「想定外のトラブルって……」


 奈菜の顔に一気に不安の影が広がる。


「大丈夫だよ、きっと」


 言う翔平であったが、なにが起こっているのかはまったく予想がついていなかった。



  ◇ ◇ ◇



 翔平たちのシャトルにトラブルのアナウンスが行われる三十分ほど前――。


『目標捕捉。データリンク。各員は目標を確認せよ』


 ディジルは狭いコクピットの中、艦橋からの連絡を受けていた。


「ようやくか。随分手間取ったな」


 ひとり愚痴りながらコンソールを操作して送られてきた目標を確認する。


「民間のシャトルか。本当なんだろうな?」

『こんな辺境ですぜ。武装してたってたかが知れてるってもんでさぁ』

『そうそう、気楽な任務じゃないですかね』


 僚機からの通信が入って来た。


「マイゼ、シュラー、あまり油断はするなよ。なにせ相手は伝説のお宝なんだからな」

『ははは、ディジル隊長は本気で信じてるんですか? メルクコアの伝説ってやつを』

「さぁな。でもそれが任務ならやるまでよ。俺たちはあのシャトルの足を止めればいいんだ。あとは突入隊の仕事だ」

『本隊の到着前に終わりそうですね』

「ああ。さっさと終わらせて帰りたいものだな」

『機動兵器各隊へ通達。全機発進準備』

「ディジル隊了解した。全機発進準備、俺たちが先行だ」

『了解』

『了解』


 ディジルは慣れた手つきで発進準備に入った。もう一時間近くも前からコクピットでの待機を命じられていたので、ようやくの出番に心が躍った。

 だがベテランのパイロットらしく思考は冷静そのものだ。


「マイゼ、シュラー、警告はなしだ。海賊らしいやり方でやるぞ」

『いきなり仕掛けるんですか?』

「沈めるわけにはいかないからな。攻撃は威嚇程度だ」

『反撃してきたらどうします?』

「その時は相手を無力化する。警戒は常にしておけ」

『了解』


 言葉を交わしている間にディジル機の前のハッチが開く。

 眼前には宇宙空間が広がり、その奥には雄大な惑星が見えた。


「でかい星だな。この宙域に他の艦影はなし、か……」

『目標だけが存在しているようですな。まさかのんきに惑星観光でもやってるんじゃないでしょうな?』

『はっ、だとしたら相当にのんきな連中だ。水平の銀河とやらは平和な場所らしい』

『ディジル隊発進準備完了。射出はそちらのタイミングで行け』

「了解だ。メルクコアの伝説とやらをいただきに行くぞ! ディジル機出る!」


 人型の機動兵器をカタパルトへと移動させる。電磁式カタパルトは機体を浮かせ、ディジルの操作を受けて機体を射出した。

 今まで自身が格納されていた船体が後方に一気に小さくなっていく。

 体にかかる負荷に心地よさすら感じる。

 カタパルトから放たれる瞬間が、ディジルは一番好きだった。

 細かい事情はいつも考えない。ただ自由に放たれ、自由に戦える、そんな時間が生きている実感を濃く与えてくれるのだ。

 続いて射出されてきたマイゼ機、シュラー機が後方につき、速やかに編隊が組まれる。

 この三機からやや遅れ、突入部隊の機体が続く手はずになっていた。


「目標のシャトルは足が遅いな。本当に観光でもしてるのかもしれないな」

『ここまで来ると逆に不気味ですな。不用心にもほどがあるってなもんだ』

『どうしたのマイゼ? ここに来て怖くなった?』

『バカ言え』

「まぁなにがあるかわからん、気は抜くな。相手は正体不明の異星人なんだ、こういう時は臆病なくらいがいいだろ」

『了解です』


 今回自分に伝えられた任務は目標宙域にいるシャトルの襲撃。中にはメルクコア――オッパリオン人に伝わる伝説が乗っているという。その奪取が任務の全貌であった。

 だが不明な点も多く、位置情報しかないためにシャトルの所属や武装などと言う情報がまったくと言っていいほどになかった。

 本来なら偵察隊を出して相手を探ることからすべきなのだが、この任務は急ぎだという。

 自分たちと平行してメルクコアの部隊もこの伝説の取得を目的に動いているため、先手を打つ必要があったからだ。

 正体不明の相手に襲撃をかけるのはリスクも大きいが、そのリスクを負ってでも手に入れるべきものに価値があるのだと、ディジルは理解した。

 末端のパイロットが深く考えることではないが、メルクコアの伝説というのを自分は信じていないし、詳しくも知らない。伝説ではそれは絶大なる力で、それを手に入れれば全宇宙を支配できると言われていた。


