インタールード C-2

天使てんし】の力は凄まじく、他の班も【魔王まおう】の討滅に成功しているようだった。

 順調に【水晶球すいしょうきゅう】に検知される【魔王】の処理は進んでいる。


 だが、今のところ、【魔神まじん】発見の報は聞かれなかった。


 何故、【魔王】よりも力が上の【魔神】を検知できないのか。

 どうやら、【魔神】はある程度、自身の【大罪たいざい】を制御できるようだ。

 そのため、活性化していない状態では検知できないらしい。


 自己顕示欲の強い個体や、私たち【執行者しっこうしゃ】をおびき寄せるつもりでも無ければ、そんなことはしないのだろうか。

 もしくは、他の個体との戦闘により、力を行使する場合、だろうか。


 むしろ、最後の方があり得るのかもしれない。

 力を抑えているなら、他からは弱く見えるかもしれないからだ。



 しかし、長きにわたり、苦戦を強いられた【魔王】に対し、こうもあっさりと趨勢すうせいが覆るとは思わなかった。

 それ程に、あの【天使】の武器が驚異的なのだ。

 触れた箇所を消滅させる、その力。

 やはりあれは、【救世きゅうせい】の……。



 そこに声が掛けられた。


「そちらも順調のようだな」


 壮年の【執行者】だった。


「えぇ、残念ながら、ね」


「……残念? どういう意味だ?」


「私は、私の力で成し得たいからよ」


「……成程、真面目なことだな」


「貴方は違うの?」


「そう思わないでもない、が、それ以上に我らの被害を抑えられることの方が最良だ」


「……そう、それもそうね。でも、私は……」


「余り批判を口にするなよ。聞かれて都合の良いものでもあるまい」


「…………」


「我らは粛々と事に当たれば良いのだ。現状【魔王】相手では問題はない」


「……問題は【魔神】だと?」


「間違いなく、な。【魔神】を屠ってみせた彼自身が【魔神】に対抗できる武器とは言わなかったのが、その証左だろう」

「接敵すれば、状況次第では全滅しかねない」


「……彼らのように?」


「そうだ。【色欲しきよく】の場合のように、相手を【魔神】と知らずに挑めば、結果はああなるのだろう」


「……私たちの居る意味って何なのかしらね」

「最早、【天使】にすら劣るわけでしょ?」


「所詮、【天使】は意志無きモノ。道具に大義は成せない」


「……はぁ、貴方に聞いた私が馬鹿だったわ」


「む、何だ? 何か間違えたか?」


「いいえ、貴方らしいわ」


「うむぅ……」


 悩みがなさそうで羨ましくもある。

 もしかしたら、あの武器について、思い当たっていないのかもしれない。

 この人物は良くも悪くも善人だ。

 他人を疑ったりはしないのだろう。

 ましてや、私たちの仕える神ともなれば、尚更に。


 しかし、そうなると、私の考えを話すのは躊躇われる。

 馬鹿正直に、主上へ訊ねてしまうかもしれない。

 その時、どのようなことが起こるのか、まだ分からない。

 嫌疑は晴れないが、確証があるわけではないし、今は、私の胸の内に秘めておく方が、問題は少なそうに思えた。



 そうして悩んでいる内に、それぞれの班に、次の指令が下された。

 また【魔王】が検知されたようだ。


 私たちは、それぞれの班員を伴って、各々の現場へと向かう。



 そこは、溶岩の海だった。

 目に痛い程の、熱量と光量だ。

 一応、岩場もあるが、ほぼ溶岩で形成されているような世界に見えた。


識別しきべつ


 この世界にある力の反応は【救世】【憤怒ふんど】【色欲】。


【色欲】!?


 まさか、当たりを引いた!?


