第37話 強者
俺がこれからの算段を思案していると、突然、部屋の扉が開かれた。
「失礼致します、女神様」
「……何の御用でしょうか?」
「無論、職務を全うしに来たまでです。当然のことではありませんか?」
「職務、と仰いますと?」
「惚けずともよろしいのですよ? 貴女がたの会話は全て聞き及んでおります」
「……それは一体、どういうことでしょうか?」
「誰が【
「この天界まで監視していたということですか」
「
いきなり現れて、俺たちを殺すつもりらしい。
声や体格からいって、少年の【
その少年には連れも居るらしい。
「それで、【
「はい、私が遭遇した個体で間違いありません」
「よろしい。では、君は戻りたまえ」
「え? しかし、この数をお一人で相手取るのは
「助力は不要です。誰も僕には敵いません」
「しかし! 一体を相手取る間、【執行者】全員で他を足止めする方がよろしいのではないでしょうか?」
「君もくどいですね。君たちでは足止めすらも叶いませんよ。それこそ僕が保証して差し上げます」
「そんな!?」
「君の謹慎を解いたつもりはありません。早く戻りなさい」
「……っ!?」
少年と女性の【執行者】がそんな遣り取りをする。
女性の方は、何時ぞや見た【執行者】のようだった。
そこに、一早く事態の解決を図った者が居た。
≪
赤いオーラを纏った少女が、少年へと飛び掛かる。
対して、少年がそれに反応してみせる。
≪
少年から凄まじい力の
溢れ出す力の
俺は踏み止まることもできずに、壁に押し付けられた。
少年が少女を蹴り上げる。
少女の体は天井を容易く突き破り、すぐさま見えなくなってしまった。
【美徳】では【大罪】には敵わない。
【魔神】には【執行者】では敵わない。
但し、一人の人物を除いては。
つまりは、この少年こそが、
≪
今度はメイドさんが動いた。
こちらも赤いオーラを纏い、少年に接敵する。
震脚を伴った正拳突き。
対する少年は、剣を抜き放った。
装飾が余すところなく施された、思わず感嘆する程に美しい長剣。
儀礼剣と見紛う程のそれは、鎧と同じく、金色に染まっている。
拳と剣がぶつかり合う。
僅かの間すら拮抗できず、メイドさんが吹き飛ばされた。
格が違う。
【色欲の魔神】を圧倒してみせた【憤怒の魔神】。
だが、その【憤怒の魔神】をも、少年は軽くあしらってみせた。
間違いなく【魔神】よりも強い【執行者】がそこに居た。
「お止めなさい!」
女神の制止の声が部屋に響く。
「僕は自衛を行ったまでですよ? 無論、どの道こうするつもりではいましたが」
「神の名の下に命じます。即刻、戦闘を中止しなさい」
「生憎と僕の主はただ一柱のみ。そして、それはご承知のように、貴女ではありません」
「ましてや、【魔神】に与する者の言など、言語道断!」
「つまりは、聞く耳を持ちません、ね!」
言葉を言い終えると同時に、メイドさんへと迫る。
メイドさんはまだ動いていない。
流石に恩人が無抵抗に斬られるのを見過ごすのは躊躇われる。
≪
即座にメイドさんの前へと【転移】し、両腕を胸の前に盾として構え、迫る剣に備える。
剣は何の抵抗も覚えていないかのように、一閃で俺を横方向に両断した。
「僕の邪魔をするな、雑魚が」
痛みに喘ぐ余裕もない。
既に次の剣閃が迫っているのが見える。
駄目だ。
生半可な抵抗では止められない。
俺は持ちうる最強の手札を切る。
≪きゅうせ――≫
頭を蹴飛ばされ、【
「何を馬鹿な真似を。余程、先に殺されたいと見えるね」
床に倒れた俺に、剣が振り下ろされる。
その剣身を横から拳が殴りつけた。
その衝撃で剣の軌道がズレ、俺のすぐ横へと振り下ろされた。
「……ふん、確かに何体も相手取るのは面倒か」
「おい、戻るつもりがないなら、この転がっている雑魚の相手は君に任せるよ」
「え!? あ、は、ハイ、了解しました!」
メイドさんと対峙する少年。
そして、【
そこに天井から少女が帰還した。
「てめぇ、ぶっ殺してやる!!!」
「ハハハッ、その様でよくもまぁ吠えられたものだね」
メイドさんと少女の間に挟まれる形で少年が身構える。
三者の殺気が高まっていくのが分かる。
対して、こちらの眼前には長刀を構える【執行者】の姿。
浴びせられる殺気に、俺の首が斬り飛ばされる様を幻視させられる。
不味い不味い不味い。
これは死ぬこれは死ぬこれは死ぬ。
頭には、
唯々、現状の絶望感だけを伝播してくる。
流石に成りたての【魔王】と歴戦の【執行者】では、俺の分が悪過ぎる。
いや、相手が歴戦かは知らないけれども。
少しだけ、思考に余裕が生まれて来たか。
あるいは、現実逃避し始めただけか。
逃げたいのは山々だが、ここでメイドさんや少女がやられてしまえば、次は俺の番となるのは明白だ。
助かるためには、あの少年を止めなければならない。
無理難題にも程がある。
【魔神】2体を相手取れる少年に、【魔王】でしかない俺に何ができるというのか。
やっと力を得られたと思った矢先に、この有様とは。
前途多難どころではなく、絶体絶命だ。
そこに長刀が振り抜かれる。
凄まじい剣速。
既に剣身は霞んでしまい目で捉えることは叶わない。
全力で横に飛ぶ。
避け損ねた足を斬り落とされた。
やはり、この【執行者】にも【聖衣】の防御を突破されるらしい。
守りではジリ貧か。
とはいえ、攻撃手段も【救世】ぐらいしか思いつかない。
後は魔術でも使えれば……。
物は試しか。
俺は老人に教わったことを思い出しながら、右手に集中する。
と、そこに迫りくる殺気!
