【第1章】宇宙艦隊オッパリオン004話「遊覧シャトルからの脱出」

【〇〇四 遊覧シャトルからの脱出】


 シャトル外で待機していたディジル隊の機体内に、突然の警告音が響いた。


「敵機か!?」


 すぐさまレーダーに目をやると三つの熱源が急速にこちらに接近してきているのが確認できた。


『敵機です!』

『メルクコアか! 本隊が足止めしてるはずじゃなかったのか!』

「足止めは失敗したんだろうな。各機迎撃態勢だ。シャトルから離れすぎるな」

『了解』

『了解。くっ、一機突出してきてやがる。化け物じみた速度だ!』

「データ照合に一致がないな……。メルクコアの新型か」


 マイゼが言うように三機のうち一機が突出し、異様とも呼べる速度でこちらへと接近してきていた。

 相手の目的は言わなくてもわかる。このシャトルと、中にいるという要人だ。

 シャトルの近くにいれば不用意に撃ってくることはないとは思うが油断はできない。

 オッパリオン星の機動兵器は出力が高く、一機でも十分な脅威となり得るからだ。


「マイゼ、シュラー、牽制射撃を仕掛けろ。俺が接近戦に持ち込む。一機突出して来たことを後悔させるぞ」

『了解』

『了解』


 レーダーの敵機はすぐに視界に入ってきた。こちらが警戒していることは承知で突っ込んでくる。


「撃て!」


 ディジルの合図に合わせてマイゼ機とシュラー機がサブマシンガンを斉射する。

 突進してきた機体は抜群の機動性を見せて射撃を回避。減速することなくシャトルに向かい突っ込んでくる。


「焦りすぎてるのか!」


 ディジルが機体を加速させ、やってくる機体へと接近しながらサブマシンガンを斉射する。

 十分に有効な射程内に捉えたのだが、相手は巧みに射線から逃れつつ、減速なしに突撃してくる。


「命知らずが!」


 ディジル機は接近戦用の剣を抜き、向かってくる相手に加速をかけた。すれ違いざまの一撃を狙う――が、相手はこちらなどに興味はないとでも言うようにディジル機をかわし、わきを通り抜けて行った。


