第40話 対抗

 救助するにしても、ただ闇雲に探すのは非効率的か。

 できればあの二体には近付きたくないが、緊急性の高いのは、やはり二体のそばだろう。


水晶眼すいしょうがん


 二体の近辺には誰も倒れては居ない。


 良かった。

 流石にあれらの傍に不用意に近づけば、無事では済まない。

 いや、例え用意していたとしても御免被るが。


 ならば、少し捜索範囲を広げてみるか。


 次は何人か見付けることができた。


転移てんい


 ふむ、皆気絶しているだけのようだ。

 そもそも、先程の【天使てんし】の光を避けられなかった連中は消滅してしまったかもしれないが。

 死人で無いならば、連れて行くとしよう。


≪転移≫


 女性の【執行者しっこうしゃ】と子供の容姿をした神の元へと、数名を連れて現れる。


「では、彼らをお願いします」


「あぁ、任された。この調子で頼む」


「はい、ではまた」


≪転移≫



 何度か同じような遣り取りを繰り返し、ようやく、二人を見付けることができた。

 メイドさんと少女だ。


魔神まじん】である二人を、【執行者】の元へ預けるのは不安でもあるが、ここは信用するしかあるまい。

 二人を抱え移動する。


≪転移≫


 そこには、既に結構な数の【執行者】が横たわっている。

 だが、まだ誰も覚醒してはいないようだ。


 彼らとは少し離れた場所に二人を下ろし、残りの捜索に戻る。


≪転移≫



 最後に見つけたのは、少年の【執行者】だった。

 既にその身に光は宿っておらず、他の【執行者】たちと同じ、漆黒の鎧姿となっていた。


 少年を抱えようと近づく。

 すると、そのまぶたが動いた。

 開かれた目が、俺の姿を捉える。


「……貴様、性懲りもなくまだ生きていたのか」


「本当にブレない人ですね」


「……何だと? どういう意味だ? いや、そんなことより、状況はどうなった? 逃げられたのか?」


「いえ、今は【怠惰たいだの魔神】と【嫉妬しっとの魔神】が戦っています」


「何だと!? くそっ、更に増えたのか……」


「俺は、ひとまず貴方がたを救助して回っていたところです」


「ハッ、【魔王まおう】が人助けだと? それで命乞いでもするつもりなのか?」


「…………」


「貴様の手など借りん。僕はその二体を片付ける必要があるしな」


「その有様で、ですか?」


「……おい、僕は貴様を見逃すつもりはないんだぞ? 何なら先に貴様から始末しても構わんのだぞ?」


「そうやって凄んで見せたところで、もうろくに動くこともできないんじゃないですか?」


「貴様、先程から馴れ馴れしいにも程があるぞ! 分をわきまえろ!」


「怪我人の、それも子供で、極めつけは俺を殺そうとしている相手に、俺は随分と丁寧かつ寛容かんように接しているつもりなんですがね」


「戯言をぬけぬけと! それに、僕は貴様よりも遥かに年上だ!」


「はいはい、そうですね」


 流石に相手をするのも疲れてきた。

 さっさと連れて行くことにしよう。


 俺は無言で少年の腕を掴み上げる。


≪転移≫


「貴様、何をする!」


 弱っているとはいえ、俺よりも強い相手であることに変わりは無い。

 攻撃を食らう前に、さっさと腕から手を離し、その場に下ろす。


「……ここは? 無事な者は居ないのか!?」


「まだ、皆は目覚めていません」


「……君か。【魔王】が無事な様子を見るに、どうやら僕の与えた命令を完遂できなかったようだな?」


「はっ、面目次第も御座いません」


「…………それは僕も同じことか。だが、この命続く限り諦めたりはしない」


「まだ動かれない方が――」


「ここでジッとしていても状況は好転したりはしない」


「――それはどうでしょうか」


「ん? 何故天界に子供が居る?」


「その方は、受肉された神様でいらっしゃいます」


「……君は、自分が何を言っているのか理解していないのか?」


「彼女は嘘を言ってはいませんよ。ワタクシは、正真正銘本物の神です」


「……確かに只者ではない。気配はしゅのそれに近いようではあるが、【神像しんぞう】を依代よりしろとしないなど、可能なのか!?」


「ご覧になったとおりかと」


「……それで、新たな神よ。何か御用でしょうか?」


「貴方一人で、この窮地を脱することは叶いません。ここは遺恨を忘れ、共闘することです」


「……それは、御命令でしょうか?」


