王妃はあくまでお仕事です。

ぱっつんぱつお

また始まった例のやつ


 わたくしは首を傾げました。

 夫である陛下が仰るのです。

 愛妾であるマリアに嫉妬するのは止めろ、と。


 正直理解が及びませんでした。

 シット?

 え、誰に?

 謎です。世界の七不思議が変わるほどの謎です。


何故なにゆえわたくしが嫉妬をするのですか?」


 そう聞きますと大層意地の悪いお顔で陛下は言います。

 私がマリアばかり可愛いがるからだろう、と。

 はい意味が分かりません。

 わたくしはもう一度首を傾げました。


 陛下の隣にはピッタリとくっついた妾であるマリアの姿があります。

 うるうると目を潤ませわたくしを睨む彼女。

 え、謎です。

 元々わたくしの補佐官で入ったくせに仕事は遅いしミスばかりするし注意しても直す気配もない、つまりは使えない娘でした。

 子爵家の令嬢だとか聞きましたが最初から愛妾の座を狙っていたのでしょう。

 確かに顔の造りは可愛らしい方で男性に好かれる喋り方をされていましたね。

 上司として注意をしていたのですが、虐められたと陛下に泣きついていたのは知っています。

 この場にいらっしゃる宰相が教えてくれました。

 今もわたくしの執務室で共に話し合いをしていたのですがまた・・邪魔をされてしまいましたね。


 マリアが妾になる前も陛下が彼女のことでとやかく言ってきましたっけ。

 あれもわたくしがマリアに嫉妬していると思われていたのでしょうか。

 うわ。考えるだけでゾッとします。


「レオナ! 答えろ! 私の関心がマリアに向いているからと虐めていたのだろう!」

「え。何故なにゆえ?」

「だからっ! 私がマリアばかり可愛がるからお前は嫉妬して……!」

「え、だから何故なにゆえ? 別に存分に可愛がれば宜しいのでは? 愛妾なのですから」

「な……! よくもそんな堂々と……! お前さては私の関心を引こうとそんなことを言っているのだろう!」


 本気マジで理解に苦しみます。

 初めての愛妾を迎えた陛下って皆こうなるのでしょうか。

 先代が崩御してその若さで国を背負われるのは確かに重いでしょう。

 にしたって愛妾如きで何を訳の解らない事を仰っているのか。さっぱりです。

 幼少の頃からも、たまーーに大きな勘違いをなさる御方でしたが久し振りに出ましたか。


「もしもし陛下。何故わたくしが陛下の関心を引かなければならないのですか?」

「そりゃあ勿論私に愛されたいからであろう!」

「謎過ぎる」

「謎過ぎる!?」


 隣に居た宰相のハリーが笑いを堪えています。

 マリアは不躾にもわたくしを睨んでいますね。

 全く茶番もいいとこです。


「学生だったときも伝えましたが陛下は私の好みではありません」

「またそうやって気を引こうと!」

「このやり取り人生の中で少なくとも3回はしているような……」


 物心ついたときには既に婚約していた私たち。

 デビュタントして直ぐのころ王城のメイドと何やかんやあり、学園の卒業パーティーでは男爵家のビッチと何やかんやあり、今度は子爵令嬢ですか。

 ふむ。段々と出世してますね。

 ならば次は伯爵家ですか。先が思いやられますね。


「はっ! 嘘を吐いたところで私の心はお前には向かんぞ? 夜伽ではあんなに善がってくるくせに」

「勤務内容に含まれていますからね」

「は?」


 呆けた顔でわたくしを見つめる陛下ったら。阿呆すぎて見てられません。

 はぁ、とついつい漏れた溜息と同時に、ボーン、ボーンと終業の鐘が鳴りました。

 無駄な茶番で勤務時間が終わってしまったようです。


「ハリー、続きは明日にしましょう」

「はい王妃様」


 広げた書類を片付け席を立つと、紳士に手を差し出すハリー。

 あぁ……やはり包容力が違いますよね。


「なッ! おいハリー! 私の妻に触れて良い許可など出した覚えは無い!」

「陛下、たった今鐘が鳴ったので勤務時間は終わりの筈です。時間外勤務は下の者に示しが付きません」

「ハリーの言うとおりですよ陛下。今夜は夜伽の予定も入っていないですしわたくしはハリーの屋敷へ泊まりますね」

「何故だ!?」

「何故って……愛する人と共に夜を過ごしたいと感じるのは当然のことでは?」

「あい、あいあい愛する人だと……!?」

「ですから何度も申し上げているではないですか。陛下は好みじゃないの。ね? ハリー?」

「今日も美しいよレオナ。私には勿体無いぐらいだ」

「やだわハリーったら……」


 ちゅ、と指先に落とされるキス。

 たったそれだけで胸が高鳴ってしまいます。


「オイオイオイ! レオナ!! 何故そんな瞳で見つめる!?」

「だってぇ……み、魅力がっ……!」

「こ! この雌犬め!! デビュタントして騎士団長に手を出し学園では先生に手を出し城では宰相か!? おのれ私を差し置いて!!」

「陛下にお相手する時間は終わっていますのでわたくし達はこれで失礼しますね。マリアさん、お相手は頼んだわよ」

「レオナ! 待て! レオナ!? ちょ、レオナーーっ!! うう……レオナ……」




 陛下がレオナに振り向いてもらえるのは、伯爵令嬢を連れてきて、侯爵令嬢を連れてきて、公爵令嬢を連れてきて、酸いも甘いも経験して、心も見た目も渋みが増した頃だった。

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