徳川レモン短編集
徳川レモン
第1話 三十人の勇者の伝説
聖剣が魔族の幹部を貫く。
魔王率いる魔族に劣勢を強いられ10年余り。
我が王国は幾度となく勇者を送り出し、その度に敗れ続けていた。
僕は三十人目の勇者。
「さすが勇者だな」
「ああ」
「カッコイイ!」
「ああ」
「これなら魔王にも勝てますね」
「ああ」
戦士。魔法使い。僧侶。三人が褒め称えてくれる。
だが、僕は喜ぶどころか疑念が深まるばかり。
敵があまりにも弱いのだ。
僕が強くなった、と考えれば納得できなくもないが。それでも手応えがなさ過ぎる。ここは魔王の本拠地、魔王城なのだ。
これでは今までの勇者が倒されてきた理由が分からない。
もしやこれは罠なのか。わざと僕達を城の深みに引き込み、不意打ちで全滅させる敵の罠。可能性はゼロではない。
「何考え込んでんだよ。さっさと魔王を倒して凱旋しようぜ」
「そうだね」
戦士の明るい言葉に思考が引き戻された。
***
「よくぞ我が元へ参った」
玉座に座る魔王。
とうとう僕達は最後の戦いを迎えたのだ。
罠などなかった。むしろここまで来るに辺り接敵すらもなかった。
拍子抜けもいいところだ。勇者との戦いを重ね、すでに魔王側には対抗できる戦力が存在していないのかもしれない。恐らくそうだ。
「さぁぶっ殺すぜ!」
「魔王を倒した後は、魔族を根絶やしよ」
「邪悪な悪の権化め。滅しなさい」
三人が武器を構えるが、魔王は微動だにしない。
彼の視線は僕に固定されなぜか微笑んでいた。
「少し話を聞いて貰えないか」
「辞世の句と思えば」
「勇者、聞くな! これは罠だ!」
戦士がなぜか焦っている。
死の呪言を警戒しているのだろうか。
だが、僕らは即死系の魔法を拒絶する宝具を身につけている。たとえ魔王だろうと、これを突破して効果を及ぼすことは不可能だ。それに加え最上級の魔法耐性装備も身につけている。いかなるステータスダウンも弾いてしまうだろう。
何より僕は、魔王の言葉に興味があった。二十九人の勇者を退け続けてきた魔王が、どのような人物であるか知りたかったのだ。寝ても覚めても魔王のことを考え続けてきたからこそとも言える。
「我は魔王になる前は、小さな村の平凡なエルフだった」
意外だった。生まれた時から魔王は魔王だと思っていたのだ。
彼は目を細め、懐かしそうに語る。
「毎日の楽しみは母の作る夕食であった。ふかした芋とスープ、それからちょっとした一品。質素ではあったが幸福に満ちていた」
その気持ちは痛いほど理解できた。
僕も両親を亡くすまで、母の手料理が毎日の楽しみだった。小さな村の出であることも重なってうるっと涙腺が緩む。まさか命乞いを狙っているのか。
「貴様らの暮らす王国は我が村を焼いた。容赦なく冷酷にだ」
「そんな、王国がそんなこと」
「我もなぜだと自問した。答えはすぐに判明したよ。王国は領土拡大に邪魔だったエルフを排除したのだ。邪悪な種族とレッテルを貼り、大義名分を掲げて父と母と妹を殺した」
「嘘だ……」
迷いから足が下がる。著しく戦意が下がっていた。
祖国がそんなことをするはずない。国王陛下も姫君も多くの貴族も僕に優しかった。平民である僕をまるで対等の者として扱ってくれた。だからここまで頑張って来れたんだ。
「惑わされるな勇者! 奴は言葉巧みに闘志を折ろうとしている!」
「しっかりして。貴方は王国を守る勇者なのよ」
「やはり邪悪な存在ですね。嘘を吹き込み心を操ろうとするなんて」
そうだ、戦士も魔法使いも僧侶も貴族。
嘘なんてすぐに分かる。
「魔王の言葉は嘘だよな!」
「お、おう、もちろんだ」
戦士は顎を触りながら返事をする。
嘘をつくときの癖だ。
「魔法使いは!?」
「そんな話、聞いたこともないわね」
魔法使いは露骨なまでに視線を逸らした。
やはり嘘をつくときの癖。
「僧侶!」
「……」
神に仕えるものとして僧侶は嘘がつけない。
沈黙はすなわち肯定であった。
それでも僕は、魔王を討つ理由を己の中で探し求めていた。
脳裏によぎるのは出会った人々の笑顔。そう、彼らを守る為に僕は魔王を倒さなくてはいけない。さもなければ、王国は魔族によって滅亡してしまう。
「勇者よ。なぜ貴様の耳は尖っている」
「え?」
「なぜ同じ村から何度も何度も勇者を送り出している」
「それは」
「答えは明白だ。貴様は我と同族、王国の魔法によってヒューマンと錯覚させられているのだ」
自分の耳に触れて確かめる。
人より少し長い、くらいに思っていたけど、言われてみれば確かにエルフの耳だ。
僕は記憶にある自身の姿がエルフであることに気が付いた。
違う。思い出したのだ。
「くそっ、一時洗脳が解けちまった!」
「だから同族ではなくヒューマンから勇者を用立てるべきと伝えたのよ」
「ですが我々聖なる種族が、邪悪な種族と直接刃を交えるのは好ましくないと教義にあります」
仲間だと思っていた奴らから、信じられない言葉が発せられた。
僕は、騙されていた。ヒューマン共に。
「逃げるぞ!」
「仕方ないわね」
「邪悪な種族よ、地獄に堕ちるがいい」
逃げ出す三人、しかし出口となる扉から二十九人の騎士がなだれ込んでくる。
いずれも腰には輝く聖剣を帯び、誰をとっても勇者と名乗るにふさわしい堂々たるいでたちであった。
それだけで全てを察した。
王国はエルフを洗脳し、勇者として魔王にぶつけていたのだ。
僕は三十人目。三十人目のエルフの勇者だ。
もしかすると僕の村は、魔王の故郷だったのかもしれない。
邪悪な種族はどちらだ。ヒューマンこそ欺瞞と強欲にまみれた薄汚い種族ではないか。
囲まれた三人は命乞いをする。
「助けてくれよ。俺達は陛下に頼まれただけなんだ」
「一緒に苦難を乗り越えた仲じゃない」
「死ね、邪悪なエルフめ。吐き気がする」
僧侶だけはぶれない。
穏やかな顔して心の中ではずっとあんな感じだったのか。
三人に刃を向けるが、すぐに下ろしてしまう。
腐っても仲間だ。向こうがどう思おうが、僕は仲間だと信じていた。
この手で殺す事などできない。
「魔王よ。彼らを見逃すことはできないか」
「ならば代償を差し出せ」
「御身に忠誠を」
「よかろう。解放してやれ」
三人は一目散にこの場を後にした。
僕を中心に整列した勇者達は、魔王へ深く頭を垂れる。
「機は熟した。全ての戦力を持って王国を潰す。今こそ世界の病巣を取り除く。奴らが邪悪と呼ぶならそれで良い。我らはより邪悪な存在を討ち滅ぼすだけだ」
邪悪にはふさわしくない聖なる光が部屋に満ちていた。
発するのは我らの聖剣である。
王国は実に愚かだ。これだけの武器を敵である我らに渡したのだから。
後に我らは、邪悪国家を討ちし『光の三十英雄』と呼ばれた。
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