第5話 深淵からの来訪者
我らは深淵そのものであり宇宙を支配するもの。
これまで数多の種族と文明を支配下においてきた。
数億年という途方もない時間を費やし、我らは支配圏を拡大し続けてきたのである。全てはこの宇宙で我らこそが最強の生命体だと証明するため。
いかなる種も生まれた瞬間から一つの到達点を目指す。
あらゆる種を飲み込む種になることだ。生存圏を広げ支配するのである。
我らは星々を巡り久方ぶりに高度な生命が繁栄する地を発見した。
天の川銀河にある『地球』と呼ばれる惑星だ。
さっそく事前調査を開始したのだが、我らは大いに困惑することとなる。
なんとこの星にはすでに同胞が訪れていたようなのだ。過去二度の調査が行われたとデーターベースにあった。日付を見ると一度目の調査は相当古かった。しかも二度目の調査が行われるまでずいぶんな年月が経過している。
詳細なデータを求めコンピューターにアクセスしようとしたところ『最上級アクセス権』が必要と警告が出てしまう。これについては少し驚いたが珍しいだけで違和感を抱くようなことはなかった。昔から上層部にはお気に入りの星を秘匿し独占するきらいがあった。だが、警告文が表示されたことで我々は予想が間違っていたことを知らされた。
なんと『進入禁止エリア』に指定された惑星だったのだ。
進入禁止になるのはだいたい何らかの理由により調査不可能と判断された星に付与されるものだ。しかし、大気成分も放射能数値もデータ上では許容範囲内である。この惑星にいったいいかなる危険があるというのか。
我らは会議を開き現地調査をするべきか話し合った。
素直に諦めることも選択肢の一つであっただろう。
そうしなかったのは我らの好奇心が強すぎたからだ。なぜ禁止されたのか、その謎が気になって仕方なかったのだ。長旅で刺激に飢えていたというのもある。慢心していた可能性も否定はできない。
話し合いを重ねた結果一人の調査員を派遣することにした。
場所は日本と呼ばれる島国。理由は単純で前回の調査場所がこの国だったからだ。あえて同じ場所を選んだのである。
日本人に偽装できるボディスーツを作成し、違和感を抱かれぬよう日本語を収めた自動翻訳機能も搭載した。いざ調査開始。
◇
調査員を日本に送り出し一週間が経過した頃。
現地より緊急報告が発せられた。
『至急お伝えしたいことが!』
「何があった。禁止エリアになった理由が判明したのか?」
『ひぃいいいいい、ぎゃぁあああああああああっ!!』
通信装置から調査員の大音量の悲鳴が響く。
状況を飲み込めない我々はひどく狼狽する。同胞のこのような悲鳴を聞いたことなど一度たりともなかった。悲鳴を悲鳴と認識するのにかなり時間がかかったほどだ。宇宙最強の種と自負する我らは恐怖と無縁であった。いや、恐怖しないわけではない。今日この日まで鈍感であっただけなのだ。
モニターには調査員の視界が映っている。今は何かから逃げているようで激しく上下に揺れていた。調査員が見た物を我らはまだ見ていない。映像は逃走の途中からだった。
『この星は危険です! 早く、早く脱出しないと!』
「正確に報告せよ。何が危険なのだ」
『住人は、この星の住人は――とにかく映像を転送します!』
送られてきた映像データを再生する。
それは現地の店に入った調査員の映像だった。一見するとこの国でよくある営業形態だ。調査員は水槽のようなものに目を向ける。そこには我らとよく似た生き物が泳いでいた。
「少しお待ちを。もしやあれは我らの末裔では?」
「・・・・・・末裔?」
我らの中で最も賢いものが機械で分析する。
99%の確率で我らと同じルーツをもった存在だと結果が導かれた。
どうやらこの星に降り立った同胞達は調査だけでなく子孫も残していたようなのだ。まぁ支配圏を広げるためによく使う手ではある。この方法で我らは数百もの星を手中に収めてきたのだ。