「そんな都合のいいものがあるとは思えんがな」


 通信に乗らないよう、ディジルは小声でそうつぶやき、そんな任務に駆り出された自分を自嘲するように笑んだ。

 しかしパイロットとしての直感は、この先の波乱を予感していた。

 軽装備で出撃してきたものの、この先にはなにかあるという予感がひしひしとしている。

 こんな静かな宙域で護衛もつけないシャトルが一隻。まるで襲ってくれと言わんばかりの状態だ。

 三十分ほどの飛行を経て、ようやくメインカメラがシャトルの機影を捉えた。


『目標捕捉。相手はこちらに気付いていないようですな』

『こちらも目標捕捉』

「俺も捕捉した。このまま一気に近づいて距離を詰める。マイゼ、仕掛けるのはおまえだ。シャトルを掠めるように撃て。やれるな?」

『もちろん。お任せください』

「シュラーは反撃を警戒しろ。抵抗してくるようならシャトルのエンジンをやる」

『了解しました』

「行くぞ。あの惑星を背にシャトルの側面から仕掛ける」

『了解』

『了解』


 加速をかけた隊長機に合わせ、僚機の二機も加速をかける。

 もし、この機動兵器を知らない者が遠くから見たらそれは流星に見え、知っている者が見たら接近に恐怖を覚える。

 母乳転換炉を搭載したマーラ帝国の機動兵器はその名が示す通り機動力に優れ、高い戦闘力を持つ。三機もいれば戦闘用の艦船を撃沈するのもそう難しいことではない戦力となる。

 正体不明のシャトルが相手とは言え、この戦力は十分過ぎると言えた。

 急加速の負荷を感じつつ、目標はぶれることなく視界中央に固定している。

 間もなくこちらの銃火器の射程に入るが、相手の動きはない。


「マイゼ、仕掛けろ!」

『了解!』


 マイゼ機が携行していたサブマシンガンを構え、シャトルに向かい斉射した。小口径の重粒子弾がシャトルの進行方向に放たれ、その内数発が機首を掠める。調整された絶妙な射撃だった。

