第2話 幼女を愛でるだけのファンタジー


 ぴょんぴょん。小さな足が何度も跳ねる。

 それから小さな両手をぐーにして、小さな口で「がーお」と吠えた。


 俺はひょんなことから異世界転移した日本人だ。

 昨今のラノベによくある設定なので特段語ることもないだろう。


 それよりも語るべきはこの異世界だ。


 ここは『幼女によって滅びを迎えようとしている世界』そうだ。


 転移させた女神がそう言っていたのだから事実なのだろう。

 そして、俺のやるべきことは原因究明と解決である。


「がおー、食べちゃうぞ」

「うちはかれーらいすがいいなぁ」

「じゃあ、はんばーぐにしようよ」

「……からあげほしい」


 幼稚園児がクレヨンで描いたような下手くそな虎の面を頭に付け、三人の幼女が揉めている。

 幼稚園の演劇か。ツッコみそうになったが、寸前でなんとかこらえた。

 実際三人の幼女はそれっぽい制服を着ていた。異世界に園児とかおかしいだろ。


 三人の幼女は俺のズボンを掴み、くいくい引っ張る。


「はんばーぐ」

「おなかすいたー」

「……からあげ」


 名札が付いていることに気が付き、しゃがんで確認する。


 最初に虎の真似をして遭遇したのが、金髪をツインテールにしている『りな』だ。八重歯が特徴的でちょっと気が強そうな顔つきである。


 次は茶髪をサイドテールにした『ふーたん』である。活発そうな顔をしていて、口元は癖なのか常に猫っぽい。


 三人目が青い短髪をした『あお』である。

 常に半眼で眠そうで、さっきからしつこいまでにからあげを要求していた。


「ごめん。ハンバーグもからあげもないんだ」

「ふぇ、はんばーぐくれるとおもったのに」

「りなちゃん。ないちゃだめだよ、うちらもんすたーだもん」

「……からあげ」


 りなが目をうるうるさせて今にも泣きそうだ。

 良心がひどく痛む。

 幼女がモンスターとかどうなっているのだこの世界は。


 ひとまず三人を連れて街へ向かうことにした(置いていけないので)





「あはは、あはははは!」

「暴れるなって」


 肩車したりなが足をばたばたさせる。

 加減を知らないのか髪の毛もがっちり握られていた。耐えろ俺の毛根。

 足下では順番待ちのふーたんとあおが付いてきている。


「次はふーたんだ」

「いや、もっとやるの」

「ハンバーグを食べないならいくらでも肩車してやるぞ」

「……おりる」


 素直で良い子だ。背中をするんと滑るように下りたりなは、屈んだ俺の背中へふーたんを押し上げる。


「ありがとう。りなちゃん」

「うん」

「ふーたん、たかい?」

「ま、まぁまぁかな」


 うそこけ。あまりの高さに足が震えてるぞ。

 しかし、相手は子供。視点の高さにはすぐに慣れてはしゃいでいた。


 時折、道では異世界人と思わしき人とすれ違った。

 いずれも幼女を引き連れ幸せそうな顔をしている。


 一つ気が付いたのだが、幼女の頭にはやはり獣を描いた絵が存在していた。

 ファンタジー作品でよく見聞きするモンスターは、この世界では幼女に置き換わっているようだった。

 ちなみに三人は『デビルタイガー』と呼ばれる種族らしい。

 かなり上位のモンスターらしい(本人談)が、ほぼ戦闘が起こらないので実際の戦闘力は本人も知らない。なんだこの優しい世界は。


「今までごはんはどうしてたんだ?」

「せいれいさまに、あまいものちょうだいっていうときのみくれた」


 木の実ね。野生の幼女なのか。

 しかし、妙に知識があるのはなぜなんだ。ハンバーグとかカレーライスとかからあげとか、食べたことないと分からないだろ。


「あおは何か知ってる?」

「ようじょきょうかいで、つきにいちどたきだしがある。しすたーが、おいしいものたべさせてくれる」


 ああ、炊き出しね。てか幼女教会って。

 そういや女神が『異世界では幼女が自然発生しているの』とか言っていた気がする。


 この世界が幼女に食い潰される前に発生を止めろとも。



 ***



 街に入るとさっそく幼女幼女幼女。

 どこを見ても幼女で溢れていた。


 引き連れる大人は幸せな顔で満ち満ちていて、もはや何が問題なのか分からない状態である。だが、異世界から来た俺にはここの異常さは一目瞭然だった。


「おにーちゃん、はんばーぐ」

「ばーぐばーぐ!」

「……からばーぐ」

 

 あお、からあげとハンバーグが混ざっているぞ。

 二人は子供らしい落ち着きのなさで走ったり跳ねたりせわしない。あおは二人ほど活発ではないのか、俺の手を握りながら親指を吸っていた。


「この店でいいか」


 レストランらしき店へと入る。


 一応だが女神から100万円相当の金を受け取っていた。

 最初はラッキーとか思っていたが、この世界の状況を見るに100万では少ない。ウチの子を養う為にはこれっぽっちでは不安だ。


「いらっしゃいませ~」

「ませ~」


 女性店員が迎えてくれるが、彼女の背中から幼女がぴょこっと顔を出した。背中を向けられると、その背中には幼女が小さい手でシャツを握りしめてがしっと張り付いている。


 この世界では幼女を連れながら働いても問題ないらしい。

 案内されて四人で席につく。


「はんばーぐ、はんばーぐ」

「おこさまらんちあるよ」

「……これ」


 三人は揃ってお子様ランチに目を輝かせていた。

 俺は適当なパスタ料理を。店員を呼び止め注文する。


「うわぁ~、なんかたってる!」

「れなちゃん。はただよ」

「みんなちがうはただ」

「……あおは、さいごにとる」


 お子様ランチには全く知らない旗がさされていた。

 異世界にある国の国旗だろう。


 三人にフォークと取り皿を渡し、食事を始める。


 れなはフォークの扱いがまだ下手のようで、グーを握るように使用していた。おまけに口の周りはソースでべたべただ。


 ふーたんは上手く扱えているようだが、やっぱり口の周りがソースまみれ。頬を大きく膨らまして夢中で食べていた。


 あおは行儀は良いが、自分の世界に没頭しているようで、取り皿へ自分流に盛り付けてからパクパク食べる。


 三人を見ていると心が癒やされるようだった。

 前の世界では恋人すらいなかった俺だが、踏むべき段階を全て飛び越えて子供ができたような感覚だ。


 よし、食事の後で幼女教会に入信しよう。

 原因なんてもうどうでもいい。俺は沢山の幼女を娘にするんだ。


「おにいちゃん、あーん」

「うちも」

「あおもあげる」


 三つのミートボールをもぐもぐする。

 幸せはここにあった。


 ――五十年後、大量発生した幼女によって世界は幸福なまま滅んだ。


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