「抜かれた!?」

『こっちで止めます!』

「シュラー! 不用意に近づくな!」

『ぐわっ!?』


 ディジルが機体を旋回させると、シュラー機が蹴られているのが見えた。

 相手はかなりの手練れだ――そしてそうこうしているうちに後続の二機もディジルたちに接近してきていた。


『隊長! 後続が来ます!』

「くっ、各機散開だ! 突入部隊の機体を守れ! シュラー、機体は大丈夫か?」

『大丈夫です、問題ありません』

『メルクコアの機体、シャトルに取り付いた!』


 自分を追い越していった機体はシャトルに取り付いている。迅速かつ鮮やかな行動にディジルは感心すら覚えた――が、すぐに頭を切り替える。

 周囲を索敵すると後続の二機がこちらへと接近して来ている。


「後続を近づけさせるな! 取り付いた機体は無視しろ!」


 指示を出しつつ機体を旋回させ、後続の機体を警戒する。

 するとシャトルに取り付いていた機体はシャトルを離れ、後続と合流する動きを見せた。


『離れた!?』

「無人の自律制御だろうな。人工知能で後続の二機と完璧な連携を取る。落とそうとは思うな、俺たちの任務は突入部隊の支援だ。とにかく突入部隊が仕事を終えるのを待つぞ」

『了解です』

『了解!』


 シャトルから相手を引き離すのが理想だが、先ほどの動きからするに後続の二機も相当の手練れのはずとディジルは思った。

 そうなるとシャトルを盾にこちらも離れずにいるのがベストだと判断する。


「接近戦に注意しておけ。パワーはあっちの方が上だからな」


 ディジルの言葉通り、オッパリオン製の機動兵器の方が出力は上回っている。下手に接近戦に持ち込まれるのは不利な状況になる。

 手持ちの武器を使い距離を保つしかない、実に消極的な戦い方になるのがしゃくに障るが仕方がない。


『くそっ、本隊はなにをしてやがるんだ!』

「すぐに追いついてくるだろ。こちらの船からも増援を出すと言っている。それまで持ちこたえるぞ」

『突入部隊が上手いことやってくれると信じるしかないですね』

「ああ、まったくだ」


 一機取り付いて中に何人か転送されたかもしれないが、先手はこちらが打っている。そうそう下手な状況にはならんだろうとディジルは思っていた。

 それに増援がくれば数ではこちらが圧倒的有利になる。今だけ耐えれば勝機は十分にあると踏んでいた。



  ◇ ◇ ◇



 走り出してすぐ、翔平は後ろにいる奈菜の手を掴んだ。

 奈菜は見たこともないくらいに真剣な顔をしている。そんな奈菜を見る自分の心臓もかつてない高鳴りをしていた。

 状況は緊迫している。

 目の前を走る女性はやはりなにを言っているか判別できない言語で時折言葉を発していた。

 翔平にわかることと言えば奈菜の手を引きながら船尾方向へ向かっているということだった。

 走っていると後ろから男たちの声が聞こえてくる。それがあの黒ずくめたちの仲間で追っ手だということは想像に難しくなかった。


「このまま走って。次のかどを左手側に」


 先を行く女性は銃を手に持ち足を止めた。


「あんたは!?」

「すぐに行くわ」

「わ、わかった」


 女性をひとり残すことに心残りはあったが丸腰の自分ではどうすることもできない。

 また先ほどのように銃撃戦になるのかと思うと、自分たちは一刻も早くこの場から離れた方がいいと思った。


「奈菜、急ごう」

「う、うん!」


 奈菜の手を強く握りながら船尾を目指す。

 客室の前を通っているのだがどこの部屋も閉まっていて、外の様子を見ようとしている人影は見ることができなかった。

 乗客もまさか海賊に襲われて銃撃戦が行われているなど思ってもいないだろう。

 翔平たちが女性から離れてすぐ、また銃声のようなものが複数回聞こえた。

 思わず後ろを振り向きたくなるが、その思いを堪えてひたすらに走る。

 女性に言われたようにかどを左手側に曲がった。記憶が正しければこの先は一直線で最後は船尾貨物室の前で行き止まりになっていたはずだ。


「この先は行き止まりよ?」


 息を切らせながら奈菜が言う。


「そこまで行けってことかも」


 翔平は少し速度を落とし、後ろを振り返った。あの女性はどうなったのだろう。

 そう思っていると、かどからあの女性が飛び出してきた。振り向きざまに数発の発砲を繰り返しているが、女性の後ろの壁にも光弾が当たり煙をあげている。


「走って!」


 その言葉に返事をする間もなく、シャトルが大きく揺れた。


「きゃっ」

「うわっ」


 体勢を崩しそうになりつつも奈菜を抱き留める。


「外も大変ね。さぁもう少しよ、走って」


 女性は後ろに銃を向けたまま翔平たちにそう声をかけた。緊迫している状況なのだがこの女性は冷静な表情を保ちつつ、汗ひとつかいていない。


「この先は行き止まりだけど」

「大丈夫。迎えが来るから」

「迎え?」

「詳しい説明はあと。とにかく行き止まりまで走って」


 女性は銃のカートリッジを交換しながら早口で言う。


「わかった。行こう奈菜」

「うん!」


 女性はかどの方へと銃を向けつつ後退する。

