最終章

第36話 思惑

 もう何度目になるか、紫の室内へと戻って来た。

 そこには二人と一体が俺を待ち受けていた。


 女神像が声を掛けてくる。


「良くぞお戻りになられましたね」


「まぁ、他に行く当てもありませんし」


「あらあら、存分に居て下さって構いませんよ?」


「俺には、此処に居着く理由がありませんから」


「……成程、そうですか。では理由があれば良いと?」


「それこそ、理由にもよります」


「では、貴方が【傲慢ごうまん魔王まおう】となったじちですし、そろそろお話致しましょうか」


「……ちょっと待ってください。俺が何ですって?」


「貴方は見事【魔王】に覚醒を遂げたのですよ」


「……その口振りからすると、思惑どおりといったところですか?」


おおむねは。ですが、まだ足りてはおりません」


「俺に【魔神まじん】に成れ、と?」


「フフッ、話が早くて助かります。が、順を追ってお話し致しましょう」




「先ずは、わたくし共の目的からお話し致しましょうか」

「それは、全ての【魔神】を此処に集わせることにあります」

「その理由とは、【魔神】による世界への襲撃を防ぐためです」

「全ての【魔神】が揃い、皆が私共に賛同し、魂の吸収を止めれば、それ以降の被害は発生しません」

「以前お話したとおり、【魔神】は各【大罪たいざい】につき1体だけ成り得ることができます」

「つまりそうなれば、新たな【魔神】が生まれる可能性はなくなり、【魔王】以下に対しては支配も可能です」

「――全ては世界の安寧のために」


「……では、賛同しなかった場合は?」


「別の【魔神】の誕生を待ちます」


「賛同しなかった【魔神】への処置は?」


「……当然、速やかに退場願うだけです」


「…………」


 それはつまり、俺が賛同しない場合も、同様という意味か……。


「現状、在位の【魔神】は【怠惰たいだ】【嫉妬しっと】【憤怒ふんど】【色欲しきよく】の4体、空位は【傲慢】【強欲ごうよく】【暴食ぼうしょく】の3体となります」

「【強欲】と【暴食】はその性質故に、成長が早い傾向にあり、【執行者】が優先的に排除しています」

「【傲慢】は未だ【魔神】に至った者はおりません」

「ここで問題なのは、【怠惰】【嫉妬】の2体なのです」

「【怠惰】は最古にして最強、現在は所在不明となっており、【嫉妬】は積極的に魂を吸収し、力を強めております」

「この2体への対処こそが肝要。できれば他の【魔神】を揃えた状態で相対したいところではあります」


 おぅおぅ、また色々と情報を出して来たな。


【怠惰】:最古にして最強、所在不明

【嫉妬】:積極的に魂を吸収しており、日々力を増している

【憤怒】:女神の使徒

【色欲】:女神の使徒

【傲慢】:空位

【強欲】:空位

【暴食】:空位


 ってところか。

 現状の脅威順としては【嫉妬】【怠惰】といった感じか。

 それで、俺が【傲慢の魔神】になって、女神の【使徒しと】になることを望んでいると。


「【執行者しっこうしゃ】と協力関係にはないんですか?」


「えぇ、違います。彼の神とは世界の管理に関して、元より見解の相違がありました」

「それはこれからも変わることは無いでしょう」


 いや、変わらないって言っても、方や【大罪】を滅ぼすことを目的とし、方や【魔神】を揃えることを目的としているんだから、いずれは衝突するのではなかろうか?