「いいえ、ワタクシに何かをいるつもりはありません」


「であれば――」


「――ですが、理解していただけるまで、何度でも対話することを諦めたりは致しません」


「…………」



 ……いつまでもこの場に突っ立っていても仕方がない。

 説得とやらは、この幼神ようしんに任せるとしよう。


 俺は少し離れた場所へと歩を進める。

 そこには、様子の変わらないメイドさんと少女が横たわっていた。


 二人共、あの少年と戦っている最中に【怠惰の魔神】に急襲されてしまった。

 元々、少年に押され気味だった所に最強の【魔神】の一撃だ。

 もう出血はしていないみたいだが、目覚めにはまだ時間が掛かるのかもしれない。


 しかし、俺の知る限り、最強格と思われた二人が、こうも容易く倒されてしまうなんて。

 二人を同時に相手取ってみせた少年は元より、その少年を軽くあしらう【怠惰の魔神】や、それに対峙する【嫉妬の魔神】も、最早俺の理解を超えた存在過ぎる。


 こうなってみると、女神の言っていたように、【魔神】への対抗策に【魔神】を用いるというのは、その強さを目の当たりにすると否定しきれないものがある。

 勿論、その手段として魂の吸収がある以上、賛成はできないが、強さの面で他の対抗手段が見当たらない。


 この場を凌ぐこともそうだが、あの二体をどうやって倒せばいいのか。

 まだ、【大罪たいざい】を左程も使用していない様子の二体。

 普通に戦ったのでは、勝ち筋が見えない。

 では、からめめ手が必要ということになるか。


 やはり、一番堅実なのは、互いに消耗し合ったところを持てる全ての戦力で叩くことだろうか。

 だが、こちらで攻撃が一番有効そうなのは少年だが、【怠惰の魔神】には効いていない様子だった。

 弱ったところを狙ったとしても、防御を上回る攻撃でなければ意味は無い。

 何とかして、こちらの攻撃力を上げるか、相手の防御力を下げる必要がある。

 ゲーム的に言えば、バフとデバフか。

【大罪】や【美徳びとく】にそれらしいモノがあるだろうか。


 俺が答えの出ない難問に頭を悩ませていると、傍で動きがあった。


「……うぅっ。…………ここは? どこでしょうか?」


 身を起こしたのはメイドさんだった。


「まだ天界に居ます。メイドさんは今まで気を失っていたんですよ」


「……周囲の状況は? どうしてこんなに広い空間に居るのでしょうか?」


「【怠惰の魔神】があらかた吹き飛ばしてしまったんです」


「っ!? そう、あの【魔神】はどうしましたか?」


「今は【嫉妬の魔神】と戦っています」


「【嫉妬】!? ……成程、大方【怠惰】を追って来たのですね」


「二体は仲が悪いんですか?」


「私が知る限り、【嫉妬】が【怠惰】を一方的に敵対視しているようでしたね」


「まぁ、確かにそんな感じはしますね」


「……【執行者】も、ほとんど倒されたわけですか」


「えぇ、俺たちと戦っていた【執行者】の二人以外は、まだ意識を取り戻していません」


「【色欲しきよく】は……、いつまでも、何を寝ているのですか!」


 メイドさんが少女の頭に手刀を振り下ろした。

 少女の後頭部が床に沈み込む。


「ちょ、ちょっと、メイドさん! 流石にそれはやり過ぎですよ!?」


「これぐらいで壊れたりはしません、よ!」


 更にもう一撃を加えた。


「いやいやいや、これからあの二体を倒す戦力として必要なんですから、乱暴は止めて下さい」


「……残念ながら、私共では、あの二体には太刀打ちできません」


「そんな――」


「――いってぇーなぁー!!! 誰だ人の頭を何度も殴りやがったのは!?」


「……やっと起きましたか。貴女が一番【魔神】の中で弱いのですから、もっと精進しなさい」


「何だとてめぇ!! いきなり喧嘩売ってんのか、あぁん!?」


「耳元で五月蠅いですよ」


 少女の喉に貫き手が当たる。


「ぐえっ」


「だから、乱暴が過ぎますって!? 何でそんなに当たりがきついんですか!?」


「……【魔神】同士は、より互いを嫌悪してしまうのです。だからどうしても、つい」


「いやいやいや、つい、じゃないでしょ。我慢して下さいよ」


「げほっげほっ……てめぇ、やりやがったなぁ!!!」


「その怒りは後に取っておいて下さい! まだ二体残ってるんですから!」


「……あぁん!? ゲッ、【怠惰】と【嫉妬】!? 何でここに!?」


