【第1章】宇宙艦隊オッパリオン002話「スタティアの向かう先」

【〇〇二 スタティアの向かう先】


 地球から遙か離れたとある銀河団。

 ひとつの恒星から離れた宇宙空間には一隻の宇宙巡航艦がいた。

 母星たる惑星、オッパリオンを離れおよそ三〇時間を、その艦は過ごしていた。

 その間、艦は敵の包囲網を巧みにくぐり抜け、誰にも気付かれずに行動している――つもりだった。


「状況は? なにがあったの?」

「ああ、アーリア提督。本艦の後方八〇〇〇に艦影を確認しました。どうやら本艦を追尾しているようです」


 艦橋に入ったアーリアに、艦長のミストレアはそう報告した。


「この宙域で帝国の艦?」

「艦種は不明ですが足は速いですね。このスタティアに気付くとは、ただ者ではないとは思いますが」

「そうね」


 アーリアが顎に軽く手をかける。

 艦橋中央のメインモニターには追ってくる艦影が最大望遠で映し出されていた。まだ距離はかなりあるため、その姿は豆粒程度にしか見えない。


「考えられるとしたら海賊かしら」

「その可能性はありますね。海賊の行動範囲は今やオッパリオン星系の至るところに及んでいると聞きますから」

「――でもそれにしては足が速いわね」


 メインモニターにはアーリアたちが乗るこの艦、スタティアと追っ手との距離を示すレーダーが表示される。

 距離は徐々に縮められていくのがわかった。


「スタティアの出力は?」

「依然として安定していませんね。現状では想定の四割程度しか出てないと、機関室長は言ってました」

「そう……それでもかなりの速度は出てるはずなのに。難儀な艦ね」

「追っ手はどうしましょう? 警告を発しますか?」

「できることならこのまま振り切りたいところね。できる?」

「やってみます。機関室へ、出力最大、追っ手を振り切ります。進路はそのまま」

「了解。最大速度にて追っ手を振り切ります」


 副艦長の復唱の後、艦橋に詰める航海士、操舵士がそれぞれに復唱し操艦に入る。

 新造艦スタティアはある特務を受けており、乗組員には生え抜きの面々が集められていた。

 スタティアが加速をかけようとしていたまさにその時、追っ手にも動きが起こる。


「後方の艦影、加速を開始」


 センサー長が追っ手の加速を知らせる。


「進路は明らかに本艦をトレースしています」

「追っ手をこれより敵艦と想定。艦の加速はまだ?」


 ミストレアは素早い判断を下すも、艦の速度には依然として変化は見られていない。


「機関室、エンジンの調整に手間取っているようです。あと五分ほどかかるとのことです」

「三分でやってちょうだい。間もなく敵の射程距離に入るわ。その前に距離を取ります」

「勇敢な海賊ね。データにない新造艦を狙うだなんて」

「積み荷の魅力に気付いているのかもしれませんね」

「まさか。海賊には過ぎた代物よ、あれは。それにまだ目的のものは手に入れてないし」

「だとしたら気の早い海賊ですね」


 アーリアとミストレアがそんな会話をする傍ら、レーダーの敵艦シンボルは確実に距離を詰めてきていた。


「並の艦船ではない速度ですね。帝国の艦の中でもこの速度が出るものは少ないかと」

「そうね。海賊だとしても、ただの海賊じゃない可能性があるわ」

「敵艦、距離六〇〇〇に接近。艦砲の射程内に入ります」

「機関室、急がせて」

「敵艦に熱源反応。砲撃来ます」


 センサー士のその言葉の直後、艦橋のわきをビームが通過していく。

 まだ距離があるため減衰はしているものの、直撃を受けるようなことがあれば無傷というわけにはいかない。


「ミルキィーフィールド展開」

「全艦、ミルキィーフィールド展開」


 副艦長の復唱に呼応するように、艦全体に機関部の唸りが響き渡る。


「進路そのまま、回避運動」

「了解。回避運動に入ります」


 スタティアは速度を落とすことなく、船体を左右に振る回避運動に入った。


「提督、このまま速度が上がらない場合は交戦もやむを得ないかもしれません」

「それは避けたいけど……しかたないわね。でも、ここまで来たのだからもう少しかもしれない」


 アーリアは独り言のようにそう言いながら、艦橋のすみの椅子に座るひとりの少女へと視線を送った。


「…………」


 目を閉じて沈黙するその少女はシアという予言者だ。この宙域にくればあるものの反応を捉えられるという予言を行ったのも彼女だった。


「敵艦、距離五〇〇〇に接近。砲撃、続きます」


 スタティアの至近距離をビームが抜けていく。だがその精度は先ほどよりも高く、すぐにわきを掠めていく形となった。

 その衝撃に艦が揺さぶられた時、シアが閉じていた目を開いた。

 そしてある一点を指さすように手を上げる。


「シア?」


 アーリアが問うと、シアは虚空を見たまま軽く頷いた。

 それとほぼ同時――。