そのすぐ上を剣が過ぎてゆく。
あっぶねぇー!
必殺技の邪魔するとか、空気読めなさ過ぎじゃね!?
ピンチに都合よく覚醒するのが王道パターンじゃないのかよ!?
最早余計なことは考えず、回避に専念する。
隣の三者は、どうやら部屋が手狭過ぎたらしく、壁を突き破って何処かに行ってしまったようだ。
これで、お互い助け合うことも難しくなった。
もっとも、俺にできることは左程も無いだろうが。
ともかく避ける。
どっかの奥義みたいな剣戟が次から次へと迫りくる。
室内を逃げ惑いながら、咄嗟に手に振れた何かを盾にする。
室内に響き渡る金属音。
刀は女神像へと振り下ろされていた。
一瞬、気まずい空気が室内を満たす。
流石に、彫像とはいえ、女神を斬りつけるのは不味いかもしれない。
自身の斬りつけたモノを認識した【執行者】が慌てて剣を引っ込める。
「す、すみませんすみません申し訳ありません」
「誤解なんです事故なんです不可抗力なんです!」
女神像に対し平謝りしながら、矢継ぎ早に言葉を連ねてゆく。
「故意では無いのは分かっています。ですが悪いと思うのならば此処は引いていただけないでしょうか」
「そ、それはできません。私たちの目的は【大罪】の討滅ですから、見逃すわけには……」
流石は女神像というべきか、先の一撃を受けてもなお、傷一つ付いてはいないようだった。
何だったらこれを振り回せば強いのかもしれない。
相手は斬るのを躊躇い、また、卓越した頑強さを誇る武器。
ゲーム的にいえば、破壊不可なオブジェクト扱い、みたいなものだろうか。
ともあれ、この隙に一息つくとしよう。
まさしく、息つく暇もなかったのだ。
一撃死だけは賢明に避け続けたが、体には治る先から新たな斬り傷が生じてしまう。
俺よりも、相手の方が速い上に強い。
その上、相手はまだ全力では無いように見受けられる。
その根拠は武器にある。
相手は背に大太刀を背負っているのだ。
今は腰の長刀を使っているが、あの背の大太刀を使われたら不味い予感しかしない。
「引いていただけるのであれば、不問に致します。ですが、引いていただけないのであれば、そうは参りませんよ?」
「えぇー!? そんなこと言われましても、私の一存では何とも致しかねますよぉ」
ありがたいことに、女神が時間を稼いでくれているみたいだ。
この隙に逃げたい気持ちを押しとどめ、メイドさんたちの様子を窺う。
≪
既に幾つもの壁を粉砕したようで、ここより随分と離れた場所で戦闘が行われているようだ。
戦闘とは言ったものの、実際の所、少年による一方的な攻勢だ。
残る二人は防戦を強いられている。
むしろ、防戦に徹しないと即座にやられかねないのかもしれない。
なるべく同じ方向に立たないようにしているのか、メイドさんと少女は常に少年を間に挟むように立ち回っている。
だが、少年の攻撃は前後同時に行われているとしか思えない速度を誇っている。
今も、二人同時に薙ぎ払われてしまった。
女神の話しでは、単独で【魔神】を討滅したらしいが、今は二体を相手取っているのだ。
にも拘らず、少年こそが圧倒している。
【大罪】に劣る【美徳】らしいが、全ての【美徳】を有するとあれ程凄まじい力となるのか。
これだけ強いのであれば、三人が共闘すれば、あるいは残る二体の【魔神】も倒すことが可能となるのではなかろうか?
少年は無傷であるのに対し、残る二人は全身切り傷だらけだ。
致命傷が無いのがせめてもの救いだろうか。
しかし、勝利の天秤は確実に一方へと傾いてゆく。
少年の他にも【執行者】はまだ居るはずだ。
一人一人が弱いとしても、この状況で加勢でもされたら、最早一方的な展開となるだろう。
何か手を打たねばならないが、できそうなことといえば、【救世】を使うぐらいのものだ。
先程、止められたことを考えれば、何かしら有効かもしれないが、まず間違いなく少年は消滅しないだろう。
よしんば、少年に隙を生じさせることができたとしても、その少年に対する有効打が無い。
これは本当に、最後の手段。
二人が危うくなった際は、迷わず使うべきだ。
【転移】で逃げられればいいが、果たして間に合うだろうか。
今にも決着しそうな様相を呈する戦闘を、ただ見守ることしかできない。
だが、そこに誰も予想だにしない、最悪が襲来する。
最早一方的になりつつある戦闘のすぐ傍に、そいつは突然現れた。
既にかなりの距離を離れているはずだが、【水晶眼】越しにさえ、そいつの異質さが伝わって来る。
寒気がする。
心臓が冷たいと感じる程だ。
何か途方もなく良くないモノ。
そう、直感が告げてくる。
そいつの存在に気が付いた三者が身動きを止める。
次の瞬間、俺の眼前にある女神像が粉砕され、傍に少女が血に濡れて横たわっていた。
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