「……あぁ、そういえば、すぐに気絶させられてましたからね。気づく前だったんですね」


「どういうことだよ!?」


「それは――」



 俺は二人にこれまでの経緯を話して聞かせた。



「――そんな、女神様が……私が付いていながら……何ということでしょう……」


 メイドさんは女神像が破壊されたことに酷くショックを受けていた。


「……その【神像】というのを修復することはできないんですか?」


「……それは可能なはずです。ただ材質は希少な上、製造には時間を要するはずです」


「造り直せるなら良かったじゃないですか」


「……えぇ、そうですね」


 そう言葉を返してくれたものの、あまり元気は戻らなかった。


「――たかが石の一つや二つ、壊れたところでどうだっていうのさぁ」


「おい、そんな火に油なことを――」


「――たかが? 貴女も女神様の【使徒しと】になったのですよ? それを……」


「待った待った! ここで争うのは止めましょう!?」


 二体と戦う前に、死闘が行われそうな気配だ。

 本当に二人は仲が悪いというか、相性が悪いというか。



「――随分とこちらは賑やかですね。皆様、気が付かれましたか」


「あん? 誰だ? ガキが何で?」


「さっき話したでしょう? 受肉した神様でいらっしゃいます」


「まんま人間じゃん。神って何でできてるわけ?」


「黙りなさい、無礼にも程があるでしょう。貴女は大人しく、ただ黙って居れば良いのです」


「あぁん? 随分と突っかかってくるじゃねぇか!?」


「それは貴女の方でしょう?」


「はいはいはいはい、止めて下さいね」


「楽しそうなところ、お邪魔して申し訳ありませんが、集まっていただいてもよろしいですか?」


「え、はい、分かりました」



 幼神に促され、後を付いて行く。

 その場には先の少年と女性が居た。

 やはりと言うべきか、他の【執行者】は、誰も起き上がっては居なかった。


「では、二体の【魔神】への対抗策を話し合いましょう」

「まず結論から申し上げますと、現状、あの二体を倒すことはできません。ですので、この場から退けることを目標といたします」


「……まぁ、僕が敵わないんだから、無理もないけどね。忸怩じくじたる思いではあるが」


「それで、その退ける方法はあるのでしょうか?」


 少年の自嘲に次いで、メイドさんが幼神へと尋ねる。


「【嫉妬の魔神】の目的は【怠惰の魔神】です。故に【怠惰の魔神】がこの場を退けば【嫉妬の魔神】もその後を追うと推察されます」


「【怠惰】を退ける方法はあるんですか?」


 今度は俺が幼神へと尋ねる。


「【怠惰】の性質を突くのが良いかと思われます。要するに面倒臭い、と思わせれば良いのです」


「……つまり、私たちで戦闘の妨害、というより、【怠惰】の邪魔になるように動け、ということでしょうか?」


「そのとおりです」


 女性の【執行者】の推論に、幼神は肯定を返す。


「しかし、【天使】たちの出しているあの光が、俺たちにとっても邪魔だと思うんですが?」


「【天使】たちは一時的に引かせます。既に効果もありませんし、邪魔とすら思われていませんから」


 俺の質問に幼神はそう答える。


「基本的には、僕か【魔神】が攻撃を行い、他は注意を逸らしてくれれば良い」


「あのー、俺は素手なんですが、効果ありますかね?」


「僕の剣でも折られたんだ、武器があってもあまり意味は無いだろうさ」


「……私の刀をお貸ししましょう。鞘付きのまま殴れば、折られることもないでしょう」


「……壊したら弁償とか、ありませんか?」


「それは勿論、弁償してもらいます。金銭ではなく労働で。もしくは貴方の首でも構いませんよ?」


「いえ、首の件は拒否しますが、刀はお借りしたいです」




「では皆様方、準備はよろしいでしょうか? 皆様の御武運をお祈りしております」



 神が何に祈ってくれるのかは疑問に思ったが、今はこれからのことに集中しよう。

 これ以上の被害を出さないためにも、下手をうって皆の足を引っ張るわけにもいかない。


 目標は最強の【魔神】。

 戦力差は歴然、人数も少数、それでもやるしかない。



【執行者】と【魔神】と【救世主きゅうせいしゅ】兼【魔王】という異色のチームによる戦いが、今、始まる…………なんてね。





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