「か、艦長! 提督! 反応を捉えました! Zリーヌンス反応です!」


 敵艦の接近を知らせているのとは別のセンサー士が興奮したように報告する。


「場所は!?」


 アーリアは即座にそう返した。


「詳細はわかりませんが、方角は捉えました。こちらは……『水平の銀河』方向です!」

「水平の銀河……」


 ミストレアはそうつぶやきながら、となりのアーリアを横目に見た。


「古く伝わる、青い星のある銀河ね……。たしかにここからはかなり離れているけど、そんなところに本当にあるのかしら」

「反応は微弱ですが、確実に捉えています」

「予言者もその方向を指し示していますし、ここは信じるしかないかと」

「そうね。わたしも信じるわ。艦長、進路変更、水平の銀河へ向かいます」

「了解です。全艦進路変更、目標、水平の銀河」


 操舵士が復唱し、背後からの砲撃への回避運動をしつつスタティアの向きを変える。

 水平の銀河――オッパリオン星系から遙か遠く離れた古い銀河だ。文明は存在するということは知られているものの、オッパリオンに詳細な情報はない。


「機関室より。出力上がります!」

「後方より砲撃来ます! 直撃コース!」


 スタティアが方向を変えるのを狙ったように、敵艦からの砲撃がスタティアを捉えた。

 ビームは確実にスタティアへの直撃を取ったが、ビームはスタティアに当たる直前、見えない壁によって阻まれる。

 スタティアを激しい振動が襲う。


「被害は?」

「ありません。ミルキィーフィールド健在、ビームは遮断されました」

「この距離での砲撃ならフィールドは破れないわね。艦長、ジャンプはできるかしら?」

「機関が安定してれば可能な宙域です。機関室、ニュートレースジャンプは可能?」

「機関室、出力安定とのこと。ニュートレースジャンプ、いけます」

「だそうです、提督」

「わかったわ。全艦ニュートレースジャンプ用意。目標、水平の銀河、Zリーヌンス反応!」

「全艦ニュートレースジャンプ用意」

「了解です。ニュートレースジャンプ用意。各部はジャンプに備えよ。繰り返す――」


 アーリアの下した判断に艦橋内が一気に慌ただしさを増す。


「座標入力完了。ですが水平の銀河までは一度のジャンプでは到達できません」

「何度でもジャンプしていきましょう。そうでしょう、提督?」

「ええ、もちろんよ。まずはジャンプして敵艦の追っ手を振り払います」


 超光速航法の準備で慌ただしくなっているスタティアを後方からの艦砲がさらに狙う。

 再度の直撃こそは出ないものの、艦砲は確実にスタティアへの殺意をむき出しにしていた。


「通常の荷電粒子砲のようですね。威嚇にしては随分威勢がいいような気がします」

「そうね。まるで必死に気を引きたいみたいに。でも残念だけど相手をしている暇はないわ」


 速力を上げたスタティアは追っ手との距離を開きはじめていた。


「ニュートレースジャンプ準備完了。いつでもいけます」

「提督、ご命令を」

「ありがとう艦長」


 ミストレアに軽く黙礼をすると、アーリアは一歩前へと出た。

 危機に直面している母星を離れ、遙か遠くの銀河へと出向くには理由がある。

 これはオッパリオンに古くから伝わる、星を救う未知の力を求める旅路だ。

 さっそく海賊に絡まれるなど前途は明るくはないが、それでもアーリアは力強く前を目指す決意を秘めている。

 伝説の力Zリーヌンス――心のどこかではその存在を疑う気持ちもあるが、今は迷いを捨て、すべて信じることにする。

 そして、アーリアは叫ぶように命じた。


「全艦ニュートレースジャンプ! 目標、水平の銀河、Zリーヌンス反応!」


 乗組員たちが復唱を繰り返し、操舵士の操縦により、スタティアは超光速航法に入った。



  ◇ ◇ ◇



「目標、ジャンプに入る。進路そのまま」

「さすがは最新鋭艦、速度だけはかなりのものだな。こっちの陽動には見向きもせんか」


 スタティアを見送った海賊船の中は未だに緊迫した空気が保たれていた。


「追いかけますかキャプテン?」

「いや、あの速度でジャンプしたんだ、追いつけんだろうな。なに、行き先の見当は付いてる。慌てることはない」

「了解です」

「各艦へ通達だ。第一の陽動は終了。すぐに機動兵器を使うかもしれん、準備をしておけとな。その準備が整いしだい、あの最新鋭艦を追いかけるぞ」

「了解」


 キャプテンと呼ばれた壮年の男は顎に手を置く。


「さて、と。あちらもあれを狙っていることは確実だろうが、一手遅かったな。先手はこっちが取らせてもらったが、そう簡単に諦めてもくれんだろうからな」


 そうつぶやくと、誰にも気取られぬようににやりと笑みを浮かべるのだった。


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