 シャトルはその衝撃を受けて揺さぶられ、急減速をかける。

 ディジルもシュラーも反撃を警戒していたが、その様子はない。


「……マイゼはこの距離を保って引き続き警戒だ。シュラーは俺と来い、接近して様子を見る」

『了解。気は抜かないでくださいな』

『了解、同行します』


 ディジル機とシュラー機はマイゼ機を残しシャトルへと急接近をかけた。

 過去の経験から言えばどんなにどんくさい相手でも威嚇射撃を受けて接近されれば反撃のひとつもして来たのだが、このシャトルはその気配がまるでなかった。


『隊長、見た限り武装はありません』

「こちらでも確認した。どうやら民間機のようだな」


 護衛も付けない民間機に伝説の鍵となるものが乗っているのかと、甚だ疑問ではあった。

 だが現実は現実だ。


「マイゼ、こっちへ来い。取り囲むぞ」


 マイゼ機とシュラー機はシャトルを挟むように位置取り、ディジル機はシャトルのコクピット正面に出た。

 そしてコクピットに向かい手を開き、停止せよという意思表示を行った。

 モニターで確認するとコクピットの中には三人ほどの乗組員が見えた。


「……メルクコアによく似てる種族だな」


 乗組員たちは突然のことに驚き、うろたえているように見えた。この様子ならば突入部隊が入った後の制圧も苦労することはないだろうと思えた。

 低速になったシャトルの相対速度に合わせ、ディジルたちはシャトルから一定の距離を保っていた。

 程なくして後方から突入部隊を乗せた機動兵器三機がやってきた。


「ディジル隊より突入部隊へ。シャトルは止めた。あとは任せる」

『突入部隊了解。様子は見ていたが簡単だったな』

「ああ、おかげさまでな。だが中の様子まではわからん、気は抜かないことだ」

『了解した。ではこちらも仕事に取りかかる』

「了解。外は引き続きディジル隊が警戒する」


 突入部隊への通信を終えると、ディジルはシャトルからなにか通信がないかと電波帯をスキャンする。するとひとつの周波が見つかる。


『こちらは日本の木星遊覧シャトル。そちらの所属を明かされたし』


 言語は自動翻訳されており、明瞭に聞こえた。だが、原始的な通信電波だった。

 ディジルは応えない。ここからは突入部隊の仕事になるからだ。


『繰り返す。こちら日本の木星遊覧シャトル』

「遊覧? ということはやはり民間のものか。観光とはのんきなものだ」


 そうこうしていると突入部隊の機動兵器がシャトルに接触し、乗り込んでいた突入部隊数名をシャトル内へと転送させる。


「さて、伝説とやらはどう動くか。お手並み拝見といこうか」


 突入部隊は精鋭を揃えている。民間のシャトルに抵抗できるだけの戦力が乗っているとは思えないものの、ディジルはまだ安心はしていなかった。

 緊張感はまだ続いている。



  ◇ ◇ ◇



 あのアナウンス以降、窓のシャッターは閉じてしまい外の景色を見ることはできなくなっていた。

 翔平と奈菜は不安な空気の中、部屋にいることしかできなかった。

 何度か機体が小さく揺れたが、状況を知らせるような連絡はない。通路に出てみようとも思ったが、ドアは外から強制的にロックされてしまっていた。


「どうなっちゃうんだろう……」

「わからないけど……これ、さっき見えた大きい人影とは無関係じゃないよな」

「もしかしてだけど……異星人との接触だったりすることってない?」

「まさかとは思うけど……奈菜はその専攻だったっけ」

「うん。人類はもういつでも他の文明と接触してもおかしくないステージに来てるって。もう十年も前から言われてることよ。もしそうだとしたら最初の接触は重要よ。こちらに敵意がないことを示さないと」

「そうだね。けど相手もそう思ってくれるかな」

「わざわざケンカするために接触してくる文明ってある?」

「それもそうかもだけどさ。でもさっき見た人影はなんか武器みたいのも持ってたし、物々しく見えたな」

「人類より進んだ文明なのかも。それなら一方的に襲ってくることもないんじゃない?」


 奈菜が大学で専攻しているのは異星文明。近々来るであろう異星文明との接触に備えるという分野の研究だった。

 自分の分野の話にもなったことで奈菜の表情からは少しだけ不安の影は消えているように見えた。


「もしそうだったら、すごい場所に居合わせたことになるな」

「そうね。はじめての接触だものね。有名人になっちゃうかも」

「そうだな」


 軽く笑っては見せるものの、翔平は一抹の不安を覚えていた。

 うまく言葉にはできないがなにか嫌な予感がしている。

 それが思い過ごしならそれでいいし、奈菜が言うように未知との遭遇であってもいいと思う。だが、心の奥の方、本能的な部分では先ほどから危険信号のようなものが止まらなかった。