 翔平たちが再び走り出すとすぐさま銃撃がはじまった。


「きゃっ!」


 奈菜のわきを光弾が飛んでいく。

 身を隠せそうな場所はないので、とにかくあの女性の言葉を信じて走るしかない。


「奈菜、前に!」

「え、ちょ、翔平は!?」

「奈菜の盾になるだろ、こうすれば」

「そんなの嫌よ!」

「いいから! 急ごう!」


 奈菜の背中を押し、先を促す。

 光弾の数は徐々に増えていき、着弾した壁に焼け跡を作って行く。

 あの女性はと言うとこちらに向かい走りつつ、時折後ろを振り返り応戦している。

 その動作に慣れのようなものを感じてしまう。


「あの人、ただ者じゃないな」

「え?」

「なんでもない。早く」

「う、うん」


 もう行き止まりはすぐそこまで迫っていた。あの女性は迎えが来ると言ったが、そこにはなんの変化もない。

 奈菜が行き止まりにたどり着くと貨物室の扉を開けようとした。が、そこは堅く閉ざされたままだった。


「どうなってるの!?」

「奈菜、伏せよう!」


 翔平がそう言った直後だった。


「うぐっ!?」


 流れ弾が翔平の脇腹を突き抜けていった。

 着弾の衝撃を受け、翔平の体は扉にたたき付けられるように吹き飛ばされる。


「翔平!」


 奈菜がすぐに駆け寄るが、翔平は扉にもたれかかるように倒れ込んでしまう。


「くっ、な、なにが……」


 傷口を見ると出血はないものの、体には五センチほどの穴が開いてしまっている。そして下半身にまるで力が入らない。


「あ、ああ、どうしよう!」

「お、起こしてくれ奈菜」

「そんなこと言ったって……」


 半ばパニックになっている奈菜の元にあの女性が駆けつける。


「撃たれたのね。見せて……急所は外れてるけど、早い処置が必要ね。見た目以上に中がやられてるから」

「うくっ、お、俺は大丈夫なのか……?」

「今は無理だけどすぐに治せるわ。大丈夫よ。気をしっかり持って」

「もうなにがなにやら……」

「ここでどうするの? もう行き止まりよ!?」

「大丈夫。彼を起こすのを手伝って」

「翔平、しっかり」


 奈菜と女性に肩を借り、翔平は体を立たせた――が、立っているというよりはふたりに支えられているような状態だ。

 気付くと変な汗が体中に出ている。


「ぐっ……どう見てもいい状況じゃないぞ……」


 銃撃戦こそ行われていないが、気付くと周囲を数人の黒ずくめに取り囲まれている。

 女性は銃を構えてはいるものの、発砲はしていない。


「ちょっと翻訳機を切るわね。大丈夫、わたしを信じて」

「え」


 女性は喉元に指を当てる。

 そしてなにごとかを呟いた。


「ウィルギヌス、マリオーネマウラ?」


 女性は銃をホルスターに収めると奈菜の体にも手を回した。


「え、なに?」

「パラウマニーヤ」


 聞いたことのない言語を耳にした瞬間、三人の体がふわりと宙へ浮かび上がった。

 そしてそのままぐにゃりと視界が歪む。


「なにが――」


 翔平は一瞬自分が気を失ったのかと思った――が、そうではなかった。

 気付くと、どこか知らない狭い場所にいる。


「転送よ。外に来た機動兵器に転送したの。今からわたしたちの母艦に向かうから、もう少しの間だけ辛抱して」

「機動……兵器?」

「うぅ、なにがどうなってるの……?」


 翔平は狭い場所の壁にもたれかかり、腰を下ろした。そこに奈菜がしがみついてくる。

 女性はバイクに跨がるような格好で前面のスクリーンのようなものを見ていた。

 スクリーンには巨大な木星と、さっきまで自分たちが乗っていたシャトルが見えている。その周囲を無数の流星のようなものが飛び交っているのが見えた。

 それは翔平が木星に到着した時に見た、人型をしている。それが機動兵器だった。


「戦ってるのか……」


 翔平の呟きを余所に、女性は険しい顔つきでスクリーンを凝視していた。


「マーチャ、セルシア、マーパックラシオ、ミラカスオーネフラン。ウィルギヌス、アプソームクラパ」

『レリス、イザーヤ』


 狭い場所に合成されたような音声が響いた。


「くっ、ここはコクピットかなにかか」

「え、わかるの翔平?」

「予想だけど。それなら奈菜、なにかにつかまってた方がいいかも」

「つかまるって……きゃっ!?」

「うぐっ」


 次の瞬間、体に急激な負荷が加わる。三人を載せた機体が加速をかけたからだ。

 女性がこちらを振り返り、口を開く。


「マーリスバルシア、ルア、サザーリア」

「なに言ってるかわからない……」

「少し我慢してって感じかもしれない」

「奈菜わかるのか?」

「雰囲気的にだけど」

「はは、さすがは異星文化専攻だな……」


 そんなことを言い終え、翔平の体からはがくりと力が抜け落ちた。


「翔平!?」


 奈菜は慌てて翔平の様子を見た。息はしているが、気を失っているようだった。


「い、急いで! 翔平が大変!」

「レリス。ルアラ、マチルーバ」


 女性は頷き、正面を見る。その姿が、奈菜には心強く思えた。

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