「確か【執行者】が今、【魔王】をはじめとした【大罪】保有者を討伐し続けているんですよね?」


「そうですね」


「では何故、俺やメイドさんたちが襲われないんですか?」


「その理由は、彼らには貴方がたの【大罪】を探知できないようにしてあるからです」


「どうやって?」


「お渡しした【リング】には【隠匿いんとく】を付与してあります。それにより、探知を阻害しているのです」

「もっとも、【魔神】ともなれば、力を抑えていなければ探知されてしまいますが」


「【リング】にまだそんな能力が付加されていたんですか……」


 そういえば、俺が【色欲の魔神】に襲われ【リング】を失った時、メイドさんが【リング】を渡しに来てくれていた。

 てっきり、助けに来てくれていたんだとばかり思っていたが、どうやら【リング】を渡すことも目的だったわけか。

 白狼はくろうに【リング】が飲み込まれた時も、俺が自力で取り戻さなければ、渡しに来ていたのかもしれないな。


 というか、それならもう少しのんびりしてから戻って来るんだったか。

 知らなかったこととは言え、何だか損した気分だ。


「それで、結局、俺は今まで何をさせられて来たんですか?」


「貴方は私共が見つけた時から【美徳びとく】ではなく【大罪】を有していました」

「故に、救助した後、すぐに【リング】を手渡し、【執行者】の目から逃れさせたわけです」

「貴方に【大罪】と接触を図らせたのは、所謂いわゆる、共振作用を期待してのことと言いましょうか」

「【美徳】は複数有することが可能であるのに対し、【大罪】同士は互いに反発し合います」

「互いを認めず、ともすれば滅ぼそうとさえするのです」

「貴方の【傲慢】に対し、他の【大罪】を反応させることで【傲慢】の活性化と共感を促すこと、それが貴方の質問への答えとなるでしょうか」


 俺が【救世きゅうせい】を使った当初から【傲慢】を宿していたと?

 それが原因で、時折俺の頭の中で別人格みたいな言葉が発せられていたのか?