 かと言って逃げ場はなく、待っていることしかできないことが翔平には歯がゆかった。もし可能なら、奈菜を連れてこの場から離れていただろうと思う。

 翔平がそんな思いでシャッターの降りた窓を眺めている時だった。

 壊れたかと思うほどの勢いで部屋のドアが開き、黒ずくめの巨体が押し寄せてきた。


「なっ!?」

「きゃあっ!」


 突然のことに驚き、奈菜は翔平に飛びつく。咄嗟のことに、翔平も奈菜を抱きしめる。

 だがやってきた黒ずくめたちは翔平の目に見てもわかるように武装しており、ただならない気配を発している。

 そして黒ずくめたちは真っ直ぐに翔平たちのところへとやってくると翔平と奈菜を引き離した。


「なんだよ!?」

「やっ、翔平! きゃあ!」


 入って来た者たちの身長は二メートルくらいはある巨体だった。それに押しつぶされるように、翔平も奈菜も床に組み敷かれてしまった。


「痛い!」

「奈菜! くっ、なんなんだよ!」


 押さえつけられながら問いかけて見るも、黒ずくめたちの反応はない。

 だが黒ずくめ同士でなにか言葉をやりとりしているようだったが、翔平には聞いたことのない言語が交わされていた。

 視界に入っている黒ずくめが三人。そして自分を押さえ付けているひとりと、奈菜を押さえ付けている者も合わせれば相手は全部で五人だ。

 武器らしい物も持っているようだし、翔平には状況を打開する手段はなかった。

 このままどうなるのかと思っていると、黒ずくめたちがなにかを話はじめる。そして奈菜を立ち上がらせた。


「は、はなして!」

「奈菜!」


 黒ずくめは奈菜に銃のようなものを突きつけ、部屋を出るように指示していた。


「いやっ! 翔平!」

「待て! 奈菜をどうする気だ!」


 翔平が力いっぱいに叫ぶも、自分を押さえ付けている力は微動だにしない。

 頭上ではなにか言葉がやりとりされているが言語はさっぱりとわからない。

 なにが起こっているのかもわからない。

 ただわかることは奈菜に危機が訪れているということだ。

 なにかできることはないか、そんなことを必死で模索していると、頭上で交わされる言葉が荒くなったような気がした。

 そして翔平に銃らしいものを向けていたふたりが急いで通路へと出て行った。直後、出て行った黒ずくめのふたりが銃らしいものを発砲したらしく、銃声が船内に轟いた。


「きゃああっ!」

「奈菜!」


 発砲したのは奈菜のすぐそばだった。奈菜はまだ室内にいるものの、通路では発砲が行われている。


「うぐっ!」


 遠くのからの銃声が聞こえたかと思った瞬間、通路に出ていた黒ずくめのひとりが倒れる。


「メルクコア!」


 通路にいた黒ずくめがそう叫んだ。直後、すばやく動いてきた人影が叫んだ黒ずくめを蹴り上げたように見えた――が、それがなんなのかはすばやくて見えなかった。


「な、なんだ!?」


 すると自分を押さえ付けていた重みが消える。奈菜を捕まえていた黒ずくめも奈菜を放し、自分を押さえ付けていた黒ずくめと共に通路へと銃を向ける。

 体が自由になったので奈菜の元へと駆け寄ろうとした翔平に声が飛ぶ。


「伏せて!」


 明瞭に聞こえたその言葉に、翔平も奈菜も地面に伏せた。瞬間、頭上で銃声が飛び交うのがわかった。

 そして銃声が止むと、ドタドタと黒ずくめたちが倒れていく。


「なにが……」


 翔平が顔を上げると、そこにはほぼ全裸のような女性がひとり、銃を片手に立っていた。


「翻訳機がちゃんと使えてよかった」

「翻訳機?」


 部屋に現れた女性はそう言うとまだ伏せたまま震えている奈菜のところへと行き、片膝をついて奈菜に手を伸ばした。


「大丈夫? 立てるかしら?」

「ありがとう……ございます」

「まだ安心はできないわ。コクピットを制圧した部隊が残ってる。こっちの銃声に気付いてすぐに来るでしょうね。ここから離れないと」


 そう言いながら奈菜を立ち上がらせると今度は翔平の方を見た。

 翔平も体を起こす。

 周囲を見ると黒ずくめたちは全員が倒れていた。


「彼らは海賊よ。この船を襲った連中ね」

「海賊?」

「本当は正式な話をしてお願いをしたかったのだけど、今はそんな余裕はないみたい。すぐにわたしと来て。でないとあなたたちの命が危ない」

「命が!?」

「どういうことなの?」


 奈菜は寄り添うようにして、半裸の女性に不安げな表情を向けていた。女性は真剣な顔をしている。


「あなたが狙われているの。とにかく詳しい話はあと。外も大変なことになってるから、急いでついてきて」

「どうしよう翔平?」

「なにもわからないんだ、今はこの人の言うことを聞いておこう。助けてくれたし、さっきの黒ずくめたちとは違って悪い人じゃないと思うから」

「わ、わかった!」

「ありがとう。じゃあこっちへ」


 女性は通路を出てすぐに走り出した。

 翔平たちもその後を追いかけるように走る。

 助けてくれた女性はマントをなびかせながら走って行く。その後ろ姿を見ながら、翔平は懐かしさにも似たような感覚を覚えていた。


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