 逸る気持ちを抑え、まずは【天使】を呼び寄せる。

 他の班員には【憤怒】を任し、私は【色欲】の元へと向かう。


 果たして、【色欲】は居た。

 何故か例の【救世主きゅうせいしゅ】を掴む少女。


 よくよく縁のある【救世主】だ。

 一応、前回発見した後、主上へと報告はしておいたのだが、取り立てて対処は命じられなかった。

 もう必要のない存在なのだろうか。

 それこそ、【天使】の武器が完成した今となっては必要ないということなのか。


 ともかく、今は眼前の状況へ対処せねば。


 この少女が例の【魔神】なのだろか。

 分からない、分からないが、油断するべきではない。

 初撃必殺、首を狙う。


執行しっこう


 断首を執行。

 首に刀が触れるも、表皮を薄く斬っただけだった。

 手応えは、硬質な金属を打ち据えたようだった。


 少女の目が私を捉える。


 瞬間、悪寒がした。


【天使】たちを迎撃に当たらせる。

 少女はそれを軽く躱してみせ、次いで、何かを放ってきた。


情欲じょうよく


 私の身体が急に熱を帯びる。

 息が荒くなり、顔がほてり、身体の奥が疼く。

 これは、【色欲】の力を使われた!?


 私では【色欲の魔神】の力を無効化できないらしい。

 このままでは、支配されてしまうかもしれない。

 すぐに距離を取ろうとする。


 少女が追い縋って来るのが見える。

 逃げきれない!?


 だが、班員の上位の【執行者】が割って入ってくれた。

 それも、すぐに撃退されてしまったが、その隙に【転移てんい】により離脱する。


 上空に待機していた下位の【執行者】たちと合流する。

 聞けば、【憤怒】の排除は完了したようだった。


 私は未だ【色欲】の力にさいなまれている。

 急ぎ、天界へと戻る必要がありそうだ。


 先の【執行者】がこの場には居ない。

 少し不安ではあるが、下位の者たちに回収を命じる。


 無事に【執行者】を回収し終えた。


 一応、息はある。

 天界で治療すれば助かるだろう。


【天使】たちに【魔神】の足止めを命じ、班全員で天界へ帰還する。



 急ぎ、重傷を負った【執行者】の治療を手配する。


 次いで、私の治療だ。

 どうやら、異性に反応する力のようだった。

 性欲を操作されたらしい。


 精神系への治癒を受けつつ、自身の【美徳びとく】を発現する。


勤勉きんべん


 身体を苛む衝動が緩和されたのが実感できた。


 この様では、【魔王】に対峙しても、不覚を取りかねない。

 ましてや、【魔神】相手では……。



 ようやく治療を終え、【色欲】の影響を排除することができた。


 あの【魔神】はどうなったのだろうか。


 そこで思い出した。

【魔神】発見の際、どうするべきと言われていたのかを。


 すぐさま、彼に【色欲の魔神】発見の報を伝える。


 彼は現場へと向かい、他の【執行者】は、他の任務中の班員も含め、全員が天界へと戻され、主上の元で警戒態勢を取った。




 そして今、私は、彼に詰問を受けていた。


「どうして、すぐ僕に報告しなかった?」


「……申し訳ありません」


「聞きたいのは謝罪ではない。理由だ」


「……接敵時は【魔神】との確証がなく、接敵後は報告の余裕がありませんでした」


「僕は最優先と言っておいた筈だが?」


「……申し訳ありません」


「真面目な君が命令に背くとは、嘆かわしい。君の班は全員【魔王】討伐からは外れて貰う」

「全員、天界にて謹慎処分とする。別命あるまで待機したまえ」


「…………」


「復唱はどうした?」


「……班全員、天界にて謹慎の上、別命あるまで待機します」


「以上だ。下がり給え」


「……はい、失礼いたしました」


 私はその場を後にする。


 彼が現場に着いた時には、【魔神】の姿は無かったそうだ。

 私が【色欲】に気が付いた時点で報告していれば、或いは決着がついていたのかもしれない。


 だが、やはりこの手で仇を討ちたかったのだと思う。


 己が手で斬り伏せるのを、躊躇うことは無かった。

 しかし、命令違反に関しても、他の班員を危険に晒したことも、言い逃れはできない失態だった。

 私は重くなる足取りで、班員の元へと向かう。


 重傷だった【執行者】は治療を終えていた。

 意識も戻っている。


 私は皆に、命令を伝えた。


 皆の反応は、沈むというより、どこかほっとしている様子だった。

【魔神】の脅威を間近で体験した所為かもしれない。


 危機感を覚えることは、生命として正しい在り方だ。

 そういう意味では、彼らは正常で、私は異常なのかもしれない。


 あんな目に遭ったにもかかわらず、私は仇討を諦め切れてはいなかった。

 いずれ、もっと力をつけたうえで、必ず。


 私は密かに心に誓った。





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