 結果、女神たちの思惑どおりに事が運び、俺は【魔王】にまで昇格してしまったというのか。


 とはいえ、女神の言い分にはおかしな点がある。


「あなたは矛盾しています」


「何がですか?」


「【魔神】が魂を吸収するのを防ぐため、【魔神】を陣営に引き込むと仰いました」

「ですが、そもそも【魔神】になるためには大量の魂が必要だったのではありませんか?」


「…………」


「あなたはそれを消極的に認めていますよね?」

「より多くの魂を救うために、より少ない魂は切り捨てても構わない、と?」


「…………私からは異論はありません」


「であれば、俺は貴方がたには従えません。それならむしろ【執行者】たちの方がやっていることはマシでしょう」

「少なくとも、彼らの方が魂を犠牲にしようとはしていないでしょう」


「……【美徳】では【大罪】には勝ち得ません」

「現状、最強の【執行者】である人物は、全ての【美徳】を有しておりますが、それでも【怠惰の魔神】には敵いません」


「それは何故ですか?」


「【美徳】は能力の上限がありますが、【大罪】は違います」

「【大罪】は魂を吸収する限り、その力を増してゆくのです」

「故に、一定数の魂を吸収してしまった【大罪】に対し、【美徳】では対抗できなくなってしまうのです」


「……だから【大罪】には【大罪】をぶつける、と?」


「そのとおりです。それ以外に道はありません」


「【大罪】を弱体化させる方法はないのですか?」


「……私が知る限りでは存在しません。ですが、あるいは、吸収された魂を解放することができるのであれば、弱体化は可能かもしれません」


「でもその方法は分からないわけですね?」


「そのとおりです」


「では【美徳】の力を増す方法はないのですか?」


「元々【美徳】はそれぞれがつかさどる力にそくした条件下で力を増します」

「ですが、【美徳】の力そのものを向上させる術は見つかっておりません」

「もっとも、全ての【美徳】を有している人物であれば、また別かもしれません」

「その力は他の【執行者】と一線を画しています」

「本来打倒し得ない【魔神】を単独で討伐しておりますから」


【美徳】と【大罪】の力関係か。

 言っているとおりならば、確かに【大罪】の方が時間を経る毎に強くなってしまうわけだ。


 しかし、だからといって、犠牲を許容するというのは同意できない。

 俺は【救世】を使用したが、それだって世界の消滅であって、魂の消滅ではない。

 再誕した世界でまた転生できるらしいからだ。


 だが、魂が吸収されてしまえば、それも叶わない。

 その魂を取り出す術がなければ、未来永劫、転生は叶わないことになる。


「【魔神】を討伐できたとして、吸収していた魂は回収されるのですか?」


「いいえ、あくまで【魔神】単体の魂だけが転生されます」

「【魔神】は吸収した魂を保有しているわけではなく、エネルギーへと変換してしまうのかもしれません」

「まだ、その辺りの仕組みは解明されていないのが現状です」


 それでは、【魔神】を討伐できても救いがない。

 一応は、それ以降の被害を抑えることはできているわけだが、それまでの被害を清算することが叶ってはいない。

 現状では、女神も巨神も、【魔神】に吸収された魂を救えてはいないわけか。

 それでも、女神側の方が、より犠牲を強いる手法ではある。


 万時上手くいく方法は、現状無いらしい。


 必要なのは二点か。

 一点目は、【魔神】への対抗手段。

 これは現状、【魔神】を懐柔するか、同じ【魔神】で対抗するか、他の戦力により討伐するかぐらいしかないわけだ。

 二点目は、【魔神】に吸収された魂の解放手段。

 これは現状、その手段が存在していない。


 対抗手段で言えば、新たに【魔神】を生み出さない方法が望ましい。

 解放手段で言えば、その手段を模索し、特定する必要がある。


 どちらも言う程、簡単ではない。

 特に解放手段に関しては、存在するのかさえ不明だ。


 俺の力では、どちらにも貢献するのは難しい。

 例え、魔術が使えるようになったとしても、そんなとんでもない戦力に対抗することはできないだろう。


 何か簡単に強くなる方法はないものだろうか……。



「……例えば、【大罪】を複数所持するのはどうなんですか?」

「【美徳】も複数所持することで力を増しているんですよね?」


「……結論から言って、実現は困難でしょう」

「実際、試したことはあります。ですが、複数の【大罪】を有した者は、例外なく死亡しています」


「……それは何故ですか?」


「適性の無い【大罪】に、自我が耐えられないのだと推察されます」

「元々、【大罪】が一つ有るだけでも相当の負担となります」

「常に【大罪】の衝動にさいなまれることになるからです」


 むむむ。

 俺が思いつきそうなことぐらい、既に試しているのは当然か。

 確かに、俺もその身に宿しているからこそ分かるが、【大罪】の衝動は常に感じている。

 これが複数種類、同時に発生するのは、たまったものではないのだろう。

 だが、例外なく死亡しているというのは予想外だった。

 俺が思っている以上に、複数の【大罪】というのは負荷が掛かると見るべきだろう。


 しかしながら、分かったこともある。

 複数の【大罪】を保有すること自体は可能だということだ。

 適性の無い者には無理だが、それこそ適正のある者を探せば良い。

 ただ、それを試す方法が問題でもある。

 まさか、全ての者に【大罪】を付与して回るわけにもいくまい。

【魔神】ならば【大罪】を付与できたはずだから、その方法自体は可能であろうが、その対象をどう特定するかが問題だ。

 しかし、これが上手くいけば、【眷属けんぞく】では無理でも、【魔王】クラスならば、複数の【大罪】を保有すれば【魔神】を上回ることも可能かもしれない。

 そうすれば、魂を吸収せずとも、【魔王】で制圧は可能となるかもしれない。


 まぁ、所詮しょせんは机上の空論に過ぎない。

 実際に効果があるかは未知数だし、そもそも、そんな特異体質みたいなのが居るかも分からない。

 仮に居たとしても、見つけられるかも不明だ。


 現状、すぐさま解決できる問題はないわけか。



 差し当たっての問題は、俺がこの場を無事に脱することができるか、だろうか。





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