しかし、ずいぶん小型化している。現在の我らの十分の一くらいのサイズだ。調査は二回行われた。恐らく最初の調査員の子孫ではないだろうか。
『おい、どうしてこんな小さな場所に入れられている?』
調査員が同胞に話しかけた。
だが、返事はない。言語すら持てぬほど退化したのか。我らはショックを隠しきれなかった。優れた種である我らがあのような狭いケースに追い込まれているなんて。
センサー類を担当する同胞が震える声でジョークを飛ばす。
「この星の連中は俺達をペットにしてるのか? あらゆる種が見ただけでびびって逃げちまうような俺達を? 地球人ってのは常識がないらしい」
彼のジョークに誰も反応できなかった。
なぜならここは飲食店だったからだ。本能的にここから先の映像は見てはいけないと察していた。だが好奇心がずるずると引きずって行く。
我らはこの宇宙で常に支配者であり最上位捕食者であった。それこそが誇りであった。我らが種が弱者に落ちるなど一度たりとも想像したことがなかったのだ。
「一名ですか? こちらの席にどうぞ」
「はい・・・・・・」
調査員が原住民に促され席に着く。
そこは細く横に広がる狭いテーブルであった。目の前では白い衣類に身を包む男が数人で作業をしている。
「大将、今日のおすすめは?」
「マダコですね」
そこから先の光景は地獄であった。
茹であがった我らが同胞が刃物で切り刻まれスライスされる。それだけでも我らは恐怖に震え悲鳴を漏らした。しかし、真の恐怖はここからだった。白い粒状の塊に載せられた同胞の一部を原住民は戸惑いもなく口に入れたのだ。
心の底から震えた。無意識に出したこともないような悲鳴をあげていた。足にある全ての吸盤が収縮し、気持ち悪さから吐き気を催した。調査員の反応の理由を全て理解したのだ。
「地球人は我らを食うのか。うっぷ」
「待ってくれ、アレを見ろ」
映像には続きがあった。白い衣類を身に纏った原住民は、我らと同盟を組んでいる異星人によく似た生物を刃物で捌きだす。よく見ればあれもこれも異星人によく似た食材だ。
ここでようやく調査員が例の悲鳴をあげる。
調査員は店を飛び出し必死で逃げていた。正しい判断だ。あのままあそこにいたら精神は再起不能なほどに壊れていただろう。なんて恐ろしい星だ。
侵入禁止に指定されるのもうなずける。
考えるに流れはこうだ。一度目の調査で種を蒔いた。順調に行けば我らが種が星を支配していたのだ。しかし、どこかで予期せぬ事態が起きた。二度目の調査ですでに現在の原住民がこの星にはびこっていたのだ。調査の結果、我らが種はこの星の支配を諦め禁止エリアとした。
「調査員を戻せ。すぐにここから離脱する」
「ですがこのまま放置してもよろしいのですか。この星の種が宇宙に出れば確実に我々の天敵となります」
「不思議に思わないか。上層部は我々以上に情報を握っているはずだ。だというのに処置もせず秘密にしている。もしかすると奴らを戦略的な兵器にするつもりなのかもしれない。こいつらが食すのは我らだけではないのだ」
「なるほど。奴らのネタの中には敵対する異星人に似たものも含まれていた。調整さえできれば今後はより効率の良い支配域拡大が望めると」
そんな会話をしつつ我らは、一刻も早くここから去りたい気持ちでいっぱいだった。鮮烈に刻まれた地獄のような光景が頭から離れないのだ。
上層部が放置している理由も実はもっと単純だろう。
見なかったことにして忘れたいのである。我らは最強の種であるが故に、捕食される恐怖を知らなかったのだ。
集めた資料を全て破棄し星系から逃げるように出た。
徳川レモン短編集 徳川レモン @karaageremonn
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